仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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第六頁[黒き呪い来たれり]

 夜、磐戸病院の屋上にて。

 ふたつの光が、星のように瞬いては消え、現れては失せを繰り返していた。

 その光の正体は、刃と刃がぶつかり合って起こる火花。戦いの風景だ。

 

「シッ!!」

 

 片方は、仮面ライダームラサメ サンダーハウンドへと変身した紫乃が振るう太刀、AウェポンTモード。

 もう一方は白スーツの男が手にしている、鋭利な黒い石の儀礼短剣だ。太刀と何度剣戟を重ねても折れず、刃毀れさえもしていない。

 

「フハハハハハッ! どうした封魔司書よ、私の力に手も足も出んか!?」

 

 白スーツの男の姿は大きく変貌している。見た目にはジャガーマン・ギガと同じだが、全体的な筋量は明らかに他の者たちより強力に増大していた。あえてこれに名を与えるのであれば、ハイジャガーマン・ギガと言ったところだろうか。

 さらに彼の持つ黒曜石のナイフ、これも強力な品物だ。彼の信仰する神に関わる遺物で、その銘を『イツトリ』という。

 黒曜石を意味する言葉で、同時にテスカトリポカ自身の分霊(わけみたま)、即ち神の化身体そのもの。

 今でこそテスカトリポカが消えた事でその神性は損なわれているが、遺物としての力は本物だ。

 

「我が神が貴様の血を求めているぞ! 煙れイツトリ!」

 

 ハイジャガーが屋上に降り立ち、ナイフを空に向かって掲げると、突然に黒い煙が噴出して二人の周囲一帯を包み込んだ。

 視界が完全に遮られてしまい、ムラサメは舌打ちする。

 

「フハハ! 驚いたか、これぞテスカトリポカ様の加護が宿りしナイフの力よ!」

 

 その黒煙の中でも白スーツには相手の姿が見えているようで、鋭い斬撃が肩の装甲を捉える。

 抉れた装甲が血を吹き、ムラサメは肩口を押さえた。

 

「く……!」

 

 イツトリ自体の威力だけでなく、ハイジャガーマン自身の腕力も手伝って、凄まじい斬れ味だ。

 致命的な傷こそ負っていないものの、ムラサメは徐々に劣勢に立たされている。

 しかも、空中からは白スーツが召喚したワーム・ギガの火球も降りかかって来るのだ。

 

「ならば!」

《ハウンド!》

「急々如律令!」

Calling(コーリング)!》

 

 白い霊犬がムラサメの傍に現れ、鼻をクンクンとヒクつかせる。

 臭いで敵の位置を捕捉する作戦だ。ムラサメ自身も、全身の感覚を研ぎ澄まして周囲を警戒し始めた。

 だが、自分の位置を探っている事をハイジャガー側も勘付いたのか、ピタリと攻め手が止まる。

 両者待ちの状況になったが、このまま時間が経てば煙は解除されてしまう。よって、優位なのはムラサメの方だ。

 

「シャァアアアーッ!」

『ウォオオオーンッ!』

 

 瞬間、ワーム・ギガの鳴き声と、霊犬の雄叫びが同時に響く。

 そしてそれを合図として、大体の位置を見抜いたムラサメとジャガーも動き出した。

 

「ハアアアァーッ!」

「フッ!」

 

 煙の中で黒曜石の短剣が閃き、しかしその一閃をムラサメの太刀が受け止める。

 

「チィッ!? 私の気配だけを察知して受け止めたというのか、やはり貴様は生かしておけん! 危険すぎる!」

「名前すら知らん相手に危険人物扱いされる謂れはない」

「フン! ならばその脳髄に刻み込むが良い! 私の名は」

 

 両腕を拡げ、ハイジャガーマンは力強く名乗ろうとする。

 だが。

 

「とうっ!!」

「おごぉーっ!?」

 

