仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 真っ暗な、錆びた鉄のような臭いが拡がる空間の中。
 まだ10歳にもなっていないであろう小さな少年が、日本刀を握って俯いていた。髪は黒く背中にかかるほど長いが、ボサボサで両目が完全に隠れるほど前髪も長い。
 衣服はまるで入院着のように簡素で、左腕には『No.46』と記された腕章が付いている。首には、金属の首輪が装着されていた。
 彼は呆然と、その場で立ち尽くしている。

46(シロ)! どんなバケモノが相手でも、俺とお前が一緒なら大丈夫だな!』
『46くん、今良い? 分からない事があるんだけど』
『46さんは本当にすごいです。私なんかじゃとても敵わないです』

 暗がりの向こう側から、そんな声が聞こえて来る。
 シロと呼ばれたその少年は、声のする方へとふらふら歩き始めた。

『46』
『46』
『46』

 何度も、名前にように虚空から呼びかける声。
 声に応える事はなく、気がつけば少年は、真っ暗な空間を無心に走り出していた。
 まるで逃げ出したかのように。
 そして、声の発生源と思われる地点まで辿り着いた、その瞬間。

「……!!」

 周囲から光が差し込み、風景が露わとなった。
 ここまで歩いて来た場所は血で広がった水溜りのようになっており、似た背格好の少年少女が死屍累々と倒れている。
 そして頬や衣服にはおびただしい量の血が付着しているのだが、彼自身の体にはひとつも傷がない。
 刀の方にはベットリと血が付いている。これは、返り血だったのだ。

『お前が殺した』

 不意に、背後の闇の奥からシロとは異なる何者かの声が聞こえる。

『みんなお前が殺したんだ。友達だったのに、家族だったのに。お前のせいでみんな死んだ』

 振り返ってみると、そこには『96』の腕章を付けている白銀の髪の子供が立っていた。
 返り血で服が真っ赤に染まった彼の腕には、西洋風の両刃剣が握られている。
 血溜まりに足を取られながらも、シロを睨みつけて詰め寄って来る。
 シロは、目前まで迫って来るその子供から逃げるように後退りし、彼の名を呼ぶ。

96(クロ)……!」
『死ね!! お前も同じ苦痛を味わって、死んでしまえェェェーッ!!』

 クロという子供が叫びながら剣を振り被ろうとするのを見て、恐怖からシロは思わず目を閉ざしてしまう。
 しばらくの後、恐る恐るともう一度目を開いた時には、クロの体には先程までシロが持っていたはずの刀が刺さっていた。
 悲鳴を上げる間もなく、クロの姿は闇に溶けて消え失せ。
 代わりに、再び背後から声が木霊した。
 男の声だ。

『お前らはただの道具。俺たちに使われるだけの武器だ』

 その男の姿は陽炎のように揺らめいており、顔も分からない。
 しかし、明らかにシロたちを嘲っていた。

『思い通りに動かない武器なんざぁ、邪魔なだけだよな……くたばりな、ガキ共』

 男がシロに拳銃を向け、銃声が血の海に響き渡る――。

※ ※ ※ ※ ※

「……!」

 そこで目を見開き、ガバッと身を起こす。
 いつの間にやら、紫乃は息を切らしていた。寝間着の甚平もじっとりと汗に濡れてしまっている。

「……またあの夢か」

 舌打ち混じりに、そして忌々しそうに呟くと、ベッドから降りた紫乃は汗を洗い流すためにシャワー室へと向かう。
 それは、彼にとって遠い記憶だが、未だに心を苛む大きな傷。
 どこの何者なのかさえ知らず、名前さえ与えられていなかった頃の、遥か昔の思い出だった。


第五頁[紅き乙女の神槍(ブリューナク)]

 浄水場にて戯我の痕跡を発見し、敵と交戦した仮面ライダームラサメこと行雲 紫乃。

 そこでネコマタ・ギガを逃しかけたものの、ある人物の介入によって難を逃れる。

 仮面ライダーブリューナク、ロゼ・デュラック。彼女は、新たに磐戸支部に加わったLOTの封魔司書であった。

 その戦いの翌日。

 

「うっし! 『飛蝗王者ゼロワン』召喚、そのままバトルステップ。特殊効果の【アビリティ:ジャンプ】で『怪力のマッシブ・ベローサ』をターゲットにしてアタック、効果でRP(ライドパワー)+5000! これで合計15000!」

