磐戸市から少し離れた山の森林で、人間のものとは異なる数多のシルエットが忙しなく飛び交っていた。
ムラサメも何度か戦った下級のコオニ・ギガが複数体と、それらよりも体格と筋肉が大きく長い角を生やした怪人が数体いる。
コオニよりも強力な個体、名前はそのまま『小』の字を取っ払ったオニ・ギガだ。
金棒を背負いながら、何かを追い立てるようにして山の中を走っている。
「ヤツメ、ドコダ!」
「仮面ライダー! ドコダ!」
走りながら周囲を見回すオニたち。
すると、どこからともなく笑い声が聞こえる。
「俺ぁココさ」
見上げた瞬間、一体のオニの頭を目掛けて飛んで来る光の矢。
一撃で脳天を貫き、その戯我は夜空を仰ぐように倒れた。
それを確認して、オニたちは怒って喚き散らす。
「ギイッ、ギイッ!」
「コロセ! コロセ!」
オニとコオニは弓を持つその敵の影を追い、しかしすぐに射抜かれてしまう。
追えども追えども到達できず、矢で狙い撃たれるばかりで、オニ・コオニの数はどんどん減っていく。
「そんなにガサガサしてたら『どうぞ狙って下さい』と言ってるようなモンだ、お前らじゃ俺に勝てねえよ」
残る一体の鬼の胸を矢が貫くと、その男はひとつ深い息を吐いた。
「さーて、これで今日の仕事は終わりかね」
姿を見せたのは長身の青年。
封魔司書の詰襟制服を纏っており、亀を模した灰色の仮面を装着している。そして、腰にはレリックドライバーも。
柔らかい金糸のような髪は肩まで伸び、僅かに垂れた目に鮮やかな碧い瞳が仮面から覗く。静かな狩人のような先の動きとは裏腹に、どことなく飄々とした印象を与える。
青年はN-フォンを出すと、鼻歌交じりに通信を行う。通話先の相手の名は、
「よーう安藤サン、この辺りの鬼の掃討は終わったぜ」
『そうか、良くやってくれた。一度こちらに帰投して貰うが、作戦は継続だ』
「了解」
長宗というらしい男との通信を終えて、青年は大きく伸びをする。
「支部に帰るのはいつになるかねぇ」
「藍原支部長、相談があるのですが……」
首なしとの戦いから数日後、休日。
ロゼは、支部長である織愛の執務室に来るなり、そう切り出した。
相当に思い悩んでいるような、深刻な様子だった。
只事ではないだろうと思いつつも、織愛は微笑んで返答する。
「相談、ね。丁度いいわ、実は私もあなたに用事があるの」
「あ、では先にそちらからお願いします」
言われて織愛が取り出して見せたのは、二色のモンストリキッドだ。
エレメントカラーの方はオーキッドパープルで、フィジカルカラーの方がアイビーグリーンだ。
「これは……!」
「あなた用に新造したリキッドよ。あなたのお父様から素材が送られて来たから、それを元に用済みのネコマタを丸々インクとして使って、とりあえず一組作ったわ」
ロゼは受け取ったそれを眺め、唇を釣り上げて頭を下げる。
「ありがとうございます。期待に沿えられるよう、必ずこれを使いこなしてみせます」
「その時を楽しみにしておくわね。それで、あなたからのお話って?」
改めて織愛から尋ねられ、ロゼの笑顔はピタッと止まる。
そしてその顔が段々と煙でも吹くのではないかと思える程に赤くなっていき、ゆっくりと俯く。
が、彼女はそれでも「実は……」と声を絞り出した。
「……行雲くんにキスしたぁ!?」
「声大きいですよ!!」
「あ、あぁごめんなさい」
「それに仕方なかったんです、彼は重傷を負って霊薬を飲めなくて口移し以外方法がなかったんですから!」
当時を思い出し、羞恥で真っ赤になった顔を両手で覆い、ロゼは言い放った。
最初に出会った時、ロゼにとって紫乃は仲間ではあるものの、男友達という認識でしかなかった。それどころか変な男に言い寄られないために、彼にくっついて安全な立場にいようとしていた。悪く言えば利用していたのだ。
それが、治療のため他に方法がなかったとはいえ勢いで口移しをしてしまった事で、全てが変わった。
