【悲報】転生馬ワイ、馬主がブラックすぎて逝く 作:Inaritouzai
出会い / 嘶き、またはある牧場主の諦観
わたしは、辺鄙な片田舎に生まれた。子供の頃から体力ばかりあり余っていて、身体を動かすのが好きだった。
勉強も嫌いではなかったけれど、何より運動が楽しかった。
走るのが得意で、よく近所の山の中を一人で駆け回っていた。
周りの子たちは、誰もついてこられなかった。
それは大人のウマ娘も変わらない。中央のウマ娘を倒しただとかよく自慢していた母親ですらわたしには追いつけない。
わたしはどんどん速くなっていって……ある日、気がついたら一人きりになっていた。
寂しくはなかった。むしろ、ほっとしたくらいだ。
ずっと一人のほうがいいと思っていたし、それは今でも変わらない。
自分が誰よりも速いということは、自分と対等に戦える相手がこの世界にいないということでもあるから。
わたしにとって競うべき相手は自分だけでよかった。
だから、スカウトが来た時も受けるつもりはなかった。スカウトに来たのは1人だけだったし、
でも彼女は諦めなかった。何度も説得にやってきた。最後には、親まで巻き込んできた。
なんか、ウチは戦前は中央で数多の名バを輩出した名門らしい。
知るか。
そんなものどうでもいい。
だから、無理難題をふっかけてやった。
なんか、普通に承諾された。
え? なんで? おかしくない? ……まあ、今さら翻すのはかっこ悪いし。
とりあえず、いつでも辞めていいみたいだからそれまでやってやるか、という気分になった。
もし、退屈にしたらすぐに辞めちゃうからね。そう言って、彼女に笑いかけた。
────Sun. 18th Apr. 2004 Noble farm, Aomori pref.
その光景を見て、私は嘆息した。思わず「またか」と呟いた。
私の目の前には、綱を引かれても身体を押されても頑として動こうとしない一頭の馬の姿があった。
馬の横に立つ男は途方に暮れた様子で首を振った。彼はこの牧場で働く従業員である。彼の手にある手綱は、さっきからずっと空しく宙に垂れたままであった。
この馬は、非常に賢い反面、何度懇願されようと、どれだけ罵られようと、嫌だと感じたことは断固拒否する性質である。それはもう頑固という言葉では表しきれないほどであった。
「困りましたね……」
「まったくです」
私が同意すると、男は肩を落としてため息をついた。
実に困った馬である。通常、競走馬というものはセリで売るにしても、庭先で売るにしても、買う側に少しでも良い値をつけて貰えるようにある程度の調整をして馬体を仕上げておくものである。しかし、この馬の扱い方については少し勝手が違っていた。
というのも、この馬は特異な気性の持ち主であり、馴致している時にもふとした拍子に動くことを止め、そのままじっとしていることがしばしばあったのだ。
また、狭い所にいる際に他馬の気配がするのが苦手なのか頻繁に脱走を図ったため、今ではほとんど隔離された馬房に入れられている。それでも馬房に戻そうとした時に機嫌が悪いと暴れまわるため、放牧後の収牧の際に近づいてこない時はそのまま放置して昼夜放牧へ移行するというやり方を取るほかなかった。
さらに、父に似たのか非常に大食漢であり、どれだけ食べさせても満腹になった様子を見せず、飼料を食べたそばから右脚で前掻きをして催促し、与えられないと見るや寝藁──器用にも食用とする箇所と排泄する箇所とで整然と分けられている──を食べ始めるという始末だった。放牧地でも、他の馬があまり行かない小高い丘の頂上を占有しており、そこを中心として丘が徐々に禿げ上がっていくのが見て取れた。
このような気性のため、私は調教を進めるにあたって様々な工夫をしなくてはならなかった。
例えば、セリ会場でスムーズに歩かせるためにチフニービットというハート型の馬具を装着して動きを教えるのだが、これがどうにも気に入らないらしく、これをつけようとすると口を開こうとしない。そこで仕方なく競争用のハミを用意したところ、そちらの方が気に入ったようで専らそれを装着するようになった。
さらに言えば、馴致中に他の馬が近寄るだけで暴れ出すことがあった。これはこの馬が嫌っている個体が近づいたことで起こったものであるが、とにかくこの馬に思い通り動いてもらうためには、あらゆる工夫が必要とされたのだった。
生まれた直後は父馬の名から取って「キャップ」と呼ばれていた仔馬だが、気性難が牧場に知れ渡るとほどなく「サイモン」と呼ばれるようになっていた*1。