「そりゃ受けきれない。ガードしたベローサのRPは12000、破壊だ」

「へっへー、このまま一気に押し切ってやる」

「どうかな? 俺のターン。俺は『暗黒機士(アークリッター)-毒蠍のホロビ』を召喚! さらに【アビリティ:ポイズン】を発動、手札の『暗殺のスローター・ドードー』をセメタリーに捨てる事で、ゼロワンは次のお前のターンが終わるまでRP-5000!」

「ゲッ!?」

「まだまだここからだ。ホロビがフィールドに存在する事で、俺は手札の『暗黒機士(アークリッター)-飛隼のジン』をコスト3扱いで召喚する!」

「うへぇ、そりゃまずいな……!」

 

 磐戸高校1年B組の教室、窓際の後ろの方にある紫乃の座席から少し離れた場所で、男子生徒たちがカードゲームで盛り上がっている。

 一方で、紫乃の向かい側にある空席を挟んで座っている女子たちは、テレビに出演した男性アイドルの話題や化粧品などホームルームが始まるまで他愛のない事を話しているようだ。

 無論、全員が全員同じ事をしているワケではない。ある男子グループは何やら他のクラスの女子生徒の噂話をしているし、女子たちの中でも部活に入っている者たちは真面目に話し合っている姿も見られる。

 そんな中で、紫乃はひとりで施設から持ち込んだ書籍を読んでいた。

 

「……」

 

 しかし、今朝に見た夢が未だに頭の中でチラついて、読書に集中できない。

 やむを得ず中断し、窓から外を眺めた。

 

「はーい皆さん席についてー。ホームルーム始めますよー」

 

 しばらくすると、そのような声と共にこのクラスの担任である若い女教師が入って来る。

 彼女は眼鏡を掛け直して咳払いすると、生徒たちに向かってこう切り出した。

 

「今日はですね、皆に新しいお友達を紹介します」

 

 ザワッ、と途端に教室内が騒がしくなる。要は転校生が来るという事だ。

 男子だろうか、女子だろうか。容姿はどんなだろうか、などなど周りの生徒たちは口々に話し始める。

 だが、紫乃は自分にはどうでも良い話題だと思って、また窓の外を眺めようとした。

 

「あーあー、静かに静かに……じゃあ、入って下さい」

「はい!」

 

 担任が呼びかけると、凛とした少女の声が外から聞こえ、ドアが素速く開かれる。

 聞き覚えのある声だったので、紫乃はその転校生という人物の方に目をやった。

 そして、愕然とする。

 

「フランスから来ました、今日から皆さんと一緒にこの学校で勉強する事になるロゼ・デュラックです。よろしくお願いします」

 

 クラスメイトに名乗った彼女は、紛れもなくあの時の女性封魔司書、仮面ライダーだったのだ。

 彼女、ロゼが淑やかにお辞儀をして華のように笑ってみせると、クラスメイトたちは大きく沸き立った。

 担任は静粛になるよう促し、紫乃の前にある空席を指差す。

 

「行雲くん、君の前が空席だったよね」

「……はい」

「じゃあ、デュラックさんはそこ座って。それから、ついでに行雲くんは彼女に学校の案内とかこの街の事とか色々教えてあげてね」

「……はい」

 

 紫乃にとっては非常に不本意ながら、了承するしかなかった。

 封魔司書の活動は秘密裏に行われなければならない。正体が露見して話が広まってしまうと、それだけ戯我やそれ以外の敵性存在に目をつけられやすくなるからだ。

 おまけに、力を持たない周りの一般人にも危害が及ぶ危険がある。それ故、日常生活において目を付けられるような行動は控えるべきである。

 それが組織としての方針なのだが、ロゼは――本人が望んでいるかどうかはともかく――明らかに目立ってしまっていた。

 即座に危険はないとはいえ、このような事態はあまりよろしくない。妙な事に巻き込まれる前に、ロゼと話をしなければならない。

 

「よろしくね、行雲くん?」

 

 そう思っていた直後、ふわりと前の席に座ったロゼがウィンクをして来る。

 たちまち、紫乃とロゼへ好奇の視線が突き刺さった。今の行動で、明らかに二人が注目の的になってしまっていた。

 紫乃は舌打ちしそうになるが、それを堪えて、視線を窓に向けたまま適当に返答する。

 

