「それじゃあ、蓋開けて中身出しますね」
「お願いします……」
空箱に穴をくり抜いて作られた箱の中から、二つ折りにされた紙が何枚も机の上へとぶち撒けられる。有咲が何度も箱の底を外側から叩いてももう何も出てこないため、きっとこれで全部なんだろう。
「それでは、開封していきましょうか」
「……これが花咲川の」
「……目安箱」
説明しよう!
目安箱とは江戸幕府第8代将軍徳川吉宗によって設置された、民衆の意見を汲み取るための投書箱である。徳川吉宗が将軍の位についた当時(18世紀前半)は幕府の財政の悪化が問題となっており、それに対応するために徳川吉宗は享保の改革を実行し、これはその改革の一つとして行われた。投函された投書は将軍自ら目を通し、民衆の不満や要望を広く聞き入れようとしたとされる。この目安箱の投書により小石川養生所などが設立されることになった。現代ではこの徳川吉宗の『目安箱』に倣って、学校等の組織において構成員の要望を汲み取る際に転じて使われることが多い!!
ふぅ。
「では、そうですね、雄緋さん。読み上げを……お願いしてもいいですか?」
「うーんちょっと待ってください」
別に早口が疲れたとかそんなんじゃないです。いやね、この間のバレンタインデーも似たようなことあったから、きっと驚くべきではないんだと思う。ないんだけどさぁ……。
「そういえば、なんで雄緋さんいるんです?」
「こっちが聞きたいわ!!」
俺だって好き好んで女子校に不法侵入してるわけじゃないんだよ!! 部外者だから! 生徒じゃないから!!
「外部から特別顧問として招聘しました」
「何の権限があってそんなことやってるの?」
というか特別顧問って何? 俺は教員ですらないんだけど。女子校の敷地に入れて役得じゃんとか言ったやつ、いざそんな女の園とか入ったらそれはそれで緊張感がMAXで心臓に悪いんだからな。
「風紀委員権限です。そもそも募集の段階で雄緋さんに目を通していただくということも一部には告知していたので」
「えぇ……。俺を知らない奴からしたら誰だよってなるだろそれ……」
「……あの、雄緋さん、早く読んでいただけると……、わたしたちも暇ではないので……」
「ええい、分かったよ!! 一通目のお便りはこちらぁ!」
『学校でもチョココロネとか焼き立てのパンや、コロネとかコロッケとか、コロネが食べたいです。山吹ベーカリーの購買スペースを作ってください。』
「なるほど……購買スペース、ですか」
「というかこのコロネ信者誰だよ……」
投書の節々にコロネが窺える。というかこれ目安箱を使った山吹ベーカリーの宣伝の可能性すらありそうだね。まぁ美味しいけども、パン。
「あー。……まぁ、その、これは沙綾のお店とも相談しないと厳しいと思うんですけど……」
「ですよね……。学校で販売していただくとなると調整が少し……難しいかと」
でも高校の購買のパンとか人気すごいから導入してほしいという声が分からないでもない。俺の高校も焼きそばパンみたいな惣菜系のパンは秒で売り切れてたもんなぁ。
「うーん、とりあえず、保留、ですかね?」
「そうですね。次に行きましょう」
「はいはい、次のお便りは……」
『この学校にはまだまだ笑顔が足りないから、今度ここをテーマパークにするわね!』
「テーマパーク化……ですか」
「え、今さらっととんでもない宣言されてなかった?」
俺は手元にあった紙を見直す。うん、やっぱりこれ、ご意見を伺うとかじゃなくて、これ宣言だよね? 『学校をテーマパークにします!』っていう宣言であって、要望とかそういうのではなくない? 確定事項じゃんこれ。
「楽しそうなのでありかもしれませんね」
「え、本気で言ってる?」
「ゲーミングルームとか……あ、周辺機器も高品質なものを……」
ダメだ、みんな常識を失っているらしい。どっからどう見てもこの投書、さっきの購買スペースとは比較にならないレベルのヤバさ誇ってるのに、何にも反対意見出ないんだけど。俺がおかしいのかな。……まぁ正直俺が通ってる学校ってわけじゃないからどんだけ魔改造されようがどうでもいいんだけど。
「是非前向きに検討しましょう」
「あーうん、それでいっか」
「それでは、次の投書をお願いします」
「えっとね、じゃあこれで」
『キラキラドキドキしたいです!!』
……どういうこと? まぁ、ご意見というか、ご要望の体裁をなしているだけ、取り敢えずさっきのよりはマシという評価はあげよう。……が、キラキラドキドキって何?