この馬の母は、私が父から牧場を引き継ぐ少し前に近隣の牧場から引き取った馬で、名をルビーノーブルと言う。
史上初めて帝王賞を制した牝馬であるコーナンルビーに父は名馬ハイセイコーという血統であり、優れた身体能力を持ち合わせていた。
しかし、ゲートや調教を極端に嫌うという特異な気性からデビューすることが叶わず、繁殖として生産牧場に戻った後も暴れに暴れ、ウチでは使い物にならないからと未出走のまま3歳の秋にやってきた。
父のハイセイコーにもそのような一面があったということは知られているが、この馬に関して言えば牝馬ゆえかその側面が強くでており、気位が高く気性も荒いことから付ける種牡馬を選ぶうえに仔出しも悪いという「問題児」であった。
もっとも、仮に気性が良好であっても良い種牡馬を種付けされることは無かったと思われるのだが。
この馬は、「サラ系」の馬であった。
血統的にも馬体的にも素晴らしい馬が生まれたとしても、血統表上に『サラブレッド系種』と刻印されている場合はまず間違いなく格安で取引される。
血統表上に明らかではない部分がある(非サラブレッドの血が混じっている可能性がある)、ということは生産界にあっては極めて大きなハンデであると言えた。
ましてや、この馬はサラブレッドである可能性が極めて高いとされる「豪サラ」の系統ですらなく、牝祖がアラブ種の馬であるということが血統表上にしっかりと残っている馬であった。
この馬は「高砂系」という牝系に属している。元を辿れば江戸時代末期に時のフランス皇帝ナポレオン三世から徳川幕府第14代将軍徳川家茂公に対して寄贈された高砂という芦毛の牝馬に行き着く*2。
明治維新の混乱による散逸など様々な事件があったものの、日本競馬の黎明期である明治から大正時代にかけて数多の名馬を輩出した名門の牝系であった。
しかし、高砂の系統は現存する牝系としては日本最古であると言っても差し支えないものであったが、次々と輸入される海外産良血牝馬の系統に押され勢力が急速に衰退しており、この馬の母であるコーナンルビーが生まれた1970年代にはすでに時代遅れの血統であると見なされていた。
実際、十九雪からコーナンルビーへ繋がる系統を除けばサラブレッドではほぼ活躍馬を出せておらず、ある種の例外*3と言ってもいいこの系統以外は尽くアラブ馬専用牝系と言ってもいいような有様となっていた。
この馬の産駒も馬体やブラックタイプと比べても低い値段で購買されることが常である。だと言うのに、なぜそれでもなおこの馬を繁殖として残しているのかと問われれば、私は迷いなく「そこにロマンがあるからだ」と答えるだろう。
確かに、良い馬が育ててられたとしてもそれが高く売れる可能性は低い。だが、だからといってこの系統を残すことを早々に諦めてしまうことは私にはできなかった。
時代の変化によりアラブ競走も下火となりつつあり、1995年には中央で、少し前からは地方でも次々と廃止されている。
アラブ系からこの牝系を残すことは極めて難しいと言わざるをえない。
「高砂」という牝系を残すためには、サラブレッドと遜色ない能力を持つこの系統を絶やすわけにはいかないのだ。
幸いにして、数頭の牝駒には恵まれた。内の2頭は自己所有で走らせてすらいる。丈夫ではある。気性は母馬に似ず素直で扱いやすいのも良い。
しかし、私の見立てではどうも凡馬の範囲を出ないであろう馬に見えた。母馬の溢れんばかりの素質はいったいどこへ行ってしまったんだ? と疑問に思うほどであった。
この馬──牧場の人間はルビーと言う愛称で呼んでいる──ともかれこれ十数年の付き合いである。暴れ馬であるがもう扱いも慣れたものだ。
去年も不受胎を繰り返しながら7月にどうにか受胎にこぎつけることが叶ったのだが、その時期にもなると種付けできる種牡馬も少ない。
種付け料や血統を勘案した末、私はオグリキャップを候補に挙げた。
まず、種付け料が20万円と手頃であり、生産界では人気が無く種付けがしやすいこと。
─当初は18億円のシンジケートが組まれ、種付け株に1000万円近い価格が付けられるなど期待されていたものの、健康に問題のある産駒が多いうえ産駒の成績も悪化の一途を辿っていたことにより人気は急落。今では生産頭数も10頭を下回ることが常態化。場合によっては無料での種付けすらされていたほどだった。
次に、米国型のマイラー血統であり母方の欧州ステイヤー血統とでバランスが取れること。
