ここは、都内某所。
暫く食材を見たくない、そんなダメダメ大学生が小腹が空いた時に、飯のために行く場所とはどこだろうか? 居酒屋? 大学の食堂? コンビニ? 違うんだなーこれが。
教えて欲しいか? それは——。
「いらっしゃ、あ、雄緋くん!」
ジャンクなフード、ファストフード店である。大学生にとっても安くて美味いというのはこの上ない魅力であり、気がつけばフラッと訪れているものである。食欲を満たす時、食欲もまたこちらを見ているのだ。そういうものである。
「元気な接客は良いけど、私情は持ち込まないようにな、花音」
「うん! 心から笑顔を向けられるのは雄緋くんにだけだから、大丈夫だよ!」
客の取り扱いに差を持たせているのは、もはや炎上の種でしかなさそうだが、あまりに注意のためにカウンターで長居して、雑談と変わらないこととなってもいけない。俺は言及もいいかと思い、メニューに目をやる。
「私のおすすめは、……全部かなぁ」
「じゃあ全部、とはならないんだよなぁ」
「はい! 合計で¥48,520になります!」
「待て待て待て」
ここのメニューの欄にあるやつ全部を頼んだらなんてした日には俺の財布は冷たい空気を浴びることになり、俺はお湯の出ない冷たい水道水を浴び、人から好奇の目線を浴びる羽目になる。そんな大失敗はごめんである。
「とりあえず、フライドポテトはMサイズで、それと、ドリンクは、サイダーのSサイズを」
「はい! あ、お店で食べる?」
「そういや聞かれてなかったな。店内で」
「はい! もう少しでシフトあがるから、後でお邪魔してもいいかな?」
「え? あぁ、良いけど」
「はい! 料金は出世払いになります!」
「ありがとうございます」
出世払いという名の現金支払いを済ませた俺はキョロキョロと店内を見渡す。時間も飯時ではない、そこそこ微妙な時間帯ということもあって、店内は閑散としている。奥の方にあるテーブル席で良いかと、俺がトレーを持って、座ろうとした瞬間。
「雄緋くん、お邪魔するね?」
「え、上がり早くない?」
そこには既に私服に着替えていた花音が待機していた。なんということか。職人の早業云々でも説明できないほどのスピードである。
「ちょっとポテトが揚がるのが時間かかっちゃったでしょ? それで雄緋くんが受け取り待ちの時に上がらせてもらったんだ」
「そっかそっか。……近くない?」
テーブル席なのだから対面もあるはずが、花音はピトリと俺の右腕にくっついたまま離れようとしない。店内に人が少ないからこそ変な目線がないものの、人が多ければ顰蹙を買いそうである。
「ダメ?」
「ずるいな。というか花音は何も食べないのか?」
「……あっ」
「買ってくるな!」
「あ……。……むぅ」
俺は財布片手に、花音を置き去りにしてレジの方へと向かった。あんまり店内でベタベタとするのも……な。
ここは、都内某所のファストフード店。
花音が食べる用のメニューを買い込むことにした俺は、レジ前に誰もいないことを確認してカウンターの方へ——。
「……あっ! いらっしゃい雄緋くん!」
「……今度は彩か」
この店舗、何を隠そう。知り合いが4人勤務している。そのため来店すると異常なほどの知り合い遭遇率を誇る。店員とも、客とも。
「お店で食べるの?」
「あぁ、まぁな」
「では、ご注文をどうぞ!」
「えーっと。摘めるものがあるし、うーん。コーヒーのSサイズとアップルパイ……とかかな」
「はいっ、ご注文繰り返します。『丸山彩』をお持ち帰りですね?」
「ちょっと待て」
「オプションで、ホテルのご予約も、ですね!」
「ファストフード店だよね? というか自分で言っときながら顔を赤らめるな」
「……はい! 代金は『給料3ヶ月分』になります!」
「婚約指輪か!」
大学生のバイトの給料なんてたかが知れているから、一般的な婚約指輪は高すぎて届かないし、せいぜいファッション的なペアリングだが。
「私は雄緋くんとのペアリングでもいいよ?」
「俺がファンにボコボコにされるからNG」
「……ファンだけなら良かったのにね」
「今さらっとものすごく怖いこと言わなかった?」
「……はい! そちらのカウンターでお待ちください!」
「無視すんな」
「あ、花音ちゃん居るんだよね? 私も行くからね」
「あ……はい……」
みんな揃いも揃って一斉にバイトが上がりの時間なのか。いやーウンガイイナー。俺は注文した花音用のセットを店員さんから受け取って、席に戻った。店の通路をズンズン進んだ奥の方にあるテーブル席。そこにいるのは花音だけのはずなのに。
「雄緋くん、ありがとう。こっちに来て?」
「え? 雄緋くん。こっちに来てくれるよね?」
彩が既に私服姿で待機してました。え、早くない? さっきの花音も大概だったけど。まぁそれは良いんだ。瑣末な問題で、重要じゃない。一番大切なのは、修羅場にも近しい、花音と彩、どちらの座っている側を選ぶかだ。ご丁寧にも、対面の座席で花音と彩、綺麗に分かれて座っている。穏便に収めるのならば、彩を花音の方に行かせるべきだが、これはてこでも動かないだろう。
「……私の分買ってきてくれたお礼がしたいから、こっちにきてよ」