 その後頭部へといきなり赤い蹄が叩き込まれ、男は大きく吹き飛ばされた。

 煙も徐々に晴れていき、闖入者の姿が明らかとなる。下半身が馬のものと変わった、仮面ライダーブリューナクだ。

 彼女は槍を構えて、ムラサメに問いかける。

 

「終わったから加勢に来たわ。どんな状況かしら?」

「今お前が蹴り飛ばしたのが敵だが」

「じゃあタイミング良かったわね」

「色んな意味でな」

 

 そんな話をしている間に、ハイジャガーは立ち上がって復帰。

 霊犬は倒されてしまったのかワーム・ギガも健在で、共に二人を睨みつけている。

 

「おのれ封魔司書のクズが! 私を足蹴にしやがって!」

 

 イツトリを握って、切っ先を二人へ突きつけるハイジャガー。

 下半身を元の人間の状態に戻したブリューナクは、それを「フンッ」と鼻先で一蹴する。

 

「知らないの? 人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるのよ」

「昨日今日の付き合いで恋路も何もあるか、その場の勢いで適当な事を言うな」

 

 ムラサメとブリューナクは再び背中合わせになり、目の前の怒り狂ったハイジャガーへと対峙した。

 

「それで、状況は? 水晶髑髏とテスカトリポカの仮面はどこ?」

「……アレがそうだ」

 

 そう言って、ムラサメは頭上を指差す。

 空の上にあるのは、翡翠と黒曜石のモザイクアートが施された仮面を装着された水晶髑髏。

 強い結界によって守られており、ムラサメにも手出しができない状態だ。

 

「オレを倒した後、ゆっくり儀式を執り行うつもりだったらしい」

「でもこれで2対1だし、余裕もなくなったようね? 誰だか知らないけれど、もう降参した方が良いんじゃなくて?」

 

 ブリューナクに言われると、ハイジャガーの男はピンと伸びた猫のようなヒゲを歪めて笑う。

 

「お前たちは大きな勘違いをしているぞ、愚かな封魔司書どもよ!」

「なに? どういう意味だ」

「これから余裕がなくなるのは……貴様らの方という事だァァァーッ! フハハハハーッ!」

 

 大きく笑い声を上げ、男は拳を地面に叩きつける。

 すると屋上のタイルが幾らか外れ、中から何やら白い物体が覗き出た。

 それは、頭のない人間の男の白骨死体だ。しかし奇妙な事に肋骨や指の骨など一部一部だけ色が違い、他はセラミックのような人工骨でできているようだった。

 ブリューナクはそれを見て、仮面の中で訝しげに眉をひそめる。

 

「フフフフフ……ようやくだ、ようやく全ての準備が整った。何度も『あの方々』と取引して、ここまでの数の遺骨を揃えるのは本当に苦労したぞ」

「分からないわね。その骨が何だというの? 一体何のつもり?」

「この病院にいる人間だけでは、テスカトリポカ様を完全な形で呼び出す事などできない。そんな事は私にも分かる」

 

 仮面つきの水晶髑髏が、ゆっくりと男の手元に降りる。そして、頭のない遺骨にカッチリと合体した。

 

「だからこの骨が必要だったのだ! この日本に散らばった最強の祟りを齎す究極の武将の骨が!」

「祟りを齎す武将、だと……?」

 

 ハッ、とムラサメが顔を上げる。さらに深刻みを伴った叫び声で、男に呼びかけた。

 

「よせ!! それを使ったらとんでもない事になる!! 磐戸だけじゃない、日本の……いや、下手をすれば世界の危機だ!!」

「フハハハハハハハハハ! もう命乞いか、腰抜けどもめ!」

「ふざけてる場合か! お前……平 将門(タイラノ マサカド)公の骨を使うなど一体何を考えている!?」

 

 その名を聞いて、ブリューナクでさえも絶句する。

 ――平 将門。

 平安時代の武士にして、天皇の血を引いている故に『新皇』を名乗った、日本の英傑の一人。神としても奉られている。

 藤原秀郷らによって討たれたが、死後にその墓を掘り起こして移動させようと考えた者たちを等しく祟った。

 将門の遺体はそれ自体が強大な呪いを放つ遺物であり、将門を貶めようとする者は全て呪いにかかる。神社を荒らしても同様だ。

 LOTですらこの将門の祟りに対して完全な解決策を打ち出す事ができず、小型の遺跡として処理し、全面的に情報規制するしかなかったという。

 

