みなさん、今日もご機嫌麗しゅう。ご機嫌斜めな北条雄緋です。只今、俺の家は物々しい雰囲気に包まれています。カタカナで 『ゴゴゴゴゴゴ……』 って文字が部屋に浮かんできそうなぐらいには雰囲気がやばい。
「……第1回、おねーちゃん選手権!!」
タイトルコール。が、歓声が起こるとかそう言うわけではない。むしろ緊張感がより高まったと言うかなんというか。というかその内容でなんでこんな緊張感が溢れてるの?
「俺の部屋で何やろうとしてんの?」
俺はこの選手権もどきを主催しようとしている日菜に向かって問いかける。が、なぜかそれ以外の参加者からものすごく恐ろしい目線を向けられる。ちなみに参加者は俺含め4人、日菜とあこと明日香。いや、というかなんで俺がナチュラルに含まれてるのか。
「だーかーらー、おねーちゃん選手権!」
「うん、だから何それ?」
「お互いのおねーちゃんの良いところをアピールするんだよ!」
「だからなんでそれをここで開催してるの?」
あ、みんな目を逸らした。なんか俺の家がフリースペースみたいになってるけど、そういうのならCiRCLEのラウンジとか使えよ。まりなさんも喜ぶだろうからさ。俺のプライベートスペース使ったところで誰も喜ばないんだよ。
「まあそれはそれとして、これ俺も参加してるの?」
「えっ、当たり前じゃないですか」
「ゆーひってお姉ちゃん居たんじゃなかったっけ?」
「いやまぁ、居るけどさ」
俺はここに居る面々と違いシスコンの気はないぞ。むしろ弟の立場からすれば姉とは色んな意味で恐ろしさの象徴のようなものなのだ。たまにびっくりするぐらい優しいけど。
「なら雄緋さんももっと積極的にお姉ちゃんの良さをアピールしないと」
「なんでそんなこと……」
「そんな……こと……?」
え? なんか俺今、地雷踏んだ? 俺の一言がこの部屋の闇に飲まれていった瞬間、みんなからの目線がとんでもなく怖いものに落ちた。
「あたしたちはこれに全てを賭けてるんだよ?!」
「それを馬鹿にするなっ!!」
「ひぇっ……」
あかん。
……あかん。
下手なこと言ったらその瞬間お陀仏になりそう。俺もこれに命を賭けよう。
「それじゃあファーストステージは、『私のおねーちゃんの武勇伝!!』」
「ひゅーどんどんぱふぱふ!」
「あぁ……またうるさいって怒られる……」
俺の切実な悩みはこいつらには関係がないようで、説明を淡々と進めていく日菜。急に空気も和んだな。それはそうと、姉の武勇伝ねぇ……、特に思いつかないけど。
「トップバッターはー?」
「はーい! あこから!!」
「おっ、あこちゃん積極的だねぇ」
「あこのおねーちゃんはね……」
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あれはあこが10歳の夏……。まだまだ無邪気な盛り……。
『あ、あれ、暗くなってる……?』
気がついたら外は夜闇に包まれていて、あこはその場から動けなくなるほどの言い知れない恐怖に苛まれた。
『え、うそ。こ、ここどこぉ……?』
いつもならこのまま真っ直ぐに家に帰れるはずなのに、あたりは真っ暗。どうしていいのか分からなくなったあこはただ漆黒の血涙を流すことしかできなかった……。
『ひぐっ、おねー、ちゃん……助けてっ』
いくら涙を落としても、あこに救いの手を差し伸べる人なんて居なくって、往来を流れゆく人の群れはまるであこが見えないかのように素通りしていく。あこは絶望に打ちひしがれるしかなかった。
そんな時だった。
『……あこ!!』
『……おねーちゃん?』
『こんなところにいたのか! 心配したんだぞ!!』
『おねーちゃんっ、おねーちゃんっ!!』
街で彷徨い続けたあこを、なんとおねーちゃんは見つけ出したのだ。
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「あの夜、助けてもらった日のことは、まだあこは鮮明に覚えてるよ!!」
「おお、これは武勇伝」
「なんと、それだけじゃなく……」
「そ、それだけじゃなく?」
「なんとあこがお母さんに怒られる時も必死に庇ってくれたんだ!!」
「巴ちゃんイケメンすぎるぅーーー!!!!」
「な、なんたる姉力……」
やばい。このテンションについていけねぇ。あこが楽しそうに語るのはまだ分かるとして、日菜と明日香ちゃんの反応がやばい。というか明日香ちゃんってこんな子だっけ? もっと姉とは対照的に大人びて落ち着いた雰囲気だった気がするんだけど。
「まっ、こんな姉、地球上のどこを探してもおねーちゃんただ1人だよ!!」
「待ったぁっ!!」
「あ、明日香ちゃんっ?!」
「……私のお姉ちゃんだって、負けてない!!」
「おおっ、明日香ちゃんの目に魂が宿ってる?!」
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あれは私が中学2年生の頃……。花咲川の水泳部だった私は、所謂スランプに突入してしまった。