「う……」
そうと言われて仕舞えば、俺は拒むことなどできず、諦めて花音の隣に座る。彩からの視線が怖いなぁとか思っていると、徐に立ち上がった彩は結局こちら側の席にやってきた。あ、挟まれた。
「ふふ、やっぱり彩ちゃんもそうするつもりだったんだ?」
「考えてること、花音ちゃんと一緒で嬉しいな」
「煩悩まみれだなお前ら……」
2人して俺をオセロにする気満々なら、俺の最初の葛藤の時間はなんだったのか。後の祭りと言うほかないけど。
「じゃあ、早速雄緋くんに」
「ん、俺に?」
「餌付けして欲しいな……って」
そんな口を開いて待機するなと文句を言いたかったが、左右から挟まれているせいか圧力がすごい。俺は渋々目の前のテーブルのど真ん中に鎮座したポテトをつまみあげる。
「あの、左右から同時に口開かないで……」
「じゃあ、花音ちゃん、先にいいよ?」
「ありがとう、彩ちゃん」
流れ的に花音にポテトをあーんしてあげたら良いと思うでしょ? みんなそう思っただろ? 俺もそう思ったんだ。
「え、雄緋くん。餌付けって知ってる?」
「え?」
「鳥の親は雛たちに嘴で咥えた餌を与えるんだよ?」
「……は?!」
「んー」
つまりそれは細長い棒状のお菓子を両端から齧り合う、あの飲み会のノリみたいなゲームをポテトでしろと? 花音は既に目を閉じて待っているしそういう心算ってことだろう。彩もご丁寧にどうやればいいかなんてことを、もう一本のポテトを咥えながら伝えようとしてくる。
「……食べ物で遊んじゃいけません!」
そんな母親みたいなことを叱りながら、俺はポテトを咥えたりしてポカンとしていた2人の間を緊急脱出して、人気のあるレジの方へと逃げた。
「……いじわる」
「お預けってやつだよね?」
「……彩ちゃん?」
ここは、都内某所の煩悩に毒されたファストフード店。
半ば逃げることだけを目的として席を立ったものだから、レジまで来たところで特段何かすることがあるだとか、買うものがあるとかそう言うわけではないのだが、ここで店を出るわけにも行かない。荷物は席。実質的な人質状態である。
「……レジ行くか」
「いらっしゃいませー!」
「あーデジャヴ」
「あれ? 雄緋さん! 珍しいですね?」
「ひまり、バイト中の私語はアウトだぞ」
ここの店員はどうやら接客マニュアルが行き届いていないらしい。知り合いが来店することが多すぎたせいか完全に私語が常態化しているのか。
「ご注文お決まりですかー?」
「無視すんな。えっと、とろーりチーズのデリシャスバーガー」
「を、5つ?」
「5個も食べられねぇよ」
あともっと酷いのが注文を捻じ曲げてくるスタイルですね。頼んだものとまったく違うものを出してくるあたり、そんじょそこらのぼったくりバーよりも酷い、なんて届くことのない文句を胸中で垂れる。
「え、でも彩さんと花音さんの分と、私の分もありますよね? で、後で多分巴が合流するので、それで5つです!」
「巴も来ること確定なんだな……。で、バーガーは1つで」
「はーい! お持ち帰りですかー? 店内でお召し上がりですか?」
「あー、今なんだか食べられない気がするからテイクアウトで」
「はーい、持ち帰り用の袋でお渡ししますねー!」
「……え?」
「え?」
いやいや、ひまりは何も変なことは言ってない。なんでそれがおかしいような反応をしてしまったんだ俺は。
「どうかしましたか?」
「……いや、ひまりをお持ち帰りとか、そんな突拍子もない話をされるのかと」
「頭おかしくなりました?」
本当に。おかしくなってます。
「……そういうのは帰り道で2人き「お釣り結構なんで」もーーーなんでそういうところは最後まで聞いてくれないんですかぁ!」
俺は煩悩に犯されてしまった自らの思考回路をリセットすべく、1000円札をカルトンに叩きつけてレジを後にした。周りの人からやばい目で見られていたような気がするけど、大丈夫かな。
というより、改めてこの受け取りカウンターにいると、店内は時間柄それほど人がいないし、席も埋まっていないというのに、レジの前には徐々に列ができ始めている。しかもレジの機械自体は複数設置されていると言うのに、レジは何故だかひまりが1人で回している。人員不足だろうか。
「ご注文の商品お待たせしましたー! って、雄緋さん?」
「あ、巴」
殺到する客の波に翻弄されているひまりをぼんやり眺めながら待っていると、カウンター内から声がかかる。しかも帽子を目深に被っていたからぱっと見ではわからなかったが、声の主は巴だった。
「これ、注文のとろーりチーズのデリシャスバーガーです」
「ありがとうな巴。って、なんでカウンターから出てきた?」
カウンター横にあった押し戸を開けて、ユニフォーム姿のまま巴がフロアに出てくる。カウンター越しに商品手渡したんだから、それでいいんだろと思っていたのだが、なんのつもりか。
「さっき彩さんと花音さんが話してたんですけど、バイト上がりでご飯一緒に食べてるんですよね?」
「え、うん。そうだけど」
「アタシも参加しますね!」
「店員だよね?」
今、あなたはユニフォーム姿で俺に商品を手渡していたよね?