「その骨が一体どうして!?」

「さてな。出処など私の知るところではない。今一番重要なのは……これを依り代とすれば、世界は神の生きる時代へ確実に回帰するという事だ!」

 

 ハイジャガーはそう言って、イツトリを持たせて異形の骨を天へと掲げる。

 呪いの力を帯びた骨が夜空に浮かび上がり、さらにワーム・ギガが分解されて骨を肉付けしていく。

 

「この病院にいる全ての命を生贄とし!! 今こそ我が神、テスカトリポカ様がご降臨なされる!! 矮小なる不信神者共よ聞くが良い、この偉業を成し遂げた我が名は!!」

 

 稲光のように遺骸が光を放ち、あまりの眩さにムラサメもブリューナクも腕で目を覆った。

 そして、一際大きく輝いた直後――。

 

「……え?」

 

 遺骸の水晶髑髏がひとりでに砕け散った。

 

「な、なぜだ? なぜだ、なぜだなぜだなぜだぁぁぁ!?」

 

 両手で頭を抱えてハイジャガーが一人喚き散らす一方、ブリューナクはぽつりとムラサメに向かって安堵した様子で呟いた。

 

「召喚失敗、かしら」

 

 だが、ムラサメは首を縦に振らない。

 というよりも、その視線は未だに空を向いていた。

 何故ならば。遺骸自体は消滅しておらず、仮面と胴体だけがその場に浮遊しているからだ。

 さらにその胸には穴が開いており、黒い心臓が鼓動を鳴らしている。

 

「ムラサメ、何なのアレは」

「……最悪だ……!」

 

 二人の仮面ライダーの声色は、どちらも明るいものではない。

 遺骸は勝手に動き出し、屋上にある周囲の物体を粒子状に分解。そして再構築し、平安の鎧武者の甲冑を纏う。

 さらに右手には黒曜石でできた野太刀を携え、腰には脇差のようにイツトリを佩き、霊体の馬に跨って三人を睥睨している。

 胸の穴からは、絶えず木に斧を振り下ろしたような音が響き渡っていた。

 

「アレはテスカトリポカの化身体のひとつである『夜の斧(ヨワルテポストリ)』と、怨霊としての将門公が結びついて一体化した戯我! テスカトリポカでも、ましてや将門公ですらもない! 人間を脅かす祟りが形になったものだ!」

 

 穴が音を打ち鳴らす度、病院からは苦しそうな呻き声が聞こえる。

 ヨワルテポストリの呪い。この音を聞いた人間を、無差別に病で侵す。

 紫乃やロゼに通用していないのは、彼らが対戯我のための特殊な訓練を受けているためだ。

 

「マズいな、ヤツから感じるこの力は上級の戯我と同等……放置すれば『それ以上の脅威』に膨れ上がるかも知れない」

「ここでやるしかないようね」

「ああ。幸い、あの『首なし』の弱点は分かっている」

 

 二人の視線は、剥き出しの心臓に集中する。

 ヨワルテポストリの唯一の弱点は、この黒い心臓。

 これを攻撃できる勇敢な者は生き残り、逃げる臆病な者は呪いによって命を落とすのみと伝えられている。

 

「ぐ、ぐぐ……なんという事だ、将門の祟りがここまでとは」

 

 よろめきながら、ハイジャガーマン・ギガは立ち上がる。

 そしてムラサメとブリューナク、首なしの祟り神に目をやった後、大きく上空へ飛び上がった。

 

「かくなる上は再度の機会まで逃げるのみ! 今は雌伏の時、再起の瞬間まで覚えていろ! 我が名は!」

 