『……はぁ』
家でリビングにいる時も、無性にため息ばかりついてしまって。
『水泳かぁ』
あまりにも結果が出せない自分が不甲斐なかった私は、いっそのこと水泳なんてやめてしまえたらなんて、そんな風に自暴自棄にすらなっていた。
『あれぇ、あっちゃん今日は帰り早いねっ』
『……あ、お姉ちゃん。おかえり』
『ただいまぁっ!』
どんな時でも元気すぎるお姉ちゃんが、どこかうざったくて、どこか羨ましかった。それはきっと、私にないものを持っているから。
『……ねぇあっちゃん』
『……え、どうしたの?』
『……ううん。何か悩んでるのかなって』
『そんなつもりじゃ』
でも、その日のお姉ちゃんはなんだかいつもよりも神妙に。
いつのまにか私はお姉ちゃんに後ろから抱き締められていた。それはいつものような、抱きついてくるとか、そんなんじゃない。もっと慈愛が籠った、温かいハグ。
『……お姉ちゃん?』
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「何か察してくれたのかな。お姉ちゃんは何も言わずに、ずっと……」
「香澄ちゃんやるぅ!! そして普段とのギャップ!!」
「あこの心まで射抜かれそう!」
「ま、まぁ別に嬉しかったとかそういうのではないけど。武勇伝かなって、私的には!!」
なんだかこの妹たち、すっかり姉にベタ惚れだな。素直になり切れてないところとかもあるが、こんな姉がいれば、なんて俺も少しだけ考えてしまった。
「じゃっ、次はあたしのおねーちゃんだねっ!」
「紗夜さんかぁ。いっぱい武勇伝ありそう……」
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ついこの間、あたしが学校から帰ろうと校門を出ようとした時。生徒会のお仕事で先生とお話ししてたら、気がついたら夜も遅くなってて。
『早く帰んなきゃっ』
『あ、あの!』
『ん? 君誰ー?』
あたしの目の前には花女の制服を着た子がいて。面識は無かったんだけどもしかしたらファンの子かなーと思ってたんだけど。
『ひ、日菜さん! 好きですっ!』
『ほんとにー? ありがとっ』
『そのっ、恋愛的な意味で好きです!!』
『……えっ?』
あたしは突然言われたその言葉の意味がよくわかんなくて、固まっちゃったんだけど、その子がジリジリと迫ってきたものだからなんだか怖くなって。
『ちょ、あたしそーいうのは……あはは』
よくわかんなかったから笑って誤魔化そうとしたら急に距離が近くなって。どーしたらいいのか分かんなくなって。そしたら。
『わっ……、え、……おねーちゃん?』
『うちの日菜に、何か用でしたか?』
『さ、紗夜さん?!』
『妹が何か粗相をしましたか?』
『……私っ、日菜さんのことが好きなんです!!』
その子の告白に、おねーちゃんは詰るのではなく。
『……そうでしたか。ごめんなさい、お邪魔をしてしまって。日菜、ちゃんと貴女の本心で答えてあげなきゃ、この子が困っているわよ』
『え、う、うん』
おねーちゃんが声をかけてくれたからか、なんだか急に落ち着きを取り戻して、自分の中の気持ちが整理できるようになって。
『気持ちは嬉しいんだけど、ごめんね? あたしは今、そういうこと考えられなくて』
『そ、そうですよね』
『だからいっぱいパスパレのこと、応援してくれると嬉しいなって!』
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「その日家に帰ったらね、おねーちゃんが『日菜も、よく頑張ったわね』って頭ナデナデしてくれたんだよ?!」
「紗夜さんのデレる姿……ギャップ萌え……!」
「想像つかないなぁ……」
武勇伝なのか? とは思ったけど、たしかに日菜の心の安寧のために働いたと考えたらものすごく立派な武勇伝だったのかもしれない。
「えへへぇ、るんっ♪ が止まらなかったなぁっ、るんっるらるんっ♪」
「その日のことを思い出して高揚に浸れるのか……」
その域までいくとシスコンとかそんなちゃちな枠では考えられないのかもしれない。まぁそれだけ、巴にしろ、香澄にしろ、紗夜にしろ、なんだかんだ姉妹仲は良いのだろうなぁと、ふと考えてしまう。
「雄緋さんのお姉さんの武勇伝はないんですか?」
「……えっ、俺?」
まさか本当に聞かれるとは思っていなかった俺は必死に頭をフル回転させて、姉とのエピソードを何かと思い出す。
「そういえばどんな人なのか聞いたことないなー」
「武勇伝含めて教えてよっ」
「えー……」
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当時高校3年生の夏頃。学校では全国模試の結果が返ってきて、学校では先生と親と三者面談をして、進路をどうするかー、なんてのを話し合わなくちゃならなかった頃。
