「ようやく、冬学期の授業終わった……か……」
帰宅して力の抜けた俺はベッドの上に思い切り倒れる。学生の本分たる勉学を全うしたのだ。今日の午後のテストで自分が登録していた今年度の授業が全て終わった、其れ即ち。
「晴れて、春休み……到来ッ……!!」
大学生になって気がついたことがある。大学生の長期休みマジでめちゃくちゃ長い。そりゃまぁバイトだとか、やらなきゃいけないことはいろいろあるけれど、そんなこんなを全てこなしたところでまだまだ、有り余る時間。
「まぁ今日ぐらいはゆっくり……」
ピンポーーーン。
「出来そうにない気がした」
俺はこの何かを知っている。俺が休もうとした時に限って訪れる、不意のドアチャイム。決してそれは宅配サービスで頼んだピザやファストフードではないし、宅配便でもないだろう。俺は希望を捨て、絶望を抱えながらドアを開け——。
「やっほゆーひ!!」
「うちは託児所じゃありませんお引き取りください」
「タクジショ?」
「あの、そ、そういうことじゃなくて、こんにちは……」
「あっどうもこんにちは」
今日訪問なさったのはどうやらRoselia……の中でもゲーム好きと名高いお二方……。
「私もいます」
「保護者?」
「違います」
と、紗夜さんです。何があったんだ。
「えっと、何用で?」
「お邪魔しまーす!」
「おいコラ待て! 話聞けよ!」
もういっか……。
「やっぱりゆーひの家快適だよね!」
「そりゃよかった」
俺は悠々自適なところを邪魔されたんですけどね。
「で、なんで来たの?」
「あっ、ゲームをやろうと思って……」
「……ゲームって、オンラインゲームか何か?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
「……なんでウチきたの?」
「実は最初はこの3人の家で持ち回りでプレイしていたのですが、あまりに騒ぎ立てすぎてしまい、禁止令が出されてしまって」
「えぇ……」
「それでね! この間お正月にゆーひの家来た時にあこみつけたんだよ!!」
「見つけたってまさか……」
「ゆーひの家、ゲーム機本体あるよね! 貸して!!」
「本体どころか家まで借りに来てんだろそれ!!」
「あ、これですね」
「紗夜さん何率先して探してんの? 貴女この暴走を止める立場だよね? 風紀委員が泣いてるぞ」
なんと、あろうことかこの3人組。自分たちの家でゲームをプレイできない環境になったために、この間偶然見つけた俺の家のゲーム機目当てにここに来たらしい。どういうことだよ……。
「いやまぁ、家押しかけられるとか慣れたものだから文句言わないけどさ、普通アポ無しでゲーム借りにくるやついる?」
「その、雄緋さんなら……許してくれるかなって……」
謎の信頼感。
「あ、ゆーひもやって良いから! ね、お願い!!」
「まぁ……もう招き入れちゃったし、良いよ全然」
「やったぁ!!」
招いてなかったけど。
「恩に着ます」
「というかこんだけRoselia集まってるなら練習しろよ練習……」
「それがね、なんか友希那さんが風邪引いちゃったらしくて」
「風邪?」
「聞くところによると……猫を探し求めている時に池に落ちた、そうなんですけど……」
「あっ」
あの'SHINOBI'とかのせいじゃん。というかこんな冬にあんな池に叩き落とされたんだもんな。風邪引いて当然だわ。
「それで今井さんは湊さんの看病とのことで、今日の練習が中止になって」
「なるほど……。まぁいいや。で、何しようとしてるの?」
「これですね」
燐子に見せられたそれはアクションRPGゲーム。あ、これ何か聞いたことあるな……。なんか、めちゃくちゃ玄人向けの高難易度ゲーって。一時期噂になってたような気がする。
「丁度NFOも今日の5時ぐらいまでメンテナンス中だったので、この機会に新しいゲームを買って一緒にプレイしようかと」
「だから包装紙とか付いてたんだな」
渡されたパッケージからディスクを取り出して本体に挿入している。俺はその間にケースの裏面の表示を見る。
正体不明のゾンビ化ウィルスの影響により人類が滅亡寸前に陥った世界で人は何を遺せるのか。
全世界のプレーヤーに贈る、史上最高難度のサバイバルアドベンチャー。
闘え。生き延びろ。
なんだろう。むずそう。
「よし、ロード出来たよ!」
「やりましょう!」
にしてもこの2人、ゲームの時だとものすごいイキイキしてるな。と思ったけど隣の紗夜さんも中々に目を輝かせている。ちょっと珍しい所も見れたようだ。
「キャラメイキングは適当でも良いよね?」
