その悪夢は本当に何の前触れもなく起こったのだ。
ピンポーン。
「またか……今度は誰だ?」
起きがけの体は気怠く、玄関のドアが遠い。トロトロと布団から這い出ると。
ドンドンドンッ!
「はぁっ?」
玄関のドアから聞こえてくる凄まじい轟音。それは凡そ平常を表すものではなかった。
「出ます、出ますからっ!」
俺は急いで玄関のドアを開けた。
「警察です。北条雄緋、だな?」
「……は? はい」
目の前の青服に身を包み、目深に朝日影の紋章をつけた帽子を被るその人たちは紛れもなく。
「貴方に逮捕状が出ています。署まで御同行を」
「は……」
小さな頃はまさか自分がそんな物騒なことの当事者になるだなんて、思ってもみなかった。けれども、目の前に突きつけられたそれは、自分が己の過去の行いを懺悔せざるを得ない悪人であるということを否応なしに突きつけてくる。青天の霹靂に俺は口をぽかんと開けるしかなかった。
で、今に至ると。
「おい、出せよ!!」
「ダメだ! 指示があるまでそこにいろ!」
北条雄緋、in 鉄格子。ふざけてるわけじゃないよ? 警察に捕まったからヤケになってるわけでもないよ? おいそこ、遂に捕まったか……なんて呆れたことを言うんじゃないよ。違うんだ、俺を捕まえたのは国家権力なんてものじゃない。
「呼び出しだ! 出ろ!」
「ちょ……くっそ、おい、分かってるんだぞ!」
俺は無理やり連行されていく中でも、しっかりとその名前を叫んだ。
「おい巴!! 警官を装ってるつもりらしいけどバレバレだからな!!」
「……何のことだか」
俺のセリフはドブへと吐き捨てられて、俺は警官らしき巴に連れられていく。両手を後ろ手に縛られた哀れな俺の姿を巴に晒すことになったのだった。
「ここだ、入るぞ」
その警官らしき巴に連れられて、俺はある部屋へと入れられる。部屋の中央に据えられた事務机にはすでに誰かがもう座っている。その事務机の右隅に取り付けられた薄白い光を放つライト。そして窓につけられたブラインド。全体的に殺風景なこの部屋はまさに。
「……取調べ室じゃねぇかこれ」
「余計なことは喋らないでください」
俺の手錠の拘束を解くと、巴は部屋の隅っこにある椅子に腰掛けた。
「早く座ってください」
「へいへい……って」
「それではただいまから北条雄緋さんの取調べを始めます」
「何してんの紗夜」
「……、さて、取調べにおいては貴方には黙秘権が認められています。本来なら」
「えっ」
「ですが、私が取調べをする以上、そんなものはありません。何が何でも吐いてもらいます」
「なんで?!」
目の前の警察官、もとい紗夜さんが仰ってることの意味がわかりません。というかさりげなく無視したよね俺の質問。ちなみに紗夜さんがその服を着てるとコスプレ感が。ミニスカポリス的な。
「どこを見ているんですか?」
「何でもないです」
「言いなさい」
「紗夜さんです」
「……の?」
「……黙秘権を「ありません」体です「正直でよろしい」……」
というかさりげなく今自分が紗夜だって自白したようなものだろ。
「それで紗夜さん何して」
「それでは、質問を始めます」
「無視すんなおいこら」
「……何でしょう?」
「何で俺逮捕されて、こんな取調べ受けてるの?」
そうなんだよ。今のところ俺が捕まるってことの意味がわからない。一体何がどう言うわけで取調べを受けてるのか、その目的もサッパリである。
「……そうですか。では、巴さん。彼にあれを」
「分かりました!」
「ん?」
何やらスマートフォンの画面に映し出されたのは。
「ってこれ俺の部屋じゃねぇか?!」
隠し撮りされた俺の部屋。ちなみに映っているのは俺と明日香ちゃんと日菜。
『あこちゃん。至急みんなに連絡して、雄緋くんは歳上好きだから大学に彼女がいるかもしれないって』
日菜の発言がデバイスから流れている。角度などから察するにあこによって撮られていたものらしい。というかやってることどっちが犯罪かで言えばこの人たちの方がよっぽどやばい、なんて言おうと思ったけど怒られるのが怖いので言えない。
「このようなタレコミがあこたちからあったので」
「タレコミの何もそれ日菜の虚言だよ? 邪推ってやつだよ?」
「うるさいぞこの犯罪者め!」
そっくりそのままお返ししたい。けど、机バンってするのビビるからやめろ。
「言い忘れていましたが、一応貴方は弁護人を依頼する権利があります。あったはずでした」
「……どういうこと?」
「この取調べはガールズバンドみなさんの総意ですので。たとえ誰に依頼しようと弁護人になることはありません。強いて言うならば喜んで警察官役になるかもしれませんが」
「圧倒的国家権力……、というか何でみんな喜んでやるんだよ」
「え? だって雄緋さんのパソコンの履歴に『警「わあああーー!!!!」……なんですか?」
