【悲報】転生馬ワイ、馬主がブラックすぎて逝く 作:Inaritouzai
「怪物」の実像 関係者インタビュー Vol.01
吾妻 一茂調教師(笠松)
──どのような出会いだったんですか?
吾妻:あの頃は、笠松競馬の廃止が真剣に検討されていました。実際、地方競馬でも中津、新潟、三条、益田、上山、北関東と次々に廃止されましたし、馬券販売も赤字続きでしたからね。県の第三者委員会も、「経営は危機的状況で自立的経営は困難。速やかに廃止すべき」なんて答申を出していて、もう事実上後がない状態だったと思います。
2005年の2月に、1年の期限付きで存続が決まって。仮に翌年に赤字だったら廃止が確定していたわけですから、本当に綱渡り的な状況でした。
そんな状況を変えるために、若手調教師だった自分も数年前から「スター」になりうる馬を出そうと四方八方を飛び回って馬を探していたんですよ。
あの時は、道営の重賞に出走させるついでに北海道の牧場を見に行っていたんです。でも、そこにも良い馬はいましたけど、どうもグッとくる馬がいなかったんです。結局、その時は北海道から帰ることにしたのですが、なにせ交渉も何もなかったもので、日程的に八戸のセリにも立ち寄れることに気がついて。せっかくなので見学してみようと思ってカタログを見ていたら、1頭だけすごく気になる馬がいた。それがあの馬だったわけです。
いま立ち写真を見てもわかる通り、本当にバランスの良い体つきをしてると思うんですよ。それに、筋肉もつくべきところにしっかりとついているし、あと、顔もいい顔をしているなと思いました。ただ、血統は良いとは思えなかったかな。
とはいえ、あの馬体だったら血統が多少悪くても普通はJRAの育成牧場とかエージェントが1000万円以上で買うだろうと思っていたんですけどね。何人かの馬主さんとの付き合いはありましたけど、自分達は基本的に出せる金額が200万円までなので、「これはダメかな」と思いました。
セリ会場に到着した後も「ああ、今回は縁がなかったのかな」と思いつつも未練タラタラで見て回って、オーナーに歩様を見せてもらったんです。実際に見てもとても良い馬体だったんですけど、歩かせてみたら、「あれっ?」と思ったんですよね。
歩様が、とにかく独特だったんですよ。ちょっと見ただけでも他の馬の歩き方とは違う感じがしました。柔軟性とでもいいますかね。柔らかい筋肉や関節をしてるのに、動き全体を見るとブレていないというか。それで、もう一度じっくりと見てみると、背中からお尻にかけて、特に腰回りの部分ですね。そこが良く発達していて、体幹がしっかりしているんだなって思ったんですよ。
この馬は何か違うぞって思って、それから色々と聞いてみると、お母さんが似たようなタイプの馬だったらしいですね。お母さんの方はもう少し背が低いタイプだったみたいですけど。それで、これは是非とも欲しいと思ったんですけど、なにせ予算が200万円でしたから。
それで、セリが始まった後も「どうしても欲しいんだけど200万じゃ無理だしなぁ……。でも、やっぱり諦められないなあ」なんて思いながら見ていたんですが、アレで全部吹き飛んじゃいましたね。
──有名な、ど真ん中棒立ち事件ですか
吾妻:そうです(笑)
オークショナーが、「上場番号……番、ノーブルルビーの03〜」とか喋り始めたころだったかな。
驚きましたよ。入口から急に馬が凄い速度で走って入って来て、そのまま真っ直ぐ展示台の真ん中に来て止まったんです。僕も驚いたし周りにいた人達も驚いていましたが、何より一番びっくりしたのが引いていくはずだったオーナーさんですよね。物凄く慌てた様子で入ってきて、身体が斜めに傾くくらいの勢いで引き綱を引くんですが、これがビクともしない。
もう、想像もしていなかったような出来事なんで、正直言って、みんなあまりの衝撃に口を開けてしばらく呆然としていました。
そんな状況でも、オークショナーが冷静に「250万〜、250万〜」なんて連呼するものだから、結局売れないまま時間が過ぎていったんです。それで、次の馬の順番になったらスッと動き出すんだからあの馬は不思議なもんです。