「で、行雲くんはソレ気づいてるワケ? 口移しの件」
「気づいてないです。それどころか、私が何をしたのか聞き出そうとしてました」
「うーんなるほど。で、あなたの方は嫌でも意識してしまうと」
「意識というか……まぁ、流石に一日経ったらちゃんと目を見て話せるくらいに気持ちは落ち着いたのですけど」
熱くなった両頬を手で冷まそうとしているかのような仕草をしながら、ロゼは続けて述懐する。
「その、ふとした時に唇に目が行って、それでつい……キ、キスしてしまった時の事を思い出してしまって」
「あー」
「これってその、そういう事なんでしょうか!? それとも単にキスしたという事実で気持ちが昂ぶってるだけなんでしょうか!? 私こういうの分からなくって!!」
半ば悲鳴を上げつつ真剣に悩んでいる面持ちでロゼが言うので、織愛は意外そうに頷くばかりだった。
「あなた、結構ウブな子なのね。箱入り娘って感じ?」
「うぅー……作戦に支障が出ても困るので真剣に悩んでるんですよ、私。そういう藍原支部長の頃はどうだったんですか」
「私ぃ? そうね、あなたぐらいの頃はね」
織愛の目からフッと光が消えて死んだ魚のようになり、テーブルにジョッキが置かれ、なみなみとハイボールが注がれていく。
「封魔司書としてより高い場所を目指して、毎日毎日昼も夜もそれはもう必死に猛勉強してたから私の高校生活にステキな出会いなんて全く縁がなかったし青春なんてものは本当になかったのよ恋とか愛とかなにそれって感じ」
「あ、あの支部長?」
「私だって本当はイイ男と出会って幸せな青春時代を送りたかったわよ本音は今だって誰かとお付き合いしたいと思うっていうか私も27歳でそろそろ三十路見えてきてるから結婚しないとヤバいのよもちろん誰でも良いワケじゃないけど昔の同級生も同僚も結婚し始めてるしでも周りの男は思わせ振りな態度ばっかりでちょっと一緒に酒飲みに行ったらすぐ酔い潰れるわ用事を思い出したとかで帰るわで」
「支部長分かりました! ストップ! 一旦ストップで!」
ハイボールを飲んでは注ぎ、飲んでは注ぎを繰り返す彼女に危機感を察知して、ロゼは織愛に制止をかける。
しかし彼女のハイボールを飲む手も話す口も止まらない。
かと思えば、重そうな胸を机に押し潰すように突っ伏してしょぼくれ始める。
「どうせ私なんて、私なんてぇぇぇ~」
「あぁもう、どうしたらいいのこの状況……」
もはや悩み事の相談どころではなくなり、ロゼは困り果てていた。
そんな時。執務室の扉に、ノックの音が響いて来る。
ロゼは戸惑うが、それを聞いた織愛はシャキッと背筋を伸ばし素早く酒類を片付け「どうぞ」と真面目な声で扉の先にいる人物を通す。
現れたのは二人の男。一人は肩まで伸びたオリーブブラウンの髪に、碧色の瞳をしたタレ目の20代前半に見える、目鼻立ちの整ったハンサムな青年だ。
もう一人は、力強さと同時に堅物さも感じさせる鋭い目つきの男。黒く短い髪で、しっかりとネクタイを締めたスーツ姿が彼の堅さをより際立たせている。年齢は恐らく20代後半だろう。
「あら、
名を呼ばれると、青年はニッと笑みを作る。そして、織愛はロゼへと二人の紹介を行った。
「彼は
「魔祓課?」
聞き覚えのない単語にロゼが首を傾げる。その疑問に答えるのは、所属している本人の宗長だ。
「今ではその呼び方が定着しているが、正式名は『特殊犯罪対策課』だ。かつて帝久乃市という場所に立ち上げられた『電脳特務課』を前身とし、警察組織内で秘密裏に作られ、各地で戯我のような怪人・怪物の捜査と対策を行っている。集めた情報をLOTと共有し、解決に当たるのが我々の仕事だ」
「なるほど……私はLOTフランス支部から来ました、ロゼ・デュラックです。よろしくお願いします」
一度お辞儀をしてロゼが言うと、灰矢というらしい青年は片眉を上げる。