「何の話ですか?」
「だから「わあああーーーー!!」……少し静かにしてください」
「はい」
「警察官」
「黙秘権を行使します」
「……ミニスカートの」
「黙秘します」
「パソコンの履歴に「黙秘」……まぁいいでしょう」
それは、見たらダメというやつですよ。本当に。人のパソコンの検索履歴とかみるのほんっとうに、ほんっっっとうに良くない。見られて目の前で朗読なんてされたら俺はもう躊躇なく切腹『ブシドー!』……を選ぶよ? この世に数多ある拷問の中でも最上級に性格悪いでしょそんなの。
「とにかく、みんなアピールのために喜ぶと、まぁそんなことは良いんです! 本題に入りますよ!!」
「……はい」
「それで、北条雄緋さん。『貴方には貴方の通う大学に彼女がいるかどうか』、答えてください」
「いません」
「それを証明できるものは?」
「悪魔の証明だろそれ……」
いないことを証明するなんて無理ゲーすぎる。何をどうすればそんなの証明できるんだ。
「……あ、たとえばたまに俺の家誰かに侵入されてるんですけど、たとえ誰かが来たとしても、家に彼女を連れ込んでる、なんてことないでしょ?」
「……たしかに。ですが、それは『同じ大学に彼女がいないこと』の証明にはなっていませんよね?」
「うぐっ……」
「それと、もう一点。……不法侵入しているのは誰ですか?」
「えっ? 確か千聖と彩と……あ、この間帰ったらたえがいたな」
「巴さん。直ちに捜査官の派遣を」
「分かりました!!」
まぁ、普段散々だしこれぐらいは良いよね。巴が慌ただしく出て行った。まぁこの際ちょっとぐらい反省してもらおう。
「……まぁ、大学に彼女がいるかどうかについては、このぐらいにしておきます」
「ほっ」
「次は、雄緋さんの好みのタイプはなんですか?」
「タイプ?」
「日菜の話では、雄緋さんは落ち着いていて煩くない人ということでしたが……。……なるほど」
「……な、なんですか?」
「これって私のことですか?」
「違います」
「……好みのタイプは、ギターが上手く、勉強ができ、生徒会役員でありながらRoseliaで、笑うと可愛くて、マメで努力家で、たまに優しくて、ポテトが大好きな方、と、なるほど」
「それは貴女の妹さんの好みのタイプでは?」
「……ごほん」
あっ、照れてる。
「と、とにかく。どういった方が好みなんでしょうか?」
「これって取調べなんだよね? お見合いとかじゃないよね?」
「そんな……気が早いですよ……」
「変なこと言わなきゃ良かった」
知ってたけど、みんなテンションぶっ壊れすぎでしょ。
「好みのタイプは」
「……ごくり」
「取調べをしない人かな」
「……質問を続けます」
そこは自重してくれよ……。
「……歳下は好みではないということでしたが、その発言の真意は如何程でしょうか」
「えっ」
「詰まるところ、歳上が好きなのですか? 歳下が好きなのですか? それとも同い年が良いのですか?」
「えっ、いやこだわりがあるわけじゃないけど……」
「つまり私たちにもチャンスがあると?!」
「ちょ近い近い!」
「……ごほん。すみません、取り乱しました。それで、年齢はさほど気にしないということでしょうか?」
「まぁ、平たく言えば」
「ではなぜ私たちが迫った時などに拒まれるのですか?」
「えっ」
そこはもはや年齢が云々の問題じゃないよね。だって皆さん、怖いもん。一周回って勢い良すぎて、そのまま突っ込んでくるんじゃないぐらいの勢いなものだから思わずこちらも腰が引けてしまうという。多分みんな全然気づいてないけど。
「まぁ。皆さん一応高校生とかじゃないですか」
「はい」
「で、俺は大学生なわけで」
「はい」
「犯罪臭するじゃん?」
「愛に年齢差は関係ありませんよ?」
「えぇ……」
俺にとって関係があると俺が考えてるんだから問題があるんだよ……、暴論だけども。少なくとも俺は気にしますよ、その辺りの世間体。
「歳下では満足できないのですか?」
「満足できないとは」
「歳上の余裕のようなものがないだとか」
「そういうのは求めてないかなぁ」
「……なるほど」
やっぱりこれさ、取調べじゃないよね。さっき総意だとか抜かしてたけど、絶対に紗夜の趣味というかそんな感じでしょ。
「あの、そろそろ取調べ終わってくれません?」
「まだです、聞きたいことが残っています」
「どれぐらい?」
「……そうですね、ざっと100個ぐらいは」
「終わんねぇだろ一個に絞れ!!」
「くっ……」
目の前で灰色の机に頬杖をついている紗夜の顔は百面相の如くコロコロと変わる。どうやら相当悩んでいる様子らしい。かといってそんなに大量の質問聞かれてばっかじゃこっちだっていつまで経っても帰れないし。暇じゃないし……暇じゃ……暇じゃ。あれ?