そんな事があったもんだから、みんな気性の悪さに二の足を踏んでしまったんでしょうね。結局、その時のセールでは再上場されることもなく終わってしまったんですけど、その後もずっとあの馬のことが頭の片隅に残っていたんです。
──その後、数カ月経ってから牧場の方に連絡をされたわけですね
吾妻:そうなんです。1歳馬の市場では年内最後のオータムセールに出てくるのだろうと思っていたのですが、9月に届いた名簿を見ても名前が無かったんですよ。気になって調べたら、あの出来事のせいでセリに出られなかったみたいで。
それで、これは好都合だと思って連絡したんです。
とはいえ、セリに出すことができなかった馬ですから、相場も当然下がります。馬主さんに相談したところ、出せるのは数十万円までだ、と。牧場側としてはかなり厳しい提案だったと思うんですが、それでも購入させて欲しいと言ってお願いしました。
最終的にいくらまでなら出せるのかという話になりまして、予定通り数十万円を提示してみたところ、「それならば何とか」という回答をいただきました。ただ、気性が気性ですから。デビューできるかもわからない状態ですし、買う側としては当然リスクヘッジをしないといけない。
そこで、条件を付けさせていただいたんですね。まず最初に前金で1/3、能力検査に合格したら1/3、初勝利したら1/3のように段階にわけて支払いをするということで了承していただきました。
その条件で、私の方も馬主さんとも契約させていただきました。
──取引額についてはどのようにお考えでしょうか?
吾妻:牧場としてもかなり頑張ってくれたと思いますし、私も馬主も本当にありがたいと思っています。ただ、まあ、あの頃は市場もすっかり冷えきっていましたからね。あの年の八戸市場は落札率も15%くらいだったかな?
今じゃなかなか想像できないかもしれませんが、当時は小牧場なんかでは、牝馬とか形が悪いとかってなると血統登録すらしないで「潰してた」わけですよ。たかだか数十万程度の種付け料すら払うのが惜しいといった感じで。
私の担当した馬は予算からそういった経緯の馬も多かったんですが、そういった馬は素質はあっても馴致が十分ではなく、馬体も薄いことが多いんです。そのため、値段こそ安いんですが、育成のコストは他の馬よりも余計にかかってしまうんです。それを許容してくださった馬主の方々には本当に感謝しています。
育成にコストがかかるからこそ、早期回収を目指して重賞を多く使うというスタイルに繋がっていたわけです。自分の厩舎では回収した後に重賞実績を活かして中央や他地区への移籍か他の馬主に対して高値で売却する馬主さんが多いですね。「損をさせない」ことが当時からの私のモットーです。
──しかし、あの馬は……
吾妻:えぇ、そうですね。
デビュー以来、あの馬は一度も馬主は変わっていません。
何回かは、中央に移籍させようって話もあったんですが、そのたびにアイツが大問題をしでかしたりで交渉がご破算になってしまうんです。
でも、それも仕方ないです。あの馬はとにかく扱いにくいですから。気性も、能力も。常に予想を超えてくる馬でした。
──デビュー前はどのような感じだったのでしょう?
吾妻:そうですね。気性面はともかくとして、身体能力は最初から目立っていたこともあって、期待値は高かったんです。
その頃の私は、早田さん*1が倒産してしまったというので天栄で手伝っていた時の知り合いに連絡して、天栄HP*2の枠を数年間比較的安い値段で都合してもらっていたんです。
最近ではノーザンファーム躍進の要因とも言われるようになっているほどの施設でしたから、私が見繕った馬は大抵重賞に行けるだけの実力は付きます。
とはいえ、預託料が月10万円台の時代に月30万円前後かかってしまうので、短い時間でスパルタ的にハードトレーニングを繰り返して鍛え、デビュー後は各地の重賞を転戦して手当を稼ぐというのが厩舎の基本戦略になっていました。
それが当時あれだけ活躍馬を出せた最大の要因でもあったんですが、まあ、あの馬はそこでもとにかく目立っていたようでしたね。
──具体的にはどういったところが?