「フランス支部のデュラックって言やぁ、この道じゃかなり有名な魔術師の一派じゃねぇか。こいつは驚いたな、まさか日本で会えるとは。噂通りの美人さんだ」
「うふふ、ありがとうございます」
興味深そうに頷く灰矢に対し、笑顔で応じるロゼ。
そんな弛緩した空気を引き締めるように、長宗は咳払いする。
ここに来た本来の目的、それを果たそうとしているのだと察して、ロゼも表情を引き締めた。
「藍原支部長。以前から継続中の鬼の掃討作戦についてですが」
「山林地帯に増えたから人里を襲い始める前に狩って欲しい、と弓立くんに頼んでおいたあの件ですね」
「あれから何度も鬼の戯我を調伏し続けていますが、一向に数が減る気配がない。これは異常事態なのではないか、と思い意見を伺いに参りました」
ふむ、と織愛は自身の顎に手を添えて考え込む。
「オニやコオニ以外に敵の戯我は?」
「現在のところ、確認できていません。詳細な規模も不明で、無数に増えているとしか思えない」
「統率者なしでそれか……確かにこれは奇妙ね」
しばらく思考した後、織愛は顔を上げて長宗を見据える。
「了解しました。丁度こちらの任務の後処理も一段落したところなので、行雲 紫乃とロゼ・デュラックの両名を調査・作戦行動に加えましょう」
「ご協力に感謝を。では、私は一度署に戻ります」
一礼した後、長宗はカツカツと歩いてその場を去った。
それを確認して、織愛は長く深い溜め息を吐く。
「疲れた……」
「苦手な方だったんですか?」
「なんか緊張するのよね、あの人。超真面目だし」
言いながら、織愛は再びハイボールを呷る。
灰矢はその姿を見てヘラヘラと笑った。
「そりゃ勤務中に酒飲む人とは相性悪いだろうなあ」
「良いでしょ別に、この方が頭回るんだから。それより弓立くん、トレーニングルームに行雲くんがいるはずだから、ロゼちゃんと一緒に呼びに行って来て」
「了解」
短い返答をしてロゼと共に踵を返すと、再び背後から織愛が呼びかけた。
「あとカワイイからってその子に手を出したりとか考えたらダメよ」
「しませんて、人を何だと思ってんですか」
「口が上手くて女タラシ」
「ひでぇ認識だなオイ……子供相手にタラシ込んだりなんかするかよ」
呆れた声で言った後、ロゼと灰矢は執務室を後にした。
※ ※ ※ ※ ※
そして、同じ頃。
件のLOT磐戸支部のトレーニングルームでは、変身せず薄手のスポーツウェア姿でAウェポンT/Gを構えている紫乃の姿があった。
床からインクのような液体が吹き出すと、それが透明な怪人の姿を形作り、紫乃に向かって襲いかかって来る。
「シッ!」
紫乃はそれを素速い剣捌きで斬る、あるいはGモードで撃つなどして、的となる擬似的な怪人たちを消滅させた。
「まだだ」
彼が呟くと同時に再びインクが噴出し、また怪人の姿を作る。
前回、首なしの戯我との戦いで辛くも勝利したとはいえ、紫乃は深手を負ってしまった。
相手が神擬きとはいえ、自分がもっと強ければ、あんなにも不甲斐なく苦戦させられる事はなかったはず。そう思って紫乃は、自らを鍛え直しているのだ。
「やぁ、精が出るねぇ」
そんな紫乃へと、背後から声がかかる。
振り返ってみると、そこには若葉に抱えられた安倍の式神である小狐と、彼女の隣でトレーニングを見学している駿斗がいた。声をかけたのは小狐だ。
「傷はもう良いのかい?」
「ああ。霊薬が効いたらしい」
「それは良かった」
「で、今日は何の用だ」
的に向き直りながら、紫乃が問う。すると小狐は若葉の腕の中でごろんと転がりつつ、話を続けた。
「なぁに、占ってみたら近々そっちでまた大きな事件が起こる兆しが出たんだ。一応警戒を促しておこうと思ってね」
「なんだと?」
思わず手を止めて、紫乃が聞き返す。駿斗と若葉も目を剥いている。
先日やっとの思いで神の復活を阻止したばかりだというのに、新たな魔の手が街に迫っている。それに驚いたのだ。
