「私が今度出る舞台なのだけれど、あまりイメージが掴めないのよね」
「まぁ俺に言われても演者じゃないから分からないけど、そういうの難しそうだもんな」
「私も今度お芝居の役を貰ったんだけど、そんなに経験がないからわからないんだよね」
「そうかそうか。千聖に教えて貰ったら良いんじゃないか?」
適当にあしらってるんですけど、ちなみに今ここ、自宅です。またかよと思った? 俺の方がもっと呆れてるから大丈夫だよ。
「それで、イメージが掴めないから、実演してイメージを湧かせようと思うの」
「大変だな。薫とか仲良いんだからお願いしてみたらいいんじゃないか?」
「いきなり千聖ちゃんからプロの指導を受けるの怖いから、どんな風になってるかってことを素人目線でもいいから聞きたいかなって」
「俺何にも分からないから、そんなんより千聖からアドバイス貰った方がいいって、何事もチャレンジチャレンジ」
「「ちゃんと話を聞いて!!」」
「うるせぇ!!!!」
今日は休日です。やっと訪れた、心の落ち着く日なのです。朝起きました。
……なぜかすでに家の中に2人いました。いやこえぇよ。
「とりあえずお前ら2人が演技? 芝居? か何かで困ってるということよく分かった」
「なら話が早いわね。早速」
「待て、俺には聞かなきゃいけないことがあるんだ」
「聞かなきゃいけないこと?」
「……なんでいんのお前ら?」
いつもと違って、今日はインターホンが鳴って家に迎え入れたとかそういうわけではない。詰まるところだ、俺が言いたいのは今日は俺には何の落ち度もないんだ。気がついたら、目が覚めたら、こいつらがいたんだよ。普通にホラーとかそういうレベルですらないんだよ。
「なんでってそれは当然合いk「ふふっ、彩ちゃん。寝ぼけた雄緋が優しく迎え入れてくれたのよね?」うんっ!」
「……そっかぁ」
存在しない記憶。脳に流れ込んで……きません。だってないもんはないもん。
「もう何も言うまい……。なんか、変なことはしてないよな?」
「変なことって何かしら?」
「お金盗ったりとか、部屋を物色したりとか」
「そんな犯罪みたいなことしてるわけないじゃない」
不法侵入は犯罪ですよ? いやまぁ、言ったところで多分何の悪気もなくきょとんとした顔されるから。腹立つ、可愛いけど。
「えっ、千聖ちゃんさっき雄緋くんの寝顔スマホで」
「は?」
「彩ちゃん。後で送っておくわね?」
「え、いいの?! ありがとうー!」
盗撮は犯罪ですよ? いやまぁ、もうね、俺は悟った。俺にプライバシーはないんだって。
知 っ て た。
てかせめて俺の知らないところでそんなやりとりしてくれ。知りたくはなかった……。
「あら、雄緋も欲しいかしら?」
「要らないです」
「本当にいいの? 可愛い寝顔」
「要らないです!」
「彩ちゃんの寝顔は?」
「欲しいです! 間違えた、ください」
「え、千聖ちゃんそんなの持ってるの?!」
間を置かずに俺のスマホに通知が来ました。眼福。生きてて良かった、ありがとうございます。
「ふふっ、そんなの持っているわけないでしょう?」
「そ、そうだよね……良かったぁ」
「……ふふっ」
「……それはさておき。何の用でしょうか」
「え! それはもちろん雄緋くんとお芝居の練習だよっ」
「うーん、訳がわからない」
俺別に俳優とか、そんな異色の経歴を持つとかそんなんじゃないよ? ごく一般的な男子大学生です。どうしてそんな俺とお芝居の練習をしようという発想になったのか。
「まぁ、この家に私たちが来た時点で、貴方に拒否権はないけれどね」
「ですよね」
なんでそんな堂々とこの家に来たこと……というか不法侵入したことを誇れるのであろうか。そんな疑問は露と消えてゆく。もう諦めてるからね。実はこれは本質情報なのですが、諦めることができるようになると人生で目の前に立ち憚る恐ろしく不思議な出来事も、珍紛漢紛な難題もなんとかなるようになります。
「まぁいいや。それで、お芝居って何の練習?」
「えっと。『恋人同士がベッドの上でイチャイチャする』シーン「却下」」
「えっとね、『ほぼ人類が死滅した地球が滅ぶ最後の1日に生き別れの腹違いのお兄ちゃんと20年ぶりに再会した妹が無駄ということを理解していながらも最期の思い出を地球に刻み込むために涙を流しながらお兄ちゃんの欲望を全て受け止めて体を重ね合う』シーン「却下」」
「お前らの舞台どうなってんの? というか彩のめちゃくちゃ重たい設定は一体どういうこと? もう何がなんだか分からなかったんだけど」
「……このシーンを練習するなら雄緋しかいなかったのに」
「えぇ……」
