やぁ、みんなこんにちは。いつも厄介ごとに巻き込まれることで有名な俺だが、今日も今日とて、面倒な俗世に生きている。例えば……。
「ユウヒ、貴方をRASの料理長に任命するわ!」
「……は?」
拉致されました。
何? 訳がわからない? そうか、時を戻そう。
今日の朝のことだ。今日も俺は実に優雅な朝を迎え、朝日を浴びて、ウルトラスーパーワンダフルな新しい一日の到来を慶び
『Hello! ユウヒ! ワタシたちのところに来なさい!』
『待ってどっから来た?』
『雄緋さん! パレオはチュチュ様の命令に従順ですので……せいっ!』
『ごふっ』
というわけで、俺はここに連れてこられた。まぁ事情云々は俺も知らないのだが、冒頭みたいなことを言われたというわけである。
「待て待て、どういうこと? というかなんでこんな乱暴で手荒な方法を選んだの?」
「だから、貴方をRASのChefとして任命すると言っているのよ! Do you understand?」
「いやいや、分からん分からん。で、なんで拉致され」
「チュチュ様はモチベーションの下がる皆さんのために料理を作ってくださる方を探していたのです!」
「俺が、君らのご飯作るってこと?」
「そうよ! 前にレイヤとマスキングが貴方の家に行った時、食べられなかったって言ってたから、作れるわよね?」
「え? いや……」
どうやら、このポンコツプロデューサーは何かを勘違いして、俺のことを拉致してきてしまったらしい。いやまぁ、確かに以前レイヤとマスキが来た時は結局酔い潰れてご飯を食べるどうこうの話じゃなくなってしまったが。大事なことを忘れてしまっているらしい。
「……俺、料理出来ないんだけど?」
「……Ha?」
「……え?」
「だから、俺料理、出来ないんだって」
「……」
「……」
「What the fuck!!」
「わぁぁぁチュチュ様そんな汚い言葉を使ってはいけません!!」
「どういうことよ?! 貴方perfectな料理が作れるんじゃないの?!」
「美化されすぎだろ……。何でも屋じゃないんだぞ」
「……と、とにかく! 今日の練習終わりにRASのみんなにはspecialな晩餐と伝えてあるから心して作りなさい! 出来なくても練習してなんとかするのよ!!」
「ふぁっ?!」
こうして、俺は勘違いの末に、半ば強引に出来もしない料理を期待値MAXの状態で作らせられることになったのである。
「北条雄緋のー、お手軽数時間クッキングー」
いぇーい、という無理矢理にでもテンションを上げるほかない、悲しい声が響く。チュチュから仰せつかったご注文はオッちゃんみんなが満足するperfectな晩餐。晩餐ということだから、食後のデザートだとかそういうのでさえ求められているのだろうが、ホワイトデーで露呈した通りデザートを作ることすらままならない。俺はカップ麺を料理と言い張るような人間である。
そして、完成したものが。
消し炭になりました。いやまぁそうだよね。火を扱う料理とか作ろうとした経験すら殆どないからね。むしろこれだけの焦げで済んだのが奇跡まである。こんなものを流石に練習終わりのみんなの前に、というか練習後じゃなくても人前に出せる訳がない。それでも完璧な栄養バランス、見た目、味の料理を求められているのである。
そこから、彼の挑戦は始まった。
最初は失敗だらけだった。食材を無駄にすることもあった。ガス栓の閉め忘れで、危うく大爆発を起こす寸前すら経験した。
おそらく生命の危機を見てきた者だ。面構えが違う。
そして、彼は、至高の領域へ——。
「ダメだデザート出来ねえええええ!!!!」
到達できなかった。いや、一応彼なりに満足のいく晩御飯の用意は整ったのである。ところがどっこい、何度やっても食後のデザート、謂わば有終の美ともあろうものが散々な有様なのである。彼の試行錯誤の努力は全て水泡に帰する、虚しい結果で終わろうとしていた——。
「終わった……。練習終わるまであと1時間……。詰んだ……」
どうしようか、メッセージでも残してここから逃亡しようか。だが、これでもっと上を目指しなさいとかで愈々シェフとして正式に任命されにでもしたら、俺の1日の大半は食材の無駄遣いで終わることになる。世界一不毛な時間と言っても過言ではない。では上手くなればいいじゃないかって? 上手くなれてたら苦労してねんだよ!!!!