「まさかとは思うが……それは、先日のテスカトリポカの一件で白スーツの男が口にした『あの方々』とかいう連中の手引か?」
「可能性としてはあり得るね。けどまだ断定はできない、その組織だか団体だかの人間を捕まえてみないと」
「それもそうだな」
紫乃は静かに息を吐き、訓練を一時中断。今度は駿斗と若葉の方を向いた。
「で、お前ら何をしに来た」
「えっと、紫乃くんが忙しくなかったら遊びに誘おうと思ったんだけど」
「……懲りないヤツらだな」
若葉の言葉を聞いた紫乃が、呆れた様子で言う。駿斗も苦笑していた。
「これからまた忙しくなるみたいだし、また今度にしようよ若葉」
「はぁ~、まぁしょーがないか」
観念して手から小狐を下ろすと、若葉と駿斗はその場を去ろうと振り返って出口へ歩こうとする。
しかしそこへ、ロゼと灰矢がやって来た。
「あ、ロゼちゃん! と、誰?」
ロゼの後ろにいる男に、首を傾げる若葉。駿斗も同様、会った事のない相手を見てキョトンとしている。
一方、紫乃の方はその灰矢を見て、訝しむと同時にゆっくり近付いていく。
「任務は終わったのか、灰矢」
「おうよ……って言いたいところだがちょいと事情が変わってな。紫乃、お前の力を借りる事になりそうだ」
言って灰矢はフッと微笑む。
それを受け、紫乃はチラリと小狐の方を見た。先程の『兆し』とは、この事なのかも知れないと判断したのだ。
「お前と仕事をするのは久し振りだ」
「ヘッ、そうだな。腕は落ちてないだろうな?」
「当然だ、誰に言ってる」
「そいつは一安心……ん?」
直後、後ろから視線を感じた灰矢はくるりと振り返り、紫乃もその方を見る。
若葉がむくれていた。紹介もせす自分たちを放置して話し込んでいる事を非難している、そんな顔つきだ。
駿斗の方もそれを察して苦笑し、改めて灰矢へ自己紹介を促す。
「俺はLOT磐戸支部所属の封魔司書、弓立 灰矢。こいつらにとっちゃ仮面ライダーとしての先輩でもある。よろしくな」
そう言って灰矢が二人にウインクすると、若葉は興味深そうに「おー!」と声を上げた。
「怪物と戦える人が三人もいるんだ! すごいね駿くん!」
「そ、そうだね。でも……」
駿斗の表情が僅かに強張る。
少なくとも自分の知る限りでは、これまで紫乃一人で街の戯我を倒し続け、十分な戦果を出していたはずだ。
灰矢も当然、別の場所で同じような任務に当たっていたのだろう。
だからこそ彼は不安に感じているのだ。同じような力を持つ人間がここまで集まらなければならない状況とは、一体どれほど切迫したものなのだろうか?
「おい」
そんな駿斗の不安を察してか、紫乃が話しかける。
「オレたちは戯我を調伏する専門家だ。お前らに心配などされる謂れはない、帰って勝手に遊んでろ」
「……うん、ありがとう。でも今度は絶対一緒に遊ぼう!」
「フン」
嬉しそうに微笑んだ駿斗が、若葉を伴って外へと出て行った。
その後ろ姿を手を振り見送った後、灰矢は紫乃の肩に手を乗せてニヤリと笑う。
「他人の心配をするとは、随分丸くなったな? お友達ができたからかねぇ?」
「違う。別に友達なんかじゃない、オレにそんなものは必要ない」
「そう照れんなって!」
「照れてなどいない……それよりも、人払いは済んだぞ。任務の話を聞かせて貰おうか」
灰矢は微笑んだまま頷き、安倍も含めた三人にこれまでの経緯を話し始めた。
※ ※ ※ ※ ※
磐戸の山林地帯でオニ系の戯我の活性化と人里への襲撃が始まり、LOTが警察から協力要請を承ったのは、約一ヶ月前まで遡る。
当初はコオニばかりであったため、武装した封魔司書たちが対処に当たっていた。下級戯我を手早く調伏した後、森の中や街への侵入ルート各所に結界を施す事で、再発を防止したのだという。
しかし、それだけでは事態は収束しなかった。
山で入念に貼ったはずの結界がいつの間にか何者かによって破られていた挙句、コオニの数が増殖。そればかりか中級戯我、つまりオニ・ギガも現れ始め、末端の封魔司書では対処し切れなくなったのだ。