というかもう内容がR-18ギリギリもギリギリじゃん。どうなってるの? というか千聖はさておき彩はそんな目に見えて落ち込まないでくれ。なんかこっち悪いことは何もしてないし落ち度すらゼロのはずなのにこっちが悪いみたいに感じるから。
「そ、そんな……私にとってお兄ちゃんみたいな人って雄緋くんしか思いつかないよ……」
「そんなぽんぽんいたら怖いけど。というかこの間『お兄ちゃんって思っていいぞ』みたいなの日菜に言ってドン引きされたこと思い出すからやめろ」
「……ダメ? お兄ちゃん」
ぐはっ。
彩みたいな妹を一杯撫で撫でしたいという欲望が溢れ出るところだった。
……いや色々と発言振り返ったら俺がキモかったけど。まぁそれはいい。閑話休題。
「色々言いたいことはあるけどさ。……なんでそんなシーンばっかりなの? 方向転換か何か? どういう仕事取ってきてるの?」
「それを言わせるだなんて……雄緋のヘンタイ」
「疾しいことやってる反応だよ? そういう理解でいいのか?」
「あら、私が体を許したのは雄緋にだけよ?」
「身に覚えがありません」
「えっ、雄緋くんと千聖ちゃん、そういう関係なの?!」
「身に覚えがありません。違うから!」
「あら、本当のことを言っても問題ないわよ?」
「問題大アリだよ! 嘘しかねぇから!」
というか彩、信じるな。ふつうに考えてありえないだろうよ。
「と、とにかく! 私たちは雄緋くんとイチャイチャしたいんだよ!」
「包み隠さず言うなよ!? オブラートに包め!」
というか絶対本心出てるじゃん。本心だったとしてもその想いは胸にとどめておいて欲しいけど。
いやね、逆張りしてるとか、そう言う訳じゃないんだよ。そりゃあ俺だって、可愛い子から好意を寄せられるのは嬉しいよ? なんか最近キスされることも増えたし、反省はしている。けどさ、みんな高校生とかなんだよ。なんか……あかんやん? 手を出したら、やばいやん? 倫理あるから、体が倫理に縛り付けられてるんだよ。
「それじゃ早速、始めましょうか。ベッドシーンから」
「おい待て話を進めるな!」
「ほらほら、早く!」
「あら彩ちゃんも手伝ってくれるのね、ありがとう」
「くっ……一回だけだからな」
倫理観? そんなもの無駄です。無理が通れば道理がひっこむって言うでしょ? つまり、そういうことさ。
「ほら、こっち来てよ」
「なんでベッドインしてるんだろ俺……。というか、台本は?」
「あらそんなのある訳ないでしょう?」
「えぇ……」
虚無。いやだって、こんな経験ないし何をどうし
「緊張しないで? 貴方は私の言う通りにすればいいから……」
「えっ」
「状況としては、事後、朝目覚めたシーンね」
「事後とか言う「寝ろ」はい」
俺は寝転がったまんま、寝たふりをさせられました。あと彩、そんなにこっちを凝視するな。恥ずかしいから普通に。あと当然俺の部屋のベッドとか普通にシングルだから、枕も一つしか用意してないので、一つの枕に俺と千聖、2人分の頭が乗っけられている。普通に距離が近くて
「んぅ……雄緋、起きて?」
「……ん」
どうすりゃいいの? って目で訴えたらそっと口元に指を立てられました。喋るなということらしいです。
「……寝坊助。ふふっ……可愛い」
あっ優しい。郷里に残した姉のような優しさ。うん、伝わらないなこれ。いつも割と冷淡に、グサグサと言葉のナイフで突き刺してくる千聖が、すっかり甘やかしてスキンシップをとってくる。ギャップがすごい。
「……起きないの? 起きてない、わよね」
起きてます。
とか言える雰囲気じゃなかった。だって起きようとそっと目を開けたらまた右手が両目へと伸びてきて、掌で隠されたものだから、多分これは目を開けるなというメッセージらしい。
「ふふっ。私だけの雄緋……。キスしちゃおうかしら」
「……?」
「……起きないなら、キスしちゃうわよ?」
千聖の指先が俺の下唇に触れた後、とんとんと小さく瞼のあたりを叩いた。
「……おはよう」
「……起きちゃった」
「ダメだった?」
千聖はゆらゆらと上体を起こして、こちらの耳元に口を近づける。
「ここからアドリブね? 貴方は私のことが大好きな恋人、いいわね?」
「え、うん」
「ダメじゃないけれど……。もう少し寝顔を見たかったわ」
「……寝顔見てたのかよ」
「……好きだから。ダメ?」
「ダメ、じゃないけど」
「……ふふ、照れちゃって」
「だって」
「……その、おはようの」
「……え?」
「こ、こ」
「え、俺からすんの?」
「いつもみたいに」
目を瞑られると、もうそういうことだよな? え、そういうことだよね?
