ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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銭湯はマナーや利用方法を守ることは勿論、常識を考えて利用しましょう——。








湯煙に惑わされ【ベース組+六花】

臙脂色の暖簾を潜り、俺はガラス戸をガラガラと開ける。そこは漆喰の壁が少し古ぼけた雰囲気を醸し出した建物。屋根から伸びた煙突から吹き出す煙は独特の熱を持って、大気へと吐き出されてゆく。

 

「あ、すみません。今日の営業は……って雄緋さん?!」

 

「おぉ、ロック……じゃなくて、六花。ごめんなこんな早くに」

 

きっとまだ営業の時間にはならないような、準備の時間に来てしまったことを詫びながら俺はガラス戸を音を立てながら閉める。

 

「ロックでも大丈夫ですよ? えっと……どうしましたか?」

 

「まだ営業時間にはなってないかな? 家のお風呂が調子悪くてだな、今日は銭湯に入りにきたんだけど。……時間まで中で待っててもいいか?」

 

「え、ええっ?! 雄緋さんなら! どうぞ上がってください!!」

 

「悪いな……」

 

俺はお言葉に甘えて、男湯の脱衣所へと入っていく。まだ営業前ということもあって人は勿論誰もいない。広い脱衣所を独り占めしたかのようなしょうもない優越感に浸っていると、脱衣所に六花がやってくる。

 

「あっ、雄緋さん。もうお風呂自体はお湯張れてますから、入っても大丈夫ですよ」

 

「えっ。でもまだ営業前だろ? 流石に先に入るのは悪いし」

 

「大丈夫です! 今日営業中止になりましたから!」

 

「え?」

 

「え? あっ、ちがっ……えっと、どうせ先に入ったって分からないので!」

 

「そ、そうか? なら入ろうかな……」

 

「どうぞ!」

 

なんだか営業中止とかいう、不安なワードが一瞬だけ聞こえたが、多分焦った六花の言い間違えたとか、そんな感じであろう。俺はじゃあ入ろうかと、竹の椅子から立ち上がる。で、まぁ服を脱ぎたいんだけど……。

 

「あのー、六花?」

 

「はいっ」

 

「着替えたいんだけど……」

 

「はい、どうぞ?」

 

「いやどうぞじゃなくて、六花が居ると服脱げないと言うか」

 

「大丈夫です!」

 

「俺が大丈夫じゃない!」

 

こんな小さい子の目の前で服脱ぎ出したら完全にヤバいやつになるじゃん。露出狂みたいな。そんな変態に成り下がった覚えはないので、とりあえず六花にはご退場いただき、俺は纏っていた冬用の厚手の服を全て脱いで、籠へと放り込んでゆく。そして、俺は、フロストガラスの扉を横にスライドして、いざ、浴場へ——。

 

「まぁ銭湯やっててよかっ」

 

「ほんまあったかいー……」

 

「はぐみも入る!」

 

「ちょ、はぐ! 走ったら危ないって! 飛び込みはもっとダメェ!!」

 

「かといってひまりちゃんが走っては意味がないでしょう?」

 

「アハハ……。みんな、取り敢えず落ち着こっか?」

 

うーん。俺、取り敢えず落ち着こっか。

ガラガラと音を立てて、またも脱衣所のドアを閉める。俺が見たのは幻覚、いいね? よし。

 

「おっ、雄緋じゃん☆ 入って良いんだよ?」

 

「良いわけあるかい!」

 

俺は踵を返そうとしたが。

 

「ちょドア閉まってる?! 鍵まで!」

 

「雄緋さん! 一緒に入りましょうよ!」

 

「ここ男湯だからな?!」

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぞ。俺は家の風呂が調子悪いから近所の銭湯で開店前に風呂場に入れさせてもらったんだ。そうしたらどういうわけか俺が男湯だと思って入ってみたら少女が5人いた。何を言ってるか分からないと思うが、俺にも分からん。つまりあれか、『Don't think!(考えるな) Feel!(感じるんだ)』ってことね。感じたとしても受け止められるかどうかは別なんですよ。