「基本1人プレイだから……わたしは気にしないかな」
「私も大丈夫です」
「よーし、それじゃ早速始めよう!」
あこがコントローラーのボタンを押すと、本体と繋がれたテレビ画面は暗転する。
『はぁっ、はぁっ……はぁっ……』
画面では女性と思しき人間が荒廃した街中を駆けている。どうやらパッケージにあったように、人類が滅びかけた世界が舞台となるらしい。その証拠か女性の衣服も何かに引き裂かれたようで、顔にも大きなアザが残っていた。
「おお、グラフィックもかなり綺麗……!」
「雰囲気も……出てるね……」
画面を食い入るように見つめる2人。そして途端に。
『グギャァッッッ!!』
『いやっ、イヤアァァッッ!』
「ひぃっ……!」
いきなり街の残骸の闇から現れた'何か'が女性の喉元に喰らいついた。その瞬間に、画面は真っ赤に染まる。完全にスプラッターの映画見てるみたいな感じだ……。
「こ、こ、怖かったぁ、って、紗夜さん大丈夫ですか?!」
「あ、あ、あ……」
「刺激が……強すぎたらしいですね……」
「思いっきり人が目の前で喰われてるし……まぁ」
そして、そんなムービーが終わると、いきなり操作できる主人公がフィールドにいる所に画面が切り替わる。
「あ、これ、もう動けるのかな?」
「チュートリアルとかないのか?」
「ないみたい……ですね……」
「……あ、意識が」
「氷川さん……」
「……大丈夫です、何のこれしき」
どうやら覚悟はついたらしい。このゲーム、高難度というだけではなく、所謂少々グロイシーンもあるゲームらしい。
「って、あこちゃん! 後ろから何か来てます!!」
「えっ?! きゃぁっ、りんりんどうしよどうしよ!」
「お、落ち着いてください宇田川さん! 向こうに橋があります! 逃げましょう!!」
あこが操作するキャラクターは荒れて凸凹の道を走って、紗夜の言っていた橋の方へと一目散に逃げる。そして橋を渡ろうとした。
「よし逃げ……って、ええっ?!」
「橋が……壊れたっ?!」
「……え、え、死んだの?」
「そのようですね……」
「……初見殺しじゃねーかっ?!」
明らかにゲームの雰囲気からこっちに逃げろって気がしてたじゃん。それで橋の方に逃げたら橋の木の足場が崩落するとか……初見殺しとかいうレベルですらない。酷い。
「り、りんりん交代!」
「わ、分かった!」
「難易度が高いようであれば、一度ゲームオーバーになる度にプレイヤーを交代しましょうか」
そうして今度のコントローラーは燐子へと変わる。またもあの薄気味悪いムービーが終わり、背後からは何か化け物がゆっくりと這ってきている。
「今度は、こっちへ……!」
「おっ、生存者みたいな人居ないか?」
「右奥の方です!」
「あの後ろ姿みたいなところ、ですよね?」
燐子が操作する主人公はダッシュでその人間へと駆け寄り、話しかけようとボタンを押した。そして振り向いたその人は。
「って、ぎゃあああぁぁぁっ?!?!」
「化け物ォォっっ?!」
「ちょりんりん逃げて!!」
「ちょ氷川さん抱きつかないでください操作できないですからぁっ無理無理無理っ!!」
「あ、あ、あ、きゃああぁぁぁっ?!」
振り返った人間。本来顔があるはずの位置に、およそ普通の人間の顔は存在していなかった。醜悪な蛸の触腕のような青白い複数の触手が顔面を漂い、その顔と思しき何かの中央に据えられて大きく開かれた口のような器官にはドス黒い牙、そしてそこから垂らされた乳白色の唾液はヌラヌラと光っている。
「気持ち悪いぃっっ!!」
「氷川さん本当に!!」
「だ、だって怖いです!! 雄緋さん!! 助けてぇぇっっ!!」
「俺だって怖いわこんなのぉ!!」
「あっ」
「……死んじゃいましたね」
「死にゲー云々の前に……ただのホラーゲームじゃねぇかこれ……。というか紗夜さん、良い加減そろそろ離れてください……」
「無理、無理です。……怖くて画面が見れません」
「だとしても抱きつくのはやめてください」
「次は紗夜さんの番ですよ!」
「冗談も大概にしてください!!」
死ぬたびに交代する制度にしようって言ったの貴女でしょう……とかいうツッコミが効きそうにはないぐらい憔悴している紗夜さん。新鮮だけどこれじゃあ埒が明かないな。
「じゃあ仕方ない。ここは俺が」
「おおっ、ここでゆーひのゲームの才能が……!」
「氷川さん、大丈夫ですからね……」
「ぐすっ……、はい……」
俺はあのオープニングムービーを見終わった後、先程の人擬きの化け物とは反対方向へと駆け抜ける。嫌な予感がするが、どのみち他の方向に走ったところで生存ルートはないらしい。