「……よろしく」

「うふふっ」

 

 ロゼは微笑み、上機嫌で黒板の方を見た。

 だがそれとは正反対に、紫乃はご機嫌斜めといった様子である。

 その後、ロゼという新しいクラスメイトが増えた授業は続いていき、昼休み。

 

「ねぇ、デュラックさんってフランス人なのにどうしてそんなに日本語が上手なの?」

「もしかして香水使ってる? めっちゃ良い匂いするんだけど!」

「今住んでるところってどこ? 遊びに行っても良い?」

「趣味とか好きな食べ物とかある?」

「彼氏とかいちゃったりする!?」

 

 ロゼは、大勢の女子生徒に囲まれて質問攻めに遭っていた。これもまた目立ってしまった弊害だ。

 

「父が日本人なの、いわゆる婿養子ね。それで私も日本語が話せるわ。香水はあんまり興味なくて……恋人とか特定の相手はいないの、それから……」

 

 しかし当の本人はスラスラと淀みなく答えている。こういう状況でもあまり物怖じはしないタイプのようであった。

 彼女らの会話を聞き流し、紫乃は昼食として持参した惣菜パンと野菜ジュースを机に置いて、順番に食べている。

 そしてそれらの他に、大好物のエクレアも用意してある。これは磐戸市にある有名なスイーツ専門店『ひいろ』で購入したもので、中身のクリームは様々な種類が取り揃えられている。今回彼が買ったのはカスタード・チョコ・抹茶の三種類だ。

 たまごパンと焼きそばパンを食べ終え、最後に甘いエクレアを取り出した、その時。

 

「ねぇ! 行雲くん、食べ終わったら校内を案内してくれないかしら?」

 

 先程まで受け答えしていたはずのロゼが、紫乃の方を向いてニッコリと笑っていた。

 どうやら質問に来ていた彼女らは食堂へ向かったらしく、ロゼは紫乃と一緒に校内を見て回らなければならない手前、ここに残ったようだ。

 さらに紫乃の持つエクレアを見つけると、興味深そうに指を差す。

 

「それ美味しそうね、私にも――」

「断固拒否する指一本触れるな」

 

 食い気味に強く即答した紫乃は、取られる前に容器をロゼから遠ざけ、すぐにカスタード味のエクレアを頬張った。

 

「お前もさっさと昼食を摂れ。面倒だが案内してやる」

「……少しくらい分けてくれたっていいのに」

「うるさい」

 

 不満そうにロゼも昼食として用意した小さな弁当箱を取り出すと、くるりと机を反転させて紫乃と向かい合った。

 突然の出来事に、紫乃は目を丸くする。教室で食べていた他の生徒たちも、大いに驚いているようだ。

 

「何をしている」

「え? 父からは学校で友達と食べる時、こうするものだと教わったのだけど?」

 

 友達。

 その単語を聞くと、紫乃はうんざりだというように舌打ちする。

 

「オレはお前の友達じゃない。勘違いした事を抜かすな」

「そう言われてもねぇ。これから私たち、長い付き合いになるのでしょう?」

 

 同じ組織に属するだけでなく、通う学校までも同じとなれば、必然的にそうなるだろう。

 だが、紫乃は眉をしかめて首を横に振った。

 

「誰とも馴れ合うつもりなどない。これはお前だけに限った話じゃない、妙な事をするのはよせ」

「ふぅん……私はあなたと仲良くなりたいのだけど」

「オレはお前の事などどうでもいい」

「どうでもいいなら、私が何をしようと気にしないわよね」

 

 ニヤッ、と形の良い薄紅色の唇を釣り上げるロゼ。

 紫乃は深く溜め息を吐き、二つ目のエクレアを口に入れた。彼女に何を言っても無駄だ、と悟ったのだ。

 

「何のつもりなのかは知らんが、そこまで言うなら勝手にしろ」

「えぇ、そうするわ。これからもね」

 

 そう言った後、ロゼは綺麗に箸を使って弁当を食べ進め、紫乃がエクレアを食べ終える頃には同時に完食してしまった。

 あまりの速さに周りの生徒たちは唖然としていたが、その視線を一切気にする事なく、ロゼは紫乃に右手を差し出す。

 

「それじゃあエスコートして下さるかしら、王子様?」

「……」

 