そして、閉め出された。風呂場に長タオル一枚ですっぽんぽんで。男湯だけど女の子がいるお風呂場に。俺は当然湯船の方を見ないように、慌てて自分の腰にタオルを巻きつけながら、会話を続ける。

 

「なんでいんのお前ら?!」

 

「みんなで練習帰りに銭湯に行こうってなったんだよ!」

 

「まだ営業時間なってねぇぞ!」

 

「それは雄緋だって同じことでしょう?」

 

「にしても男湯にお前らがいるのがおかしいんだわ!!」

 

「気のせいですよー」

 

あっ、てか背後でザバァって音がした。誰か来る音か、やばい。

 

「近づくなよ!」

 

「大丈夫だよ! 雄緋くんも一緒に入ろー!」

 

「俺が大丈夫じゃな……ってえ?」

 

「どうしたのー?」

 

「タオル巻いてたのか……」

 

横目でほんの少しだけはぐみの方を見ると、その体には白いバスタオルが巻かれていて、なんとか俺が変態扱いを受けることは避けられそうだった。

 

「おっ、見たいのかな☆」

 

「ちゃんと巻いててください。チラチラさせんな!」

 

 

※銭湯等公衆浴場でのタオルを巻いての入浴等はマナー違反になる場合があります。

 

 

「雄緋さんは入らないんですか? あったかいですよ……」

 

「そーですよ! 体冷えますって!」

 

「いやでも……」

 

「あら、そんなに渋る必要があるのかしら?」

 

「……え?」

 

「少女5人が湯船に浸かった浴場に姿を現した1人の男子大学生。私たちがもしもこの状況で事を大きくしたら……そんな哀れな男子大学生の末路は」

 

「……ひえっ」

 

めっちゃ生き生きと最悪のシナリオを語り始める千聖。その言葉の一つ一つにどこか重みを感じるのは、彼女のバックグラウンド故か、それともこの状況が本当にやばいのか。後者ですね。

 

「折角私たちが一緒に入ろうと誘っていると言うのに、それをわざわざ断ってまで、得られるものって何なのかしら?」

 

「是非ご一緒させていただきたく思います」

 

「……わぁ。千聖流石だねぇ」

 

「ふふっ、こんなこと朝飯前よ?」

 

この腹黒女優め……。完全に犯罪者扱いをチラつかせて強制的に逃げ道を断つとは……悪魔かな?

 

「何か言ったかしら雄緋」

 

「いえなんでも」

 

「……朝飯前って聞いたら、なんだかお腹空いてきちゃった……」

 

「あ、はぐみコロッケ持ってきたよー!」

 

 

※浴場への飲食物の持ち込みはマナー違反になる場合があります。

 

 

「えっほんと?! 食べたーい!」

 

「あれ、でもひまり。ダイエットするって言ってなかった?」

 

「うぐっ」

 

「あ、ひまりちゃん。私チョココロネ持ってきてるよ?」

 

「ぐはぁっ! 食べたい……ッ!!」

 

 

※浴場への飲食物の持ち込みはマナー違反になる場合があります。

 

 

「そういえばこの間トモちんが『ひまり最近太った?』って話してたなぁ」

 

「我慢します……」

 

というかこいつらどっからチョココロネとコロッケ取り出した? まぁいっか、寒い。普通にさっきからお湯すら浴びずにスッポンポンでお風呂場にいるの寒すぎるんだよ。この時期なんか特に冷えるし。

 

「じゃあ俺も湯船入ろうかな」

 

「掛け湯はした? アタシが流してあげようか?」

 

「……自分でするので結構です」

 

 

※掛け湯をしたり体を洗わずに湯船に入ることはマナー違反になる場合があります。

 

 

俺は騒がしいベース集団をさておいて、とりあえず体を洗うことにした。……というか、本当にこんな状況に遭遇することになるとは想定してなくてすっかり調子が狂いそうだ。俺は小さくため息だけ吐きながら、シャンプーを手にとって、頭髪を洗い始めた。そんな折。