そこで織愛は灰矢を派遣。仮面ライダーである彼の力で、増えすぎたオニの討伐を敢行した。
だが、それでも彼らの予想を超えて、オニたちは数を増やし続けた。
「難儀な任務に就かされたらしいな」
トレーニングを終えて一服した後、紫乃たち三人は早速現場へ向かっていた。
全員既に染料と仮面で変装しており、車内で移動の最中だ。
「全くだぜ。はーあ、こんな仕事さっさと終わらせて、ちょいとそこらで女の子引っ掛けて『デート』でもするつもりだったんだけどなぁ」
肩を竦めて溜め息を吐く灰矢。それを聞いて、ロゼはムッと唇をへの字に曲げる。
「なんですかそれ、支部長の言った通り女タラシだったんですか?」
「お? 別に俺、タラシなのは否定してないぜ? むしろ生まれ持った顔を活かさない紫乃がおかしいんだよ」
ジトーッと睨むロゼだが、そんな視線も暖簾に腕押しだとでも言うように、灰矢はヘラヘラと笑っている。
そして『生まれ持った顔』と紫乃について言及されたため、ロゼはついそちらに視線を向けてしまい、さらに唇に注目して思わず頬を染めて目を背けた。
「……ははーん? そういうことか」
彼女のそんな様子を観察していた灰矢は、ニヤついた顔をさらに愉快そうに歪めた。
「な、なんですかその顔」
「べっつにー? 頑張りなよ、恋する乙女ちゃんよ」
「なっ、なななななな……」
耳まで顔を赤くし、口をぱくぱくさせるロゼ。
その時、三人を乗せた車がブレーキ音を立てて停止する。
車外の風景はまだ山ではない。しかし外からは、唸り声のようなものが聞こえる。
「敵襲です!」
運転手の封魔司書が言ったのを合図に、三人はレリックライザーとライズホルダーを取った。
「……無駄口は終わりだ、行くぞ」
「え、ええ!」
「おうよ」
紫乃たちは素早く外へ出ると、車両の周りを包囲しているコオニたちへと発砲。
灰矢の放った弾丸は全て正確にコオニの眉間を捉え、残る二人も数発外しはするものの、戯我たちを次々に消滅させていく。
しかし、勢いはそこで緩まる。その場に下級戯我だけでなく、中級のオニも姿を見せたからだ。
「ヘッ、手厚い歓迎じゃねーか?」
「だがどういう事だ? 街の結界まで破られたのか?」
「ンなモンどっちでもいい! 今は考える前に、やる事やるだけだぜ!」
そう言って、灰矢は二本のモンストリキッドを取り出した。
カラーはエレメント側がローシェンナ、フィジカル側がアッシュグレーだ。
紫乃とロゼも同じく変身のためにリキッドを取り出そうとするが、それは灰矢が腕で制した。
「戯我がいる以上ここはもう敵地だ。わざわざ手の内を見せてやる必要はねぇ、俺がやるからサポートよろしく!」
『了解』
二人はそう言って、レリックライザーのみでコオニたちを散らして行く。
その間に、灰矢は両方のリキッドを起動した。
《ガイア!》
《トータス!》
「狩りの時間だ……!」
《
発光する二つのインクカートリッジをレリックドライバーに装填し、灰矢はグリップを引き込む。
そしてトリガーを右手の指先で弾き、左手でパチンッと音を鳴らした。
「変身!」
《
灰矢の頭上に茶色の
インクは灰矢の体を上描きして生体装甲を作り出し、その姿を変質させた。
《狙い射る岩土の狩人! ガイアトータス!》
現れたのは、灰色のアンダースーツとチェーンメイルのような装甲の上に、フードがついた亀甲柄の茶色い
頭部はヴァイキングが用いる兜と亀を組み合わせた形状となっており、左肩はアームで接続された六角形の堅牢な装甲で覆われている。
「仮面ライダーユーダリル! 行くぜ!」
《
左手に大きな弓型のAウェポンを取り、その戦士、ユーダリルは正面のオニに狙いを定めた。
「ギキキッ! 弓矢ナド、当タラナケレバ意味ガナイ!」
そう言いながら、オニは一体のコオニの首根っこを掴んで、もう片方の手で金棒を持ち突撃する。