 紫乃はその手を取る事なく立ち上がり、背を向けてツカツカと歩き出す。

 流石にロゼもその行動にはムッとした表情になるが、すぐに何かイタズラを思いついたように微笑む。

 そして、ゆっくりゆっくりと忍び足で紫乃の背後に迫ったかと思うと、いきなり彼の右腕に抱きついた。

 

「は!? おい、何をしている……何が目的だ、離れろ!」

「勝手にして良いのでしょう? ほら、エスコートをよろしく。それから、騒げば騒ぐだけ視線が集まるわよ?」

「ぐ……! 分かった、ちゃんと案内してやるからやめろ、オレにベタベタ纏わりつくな……!」

 

 慌てて引き剥がそうとする紫乃。だが、ロゼは離れるつもりなどないらしい。

 仕方なく、紫乃はそのまま磐戸高校を案内し、嫌でも注目されるハメになるのであった。

 

 

 

「それじゃあ行雲くん、街の案内ついでに一緒に帰りましょう」

 

 放課後、ロゼは紫乃の席を振り返るなりそう言った。相変わらず華の咲いたような笑顔だ。

 対して紫乃は、眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌な様子。原因はもちろん、目の前にいる彼女にある。

 結局、昼休みが終わるまであの状態で付き合わされてしまったのだ。もはやLOTや任務がどうとか関係なく、彼女の馴れ馴れしさに苛立っていた。

 

「……今日のような事はもう二度とするなよ……」

「あら、照れ屋さんなのね」

「そういう事ではない」

「でもあなた、勝手にして良いって私に言ったじゃない」

「そういう事でもない」

 

 並んで廊下を歩きながら、二人はそんな会話をする。

 時折、自分たちを見てヒソヒソと話す生徒たちの姿も見えた。噂が立つのは速いものだ、と紫乃は思う。

 それに対し、ロゼは一切気にせずすまし顔。

 お前が原因だぞ、と紫乃はロゼに抗議の目を向けているが、それも全く気にしていない。

 

「それで、何が目的だったんだあの行動は」

 

 靴を履き替えて校門を出ると、周囲に聞こえないような声で、紫乃は尋ねる。

 ロゼは首を傾げつつも、丁寧に答えた。

 

「言わなかった? あなたと仲良くしたいのよ、同じLOTに属する者としてだけじゃなく、同い年で封魔司書だから。それに仮面ライダーとしてはあなたの方が先輩なのだし」

「なに?」

「私、レリックドライバーとブリューナクの力を手に入れたばかりなのよ。元々はフランス支部で鍛錬していたのだけれど」

 

 本人曰く、フランスは彼女がいなくても問題ない程に人材が充実しており、ロゼの父である錬金術師がこの街の出身であった事も手伝って、磐戸支部の配属になったという。

 加えて、自分と同じ年齢で封魔霊装を扱えるまでに修練を続けられた者はおらず、周囲にも素性を隠して生きなければならないので気安く話せる友人もいなかったと。

 

「だからこの街であなたに会った時、やっと本当に心を通わせられる良い友達ができるかなと思った。色々と教えて欲しいのは事実なの、お願いできないかしら」

「……オレにそんな事を求めるのがそもそもの間違いだ」

 

 首を横に振り、ロゼを置き去りにしようとするかのように、紫乃は歩く足を速める。

 だが、ロゼは簡単にその速度について来た。

 

「もしかして先輩と呼んだ方が良い? 私は構わないわ」

「やめろ」

「むしろ私の事を『お姉ちゃん』と呼んでみる? 実は4月が誕生月だからもう16歳なのよね」

「数ヶ月の差で何を年上ぶってるんだお前」

「じゃあ、やっぱり友達として接した方が良いかしら」

「オレに付き纏うんじゃない、鬱陶しいぞ」

「……どうしてそんなに怯えた目をしているの?」

 

 ハッと目を見開き、思わず立ち止まって振り向いてしまう。

 ロゼの両眼はじっと彼の眼を捉えていた。まるで、深く包み込むように。

 気に入らない。

 そう思って紫乃は、とにかくこれ以上ペースを乱されないよう、ロゼを突き放す。

 だが、その時だった。

 

「あっ、紫乃くん!」

「……チッ」

 

