本編どうぞ。
3月14日といえば、みんなは何を思い浮かべるだろうか? 歴史好きな人なら赤穂浪士による討ち入りの発端となった刃傷沙汰が起きた日を思い浮かべるかもしれない。あれ旧暦換算だから今でいう3月14日ではないけど。それとも3.14だから数学の日? まぁそんな人もいるかもしれない。
そうは言っても? 世間に出てみれば、どこのスーパーや百貨店もなんだかんだ『ホワイトデー』なるものに取り憑かれたように売り出しをするもんなんですよ。
ホワイトデー。ただの販促イベントと侮るなかれ。たかが販促イベントであろうとそれが社会的にその地位を認められた時、その影響力は計り知れないものとなる。俺もそんな哀れな企業の販売戦略にまんまと踊らされている民衆のうちの1人なのである。
そんなダンシングなうの俺は、珍しいことに。
「お邪魔しまーす」
「はい、どうぞ上がって。つぐみも」
「はーい」
なんと自らガールズバンドの2人を自宅へと招いたのだ。おいそこ、犯罪とか言うんじゃないよ。
「それにしても雄緋が直々に家に呼んでくれるとか、何かあったの?」
「まぁ、それなりにはな」
「それも私とリサ先輩をですか?」
「適任だと思ったんだよ、色々と」
「アタシたちを呼ぶ理由かぁ。……はっ、下着もっと可愛いの着けてきたら良かった……」
「そんなことしないからな?! 俺のことなんだと思ってんだよ……」
リサはあらぬことを妄想し始めたのだろうか、頬に朱をさして恥ずかしがっているが、そんな理由で呼ぶはずがない。というかいよいよ犯罪なんだよそれ。
「えっと……、ヘタレ……とか?」
「失礼だな」
「ドスケベ」
「それはもっと失礼だな?!」
失敬な、そんなやばいことしてないよ。少なくとも故意ではないからね。何回かやらかしたことは否定しないけども。それはそうと、この2人を今日呼んだのはそんなdisり大会を開くためではないのだ。そこまでMではないし、暇でもない。俺がこの2人を呼んだのは、今テーブルの上に置かれたもののためだ。
「あれ……これって、何かの材料?」
「……そうなんだよ。今日2人を呼んだ理由は」
「理由は?」
「……お菓子作り、教えてください」
頭を下げた。それはもう惚れ惚れとするほどの角度と速度で。
大変嬉しいことに先月のバレンタインデーでは各方面からチョコとか、それに類するプレゼントを貰ったのであるが、いかんせんお返しなるものが必要なのだ。これまでそういったお菓子を作るのに全く無縁ではなかったとはいえ、いざ自分で作り始めると。
『焦げてんじゃねぇか!』
とか。
『形が崩壊した……』
等々。
作らなければいけない量が多いため、前々日から準備を始めたというのに、結果は散々だった。お菓子作りってやっぱり才能がいるんだと思うんだ。料理とは別の。料理もできないけど。
「そっか、ホワイトデーだもんねぇ」
「雄緋さん結構みんなから貰ってましたもんね。全部作って返すんですか?」
「そうだよ。別にアタシたちは既製品でも貰えるだけで十分嬉しいよ?」
「いやいや。みんな結構力を入れて作ってくれたのに、買って渡してじゃあんまりだろ? それに手作りの方がやっぱりくれた人への想いとかもこめられるからな」
「……わぁ」
俺がそこまで言い切ったところで、リサもつぐみも口元に手を当てて心底驚いたような反応を見せる。それほど変なことを言った自覚はないのだが、一体全体どう言うことなのか。
「……どうした?」
「……わっ、いやいや何も。……でもつぐみ。多分雄緋、分かってないよね?」
「……まぁ、気づいてはないかな、なんて」
「え、何か俺今おかしな事言ったか?」
「んーん? こういうところの気遣いは出来るのに、どーしてアタシたちの気持ちには気づかないのかなー? なんて」
「どういうこと?」
「べっつにー?」
見たところリサは口を尖らせて、明らかに拗ねている雰囲気を醸し出しているのだが、どうやら触れられたくないようで話の軌道修正がなされてしまった。
「明らかに気にしてるだろ……」
「まぁまぁ。そういえばどうして私たち2人だったんですか?」
「ん? 作るの手慣れてそうだし。それに2人には1ヶ月前色々と迷惑をかけたからな」
「1ヶ月前……? あっ」
「……雄緋。アタシのチョコ……」
俺があの忌まわしいバレンタインデーの話を出した瞬間、リサの表情が一気に曇る。深淵に潜む闇すら表に這い出たようなオーラに思わず唾を飲み込んだ。
「ちょごめんリサ! リサの作ってくれたチョコ、美味しかったし、めちゃくちゃ嬉しかったから!」