コオニを盾とする事で、矢から身を守るつもりなのだ。
だが、そんな事は構わずに、ユーダリルは弓についた引き金を操作した。
次の瞬間、弓から光の矢が飛び出し、コオニで体を守ろうとしたオニの右目を正確に射抜く。
「ギャッ!?」
思わず怯み、足を止めるオニ。
それでもユーダリルは容赦なくコオニごと連続で矢を放ち、二体とも消滅せしめる。
「ギギーッ!」
他の鬼の戯我たちも、一斉に襲い掛かる。
その行く手に立ち塞がるのは、紫乃とロゼだ。二人はレリックライザーに、それぞれ二色のモンストリキッドを起動した。
《ウィンド!》
《キマイラ!》
「急々如律令」
《フラッシュ!》
《ケンタウレス!》
「
《
各々が持つレリックライザーが発光し、その銃口はオニの軍勢へ向けられる。
そして、トリガーが引かれた。
「猛れ、ウィンドキマイラ」
「駆けよ、フラッシュケンタウレス!」
《
銃から召喚されたのは、獅子と山羊の頭に蛇の尾を生やした怪物と、下半身が馬の体となっている女騎士だ。
三種の合成獣は暴風と爪で敵を容易く蹴散らし、閃光の女騎士は突撃槍で蹂躙。オニたちを足止めする。
加えて、キマイラとケンタウレスが討ち漏らした者たちも、ナイフの投擲とAウェポンによって次々に対処していく。
「ギィィ……!」
あまりに強い封魔司書たちに、鬼たちは歯噛みする。
しかし、その状況を一変させ得る出来事が起きた。
「グルォォォォォーッ!」
おぞましい咆哮と、金属のぶつかる音を同時に響かせてその場へ姿を現すひとつの巨影。
頭に三本の鋼鉄の角、牙や外皮と眼球も鉄、肉体の全てが金属で構成されているその戯我は、金棒を天にかざして名乗りを上げた。
「
オニたちが歓声を上げ、キンキ・ギガを戦場に迎え入れる。
明らかに士気が上がった。その様子から、紫乃たちもこの鬼が敵のリーダー格なのだと理解する。
「貴様らか、儂らが集めた可愛い鬼たちを殺す不届きな封魔司書は!!」
「可愛いだぁ? 眼が鉄みてーになってるクセに腐ってんのかよ、それとも見えてねぇだけか?」
「鬼の侮辱は許さぬ!」
体格に見合わず素速く走るキンキ。ユーダリルは矢を足に向かって放つが、光の矢は金属の肉体に弾かれてしまう。
「チッ!?」
「ムハハハ! 蚊の小針如きでえぇぇぇ! 我が身は貫けぬわ!」
ブォンッ、と音を立てて金棒を振り下ろすキンキ。
大振りな一撃であるが故に回避は容易いが、ただ叩いただけで舗装された道路が深く大きく割れる威力だ。直撃すればひとたまりもない。
そんな破壊的な暴打を、キンキは幾度も繰り出してくる。
「うおっと!!」
その度に、ユーダリルはギリギリのところで身をかわし続け、キンキの攻撃から逃れる。
紫乃とロゼはそんな彼の戦いを見て、オニたちを攻撃しながら声をかけた。
「加勢してやろうか?」
「というかどう考えても加勢が必要でしょう! これは!」
「いいや、お前らはそのザコ共が逃げないようにキッチリ始末つけといてくれ」
バック宙で避ける余裕を見せつけつつ、ユーダリルは弓を握る手に力を込める。
「こいつは俺が片付けてやるぜ!」
再び矢がキンキに向かって射ち出される。しかし、眼に命中させても開いた口に放っても、キンキには全く通用しない。
「大口を叩いておいてその程度か! 愚かなヤツめ!」
そして効果のない攻撃を続けている間にキンキは接近し、その豪腕で金棒を振り上げた。
瞬間、ユーダリルはリキッドを押し込んでドライバーのトリガーを弾く。
《トータス!》
「ターゲット・ロックオン!」
《
音声と共に左の肩鎧が発光。
その六角形の装甲が六つに分離して飛び出し、自動的にキンキの金棒を受け止め弾き返した。
「ヌッウ!?」
「そぉら!」
隙を突き、再び光の矢を発射するユーダリル。当然ながら防ぐまでもなく無力化されるが、それでも射撃を続ける。