「よし、結構逃げられただろ……」
「わっゆーひ横!」
「うわぁっ、回避ぃぃぃっっ!!」
すんでのところで飛び出してきた野犬のような何かの飛びつきを躱す。俺はまたも走り始める。
「どうだ、撒いたかっ?!」
「撒いたようですね……」
「ってうわっ、何かダメージっぽいの負ってる、なんでだ?!」
「あ、落下ダメージだよ! さっき段差飛び降りたから!」
「たかだか段差なんかでダメージ負うなよポンコツゥッ!!」
「……雄緋さんって、ゲームの時だとちょっと口が悪くなるんですね……」
「……ごめんなさい」
めっちゃ冷静に指摘されました。注意しよう。
「ねー、ゆーひそろそろゲームオーバーならないの? あこそろそろやりたいなー」
「まだゲームオーバーならねぇから!」
というかまだ最初の人擬きと野犬から逃げただけだから、具体的にストーリー殆ど何も進んでないし。とりあえず俺はフィールド奥に見つけた小屋に入る。
「入口どこだ……」
「ないですね……、窓から入るのでは?」
「小屋としてアウトだろ……」
とは思ったものの、実際本当にドアがない小屋で、割られた窓から入るらしい。
「……入るか」
「真っ暗ですけど……ってきゃああっ!!」
「わぁっ、何っ?! 何事?!」
「左奥です!! 左奥に何かいました!」
燐子が必死になって指で方向を指し示してくれる。確かにそっちの方は少し明るくなっていて、辛うじて見えるが、何もいる気配はなさそうだ。
「りんりんもきっとさっきから驚かされすぎて警戒しすぎたんだよ!」
「そ、そうかなぁ」
「そうですね、白金さんの見間違……ってきゃあああっっ?!」
「あああぁぁぁっ今の何ぃぃっっ?!」
一瞬で画面右端が赤く染まり、その瞬間に画面が暗転する。
そして、中央の枠に。
「ぎゃあああ顔ォォォっっ?!?!」
「……あ……し、死んだ……」
「も、もう心臓に悪すぎますよこれ……や、やめませんか?」
「ま、まだまだ!」
「って、ゆーひ、操作変わってよ!!」
「ワンモア! もう一回だけやらせて!」
「後で交代しますから……」
「というか1番年長でしょっ?! 譲ってよ!!」
「ご、ごめん、熱くなりすぎた……」
そういや俺この中で1番年齢高めだった。完全に忘れてた。
「と、いうかあこちゃん。次は氷川さんじゃ……」
「あ、本当だ。はい紗夜さん!」
「え、わ、私は」
「大丈夫ですって!」
無理やりコントローラーを握らされる紗夜。おそらくこういう純粋なホラー系は苦手なのだろうが、まぁここまで着いてきてしまったからには自分だけ逃げるというわけにもいかず、渋々と言った様子でやらされている。
「で、ですが、幾らなんでも難易度が高すぎです! クリア出来る気がしません!」
「そ、そうは言っても……」
そういって、紗夜はムービーが終わると、どういうわけか後ろから迫り来ていたゾンビの方へとかけていった。
「と、特攻?!」
「何してるんですか紗夜さん?!」
「横をすり抜けて……! どの方向もダメならこれしかありません!!」
が。
「あ……」
当然敢えなく攻撃を受けてしまい、薙ぎ倒された主人公は……。
「……ど、どうやってクリアしろと言うんですかこんなの!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いてください……」
「無理なものは無理です!! 時間をかけること自体無駄じゃないですか!!」
「またまたー紗夜さん、怖いだけですよね?」
「うぐっ……」
どうやらあこの指摘は図星らしい。
「……じゃああこが伝家の宝刀を……!」
「で、伝家の宝刀?!」
「……じゃじゃん、攻略サイト!!」
「え、せこくない?」
「だってこんなの無理じゃんさっきから4人とも死んだのにストーリー1つも進んでないよ?!」
「だ、だとしてもそれは何か違うじゃん?!」
「わ、分かりました、わたしがやります!」
「りんりん?!」
「攻略サイトに頼るだなんて……ゲーマーの名折れです! わたしは、意地を見せます……!」
「意地を見せるとは……、し、白金さん何をするつもりですか?」
「RTAです!! 世界最速を目指します!!」
「クリアすら出来てないのに何言ってるんですか?!」
「クリアどころか物語一つも進んでないんだって!!」
「あっ」
「……」
「……」
「……」
「……みんなで、NFOやる?」
「……賛成!」
後日、攻略サイトを見ながら頑張って攻略したそうです。
ちなみに私は大家さんから『煩い』とガチギレされました。