「……あれ、雄緋さん! お疲れ様です」
「……ってうおっ、マスキか」
自分の無力さを嘆くところに現れたのは仮にもシェフという俺の役目を知らないマスキだった。俺の存在がバレたことはまぁ仕方ないとして、マスキはキッチンを覗き込む。
「ケーキ作ろうとしてたんですか?」
「あ、あー。まぁそんなところかなー?」
「私も手伝いますよ」
「……え、マジ?」
「あ、ダメでしたか?」
「いやいやいやいや全然むしろ作ってください助けてくださいお願いしますお願いします!!」
「わ、わぁぁ?! 顔あげてくださいって!」
俺は、プライドを捨てた。尊厳を捨てた。
だって、無理なものは無理だったから。まさに天の使い、救い、メシアだったのだ。こうなれば百人力、いや、千人力、もっともっと上を——。
「ふふっ、今日はspecialな晩餐よ!」
「スペシャル?」
部屋に足音が近づいてくるとともに高鳴る俺の胸。やるべきことは全てやったとどうにかこうにか自分の心を宥めすかし、みなの登場を待った。
「あれ、雄緋さん?」
「って、すごい料理……!」
その顔を見たかったと、さも自分が三つ星シェフかのような心持ちで待ち構えていた。
「今日のdinnerはユウヒが作ったのよ!」
「え、えぇっ?!」
「雄緋さんの腕は素晴らしいですよ!」
「おい、ハードルを上げるな」
折角ボロボロの料理スキルを可及的最大限まで上げて、漸く出来上がったものたちなのに。それでも傍目から見ても、多少の甘めの評価を加味しても美味しそうな料理には仕上がった。少なくとも味の方は問題ない。もうここまでくれば、何も出来ることはないとみんなを椅子に座らせる。
「……ちょっと、ちょっと。Wait……Calm down.……saladが大皿じゃなくて、小分けにされているのはどういうつもり?」
「……ふっふっふっ」
席に着いたチュチュは目の前に鎮座した残酷な小鉢を見て、顔を青ざめさせた。これはもはや、拉致されてきた自分のできる精一杯の意趣返しである。だが、単なる嫌がらせではない。そうだろう? 苦手な食べ物なんてないに越したことはないし、栄養バランスが偏ることに比べれば、多少苦手な食べ物を我慢して必要な栄養素を摂ったほうが100倍マシ、況してやチュチュが絶対に食べないサラダは、言うまでもない。ドレッシングなどという逃げ道は存在しないけど、新鮮だから大丈夫!
「待って……この酢の物。まさか」
プルンプルン、コリッコリの何かの入った酢の物。単に海藻類の和物というわけではない。海藻たちと一緒に和えられた海の幸、なまこである。調理前こそグロテスクに感じるかもしれないが、こうして小鉢に入っているとそうでもない。海藻と一緒に口に放り込んだら食感も気にせずに食べられるね!
「あ、こ、このサラダ……」
チュチュに白目を剥かせた殺傷能力高めのサラダ。そのサラダにはもちろん緑色のあの香草と、真っ白でピリリと舌に辛みの残る生玉ねぎが。まぁでも4月になったこの時期。新玉ねぎをふんだんに使ってるから辛くないよ、やったね!
「あ、あ……」
「Oh my god……」
「そ、そんな……」
「あ、あちゃー……」
「好き嫌いはいけない、そう思うよな? マスキ?」
「そうだな。作ってもらってるんだから、文句言わずに食べないとな」
「ま、ますきの裏切り者……」
「あ、あはは……」
食卓は、阿鼻叫喚である。
いや、流石に俺もど畜生とかではないから、嫌いなものオンリーを食卓に並べてるとかそんなんじゃないよ? ちゃんとみんなが好きな食材や料理だってつけてある。主菜ではないが、カレー煮や一周回っておやつ感すらあるビーフジャーキーも用意はしてある。ただ好き嫌いは良くないよねという、克服して欲しいなぁという俺からの愛情であり、それ以上でもそれ以下でもない。決して拉致されてきたことを根に持っているわけではない。
バイトのシフトはブッチしたけど。
バイトはブッチしたけど。
……決して拉致のことをどうこう言うわけじゃないよ? 文句オンリーなら料理作らずに逃亡しているので。デザートなんざ絶対作らん。
と、俺が心の中で精一杯の謝罪を一通り終えると、みんなどうやら腹を決めたらしい。チュチュはまだ白目を剥いているが。
「じゃあ、いただきます!」
「……ん。わぁぁ、味しみてて、でら美味いわぁ」
「……おぉ。料理作ってるところは見てなかったですけど、このカレー煮、スパイスの配分も丁度良いですね」
「そこに気づくとは流石だな。……さてと」