 三度名乗りを上げようとした瞬間。

 逃亡の動きに反応して、首なしの神が空気を断つように野太刀を振り下ろす。

 その刀身から黒い光の刃が飛び出し、ハイジャガーの背に叩き込まれた。

 

「もげぇ!?」

 

 飛ぶ斬撃を受けた白スーツの男は病院の中庭に墜落し、そのまま意識を失う。

 今の一撃は笑い事ではない。ハイジャガーを一撃で戦闘不能にし、しかも遠距離から攻撃できるのだから。

 

《ケンタウレス! Calling(コーリング)!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

 

 再び、ブリューナクの下半身が変化する。彼女はクイッと顎を動かし、ムラサメに自分の背に騎乗するように促した。

 ムラサメもそれに了承し、馬体となったブリューナクに跨る。

 

「行くぞブリューナク。狙いは心臓だ」

「了解よ。優雅(エレガント)に、そして華麗(ブリリアント)に!」

 

 AウェポンLモードを構えたブリューナクは、ムラサメを乗せて突撃。

 首なし戯我は野太刀を振り上げて迎え撃たんとするが、そこへムラサメのAウェポンGモードが炸裂した。

 銃弾が太刀を持つ指へ正確に命中し、音を立てて圧し折ったのだ。

 

「貰った! やれ!」

 

 ブリューナクの突き出した穂先が、祟りの戯我の胸へと向かう。

 だが、その直前。戯我が脇差として差していたイツトリを左手に取ったかと思うと、それが黒い煙を吐いて二人を飲み込む。

 

「あぁっ!?」

「ぐぅっ!?」

 

 黒煙を吸ってしまったムラサメとブリューナクの動きが、目に見えて鈍くなる。

 紛い物とはいえ、この戯我もテスカトリポカの力は持っているために、イツトリの煙にも変化があったのだ。

 この煙には毒素が混じっており、吸引した者の命を奪うほど強力。耐性を持ち霊装も纏うムラサメたちの場合は効果が薄いが、それでも身体を痺れさせる程度の事はできるらしい。

 

「く! これは少しばかり、まずいかも知れないわね……!」

 

 ブリューナクが距離を取って腕を震わせながら言う。この腕では攻撃を受け切れないかも知れないと思っているのだ。

 さらに目の前では、まるで死神が鎌を振り上げているかのように、野太刀を構える首なし戯我の姿があった。

 ハイジャガーを落としたあの一撃を使うつもりだ。

 

「どけ!」

 

 そんな彼女の腰を左腕で抱き寄せ、ムラサメが動く。自分も体が痺れているというのに、自らの太刀で大きな刀を受け流した。

 

「ムラサメ!?」

「く……!」

 

 しかし、やはり防御が精一杯だ。体の痺れに加えて、単純に敵側の卓越した剣技に押されている。

 それでもムラサメは必死に斬撃を捌き、ブリューナクへの命中を防ぎ続けた。

 

「あなた、大丈夫なの!?」

「オレに構うな! お前は自分の腕にだけ意識を向けろ、オレが隙を作る!」

「でも!」

「良いから集中しろ! ヤツに勝つにはお前の力が必要だ!」

 

 叫ぶなり、猛攻を受け止めながらソレイユオレンジのモンストリキッドを手に取るムラサメ。

 さらにそれを起動すると、ドライバーにセットされたハウンドのリキッドと入れ替えた。

 

《フェニックス!》

「お前はオレが守ってやる」

「……!」

「だから攻撃はお前に任せるぞ!」

Loading Color(ローディング・カラー)! HYBRID(ハイブリッド)!》

 

 後ろからムラサメの囁く声を聞いたブリューナクは目を見張り、言われた通りに槍を構えて意識を集中させる。

 狙いはやはり、あの胸から露出した黒い心臓。隙を作るという彼の言葉を信じ、ググッと槍を握り込んだ。

 そしてムラサメの方も、トリガーを人差し指で弾いて自身の姿を変える。

 

「カラーシフト!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 フェニックスのソレイユオレンジをベースに、サンダーリキッドのマジックヴァイオレットで塗られたカラーリングの、サンダーフェニックス。