「そ、そう? えへへ……」
素直な感想を口にした瞬間、急激に表情筋が緩むリサ。
「リサ先輩の表情が見たことないぐらい蕩けてる……。あれ、それなら日菜先輩はどうしたんですか?」
「……日菜が教えてくれたとして、それを俺が理解できると思うか?」
「あっ」
『えー時間? そんなのるんっ♪ ってするまでだよー』
『どうして分かんないのー? だってかき混ぜて焼いてってするだけだよ?』
『で、あとはギュルルルンッ、ってするんだよ?』
脳内の日菜がお菓子作りにおいて無能な俺のメンタルを独特な擬音でへし折っていく音が聞こえた。日菜が作るのであればその理論は通用するのかもしれないが、第三者が日菜の教えを理解するのは至難の業。少なくとも先日から失敗続きのお菓子作りスキルの俺が真似できる芸当ではない。
「なるほど、それならアタシたちの方がまだ教えられるかな?」
「リサなら友希那にクッキー作ったりしてるって聞いたし、つぐみも家で手伝いしてるって言ってたから。だから、お願いします!」
「ふふっ、任せてください! 雄緋さんが美味しいお菓子作れるように、いっぱいお手伝いしますから!」
「本当にありがたい限りだよ……。急に呼んだのにすぐに来てくれてありがとうな」
何の前触れもなしに2人を呼んだのが前日の夜のこと。そこからちゃんと約束の時間の少し前には家に来てくれたこの2人。やはり常識人か。
「雄緋がわざわざ指名までして呼んでくれたんだもん。行くっきゃないでしょ☆」
「そうですよ! 呼んでもらえてむしろ嬉しかったぐらいですから!」
「そういって貰えると何より」
「まっ、実は友希那には行くってことバレちゃったけど、お話ししてきたから大丈夫だよ☆」
「え、なになに怖い怖い」
'お話'って何? '大丈夫'ってどういうこと? 俺は些細な疑問に対するリサの反応は畏怖するほどの整った笑顔だった。
「……よし、お菓子作りしよう!」
「おー!」
気にしたら負けかな。やっぱり常識人枠なんてなかったんだ……。
「よいしょと。それで、何を作るの?」
「流石に35人分作るとなると大変だからな。チョコに拘る必要もないかなと思って、クッキーを焼こうかと」
「クッキーなら私よりリサ先輩の方が作り慣れてますかね?」
「そうだねー。友希那にいっつも作ってあげてるもん」
そんなクッキーの専門家こと今井リサさんのご指導を受けられる俺は幸せかもしれない。ちなみにクッキーだが、昨日もチャレンジしたが、まぁダメだった。どうやってもオーブンで焼いた段階で割れてしまって、とてもじゃないが人に渡せる代物は出来なかった。
「それじゃ、さっき室温で戻しておいたバターと、グラニュー糖を一緒にボウルに入れて混ぜてね」
「はいはーい」
「それで、ちょっと混ざれたら、卵も入れよっか」
リサの指導の通り、ボウルに入れた材料をかき混ぜる。最初こそバターは少しだけ硬さを持っていたが、卵黄と混ぜ込む頃には力をそれほど入れずともかき混ぜられるほどになっていた。
「リサ先輩。薄力粉とココアパウダーの量測っておきました!」
「ありがとうつぐみ〜。もうちょっと混ぜたら入れよっか」
「え、粉の量とかそんな厳密に測るのか……」
「当たり前でしょ? お菓子なんて分量ちょっとミスしてるだけで、簡単に失敗するんだから」
「まさか目分量でやってたり……?」
「ドバッと」
「あぁ……」
つぐみの俺を見る目が完全に、『あーこいつダメだ』って感じの目に変わっている。そんな目で見ないで、俺が悪かった。
「そもそもお菓子作るの苦手なんだったら尚のこと手順ちゃんと守んないと」
「お菓子作り舐めてました……」
ちゃんと怒られた。
「じゃあもう薄力粉とかも入れちゃおっか」
「入れますねー」
ちゃんと測りとられた量の粉がボウルに入り、先程までちょっとだけ液体ぽかったのが粉まみれになる。
「えっと、混ぜたら良いの?」
俺はとりあえず先程の同じ感じでボウルの中身を混ぜ始める。
「あーもうちょっと、ヘラを切る感じで」
「切る?」
「もぉ……。じゃあアタシが」
「わ……ちょ」
「んー? どうかした?」
お菓子作りのスキル皆無の俺を見かねてか、混ぜ方の指南とばかりにリサが後ろから俺の手首を握りながら混ぜるのを手伝ってくれる。……が、全然そっちの方に意識が向かない。
「その……」
「んー? 何が言いたいのか分かんないなー? ほれほれぇ☆」
どう言えば良いんだよ……。当たってるとか言ったらさっきよろしくドスケベ認定されるし、抱きしめられてるわけでもないから言い出しづらいし。あってか良い匂いしたな……。