「いやいや、まだバイト終わってないだろ?」
「え、終わってなかったらダメなんですか?」
「店員だよね?」
今、あなたは決して客がしない格好で店を闊歩しているよね?
「まぁ終わってなくても忙しい時間帯じゃないんで大丈夫ですよ!」
「あーんもう捌き切れないよ! 巴ー!」
「あれ、呼んだかひまり?」
「レジ手伝ってぇ巴ぇ!」
「アタシ、今お腹空いちゃってな!」
「店員だよね?」
今、あなたは店のマークつきの帽子を被って接客してたよね? 忙しい時間帯じゃないから大丈夫って理由づけしてたけど、ひまりからのヘルプにも完全に目を逸らしたよね? そもそも休憩中に小腹が空いたから何かを食べたりとかなら分かるけど、今あなたは完全に勤務中ですよね?
……え、お前も勤務時間中にCiRCLEのラウンジでたまに雑談してるじゃないかって? 店が違えば文化が違うんです、批判は受け付けません。
「よーし、じゃあ休憩入るかぁ……」
「休憩って自主的に決めるものなのか?」
「いや、店長とかから休憩の時間になったら言われますね」
絶対それ大丈夫じゃないだろ。それで君たちがクビとかになっても俺は何の責任も取れませんよ? だって別に業務妨害とかしたわけじゃないし。
「あ、遅いよ雄緋くん!」
「巴ちゃんもバイト上がったんだね、お疲れ様」
「サボりですけどね」
「認めやがった……」
「あれ、ひまりちゃんは?」
「今レジにいるぞ」
「あ……」
何かを察してしまったらしい彩と花音はさておき、俺は席に戻る。花音と彩は俺が席を立つ前と同じように並んで座っていたので、これ幸いとその2人の対面に俺と巴が腰掛けた。
「あ、席に来るなら何かポテトとか持ってこればよかったですね……」
「じゃあ俺買いに」
「ダメ! 雄緋くんは今度こそそこにいてね!」
「……はい」
逃げ出そうとしたのだが、流れ的に俺が席の奥側で、手前に巴がいる。巴からは絶対に逃さないオーラを感じたので、脱出は多分無理である。
「さっきまでなんの話してたんですか?」
「あ、巴ちゃんが来る前は餌付けごっこしてたんだよ!」
「餌付けごっこ……」
ネーミングセンスというか、その響きの奇怪さには頭を抱えずにいられないが、そういやそんなごっこ遊びから逃げ出すためにレジに駆けていったんだっけ。人気があるところに行けばぶっ飛んだことしないだろうと想定していたのだが、結局自分でやばい話題を振ってしまったところは反省である。
「花音さんとか彩さんに餌付けしてあげてたんですか?」
「未遂だからな。っておい、なんで巴までポテトを咥えようとしてるんだ」
「え、雄緋さんに餌付けしてあげたいなーって!」
「結構で「ちょぉーーーっと待ったぁぁぁ!!」え?」
時間の経過と共にそこそこの賑わいを見せはじめていたファストフード店でも、その声は相当大きく響いた。あまりに突然の大声にみんな揃って惚けていると、その大声を発したやつが颯爽と登場した。それは。
「あ、レジの奴隷」
「不名誉ですねっ、はぁっはぁっ……。巴! 助けてくれてもいいじゃん! あと彩さんも勝手に休憩入っちゃダメですって!」
「あはは、バレちゃった……」
「お前ら店員だよね?」
さも上がりです、みたいな雰囲気で席で談笑していた3人の店員のうち、本当にバイト上がりだったのは花音だけだったらしい。不真面目なCiRCLE店員である俺が言えたことではないが、大丈夫かこの店。
「それで、どうしたのひまりちゃん。そんなに息を切らしてまで」
「だって! 私だけバイトしてイチャイチャしてるの眺めてるとかアホらしいじゃないですか!」
「お前ら店員だよね?」
「私も雄緋さんとポテトゲームやります!!」
「一番最初は私だもん!」
「そ、そうだよ順番抜かしはダメだよ!」
「店員としての自覚持てよなひまり!」
「お前ら全員店員としての自覚持てよ!!」
このファストフード店は、情念の多いファストフード店であった。
当軒は情念の多いファストフード店ですから店員から