 後ろから別の声が聞こえ、思わず立ち止まってしまう。

 駿斗と若葉だ。図書館に向かう紫乃を発見して、すぐに追って来た。

 

「あれ? 今日は誰かと一緒……!?」

 

 紫乃の隣に並んだロゼを見て、駿斗は絶句する。

 若葉などあろうことか、指を差して大声で驚きを表した。

 

「しっ、紫乃くんに彼女ぉ!?」

「違う」

「大スキャンダルじゃん!? しかも超美人だし!?」

「違う」

「こりゃもう美男美女コスプレカップルとして活動して貰うしか」

「やらないしまず話を聞け」

 

 苛立ちが最高潮に募りつつあるのを自分でも感じながら、紫乃は言う。

 そのストレスを加速させているのは、若葉の発言に悪ノリして腕に抱きついてきたロゼなのだが。

 しかし、面倒事になる前に彼らには説明しておくべきだろうと思い、ロゼを引き剥がそうとしながら渋々と疑問に答える。

 

「こいつはフランスから来た封魔司書だ。新しく磐戸に配属されたらしい」

 

 紹介を受けると、なるほどと言った様子で駿斗と若葉が頷く。

 ロゼも上品に一礼して、やはり華やかな笑顔で挨拶をした。

 

「どうもはじめまして、先輩方。私はロゼ・デュラックと申します、以後お見知りおきを」

「わお、お嬢様ってカンジ」

 

 若葉が大袈裟に両手を挙げ、そして同じようにお辞儀をする。

 その姿を見ていた駿斗は、それなりに好印象だったのか、微笑みながら紫乃に語りかけた。

 

「なんていうか、上品で良い子だね?」

「……そう見えるように振る舞っているだけだろう……」

 

 学校で彼女に振り回され続けた紫乃は、フンと鼻を鳴らして悪態をつく。

 駿斗と若葉もロゼに自己紹介し、LOTに協力する立ち場である事を明かした。

 

「と言っても、僕らの場合は戦うとかじゃなくてLOTの存在を黙秘する事にしてるだけなんだけどね」

「重要な事ですよ。秘密を守る事で、我々の安全も保たれているのですから」

 

 ふふっ、と静かに笑うロゼ。

 そんな彼女らの会話を聞きいていると、紫乃の懐からN-フォンが着信音を鳴らした。

 相手は織愛だ。紫乃はすぐにその通話に応じる。

 

「織愛、どうした」

『紫乃くん! ロゼちゃん、そこにいるでしょう!?』

「不本意だがな」

『だったら2人で今すぐに行って欲しいところがあるの! ネコマタが、敵の素性について口を割ったわ!』

 

 通話が漏れ聞こえていたのか、ロゼが真剣な面持ちとなり、紫乃と目を見合わせる。

 駿斗と若葉も概ねの内容を察したらしく、二人に向かって頷いた。

 

「任務でしょ? 行ってらっしゃい、くれぐれも気をつけて」

「絶対帰って来てねー!」

 

 紫乃は彼らに何も答えず背を向けるが、ロゼの方は「任せて下さい」とウィンクして答える。

 そして紫乃に追いつくと、また隣を歩いて話しかけた。

 

「良い人たちね、あの先輩方」

「オレにはどうでもいい事だ」

「本当かしら?」

 

 くすくすと挑発的に笑うロゼを無視して、紫乃は織愛から伝えられた現場を目指した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ネコマタが織愛に話した情報は、概ねこのようなものだ。

 曰く、あの白スーツの男は元々テスカトリポカの信奉者の幹部格であり、神から直接に啓示を受けたという。

 その天啓とは、ズバリ『テスカトリポカの復活』だ。テスカトリポカの仮面とそれに相応しい肉体を媒介に、現世に戯我として顕現しようとしていると。

 しかし、自分たちだけでは簡単に全てを揃える事などできない。

 そこで遺物の売買を行っている組織に力を借り、取引によって得た水晶髑髏とテスカトリポカの仮面を使って復活を実現する事にした――以上が、ネコマタから聞き出せた内容である。

 

「どういう組織が取引の相手だったのかは不明だが、ヤツはとんでもなく恐ろしい事を考えているな」

 

 軍服に着替え、髪を特殊な染料によって銀色に変えた紫乃が、Aストライカーを走らせながら言う。

 彼の後ろにいるのは、同じく髪を染料で紅色へと変えたロゼだ。顔に馬の仮面を被り、軍服のマントをはためかせ、紫乃にしがみついている。

 