「……むぅ」
「あはは。じゃあアタシはもう一個の方の準備するからつぐみ、よろしくね?」
「え? は、はい! 私も混ぜるの手伝いますね?」
「え、いやなんとなく分かったというか」
「……ダメですか?」
「ダメじゃないです」
それはずるいわ。さっきのリサと同じ体勢で俺はつぐみから混ぜ方を教わる。
「こんな感じで混ぜると、粉っぽさが結構すぐなくなりやすいんですよ」
「なるほど……。作り慣れてるなぁ」
やはりお菓子作りなるものは経験がモノを言うらしい。リサもつぐみも、なんだか手の動かし方がこなれている。
「じゃあこれぐらい混ぜられたら、塊にして、一度冷蔵庫で寝かせましょうか」
「はーい」
「1時間ぐらいかな? じゃあその間に別のフレーバーのやつ作ろっか」
「了解」
その後、冷やした生地を取り出して、ある程度の厚さまで延ばす。
「それぐらいでいいよ?」
「え、もっと薄くしてたな」
「多分薄くしすぎて、焼いた時に割れちゃったんですね」
「薄ければ良いってものでもないのか……」
「まぁね。それじゃ、型抜きしよっか」
俺は買ってあった星形やハート形など、色んな形の型を出して、生地に強く押し当てる。冷やしてあったおかげで生地もそこそこの硬さを保っていて抜きやすい。
ある程度抜けたら、オーブンの天板の上に敷いたクッキングペーパーの上に並べていく。予熱はしてあるから、あとは焼き上げたら完成と。
「じゃ、後は焼いて待つだけかな」
「おお……。ようやく……」
「まだ焼けてないですけどね」
「まぁまぁ、いつも通りのやり方で作ってるから、きっと割れたりはしないと思うんだけどなぁ」
「願ってるよ。いやいや、何より本当に手伝ってくれてありがとうな」
俺は改めてクッキー作り、ひいてはお菓子作りの真髄を教えてくれた2人に頭を下げた。
「また困ったらいつでも呼んでくださいね? 料理でもお菓子でもいっぱい作りますから!」
「そうだよ! 雄緋が呼んでくれたらいつでも駆けつけるよ?」
「いやもう本当にありがとう。そんな2人にだな」
「え?」
俺は昨日の奮闘の成果、唯一人に出せる程度の出来になっていたそれを、冷蔵庫を開けて取り出す。本当は最初はカップケーキを作ろうと思っていたのだが、あまりにも失敗を繰り返したところで断念し、クッキーに切り替えたところ、これまた敢えなく失敗。そんなわけで最後に買ってあった材料で奇跡的にまともなものに仕上がったのがこれだった。
「え、どういうことですか?」
「その……わざわざ2人には手伝ってもらえたから、みんなより先に。これ、昨日作ったカップケーキなんだけど、よかったら」
「くれるの? アタシたちに」
「そりゃあもう。本当にありがとう」
「え、そんなの私たちこそ、ありがとうございます!」
2人は唐突なバレンタインのお返しに心の底から驚いているようだが、この反応が見られて良かった。昨日最後の最後まで諦めなかった俺、グッジョブ。
「もちろん後でクッキーも渡すけど。2人には、な」
「……もぉ、雄緋ってば本当に、ずるいよね。ねぇ、つぐみ?」
「……リサ先輩の言う通りですよ。ずるいです」
「えぇ? まぁ喜んでもらえてたら」
2人は包み紙を開けて、薄茶色に焼き目のついたカップケーキを取り出して、まじまじと見つめている。
「まさかあの雄緋がこんだけのが作れてるって」
「そ、そんなひどかった?」
「粉を袋丸ごと入れるのは流石に擁護できないですよ」
「反省してます……」
「……ねぇねぇ、雄緋。せっかくだから、雄緋に食べさせてもらいたいな?」
「え?」
どういうわけだかリサは俺にカップケーキを手渡して、自分は目を閉じて口を開けたまんまで待っている。
「……早く」
「あ、あーん」
「ん……美味しいっ! すごいよつぐみ、これ」
「その雄緋さん。私も……」
リサに負けじと、つぐみも完全に待ち体勢になっていた。俺はつぐみから受け取り。
「……うん、あーん」
「ん……ん……。わぁ、なんて言えば良いのか分からないんですけど、すごく美味しいです!」
「よ、良かった」
「……何より、雄緋がアタシたちにくれたってのが1番大事なんだよ?」
「そうですよ? すごく、嬉しいです!」
「……なら良かった」
その後、クッキーも無事焼き上がり。てんやわんやはあったものの、なんとかみんなにお返しが出来た俺なのだった。お返しの際にも色々と一悶着はあったがそれはまた別のお話……。
北条雄緋 今日の格言