─オグリキャップ自身は有馬記念のように長い距離でも勝鞍はあったが、父ダンシングキャップも母父シルバーシャークも短距離からマイルまでで活躍の見える馬であり、実際に体型を見ても長距離向きとは言い難い。逆に、母馬のノーブルルビーは牝馬ながらダート2800m時代の帝王賞を逃げ切った母コーナンルビーのスタミナを十全に受け継いでいる様子で、加えて父ハイセイコーやその父チャイナロックに特徴的な万能性も持ち合わせているようであった。
そして何より、オグリキャップは母父のハイセイコーと同じように社会現象と言えるまでに競馬ブームを巻き起こしたスターホースであったこと。
仮に見てくれが酷い馬が生まれたとしても話題性から引き取り先が見つかるのではないかと目論んでいた。
しかし、目論見とは常に外れるもので、結果は御覧の通りである。
まず、牡馬であったことにがっかりさせられた。牝系を残すうえでは牡馬はあまり役に立たないと言ってもいい。
ましてや、市場価格が低くなりやすいサラ系の馬である。牡馬であることのメリット──同程度の牝馬より取引価格が高いことが多い──は皆無に等しいと思われた。
さらに、気性の悪さ。これも予想以上だった。
気位が高い。これはまだいい。プライドの高さは競走馬として重要な資質でもある。
だが、反抗的であるのは困る。競走馬は従順な方が好まれる。馴致すらまともにできない馬というのは後々の調教やレースにも支障が出ることが多い。
「名馬はことごとく悍馬より生じる」との有名な格言もあるが、この有様ではレースに出られるかすらも怪しい。
ルビーの今までの産駒は、骨格は良いものの身体が固いところがあり、身体能力は母馬に似ず平凡でしかなかったものの、気性もまた受け継がなかったようで素直な良い子に育ってくれた。しかしながら、この馬ときたらどうだ。
確かに、馬体は良い。丘の登り降りや昼夜放牧による運動量の多さからか、芦毛であるにも関わらず一目見ただけでも筋肉量が多いことがわかる。また、関節など身体の柔軟性からも、身体能力自体は素晴らしいものがあることが見て取れる。
しかしながら、良い部分だけでなく悪い部分までそっくりそのまま受け継いでしまったようだった。
それどころか、気性に関して言えば母馬に増して酷くなったようにすら感じられる。これはおそらくだが、父馬のオグリキャップの影響であろう。
彼はおおらかで真面目な気性だったと言われるが、その父であるダンシングキャップやその産駒には気性の荒い馬が多く、オグリキャップ自身の産駒もまた気性の激しいムラ馬に出ることが多々あったと聞く。
それが遺伝してしまっているのか、この馬はとにかく扱いづらい。
まるで暴れ馬を乗りこなす武士のように、こちらも常に全力投球を強いられる。まさに難物である。
とはいえ、走ることと食べることが嫌いではないということはまだ救いではあった。言わば勝手に身体作りをしているようなもので、こちらが何をせずともある程度の馬体には仕上がってくれる。
しかし、だからといって何もせずに放っておけるわけではない。
鍛え方の足りない箇所を重点的に強化し、毛艶を良くするために飼料の配合も日によって変えてやる。
これらの工夫は私だけのものではない。牧場のスタッフ全員の協力があってこそ成せることである。
このようにして馬を仕上げること数カ月。ついに、その日が来た。
苦労が報われる時が来た。セリの日がやってきた。できることはすべてやった。
レポジトリ(健康検査)も問題無し。場末の市場の上場馬であるが、馬体だけでいえばセレクトセールに上場されるような血統書付きの名馬と比べても遜色のないものである、と自信を持って断言できた。
希望価格は血統も考慮して馬体の良さから考えれば破格の安さとも言える250万円に設定した。最近の青森産馬の市場はすっかり冷え込んでしまってしまっている。しかし、この馬体ならば間違いなく売れるだろうと期待を寄せていた。
幸いにも、馬運車での移動もすんなりと済ませ、無事にセリ会場へと辿り着くことができた。
「いいか、今日こそは言うことを聞かないと駄目だぞ。馬房から出されたら数歩歩いて止まって見せる。会場に入ったら自分と一緒に柵に沿ってぐるりと周る。簡単なことだ」
私はそう言って馬の鼻先を撫ぜた。この馬は気性難であるが賢い馬である。これだけ言われれば自分がこれから売りに出されることを理解しているはずであった。しかし、それでもなお、頭のどこかに不安感が残っているのは何故だろう。私はそれを拭い去ることができずにいた。
昼前。興味を持っている馬主を相手にこの馬の歩様を見せること数回。ここまでは何事もなく進んできた。やはり、先の不安感は杞憂であったのだ。この馬が嫌っている馬とは馬房も上場順も離し、世話も引き役も従業員に任せた。人にも十分慣らすことが出来ている。失敗する要素は無い。そう、何もないはずだ。私は安心して自分の持ち馬を見守っていた。