 ハイブリッドカラーだが大袖の翼は健在であるため、身を守る事に徹するなら、この状況に最も適した形態だ。

 

「シィッ!」

 

 刀を振って野太刀を持つ手を狙うムラサメ。

 しかし首なしの戯我もムラサメのカラーが変わった事で警戒し、右手で太刀を、左手にはイツトリを握っていた。

 首なしはその一閃を黒曜石の短剣で受け止めると、身の丈近い長さのはずの黒曜石の大太刀を容易く片手で振り下ろし、ブリューナクの頭を叩き割ろうとする。

 

「させるか!!」

 

 その動きを、ムラサメはしっかりと読み切っていた。堅牢な装甲を持つ両翼で猛撃を防ぎ切り、自分を乗せている彼女を守護する。

 続けてブリューナクの背を蹴って跳躍し、イツトリを持つ左手へ一撃を加え、取り落とさせた。

 この一瞬が、致命的で決定的な隙となった。

 

「貰った!」

 

 ムラサメがホルダーから三種のモンストリキッドを背後へ放り、ブリューナクが全てキャッチ。

 そして、LモードのAウェポンにそれらをリードさせた。

 

「あなたは既に……」

《アイス! ウィンド! キマイラ! Charging Color(チャージング・カラー)!》

「私の勝利の構図の中よ!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 槍が三色に激しく輝きを放つと、ブリューナクは四つの足に力を込め、素速く突撃。

 振り抜かれた長槍から、真っ直ぐに必殺の一撃が解き放たれた。

 

《トライカラー・クロマティックスクリュー!》

「ハァァァァァーッ!」

 

 螺旋を描く一突きは、凍てつく風を纏って黒煙を消し飛ばす。

 首なしは黒曜石の太刀を使って迎え撃つ。大上段から、思い切りそれを振り下ろした。

 刀と槍がぶつかり合い、火花を散らす。そして打ち勝ったのは――ブリューナクの方だ。

 キマイラリキッドによって与えられた剛力により、パワーで勝利を納めたのだ。攻撃を受け、黒曜石の刀身は半ばで折れてしまう。

 霊馬の首ごと穴を一息に貫いた槍は、そのまま首なしを地に落とし、傷口から徐々に肉体を凍結せしめた。

 

「これで……!?」

 

 しかし。首なしも、ただ力負けしたワケではなかった。

 上から刀を強く振り下ろした影響で、Aウェポンの狙いが僅かに逸れたのだ。

 そのため、槍は穴へと突き刺さったものの、心臓を浅く傷つけただけに留まってしまった。

 

「しまっ、た」

 

 刀を破壊できたとはいえ、大きく踏み込んだために、既に半分折れた太刀の間合いに入ってしまっている。

 このままでは自分は斬り殺される。心臓まで凍結し切れば倒せるかも知れないが、このままでは間に合わない。

 ブリューナクがそう思った、その直後。

 

「まだだ!」

 

 そんな声と共に、ムラサメがブリューナクの放った槍を握り締めた。いつの間にか、姿はサンダーハウンドに戻っている。

 さらに続けて、槍を手にしたまま装填済みのモンストリキッドを操作した。

 

《サンダー!》

「急々如律令!」

Calling(コーリング)!》

 

 AウェポンLモードを伝って、雷撃が首なしの体内に流し込まれ、内部から焼く。

 グラデーションカラーのサンダーハウンドであるため、雷の威力はハイブリッドよりも大きい。

 だが、それでもなお首なしは抵抗し、半分に折れた刀を振り上げてムラサメの左の脇腹を突き刺した。

 

「ぐっ!?」

「ムラサメ!? ダメよ退いて、これ以上はあなたの身体が!」

「まだ、だ……もっと! 食らわせてやる!」

 

 ムラサメは歯を食いしばって、槍を握りながらもう一度リキッドを操作する。

 

《サンダー! Calling(コーリング)!》

「グッ、く……急々、如律令!」

《サンダー! Calling(コーリング)!》

 