吾妻:まず、とにかく走るんですよ。普通の2歳馬が週2回1本で必死に登っているところを、1日に4本も5本も涼しい顔で走ってしまうんですから。
ただ、時おり抑えが利かないところがありまして。15-15や14-14のように少し抑えたペースで調教するのが普通なんですけど、しばしば我慢しきれなくて全力を出してしまうことがあるんです。それも、満足するまで繰り返してしまうそうでしたから、騎乗している乗り役からすると堪らないでしょうね。
馬体を見る時はいつも思うんですけど、あの馬はスピードよりもスタミナが勝っているタイプだと思うんですよ。
あとは、やはり気性面でしたね。相変わらずの膠着癖だったものですから、調教のメニューはその日の馬の気分次第というのが日常茶飯事だと聞いていました。
また、消費する飼料の量が半端じゃないんです。運動量が多いからと他馬の倍以上の量を食べさせていたらしいのですが、どこかで調教をストライキすれば餌が貰えるということを学習してしまったらしくて。
3日に1回ほどのペースで馬房から出てこないわ放置したら妨害行為を始めるわと大変なので、その素振りを見せたら飼料をさらに2頭分与えるしかなかったとか。
結果的に、自分がその時期預けていた馬と比べたら半分ほどの期間で追い出されてしまいましたね。それでも育成料は他馬の倍は取られましたけど。
──デビュー前の厩舎での様子はいかがだったでしょうか?
吾妻:馬房から出てこないわ、調教中に膠着して動かなくなるわ、好きなだけ食べさせろと要求してくるわ、夜中に勝手に脱走して木曽川の土手で草を食んでいるところを発見されるわで大変でしたよ。
面白い話だと、初めて笠松競馬場で調教したら急に柵を乗り越えて畑の作物を食べ始めたのには困りました。キツく注意したらそれからはしなくなりましたけど。
調教師になる前にアメリカの競馬を見て回ったことがあったのですが、そこで見たどの馬と比べても、この馬の気性は別格でしたね。
他の馬を見ている限り、馬というのは人間と同じ生き物であり、同じ哺乳類なんだな、とは思えるんですよ。でも、この馬の場合は、ちょっとその範疇を超えている気がしましたね。
──デビュー前調教ではどのようなことを?
吾妻:あの馬の場合、基本的に馬が気乗りしなければ調教まで辿り着きませんし、よしんば着いたとしても調教をやるだけ無駄なので、そういう時は基本的に放っておくことにしていました。
ただ、気乗りしている時は凄いですよ。どんな条件でも、平然とこなしていました。ゲート練習ではほぼ100%好スタート、併せ馬では年上のダートG1馬を追いかけて馬なりで先着、追い切りでは砂の厚いダートにも関わらず4F48.1秒、ラスト1F10.9秒。それまで見てきた馬とはモノが違うと感じました。もしかしたら笠松を救うかもしれない、と。
ただし、機嫌が良い日でもテンションが上がりきらないように気をつけなければいけませんでしたね。
馬は生き物ですから、当然調子の良い日もあれば悪い日もあるんです。特にレース前は精神状態が不安定なことが多いので、普通はレース前に気をつけるものです。
それが、あの馬の場合は逆ですからね。レース後だろうが体力が有り余っているので、むしろテンションが上がりきったレース後のほうが危ない。
能力検査での走りは素晴らしかったんですがね。まさか、その後にあのようなことが起きてしまおうとは。
いつも予想を超えてくるのがあの馬の良いところでもあるんですが、あの時は本当の意味で最悪の方向に行ってしまったわけです。
能検を馬なりで千切って非公式ながらレコードタイム。ここまで順調なら新馬戦どころか古馬の重賞に出したとしても楽勝だろうなとか夢を膨らませていた矢先の出来事だったんですよ。いや、アレには本当に参りました。
たしか、あれは能検が終わったあとの出入口で──
笠松競馬に「怪物二世」現る?