 

「あの……あの!」

 

「ん? ……その声はりみか? どうした?」

 

「……せ、背中流しましょうか?」

 

「えっ? なんて聞こえなかった」

 

「背中、流しますね!」

 

「え? ちょ、え?」

 

なんか頭を洗ったり、広い浴場でタイルに反響したりで、何も聞こえないぞと思ってたら急に斜め前で物音がして、そうして。

 

「ちょ、何してんの?」

 

「雄緋さんの背中を洗ってます!」

 

「大丈夫だから! 自分で洗えるし色々危ないから!」

 

うっかり何とは言わないけどポロリとかしたら俺の尊厳が終わる。ついでに色々終わるから、静止させようとしたけど今俺の髪の毛シャンプーの泡だらけだから目を開けようものならあの激痛を味わうことになりかねないから、声で抵抗するほかない。

 

「あっ、りみずるい! 私も雄緋さんの背中洗いたい!」

 

「見せもんじゃねーぞ!」

 

「と、特権だもん!」

 

「許可してないから!」

 

「じゃ、じゃあ髪の毛洗いたい!」

 

「今自分で洗っとるわ!」

 

もう色々ダメかもしれない……。

 

 

 

耳を突き抜けるような小気味良いシャワーの音ともに俺の体を纏っていた泡が流されてゆく。え、りみとひまり? 声だけで取り敢えず追い返しました。洗ってくれるの自体は嬉しいんだけど、事故が起きた時に笑えないのでNG。

 

「……よいしょ。じゃあ、漸く湯船だ」

 

そういって俺が振り向いた先の湯船に浸かっているのは。

 

「ふふっ。雄緋、こっちに来てくれるわよね?」

 

「えー。アタシの隣空いてるんだけど、来るよね?」

 

やばい。どれぐらいやばいかと言うと地雷原ぐらいやばい。奥に鎮座する2人のオーラがとてつもなくやばい。語彙力もやばい。あとさり気なく破壊力もやばい。主にうなじとかの。然程髪の毛が長くない他3人に比べてロングヘアの千聖とリサが髪をまとめてお団子みたいにしてるのに少しだけドキリとさせられた。

……煩悩退散。

 

「あのー、一人で静かに入りたいかなー……なんて」

 

「「は?」」

 

お父さん、お母さん。僕ここに骨を埋めるかもしれません。

 

「ほ、ほらだってここ、男湯じゃん? 本来なら俺が一人で静かに入るのが筋かなー、なんて」

 

「あら。リサちゃん。ここは確か女湯だったわよね」

 

「そうそう。だから雄緋に1人で入るなんて権利ないよ☆」

 

「あっ、じゃあ出ていきますね」

 

 

※女湯に男性が入るのはマナー違反どころか犯罪行為に該当する場合があります。

 

 

「そういえば六花に頼んで鍵外から閉めてもらったんだよねぇ」

 

「終わった……」

 

忘れてたよもう。つまりここの5人が満足できない限り詰みと。

 

「それで雄緋」

 

「アタシと千聖」

 

「どっちを選ぶのかしら?」

 

「……み、みんな仲良く入る?」

 

「「はぁ……」」

 

俺悪くないでしょこれ。

 

「あっ千聖さんたちズルいですよ!」

 

「はぐみたちも入るー!」

 

「わ、わわっ! はぐみちゃん引っ張ったら危ないよっ?!」

 

と思ってたら向こうのほうから、さらに3人が追加で走ってきたので俺は流れで奥の方へと入ってしまう。

 

「……ふふっ、最初からリサちゃんと私の間に入れてあげれば良かったわね」

 

「まっ。今はこれで許してあげる」

 

「わ、私だって雄緋さんの隣がいいです!」

 

「私もだよ?」

 

「そんなのはぐみだってそうだもん!」

 

「ちょ、近いわ! 風呂広いんだからもっと広々使えよ!!」

 