「紗夜、今日何日?」
「2月の8日ですが……、どうかしましたか?」
「……バイト!!」
やっべぇ。次遅刻とかブッチとかしたらガチでまりなさんに怒られる。いやというか、この間めちゃくちゃすでに怒られてるし。下手したらこのままクビとか言われそう。早く終わらせないと、やばい。
「ちょ、早く紗夜!」
「CiRCLEのバイトですか?」
「そう! 怒られるから!」
「なら心配はいりませんね」
「いるから! 俺が怒られるんだよ!!」
「まりなさんには話を通してありますので、納得していただいてから連行しています」
「……はい?」
え、俺遂に諦めて解雇された? いやまぁ、全然まともにバイト来ないやつは流石にあれだよね。クビにされても仕方ないかもしれない。
「CiRCLEの利用者は私たちが多く占めているということもありますので、じっくりと懇切丁寧に説明をしたら理解を示してくださいました」
「あっ」
どんまいまりなさん……。
「……って、バイト休んで良いとしてもだよ? 俺も忙しいから取調べなんて早く終わらせたいんだよ!!」
「……わかりました。最後の一つにします」
「おっ」
俺はようやくこの取調べから解放されるという気持ちよさと、胸を投げ下ろす気持ちで思わず油断していた。
「では、雄緋さんの好きな人は誰ですか?」
「……Pardon?」
「ですから、雄緋さんは誰が好きなんですか?」
「……黙秘権を」
「ダメです」
「……黙秘します」
「黙秘権はないと「黙秘します!!」……はぁ」
おっ、諦めてくれたかな。そう思っていた時期が俺にもありました。
「ならば、仕方がありません。戸山さん!」
「はーい紗夜先輩!」
部屋の扉をいきなりバタンと開けて入ってきたのは香澄だった。その手には何やら丼のようなものが。あっまさか。
「ほらほら雄緋くん、……カツ丼だよー?」
「くっ……兵糧攻めとは姑息な」
食欲をそそられる香りの誘惑に負けてしまったかのように突如として俺の腹の虫が部屋に鳴り響いた。たしかに最後に何かを食べたのはかなり前。気にし出した瞬間、急に天から降ってきたように腹の減りを実感するようになってしまった。
「美味しい美味しいカツ丼だよー? ほら、パタパター♪」
「ず、ずるいぞ?!」
香澄はどこからか取り出したうちわで湯気の立ち昇るカツ丼を仰ぎたて、俺の鼻の奥の奥までその衣に包まれた良い匂いが……。
「言ったら楽になれるのですよ、雄緋さん」
「ゆ、誘惑に屈するわけには……」
「こんなに美味しそうなカツ丼なのにー?」
「何のことだか!」
「えー、私が作ったんだけどなー。雄緋くんが食べないから食べちゃおっかな?」
「な?!」
気がつけば香澄の手には割り箸が握られている。まずい、このままだと。
「ま、待て!!」
「あれれー? どうしたの雄緋くーん?」
「……いや」
「じゃあ食べちゃうね? いっただっきまーす!」
「待て!!」
2人の期待に満ちた目が俺を見つめている。けど、それ以上にカツ丼から送られる秋波が俺を落としてしまった。あぁ、どうして空腹なんて概念があるんだ……。
「……カツ丼を、ください」
「いいよー? はいどーぞ!」
「……いただきます」
あっ、噛んだ瞬間にサクッとした衣が口の中で押しつぶされて弾けて、その瞬間に次から次へと肉汁までもが流れ込んでくる。そして風味の染みた炊き立ての白米が喉を流れるように俺の腹を満たしていく……。
「……ごちそうさまでした!!」
「はやっ?!」
あっという間に食べ終わってしまった。だが、俺は誘惑に負けて、食欲を取ってしまった。情けない……情けない……。武士の名折れ『ブシドー!』だ……。
「でもあれれー、カツ丼を食べたということは?」
「えぇ、大人しく喋ってはくれませんか? 私たちも手荒な真似はしたくありませんから」
「紗夜さん……香澄……」
なんだろう、目の前が急にぼやけてきて、2人の笑顔がまるでさっきとは違って、俺を尋問する警官から、俺を優しく包む女神のように……。
そっか、俺、許されたんだ……。これは取調べなんかじゃなくて。俺を癒してくれる、天の恵みだったんだ。素直になろう。正直に、思ったことを言えばいい。聞かれたことに答えれば良いだけなんだから。
「雄緋さん、もう一度聞きますね?」
「はい……」
「雄緋さんは誰が好きなんですか?」
「黙秘権を行使します」
めちゃくちゃ怒られました。