岐阜日報 2005年5月9日 15:00配信
世間がディープインパクト旋風に湧く中、笠松競馬は存廃問題に揺れている。
そんな中、デビューを待つ2歳馬に関係者の間で「怪物」と呼ばれている馬がいるという。
笠松で「怪物」といえば真っ先に名馬オグリキャップが思い浮かぶところであるが、なんとその馬も「オグリ」の血統であるという。
取材した記者の目から見たその馬の怪物ぶりをここに紹介しよう。
─「46秒9」─
信じがたいタイムが計時された。これは、古馬の調教での時計ではない。2歳の未デビュー馬が能力試験で出した記録である。
笠松競馬場の800m戦は99年にマエストロセゴビアが記録した47秒9がレコードタイム。あくまでも非公式ではあるが、この馬はこの時点ですでにレコードを遥かに上回る力を持っていることになる。
しかも、比較的時計の出にくい良馬場で行われたにもかかわらずだ。
調教師・吾妻一茂氏はこの馬の潜在能力をどう見ているのか。
──あのタイムが出た時は、本当に驚きました。
吾妻「そうですね。確かにすごいタイムですけど、全く追っていませんし、私としてはまだまだ上がる余地はあると思っています。この子の本当の力はこれからですよね。自分がいままで見てきた中でも飛び抜けた素質を持ってますよ。それこそ歴史上の名馬にも引けを取らないくらいの能力があると思っています」
──父のオグリキャップと比較する声もあるようですが。
吾妻「私は2歳時のオグリキャップを知らないので、現時点では比較することはできません。ただ、オグリキャップが持っていた資質はこの子に間違いなく受け継がれていると思います。特に胸の深さや呼吸数から見るに、心肺機能に関しては相当なものを持っていると感じています」
──どのような部分に注目して見ておられますか?
吾妻「最初に馬体のつくりや走り方を見た時に思いましたが、とにかくバネがありますよね。その柔軟性のなせる技か、特徴的な走法をしています。見えない障害物を飛び越えるかのように身体を投げ出して走っていくんですよ。しかも、曲がるときは脚を低く踏み出して回転数を上げることで曲がりながらもスピードを維持できるんです。普通のサラブレッドだったら、まずできない芸当でしょうね。相当な柔軟性に加え、運動神経の良さがなければあんなふうには走れませんから。また、体幹もしっかりしてますから、ああいうダイナミックなフォームでもブレずに走れているんだと思います。まだ馬体は未完成の部分も多いですが、まだ成長段階なのにこれだけ走るわけですから、将来性も期待できます」
──それは楽しみですね。では、今後の課題などありましたら教えてください。
吾妻「何と言っても気性面ですかね。理解が難しいというか、何を考えているのか分からないところがありますから。ただ、馬自身が納得しているときは従順ですし、気性難もレースでは闘争心に変わっていくと考えています。気乗りしている時はスタートもよく切れますし、レース運びもスムーズになります。ただ、集中力は大きな課題です。わずかな気分の変化で一気にやる気を失ったり、逆に暴走したりしますから、そこは注意しなければいけませんね」
──今年の出走予定についてはどのように考えていらっしゃいますか?
吾妻「とりあえず、最初の新馬戦に向けて調整していきます。その後はJRA認定競走を勝った場合は一度中央で使います。高いレベルでどこまで通用するかを試したいですね。その後は各地の重賞を使って経験を積ませながら仕上げていきます。目標は年末の全日本二歳優駿でしょうか。まだデビューもしていないですが、地方競馬全体を見渡してもトップクラスの素質は持っていると思うので、どんな条件にも対応できるように仕上げていくつもりです」
──最後に一言お願いいたします。
吾妻「これまで、笠松から全国の競馬へ羽ばたいた数々の名馬たちを見てきました。今度は我々がそのバトンを受け継ぐ番だと考えています。現在、笠松競馬は非常に厳しい状況にありますが、この子はそんな苦境を跳ね返してくれるような存在になってくれると私は信じています。今までの名馬にも続けるような馬になると信じて頑張ってきますので、どうか皆様応援よろしくお願い致します」
──追記──
しかし、事件は能力試験の後に起こった。
笠松競馬場の出入口で激しく暴れ、手綱*3を切って逃走。厩舎近くの堤防道路を抜け、木曽川土手から──
評価、誤字報告ありがとうございます