「あー、……なるほどな」
「えっ、これだけで有咲意味分かったの? 俺、何のことかさっぱりなんだけど」
「え、あ、いや。まぁ。……なんとなく、ですけど」
急に顔を赤く染めた有咲。今の会話の一体どこにそんな恥ずかしさ、羞恥を感じることがあったのだろうか。
「で、どういう意味なの?」
「わたしも気になります……」
「えっ?! あー、なんかワクワクするような、イベントというか、そういうのを用意してあげたらいいんじゃないですかね?」
「なるほど、イベントですか。そういえば学校行事のようなものが少ないということもあるので、検討の余地はありそうですね」
「そうですね。生徒が自主的に参加したくなるような……イベントだと、このような意見にも、対応できそう……ですかね?」
「……じゃあ、次の意見行きますか」
『最近、自分の視界が明るいと妙な胸騒ぎを感じます。胸の動悸が治まらず、自分が被り物を被っていないと不安で全身の震えが止まりません。ここ数日は過呼吸さえも起こすようになってしまいました。私はどうすれば良いでしょうか。お願いします、助けてください。』
「な、なるほど……これは、なかなか重篤なようですね」
「ど、どうします? 雄緋さん、何か策とかありますかね……?」
「病院行け」
突き放すような解答で申し訳ないが、こればっかりは生徒会でどうこうできる問題じゃありません。大人しく病院で治療を受けるか、被り物をして学園生活を送るようにしてください。ここで言われても対処の仕様がありません。
「……次、お願いします」
「はいはい」
『今度時代劇の撮影のために、校内のセットをお借りします! ブシドー!!』
「めちゃくちゃ達筆な投書が来たな……」
「時代劇の撮影ですか……。許されるのであれば、エキストラを校内の生徒から募れば、キラキラドキドキするようなイベントになるのではないでしょうか」
「た、確かに! ドラマに出られるかもしれないとなれば……」
「……え。時代劇だよね? この学校を使うの? 舞台となる時代にあまりにも雰囲気合わなさすぎない?」
「まぁ、これも先方との交渉次第、といったところでしょうか」
「え、乗り気なの? というかこの投書も目安箱に入れるやつではないよね?」
「つべこべ言わずに早く次のものを読み上げてください。時間が惜しいんです」
「辛辣ぅ……」
『コロッケパンを今度家のお店で出したいです! どうすればいいかな?』
「はぁ」
「どうかしましたか、雄緋さん」
「いやね、これ、実家でやってるお店の話だよね?」
「まぁ話を聞く限りには……私にはそう感じましたけど」
「ここで聞くことではないよね?」
というか目安箱なのであって、ここはお悩み相談室ではないよね? まぁある程度は仕方ないとは思うけども。でも少なくとも家業の経営方針は通学先の生徒会に諮ることではないと思うよ、うん。
「……で、でも! さっき山吹ベーカリーの購買スペースの話も出ていたので、それも合わせて先方に確認を取れば……!」
「確かに。燐子先輩、ナイスアイデアですね」
「この件は後でまとめて検討しましょうか。次に行きましょう」
「はいはい」
『うさぎ』
「……?」
「次、行きましょう」
「はい」
『なんだか最近学校生活がるんっ♪ としないなぁって考えたらおねーちゃんがいないんだよ!! おねーちゃんと一緒の学校通いたい!!』
「これは……」
「な、なぜ皆さん私の方を見るんですか?」
「紗夜、悪いことは言わないから、羽丘に転校しろ」
「しません!! 次いってください!!」
なんかめっちゃ怒られた。というかこれ花咲川の目安箱だよね? なんであいつ投函できてるの? あ、俺みたいに不法侵入したのか。セキュリティがガバガバすぎる……。
『迷子癖がなかなか治りません。友達や雄緋くんに迷惑をかけることが忍びないので、なんとか治したいのですが、どうすれば良いでしょうか。あ、でも雄緋くんがお迎えに来て、私を励ましてくれる時はとても幸せなので、これからも迎えに来てくれると嬉しいな。』
「さっきから目安箱の趣旨分かってない人多すぎない? どうにか出来るものじゃないでしょ」