「ええ。まさか神の復活とはね」

 

 彼女の表情は、非常に深刻なものになっていた。

 復活のプロセスはこうだ。

 まず取引で入手した水晶髑髏に、テスカトリポカの仮面を装着。

 そして自分に協力する戯我や思考を制御した戯我を操り、インクで肉体を作り上げ、仮面つきの水晶髑髏を頭部の代わりとする。

 水晶髑髏は強力な呪いを放つ遺物だが、依代としては完璧ではない。ましてや贋作では、顕現の儀式も不発に終わるだろう。

 だが、そこに古の呪いがかかった仮面が加われば、話は変わって来る。どちらにしても完全な形での復活は望めないが、少なくとも神を召喚する事はできるのだから。

 

「何としても阻止する。不完全であれ、神を現世に呼び戻すなど、許してはならない……!」

 

 そう言って、紫乃はAストライカーを加速させる。

 多くの戯我が目指す、神話の時代への回帰。

 かつて神は人類に世界を明け渡したとされているが、それを快く思わなかった神も当然ながら存在する。そしてそんな事情に関係なく、神への信仰心から復活を目論む人間も。

 人間と戯我が協力するのには、そのような事情も絡んでいるのだ。

 そして世界が神話に回帰した時、神々と人類の戦争が起こる。そうなれば、最終的に待っているのは世界の終焉だ。

 だからこそ、そのような事態に発展させないため、世界の均衡を保つLOTが存在しているのである。

 

「件の男がいる場所は聞き出せたの?」

「ああ。次に現れる場所は間違いなく……」

 

 人間の生贄を求める、闇の象徴たる神格、テスカトリポカ。

 容易く大人数の生贄を用意できるような場所は、紫乃から見てもそこしかなかった。

 

「磐戸病院だ!」

 

 辿り着くと同時に、二人はワーム・ギガに跨って屋上へ降りようとしている白スーツを発見した。

 男は、上空から紫乃たちを見下ろしてギョッと目を剥く。

 

「封魔司書!? バカな、この場所が捕捉されているだと!?」

 

 狼狽えつつも、白スーツの男は水晶髑髏を取り出すと、それにテスカトリポカの仮面を装着させた。

 

「前回のようには行かんぞ! 来い!」

 

 仮面の装着された水晶髑髏が邪悪な輝きを帯び、光を放つ。

 すると、周囲の自転車や構造物の一部から色彩が喪失し、代わりにインク液のようになって怪物の姿を形成して二人を囲んだ。咄嗟にバイクから降り、紫乃とロゼは背中合わせになる。

 ジャガーマン・ギガだ。それも、以前のような素手で野獣のように戦うタイプではなく、武器を所持しているようだ。

 その様子を見て、白スーツはご満悦だった。

 

「ハハハーッ、いいぞぉ! このまま星辰を正しく塗り替え! 生贄を差し出し! 我が神たるテスカトリポカ様を降臨させてやるわァーッ!」

 

 放置して直接屋上へ向かう事もできるが、それでは住民たちに危害が及ぶ。

 紫乃もロゼも迷う事なく、レリックドライバーを装着した。

 そして、二本のモンストリキッドを取り出したロゼは、耳元で彼に囁きかける。

 

「ジャガーマンの掃討は私がやる。あの白スーツを倒すのは、あなたに任せるわね」

「……元よりそのつもりだ」

「うふふ。頼りにしてるわよ、先輩?」

 

 ロゼはそう言ってウインクすると、モンストリキッドを起動した。色はそれぞれ、リリーホワイトとローズレッドだ。

 それを合図に、紫乃は病院へと駆け出し、屋上を目指す。

 

《フラッシュ!》

《ケンタウレス!》

「いざ! 優雅(エレガント)に、そして華麗(ブリリアント)に!」

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 二つのカートリッジをドライバーにセットすると音声が流れ、ロゼは緩やかな動作でレリックドライバーのグリップを握り込む。

 そして、ジャガーマンが自身に注目した瞬間、トリガーを指で弾いた。

 

「変身!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 瞬間、ロゼの頭上にリリーホワイトカラーの花の紋章が、地面にはローズレッドの紋章が現れ、インクが溢れ出す。