午後3時頃のことである。このセリで他に出した馬も無事落札され、私の役目はこの馬が無事に売れていくことだけであった。あと数分もしないうちに、私の1年間の苦労が報われる。それが終われば、またいつも通りの日常に戻ることができるのだ。そう考えると気が楽になるようだった。
「よし、行くぞ!」
そう言って、私はゆっくりと手綱を引いた。
馬は一歩足を踏み出した。二歩目も三歩目も同じ調子で進んだ。四本目の脚が出たところで止まった。そしてこちらを振り返り、「なんだ、できるじゃないか」と言う顔をした。
「おい! まだ終わってないんだ!」
思わず声が出てしまった。慌てて引き綱を動かして促すと、馬は不承不承といった様子でまた歩き始めた。
私は、「よし、よし、そのままだぞ」と小声で言いながら先導して会場に入る。
場内の空気が変わったのはその瞬間だったと思う。何しろ、この馬は血統や悪癖はともかくとして、馬体は一流の血統馬とくらべても遜色の無いものがある。
馬は私の指示に従ってゆっくりではあるが歩みを進めてゆく。馬の首筋にはじんわりと汗が滲み出ており、呼吸のリズムは速くなっていた。
「もう少しだからな……もうちょっとだから……頑張れよ」
私がそう声をかけると、馬は一瞬だけ振り返り、何かを訴えるような眼差しを向けた。
その刹那、突然馬が暴れ出し、引き綱を引きちぎらんばかりの勢いで振り回し始めた。私は決して手放すまいと必死に掴んでいたものの、力及ばず、馬は走り去ってしまった。
思わず「あっ……」と声が出た。
必死に後を追うと、展示台のど真ん中で立ち止まっている馬の姿があった。
『絶対にここから動かぬ』
馬と人とでは言葉を交わすことはできない。しかし、私は、彼がそのように主張をしているのだということがはっきりとわかった。
何故、このような大事なときに限って悪癖が出てしまうのか。
「何やってんだよぉ……」
私はその場に立ち尽くし、ただ呆然とするしかなかった。
このような事態になっていても、セリは淡々と進行してゆく。希望価格を連呼する声が会場に虚しく響く。私は、引き綱を持つこともできず、ただ、ただ、呆然とその光景を見ていることしかできなかった。
──その光景を見て、私は嘆息した。思わず「またか」と呟いた。
私の目の前には、綱を引かれても身体を押されても頑として動こうとしない一頭の馬の姿があった。
馬の横に立つ男は途方に暮れた様子でただ突っ立っている。彼は私の勤める牧場のオーナーである。彼の手から離れた手綱は、さっきからずっと空しく宙に垂れたままであった。
終始動かないままハンマーが落ちると、馬は耳をぴくりと動かして歩き始め、それまでの態度とは打って変わって、悠々自適とばかりにその場を離れていった。
馬がいなくなると、会場は一気に静まり返った。誰もがこの馬のことを気にしていたのだろう。誰も彼もが黙り込んでしまった。
私は肩を落として馬房へと戻っていった。
その後、スタッフからは「あなたは一体何をしていたのです?」と詰められた。
私はそれに対して、ただだだ平謝りを繰り返す他なかった。
なお、この馬がその後市場に出されることは無かった。
数カ月後、私の手元には2枚の書類があった。
1つは、サイモンが国内最後のセリへの上場を拒否されるに至った経緯が書かれた報告書。
そしてもう1つはサイモンを購買したいとの申し出があったという旨が記された書類である。
前者を見たときは、もはやこれまでと諦めていた。しかし、後者に関しては、まさに寝耳に水であった。
SSR [等速ストライド]セクレタリアトを獲得しました。
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SSR [電撃の差し脚]ヒカルイマイを獲得しました。
SSR [時代の求めた馬]ハイセイコーを獲得しました。
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SSR [煮えたぎる蒸気機関車]セントサイモンを獲得しました。
獲得したカードにより、以下のようにステータスが変更されました。
素質->走法: 大飛び→自在
素質->ストライド: 普通→大きい
素質->脚質適性->逃げ: B→A
素質->脚質適性->差し: B→A
素質->脚質適性->追込: C→A
素質->脚質適性->マクリ: A→S
素質->気性: 普通→超激
素質->悪癖: なし→出遅れ、掛かり癖、膠着癖
素質値が閾値を超過したため、難易度が調整されます。