 

※お客様同士の距離を取ってのご利用にご協力ください。

 

 

どういうわけか、普通に20人超余裕を持って入れそうな銭湯の湯船だというのに、俺含めて6人が端っこにめちゃくちゃ密集して浸かっている。結局隣同士が云々とかいうやり取り要らなかったぐらい近いし。最初から隣に陣取る算段だったのであろう千聖とリサとかもう肩同士触れてるし。

 

「ど、どうしたの? そんなにジロジロ見て」

 

「おやおやー? 女の子の体の膨らみが見れて喜んでるのかなぁ?」

 

「は?! 違うから! 胸なんて見てないから!」

 

「アタシ体としか言ってないんだけどなー?」

 

「嵌められた?!」

 

「ちょ、胸のサイズなら私相当自信あるもん!!」

 

「競うな!!」

 

「わ、私だって、それなりにはあるわよ!」

 

「競うなっつってんだろ?! てかタオル捲るな! 本当に見えるから!!」

 

あかん。これ以上ここにいると、ガチで取り返しがつかないことになる。そう思っていた時だった。

 

「待ってください!!」

 

「な、その声は?!」

 

光が差した、そこには——。

 

「ここは旭湯ですから! 私も参加します!!」

 

 

ロック○○○

○○参戦!!

 

 

The new fighter……。

いや、違う。これ以上参加者増えたらさらにカオスになるんだよ。

 

「ロックちゃん?!」

 

「皆さんが雄緋さんを誘惑したい気持ちも充分わかります! ですが……」

 

すごい。風呂場のタイルを踏み歩いてこちらに歩み寄ってくる六花がいつになく格好良く見える。

 

「ここは銭湯ですよ?! なんでコロッケとかチョココロネが置いてあるんですか?!」

 

「ど正論!!」

 

いやそうなんだよ。明らかに突っ込むべきところはまぁ他にもあるんだけどさ。

 

「というか、混浴してる時点でおかしいだろ?!」

 

「あ、それは私が今日に限り、というか雄緋さんに限り混浴可にしました!」

 

「ナイス六花!」

 

「ナイスじゃねぇ!」

 

どういう限定的な制限なの? というかそれはもはや俺が女として扱われているということでは?

 

「それよりももっと皆さんに言いたいことがあるんです!」

 

「ど、どうしたのろっか?」

 

柄にもなく並々ならぬ気迫を纏った六花にみんなの視線が注がれる。そして。

 

「お湯に浸かる時タオルをお湯につけるのはやめてください! 糸くずの掃除が大変になるので!」

 

「あっ」

 

その瞬間、流れが、変わった——。

 

「……うん。六花が言うんだから、仕方ないよね?」

 

「めっちゃ恥ずかしい……けど」

 

「はぐみもちょっと恥ずかしいな……」

 

「でも、これもアピールのためだから……!」

 

「……雄緋になら、私は喜んでこの身を捧げるわ」

 

「……はい?」

 

「皆さん……タオル、取っちゃいましょう!」

 

「……三十六計逃げるに如かず!!」

 

宋の国の将軍、檀道済(たんどうせい)の著した兵法書『兵法三十六計』にはこうあるのだ。走為上、と。つまり三十五計が破れれば逃げることも戦法の一つということだ。敵前逃亡は卑怯か?

否!

これらの先人たちの知恵が教えてくれることは、そんなことではない。つまりこういうことなのだよ……。

 

いざとなったら逃げろ!!

 

「俺はまだ18禁には沈まない! 逃げるんだよぉぉぉぉ!!」

 

六花が唯一策に溺れたこと。俺は決して見逃さなかった。

それは、この浴場に入ってくる時に、鍵を外から掛けることが出来ないことだっ!!

俺は脱衣所に駆け込み、40秒で支度するような猶予すらなかったので取り敢えず下着と上下を羽織り、銭湯代の500円玉をカルトンに投げ入れ、旭湯を後にするのだった。

 

めっちゃ外寒かった。

 

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