 そしてインクと紋章が消散すると、そこにマントを羽織った騎士のような風情のシルエットが現れる。

 西洋の鎧めいた形状の紅色をベースとした生体装甲に、肩や腕、足を彩る白い煌き。足裏は蹄鉄とヒールのようなもので底上げされている。

 ヘルムは馬を連想させるような形状であり、後頭部から伸びる長く白いタテガミは一つに束ねられ、ポニーテール状になっていた。

 

《輝き貫く瞬速の騎士! フラッシュケンタウレス!》

『ヒヒィーンッ!!』

 

 甲高い鳴き声と共に、その騎士は腰を落として右腕を掲げる。

 

「仮面ライダーブリューナク! 戦場を彩るわ!」

A(アーティフィシャル)ウェポンL/R(エル・アール)!》

 

 鳴り響く電子音声と同時にブリューナクの手に握られたのは、ムラサメとは種類の異なるAウェポン。

 銀色に輝く長槍で、彼女は背後から迫るジャガーマン・ギガに対し、振り向く事なく穂先を後ろへと突き出した。

 一撃で防具ごと胸を貫かれ、獣頭の怪人が一人消滅する。

 

「踊りましょう?」

 

 クイクイ、他のジャガーマンへと手招きするブリューナク。

 その挑発にかかり、戯我たちは武器を手に殺到する。

 直後、ブリューナクは即座にドライバーのリキッドを押し込んだ。

 

《フラッシュ!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

Calling(コーリング)!》

 

 引き金を操作すると、ブリューナクの右手が輝き、五本の指から光の弾が解き放たれる。

 極大の熱を持つ光弾は尾のような軌跡を描いて、ジャガーマンの膝や眼球を容易く焼き貫いた。

 

「グアアアッ!?」

 

 インクの身体が焼ける感触に、野獣たちは悶絶する。

 そして大きな隙が生じたのを見計らうと、ブリューナクはL(ランス)モードのAウェポンで敵勢を薙ぎ払った。

 

「ふふっ、この程度が本気なのかしら。もっとちゃんと戦って欲しいのだけど?」

 

 ブリューナクは肩で槍を担ぎ、そんな事を言い放つ。

 するとそれに応えるように、ジャガーマンたちの肉体がゴボゴボと波打った。

 獣人たちのインクは溶けて混ざり合い、鋭い牙を持つ五体の大きな黒いジャガーに変貌した。

 ブリューナクは初めて見るし、前回ほどの異常な巨大さはないが、これはオセロトル・ギガだ。

 

「やればできるじゃない」

 

 仮面の中で舌舐めずりをすると、ロゼはビュンッと音を立てて槍を真っ直ぐに構え直し、周りを包囲し威嚇している四足歩行のジャガーの突撃に備える。

 そしてオセロトルが一匹ずつ、前面と背面からブリューナクへと飛びかかった。

 いわゆる挟み撃ちだ。それでも、彼女は迷いなく動く。まずは銀色の槍を目の前のオセロトルに振り下ろし、頭を叩き割った。

 

「ギャッ!?」

「ていっ!」

 

 さらに、オセロトルの頭に切っ先を突き刺し、目にも留まらぬ速さで背後へとスイングする。

 バックアタックをかけようとしていたジャガーはそれにぶつかり、二頭纏めて地面を転がった

 

「グガァァァッ!!」

 

 次の瞬間、今度は跳躍して距離をおいた一体のオセロトルが、後部から呪いの込められた黒い球体が放たれる。

 さらに残りの二体は、左右を陣取る。どちらかの方向に避けた瞬間、その爪や牙で引き裂こうというつもりなのだ。

 しかし、ブリューナクはその場から動かない。そこに留まった状態のまま、手だけを動かす。

 槍の穂と柄の部分が折り畳まれると、先端に銃口が現れ、長槍が長銃へと姿を変えた。

 AウェポンR(ライフル)モードだ。

 

「何者も閃光の神槍(ブリューナク)から逃れる事はできないわ」

 

 引き金を黒い球体に向かって弾くと、高速回転する閃光の弾丸が一撃でそれを貫き、さらにその先にいるオセロトルの喉を抉って風穴を開ける。

 

「ゴガッ……!?」

 