「……それはいいんですけど」
「雄緋さん。……今の、投書、どういうことですか?」
「え?」
「……なんか、頻繁に迷子の生徒を迎えに行ってるとか」
「え、あっいや。花音が迷子になったって連絡きたら探し出して助けたりすることはあるけど」
「それです。……どーゆうことですか?」
やばい、みんなの目が怖い。俺としては本当にこの現代という大海原で路頭に迷い、困り果てた花音を助けに行ってるだけなんだけど……。いやまぁ、そんな大袈裟なことではない。けどまぁ、言い訳するとこの雰囲気だとさらに詰られそうなので。
「……次行きましょう!!!!」
「逃げましたね……」
『懇意にしているライブハウスのバイトの方がなかなか振り向いてくれません。キスやボディタッチをする時は照れたりしてくれるのだけれど、この間酔って私の肩を抱いてくれたきり、少し素っ気ない気がします。どうすれば鈍感な彼は私の気持ちに気づいてくれるでしょうか。』
「なるほど……まぁ言いたいことは色々ありますが。雄緋さん、これを見て率直にどう思いましたか?」
「え? うーん。……明らかに見る限りこの子はその人に好意抱いてるって分かり切ってるし、この子が可哀想だな。いくらなんでもそいつ鈍感すぎるだろ……」
「……これ、素で言ってるんですもんね」
「流石に……うーん。わたしも、なんと言っていいか……」
「え、なんでみんな呆れてるの?」
さっきまでは睨まれてたというか、こちらを詰るような目線だったはずが、気がつけば呆れた目線に変貌を遂げていた。今の俺の回答のどこに呆れられる要素があったのか……。
「……はぁ。参考までにお聞きしたいのですが、鈍感な方にアプローチするためにはどうすればいいと思いますか?」
「えー。俺はそんな鈍感じゃないと思うから的確なアドバイスじゃないかもしれないけど」
「……はぁ」
「ため息つくなよ……。えっとな、まぁ大胆に迫るとか? 相手が嫌がってなかったらの話だけど」
「……いいんですね? 白金さん、今すぐ通達を」
「分かりました……!」
「えっ何通達って」
「次行きましょう」
「え、あ、はい」
『この間のバレンタインデーでチョコレートを好きな人に渡しそびれてしまい、今からチョコを渡すのではきっと周囲との差別化が出来ないと思い立ちました。なので、パンを焼いて渡そうと思うのですが、どのようなパンだと想いが伝わるでしょうか。』
「……市ヶ谷さん、これって」
「……まぁ、えっと、雄緋さん。どんなパンが好きですか?」
「え、俺の意見なんかで意味あるのか?」
「ありますから、早く」
「えー。……何でも好きだけどな」
「1番……困るやつ……ですね」
「……はぁ。これだから」
「えっ、さっきから何なの?」
「ほら、次が最後ですから、早く読んでください」
「わ、わかったって、目を通すからちょっと待っ……」
『雄緋くん、大好きだよ、放課後校門で待ってるね♡』
「……」
「え、ど、どうしたんですか?」
「って、あ! どこ行くんですか?!」
「離してくれ! 危機を感じたんだ、帰らせてくれ!!」
「え、あっ、ちょっと?!」
「……帰ってしまいましたね」
「……まだあと3通残ってたんですけどね」
『好きな人に素直になるためにはどうすればいいんですか?』
『どうすれば雄緋さんはわたしのことを好きになってくれますか?』
『日菜だけじゃなくてもっと私のことも見てください。』
「……はぁ。またの機会に、ということでしょうか」
「そう、みたいですね……」
「次こそは……!」
まぁきっとその後の生徒会室では、頂いた投書の内容を元にこれからの学園生活をより充実させるような生徒会運営を考えていくのだろう。まぁ、そこは少なくとも部外者たる俺の立ち入るところではないし、何より俺は心の内に沸々と燃え上がる恐怖からいち早く逃げたかったのだ。俺は放課後の暗い、急な階段を駆け下りて、家に帰ることにした。校門を通っては、罠にハマるばかりであるから、俺は何とか裏門を探して逃げ帰るのだ。
俺の行方は、誰も知らない。
……嘘です。そこまで読まれてたらしく、裏門を出た瞬間彩に捕まり、カラオケへと連行されたのでした。