嫌いな食べ物がさしてないのだろう。マスキとロックはいい。特別大好きな食べ物があるかないかはさておき、嫌いな食べ物なんてのはないほうがいいに決まっているし、そっちの方が栄養バランスは大きく崩れない。だからこの2人は良いのだ。問題は残り3人。
「あ……あ……」
「どうしたレイヤ。箸を持ったまま震えてるぞ」
「だ、だって……」
日頃取り乱すことのないレイヤが、なまこ1匹程度にここまで恐れをなしているというのは少し奇妙な光景ではあるが、彼女が苦手な食べ物と向き合う瞬間にまさに立ち会っているのだ。そう思って見守るほかない。
「なまこ食べなくたって、生きて、いけますよね?」
「何を言ってるんだレイヤ。なまこはミネラル豊富な海の幸だぞ。食べなくてどうする?」
「う……うぅ……」
涙目になっちゃったもので、少しだけの申し訳なさを感じつついると、救いを見るような目でこちらにふるふるとレイヤが箸を渡してくる。
「……その、雄緋さん。食べさせて、ください……!」
「俺が食べさせたら食べるんだな?」
「……はい!」
こうもオドオドとしたレイヤは初めてだったからか、俺は断ることなんてできずにそのレイヤの震える口めがけて、なまこと海藻たちを……そっと差し入れた。
「ん……んん……」
「……レイが終わったから、次私もお願いします!」
「マスキは自分で食べられるだろ」
「じゃ、じゃあ私も!」
「ロックもダメ」
「そ、そんなぁ」
そんなことしてたら俺の体が何個あっても足りなくなる。それにそれ以上に深刻な人たちが向こうにいるからな。
「ちゅ、チュチュ様。好き嫌いはいけませんよ!」
「パレオだって玉ねぎだけ綺麗に残してるじゃない! 食べてくれたら、玉ねぎ、ちょっとは食べてあげないこともないわ」
「……それは、くっ」
「……おやおや2人とも。どうした?」
「あっ、ユウヒ!! ……食べなさいよ」
「何を?」
「saladに決まってるでしょ! 全部食べなさい!」
「俺が食べるんじゃ作った意味がないだろ? 折角作ったのに食べてくれなきゃ悲しいなぁ」
我ながら大人気ないが、必殺技の良心の呵責責めである。罪悪感を感じさせたもの勝ちなので、姑息な手であること極まりない。
「くっ……卑怯ね」
「食べないのか?」
「……食べるわよ! パレオが」
「な、なんでですか?! あっでもチュチュ様にあーんしていただけるなら……」
「そうか、パレオは俺が食べさせるよりチュチュの方が良いん「チュチュ様自分で食べてくださいね!」」
「パレオ?!」
誰かに押し付けられてしまえば、折角作った手間が台無しなので、それぐらいなら俺が餌付けした方がマシである。そう思えば躊躇はそれほどなかった。苦手な玉ねぎを前にして百面相を巧みに操るパレオは観念したかのように口を開けた。そして、サラダをざっと箸で掴んで口へ。
「ん……。……美味しいですよ?!」
「そりゃ、辛みが抜けるように手間かけたからな」
「こ、これなら食べられます! チュチュ様も是非!」
「No! ロック、食べなさい!」
「え、えぇっ?! 私ですか?!」
「ダメだぞロック。食べるならデザートのケーキと甘い蜜たっぷりの焼き芋はなしだ」
「……チュチュさん! 頑張って食べましょう!」
「Huh?! どれだけ買収してるのよ!!」
「さぁ、チュチュ。口を開けるんだ」
「あ、あ、うぅ……」
チュチュはぐずったように声を上げながら、目を思い切り閉じている。どうやら相当に嫌らしい。
「あ、あーんして」
「したら食べるのか?」
「日本のLovers達はこうするのが普通と聞いたわ。なら、するまでよ。決してsaladが食べられないわけじゃないわ」
「じゃあジャーキーでするか」
「Wait! 今ワタシはsaladの話をしているの、ほら、早く!」
介錯とあらば、時間をかけるなということらしい。憔悴しきったチュチュにこれ以上ダメージを与えるわけにはいかないので、彼女の勇気に応えるべく、俺は野菜たちを彼女の口の中へと……。
「ん……んん……Oh……」
悶絶している。だが、乗り越えなければいけない道だ。いずれ人生では嫌でもしなきゃいけないこととぶち当たるのだ。ならばそれを少しでも早いうちに体験しておいた方が良い。これは、まさに
これは人生のそんな、大事な大事な、1ページなのだ——。
「金輪際chefとして雇わないわ……」
愛情が正しく伝わるとは限らない……。
p.s.
みんなでお口直しにデザートを食べました。