 二度連続で雷を浴びせ、槍をひねって押し込むムラサメ。

 体内を駆け巡る電撃によって、とうとう首なしも地に膝をつきかけるが、それでもなお倒れはしない。

 むしろ野太刀の柄を両手で握って力を込め、最後の力を振り絞ってムラサメの命を奪おうとする。

 刃がより深く食い込み、ムラサメのクラッシャーから血が溢れ出した。

 しかし、ムラサメの方も未だ意識を保っている。

 

「お前のようなヤツに、オレの刃を……砕かせてやるつもりはない!」

 

 そう言って彼は、身体に刺さった太刀で深手を負う事も構わず、テスカトリポカの仮面に拳を叩き込んだ。

 首なしは電流を浴びてガードする事さえできず、古の仮面は粉々に砕け散る。

 それによって首なし戯我の全身は痙攣し、刀からも手が離れ、ムラサメは最後の一押しに動いた。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「これが最後の景色だ……」

《サンダーハウンド・クロマティックストライク!》

「爆ぜろ、神擬き!」

 

 胸を蹴って距離を取り、装甲の展開と同時に、長槍へと雷を纏う飛び蹴りを叩き込む。

 その一撃で槍はさらに深く抉り込まれ、獣の叫びと稲妻の轟音と共に心臓を破壊。

 同時に、首のない神の紛い物は灰のようになって砕け散り、黒曜石の野太刀も消失した。

 

「オレの……勝ちだ」

 

 変身が解除されると同時に、紫乃は地に降り立つ。

 そして――血の流れ出る腹部を押さえ、崩れ落ちた。

 

「行雲くん!!」

 

 その体を、ロゼが駆け寄って支える。ドロドロと血の流れる腹を、彼女の細い指が押さえる。

 

「お願い、意識を強く持って! こんな傷、治療の霊薬があればすぐに治せるから!」

 

 言いながらロゼは、紫乃の口元に小瓶を持って行き、飲ませようとする。

 だが、既に意識が朦朧とし始めている紫乃は、瓶を手に取って口に入れる力すら失っていた。

 

「負けないで、私もあなたを守るから……!」

「……ロ、ゼ……」

 

 徐々に失われていく意識の中、紫乃が最後に見たものは。

 霊薬を口内に含み、正面から自分に顔を近づけて来るロゼの姿だった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それから、翌日。

 腕や胴に包帯を巻いた紫乃が、磐戸高校への通学路を歩いていた。

 彼の後ろからはロゼがついて来ているが、昨日とは打って変わって紫乃に引っ付く様子はない。

 紫乃も気になったのか、後ろを振り返ると「なぁ」と声をかける。

 

「はい!? なっ、なんでしょう! 何かしら!」

 

 すると彼女は、そんな素っ頓狂な上擦った声を上げた後、咳払いをした。

 

「朝から何かおかしいぞ、お前」

「だ、だって……昨日は私、その……」

「なんだ、そんなに昨日の任務の事を気にしているのか」

「当たり前でしょう!? 逆にあなたこそ、どうしてそこまで平然としていられるの!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てるロゼに対して、紫乃はやはり冷静に答えを返す。

 

「オレが死にかけたのも、今回一般人への使用が目的で持ち出された霊薬を消費する事になったのも、お前のせいじゃない。敵を斬るのがオレの仕事で、そのためにオレが飛び出したからだ。何も気にするな」

「いや、私が言いたい事はそうじゃなくて……うーん……」

「任務遂行のために守る立ち場だったはずが、お前には助けられてしまった。それは礼を言わねばなるまい」

 

 そう言って、紫乃はロゼに向かって深く頭を下げる。

 すると彼女は呆気に取られたような、あるいは馬鹿らしくなったような表情になり、その後にフッと笑みをみせた。

 

「あなたにとって敵を斬るから傷つくのが当たり前なように、私にとって誰かを守って命を助けるのは当然なの。誰かを助けたいと思う気持ちに、仕事とか任務とかお金のためとか、そんなの関係ないのよ」