 喉に開いた穴の周りが弱々しく黒ずみ、銃撃を受けたジャガーはドロリとインクを吐瀉した。

 直後に、今度は左右に散ったオセロトルと、先程地面に倒された二体、合計四体が一斉に襲い掛かる。

 対してブリューナクは、そのまま真上に飛んで魔の手から逃れた。

 

「グッ!?」

「ギィッ!!」

 

 見上げるジャガーたちの頭に、銃弾が一発ずつ正確にヒット。マントを翻して、彼女は優雅に着地した。

 

「もう終わりかしら?」

 

 再度Aウェポンを長槍に変形させながら、ブリューナクは言う。

 当然、これだけで終わるはずもない。

 五体のオセロトルたちは耳障りな鳴き声を上げ、ひとつに固まってインクの身体を融合させ始める。

 互いが互いの損なったインクを補い合い、新たな形に変わっていく。

 

「む!」

 

 これには、少々余裕を見せていたブリューナクも身構えた。

 敵の切り札が来るという確信があったのだ。

 そうして様子を窺っていると、オセロトルは五つのジャガーの頭を生やした、三本の尻尾を揺らして八本足で歩く異形の怪物へと変貌を果たす。

 

「グルルアアアアアーッ!!」

「そう来なくちゃ……!」

 

 ヒュッと風を切るように槍を振り、ブリューナクが突撃。

 オセロトルの身体に増えた牙と爪が猛襲し、凄まじい勢いの連続攻撃を避け切れず、病院の方に吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐうっ!? やるわね……!」

 

 壁面に強かに背中を打ち付けてしまったが、それでも彼女は立ち上がろうとする。

 しかしそこへ異形化オセロトルが再び豪腕を叩きつけ、壁を破壊しながら攻撃を続行。今度は、ブリューナクの方が地面に叩き込まれた。

 

「そんな、程度なの……?」

 

 それでも尚、ブリューナクは凛と立ち上がる。

 こいつは不死身なのか、と言わんばかりにオセロトルが吠え、爪を立てて威嚇する。

 が、魔獣の殺気すらも跳ね除け、ブリューナクは自らの腕を組んで叫び返した。

 

「戦士たるもの、いついかなる時も華のように気高く美しくあれ!! 私は簡単には折れないわよ!!」

 

 ブリューナクはその言葉と同時に、レリックドライバーのグリップを引く。

 必殺技で一気に勝負をかけようとしているのだ。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)!》

「あなたは既に私の勝利の構図の中よ!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 トリガーが引かれ、ブリューナクの全身の装甲が展開。

 排熱ダクトが露出し、白い光を放出しながら、クラッシャーから馬の嘶きのような音が発せられる。

 

《フラッシュケンタウレス・クロマティックストライク!》

「ハアアアアアァァァァァーッ!!」

 

 オセロトルにも劣らない猛々しい気合いの込もった咆哮を放つと、ブリューナクの右足が白い輝きを纏う。

 そして猛然と突進して来たオセロトルに対し、天に向かって伸ばした足を、思い切り振り下ろす。

 カウンター気味に繰り出されたその強烈な踵落としは、五つあったはずのオセロトルの頭部を粉々に砕き散らし、完全にこの世から消滅させる。

 

「さて。彼はどうなったかしら」

 

 地面に突き刺した槍を引き抜くと、そう呟いてブリューナクはレリックドライバーのモンストリキッドを押し込んだ。

 

《ケンタウレス!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

Calling(コーリング)!》

 

 音声と共にマントが消失し、ブリューナクの下半身が甲冑を纏った馬の身体のように変化した。

 これがケンタウレスのエフェクト、素速く疾走するための力だ。

 ブリューナクはムラサメと合流すべく、その強力な蹄を使って屋上に向かって高く跳躍するのであった。




付録ノ五[ライドファイターズ]

 2000年から発売した、世界的に流行している大人気のカードゲーム。
 前身は『ブットバソーゼ!』というメンコ遊びであり、同じ会社から発売されている。
 そのため、セルフオマージュとしてブットバソーゼ!で登場した『ブットバスター1号』なども収録しており、子供だけでなく大人からも高い支持を得る事に成功した。
 また、Z.E.U.Sグループとの共同開発でホログラムを投影するカードバトルシステムも構築されている他、アニメも放映している。
 現在発売中の最新弾は『契約者と悪魔の判』。目玉カードは『悪魔契約者リ・バイ』と『契約の悪魔バイ・ス』。
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