全く痛みがないとはいえ、目の前で何度もチカチカと光が打ち込まれ、攻撃は飛び交う装甲で防がれ、キンキの苛立ちはどんどん募っていく。
「えぇい鬱陶しい!」
今度はこの装甲ごと破壊してやる。そう言わんばかりに、キンキが大振りで渾身の一撃を繰り出そうと動いた。
「そいつを待っていた!」
その直後、ユーダリルの左腕の動きに合わせて六つの装甲が飛び、キンキの振り上げた金棒を上から押さえつける。
「ム!? 何の真似だ……!?」
さらにキンキの身動きが取れない間に、ユーダリルは他のオニが落とした金棒を拾い上げ、キンキの頭を全力で殴打した。
「ムゴォッ!?」
「そらもう一丁ォ!」
再びキンキの頭へと、野球ボールを飛ばすような勢いでスイングを食らわせるユーダリル。
金棒もひん曲がっているが、キンキの顔面もボコボコになり、口から黒ずんだ金属の歯がまろび出て地面で溶けた。
「ご、ボ!? お、おのれぇぇぇ!」
「ヘッ! もっと鬼らしいブサイク面になったじゃねーか」
「貴様ァーッ!」
自らの手を金棒から離し、キンキは金属の爪で引き裂こうと襲いかかる。
ユーダリルも使い物にならなくなった金棒を捨て、今度はエレメントカラーのリキッドを入力した。
《ガイア!》
「ターゲット・ロックオン!」
《
すると道路が変質し、土の壁となってユーダリルを守るように迫り上がる。
「そんなもので!!」
硬質化した六角形の土壁は、それでもなおキンキの腕力には及ばず。
一撃で鉄拳に貫かれて瓦解し、その先にいるユーダリルの姿を晒してしまう。
「この程度の硬さで儂の力に勝てると思っておったか!?」
「ああ、勝ったぜ。思い描いた通りにな」
「ヌ……?」
くつくつと笑うユーダリル。
不審に思ってキンキが自分の体を見下ろせば、崩れた土が再び動き出して枷のような形になって固まり、両腕・両脚を完全に拘束しているのが分かった。
「なぁっ!?」
「お前が真っ向勝負しかできないタイプで助かったよ、お陰さんで俺が勝つための土台ができた」
「だ、だが! 儂の鉄の肉体を砕く力など、貴様らにはあるまい!?」
「分かってねぇなぁ」
そう言ってユーダリルが紫乃に視線を向けると、彼からファイアレッドのモンストリキッドが放り込まれる。
さらに弓型のAウェポンを左右で分割し、大弓から双斧、即ち
「ナメて貰っちゃ困るぜ、お前をブッ倒す方法なんぞいくらでもあるのさ……」
《ファイア! クラーケン!
自身が元々持っていたリキッドもリードすると、身動きの取れないキンキに向かってユーダリルが疾駆する。
斧が炎を纏い、ユーダリルの装甲各部が展開。ダクトが露出し、音声が流れ始めた。
《
「こいつで仕上げだ!」
《バイカラー・クロマティックアサルト!》
熱を持ったの戦斧の連撃が、鋼鉄の鬼の身体を容易く溶断し、さらに無数の火炎の触手が周囲の鬼を巻き込んで追い撃ちのように全身を包み込んでいく。
キンキは燃え上がりながら壮絶な悲鳴を上げ、その場でドロドロになって消滅してしまった。
オニはユーダリルの炎の余波で全滅し、残りのコオニたちも消滅している。
「これで一件落着、かしら?」
拍子抜けした様子で、ロゼがレリックライザーをホルスターに戻すが、変身解除した灰矢も紫乃も頷かない。
「今のが敵の頭だとは思えねぇ」
「ああ。一番重要なのは、ヤツらが何を目論んでいるのか、だ。まだそこがハッキリしていない以上、油断はできない。敵の目的を暴かねばなるまい」
「……そうね。オニたちのいる山を目指しましょう!」
三人はそう言って、避難していた封魔司書の運転手と別れ、山へと登って行った。
付録ノ七[トータス]
中国神話の四霊『霊亀』や、インド神話の『アクーパーラ』のような巨大な山を背負う亀を指す。
古来より、千年以上もの時を生きた長命の亀は強大な霊力を持つと信じられており、その巨体も霊力故のものとされて来た。
ちなみに四神の『玄武』のように水の性質を持つ場合はこれに含まれず、呼称は『タートル』となる。