「……そういうものなのか」

「そういうものよ」

 

 ロゼの表情に華のような可憐な笑顔が戻り、ようやく彼女は最初と同じように紫乃の隣に並ぶ。

 だが、その直後。紫乃は「ところで」と口火を切って、質問を投げかけた。

 

「オレはあの時どうやって助かった? 霊薬を飲み込む余裕はなかったと思うが」

「え!? あーっ、いや、それはその……」

「教えてくれ、一体どんな魔法を使った? オレにもできるのか?」

「うあー、んんんーもう! 乙女にそういうデリケートな質問は禁止!」

「は? 性別など関係ないだろう? 今後の任務の役立つかも知れんのに」

「とにかくダメと言ったらダメよ! もう行くから私!」

 

 たちまちロゼが速歩きになり、紫乃を置いて校舎へと足を進める。

 突然怒り出した理由が分からず、しかし紫乃はそんな彼女を追いかけるように歩く。

 

「甘酸っぱいねぇ~」

「そ、そうなのかな……?」

 

 そんな二人の通学の様子を、若葉と駿斗はこっそり見守るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「お、おのれぇ……なぜ失敗した!?」

 

 同日、夜。

 テスカトリポカの復活を企てた白スーツの男は、薄汚れた姿になって高架下に身を隠していた。

 封魔司書たちが自身を追跡しているため、こうして逃走しているのだ。

 

「私の計画は完璧だったはず。平 将門の骨が、テスカトリポカ様の復活を導くと『あの方々』も言っていたのに!」

 

 ダンッ、と拳を地面に打ち付ける男。

 苛立ちを募らせ、何度も何度も同じように拳で叩いて呪詛の言葉を吐く。

 その時だった。

 

「随分情けねぇ格好になってんな?」

 

 自分に話しかける男の声が聞こえ、白スーツの男は身を起こして構える。

 しかし、その人物の姿を見るとすぐに構えを解いた。

 

「あなたは……! お願いします、私に再度チャンスを!」

 

 縋り付くように白スーツが言った。

 そこにいたのは、赤茶色の髪を生やした無精髭の目立つ男。

 ノースリーブの黒いシャツと迷彩柄のズボンを身に着けており、牙と共に酷薄な笑みを見せている。

 

「同じ素材があれば、必ずテスカトリポカ様を蘇生できます!」

「そりゃ無理だ」

「しかし!」

「だってお前、アレは本物の平 将門の骨じゃねえからな」

 

 瞬間、男の表情が凍りつく。信じられない話を聞かされた、とでも言うように。

 

「なん……だって……?」

「お前に売ったヤツな、ありゃ影武者の遺骨だよ。似たような力ならあるが、本物の将門の呪いほどじゃねぇ。召喚しても暴走するのは確実だから……要するにお前、最初からあそこで死ぬ手筈だったんだよ」

「な、あ……わ、私や信者たちをあなた方の組織に加えるという約束は!?」

「知るかそんなモン、だからさ。えーっと、なんだっけお前の名前。まぁいいや」

 

 チャキ、と無精髭の男が銃口を突きつける。

 獲物を前にしたサメのように、獰猛な獣のように。

 争う事を、人の命を奪う事を楽しんでいる、そんな笑顔を見せて。

 

「お前は最初からカネや遺物のために使い捨てる道具だ。それに、たとえガキと違って思い通りに動いても、こんなナマクラじゃあ役に立たねぇやな?」

「ヒ……!?」

「ボスからの命令だ。くたばりな、ゴミクズ」

 

 暗い高架下に、何度も銃声が響き渡った。




付録ノ六[ケンタウレス]

 女性型のケンタウロスの総称。文献などにおいてその名で言及される事は少ない。
 美しい女性の上半身の下に馬の体が生えており、弓や槍などの武器で戦う。
 ケンタウロス族は好色で酒好きの暴れ者と言われているが、ケイローンのような人格者の方が神話に登場する事が多い。
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