「……早く。ちょうだい?」
「千聖……」
「んっ……んぷ、んちゅ……んれろっ」
「んっ……」
「カ、カット!!」
突如響く彩の大声で俺は現実に引き戻された。なんだかすっかり千聖の放つ雰囲気に呑まれていた気がする。
「……何よ彩ちゃん。良いところだったのに」
「だ、ダメ! エッチすぎだよ!」
「……キスだけじゃない」
「う……そ、それでも千聖ちゃん止めなかったら絶対その先まで行こうとしてたでしょ!」
「……今日の彩ちゃんは鋭いのね」
なんだか目の前の現実が夢なのかそれとも本当のことなのかよくわからなくてぼーっとしていると、気がついたら俺は彩と千聖に挟まれていた。
「……次は私の! いいでしょ?」
「……もうちょっとだけ。……うん、仕方ないわね」
「え、次?」
「うんっ! 次は私の台本の練習にも付き合ってよ! 千聖ちゃんのもしたんだからいいでしょっ」
「え? あ、うん」
なんだか彩の言葉すらも遠くに聞こえていたが、ようやく俺は事の次第をはっきりと知覚し始めた。
「そういや彩の台本って……」
「え? だから『ほぼ人類が死「ああ良いから! そうじゃなくてどんなシーンなんだよ、具体的に」……えっ」
彩は少し考え込む。……怪しい。
「彩、本当にそんな台本、あるんだよな?」
「えっ、あ、当たり前でしょっ!」
「……ふーん?」
怪しい。が、彩の持っている台本らしきのを取ろうとすると腕でガードされる。
「彩、その台本見せろよ。滅びかけた地球で、えっとお兄ちゃんが妹と不倫する話だっけ?」
「だめ! というか違うよ?!」
「シーンが分からなきゃ練習しようがないだろう?」
「だ、だってぇ」
少し涙声になった彩の背後に立ち、それを覗き込んだのは千聖だった。
「ふふ。なになに彩ちゃん。『……雄緋くんに想いを伝え合ってイチャつくシーン』が練習したいのね?」
「え? う、うん! そうだよ雄緋くん!」
「千聖、本当にその台本にはそう書いてあるんだな?」
「えぇ。それに、可愛い彩ちゃんと恋人気分が味わえるのだから、貴方も良いでしょう?」
そうして俺に有無を言わさずに、ベッドへと腰掛けさせられる。俺の隣には小さく縮こまった彩も腰掛けた。最初こそ肩も触れないほどに離れていたが、少しずつこちらに寄ってきた彩は、遂に俺に体重を預ける。
「……雄緋くん。私ね、雄緋くんのこと、大好きだよ」
「……そっか。嬉しいよ、彩」
演技だとしてもものすごく恥ずかしい。彩が送る秋波の目線は本心でないにしろ俺を高揚させるには十分すぎた。
「その、ね。……もっとギュッてして?」
「こう?」
「あったかい……。……えへへ」
彩はすっかりデレデレとしているのだが、俺はどうすれば良いのだろうか、と彩の方を覗き込んだ。
「ねぇ。雄緋くんは私のこと、好き?」
「勿論」
「……えへへ。……えへへへ」
「……笑い方」
「……はっ。……ねぇ、ハグだけじゃ、足りないなぁ」
「何が欲しいんだ?」
「頭もなでなでしてほしい。もっと力強く抱きしめてほしい。私の唇に永遠の愛を刻んで欲しい……」
妙に詩的な言い方に、きっと彩の台本が嘘ではないのだろうと思った。ならこれは演技なのだから、そう俺は自分を納得させる。
「彩の髪、サラサラだな。花びらみたいな匂い……」
「嗅いでもいいけど、もっと強くハグして?」
「……はい」
ハグをする腕の力を強めるたびに彩が放つ甘やかな香りが強まって、俺をクラクラとさせる。彩は後ろ向きでずっと抱き締められていたのに、ゆっくりと振り返る。
「……ねぇ、ここ。……ちょうだい?」
「彩……」
「んっ……。んれろっ、んっんちゅ……」
「……カット。それ以上は暴走するでしょう?」
「……んっんれろっれろっ。んじゅぷっ」
「彩ちゃんストップ!!」
「わっ……。あれぇ……千聖ちゃん……?」
すっかり惚けてしまって、甘い時間はゆっくりと過ぎ去っていく……。
「ちょっと雄緋! 帰ってきなさい!!」
「お空にハンバーガーの雲……」
「馬鹿みたいなこと言ってないで!!」
あ、ちゃんと1分ぐらいして現実世界に帰ってきました。お空にハンバーガーが浮いてました。