『進路なんて言ってもねぇ』
これといって大学に行って勉強をしたいことがあるわけでもなければ、どこか就職してしたい仕事があるというわけでもなく。幸いなことにして、親からはどんな進路でも応援するなんて言われてたけど、逆に余りに多すぎる将来の選択肢に、俺は何も活路を見出せないでいた。少しだけしたいことなんてのはあるけど、それを目指すには足を踏み出し切れないのだ。
『あれ、ゆうー、どうしたの? 進路志望届?』
『出さなくちゃいけないからさ』
『何かしたいこととかないの?』
『ねーちゃんと違って、したいこととか決まってるわけでもないからな』
『あっそうなの? ゆうのことだから東京の方の大学に行くのかと思ってた』
『なんでだよ……』
『だって去年オープンキャンパスとか色々行ってたでしょ?』
『んー、まぁ』
『本当は一人暮らしとか、都会に出るのとかが怖いだけだったり』
『……まぁ家を出るのはちょっと』
『まっ、色々辛くなったら帰ってきたらいいじゃん』
『ねーちゃん……』
『……彼女に振られた傷ならおねーちゃんが慰めてやろうっ』
『要らない』
『辛辣ぅっ。好きなタイプは?』
『ねーちゃんみたいに煩くない人』
『えっ、立候補していいの?』
『違う。うるさく、ない人』
『全私が泣いた』
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「まぁ、色々辛いこともあるけど、帰る場所があるって思えたら、怖いものもなくなるからな。ねーちゃんと色々バカやってた頃が懐かし……ってどうしたお前ら」
俺が話し終わったっきり妙なほどに静かになる会場。俺もしかしてなんかまた地雷踏んだ? またなんか俺やっちゃいました?
「あたしって、普段から物腰柔らかくて、静かにしてるよね」
「……むしろそれは紗夜の方が?」
「あ、あこも静かだよね?!」
「元気いっぱいでいいと思うぞ?」
「……わ、私ってお姉ちゃんと比べたら、どうですか?」
「えっ、大人びてて、釣り合い取れてて良いんじゃないか?」
なんかみんなめっちゃ静かになった。……え、この空気どうすればいいの?
「ゆ、雄緋くんは煩い人嫌い?!」
「え、えぇっ?!」
さっきお姉ちゃんのかっこいいところとかで競い合ってた時よりもみんな目が
「良いから答えて!!」
「えっ、嫌いじゃないけど」
「わ、私じゃダメですか?!」
「えちょっ、近い近い近い!」
「元気なお姉ちゃんの方が私より良いんですか?!」
「どういう意味?!」
「恋愛的な意味に決まってるじゃん!!」
「そ、そこら辺は気にしないけど!!」
いや、年齢的な意味で気にした方がいいな。
「結局ゆーひの好きなタイプは?」
「……え?」
「……そうだ、この中だと誰が1番好き?」
「……はい?」
視線が痛い。めっちゃぶっ刺さってる。この間の節分の時の豆より鋭い。なんか回答間違えた瞬間に、俺の意識刈り取られそう。迂闊に誰が好きとか答え出すのは間違いっぽい。
「別に誰か1人「勿論、みんな好きとか、そんな答えダメですからね?」……えっと」
詰んだ。
その答え封じられると詰んだ。みんな好きじゃなくて、かつ優劣つけないとかだと、みんな嫌いってこと? そんなこと言ったら俺多分ここで人生のゲームオーバーよ? 好きか嫌いかの二元論じゃなかったとしても、普通とか答えても多分アウトよ?
「えっと……」
よし、落ち着いて素数を数えよう。2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,57、あ、57は素数じゃないわ。
「ねぇ、聞いてます? 早く答えてください」
「ちょ、ちょっと待って」
冷静に考えるんだ。3択なんだ。日菜、あこ、明日香ちゃん。優劣つけるなんてのは嫌いだけど、かといってこの世の中みんなおてて繋いでゴールイン、なんてわけにもいかない。冷静に考えよう。
日菜、この中ならある意味ねーちゃんに似て煩いかもしれない。ダメだな。
あこ、うーん、やばい、年齢的にやばい。犯罪臭すらする。ダメだ。
明日香ちゃん。年齢あこと一緒じゃん却下。
年齢のことを考えると日菜しかいないんだけど、そもそも高校生という時点で犯罪スレスレな気がするんだ。
「えー、えー、えー、俺歳下あんまり好きじゃないというかなんというか」
「へぇー」
「へぇ」
「へぇ?」
「その、年齢的にまずいかな……なんて」
「あこちゃん。至急みんなに連絡して、雄緋くんは歳上好きだから大学に彼女がいるかもしれないって」
「ちょいないから!」
「……へぇ、みんなで調教ですね、下の良さが分かるまで」
「調教?!」
「そもそもどうして年齢なんか気にするんですか?」
「世間体!!」
「えー、でもあたしたち、同意してるんだよ?」
「同意?!」
「雄緋さんなら嫌じゃないんですよ?」
「何故?!」
「歳下の良さ、思い知れぇっ!」
「勘弁!!」
ケテ...タスケテ......。