みんなさ、もしかして俺がごく一般的な学生ってことを忘れてるんじゃないかと、ふと思ったんだ。だってそうだろう。人に曝け出すような俺の日常はいつもどこかのバンドの誰かに埋め尽くされている。人が知る俺の日常は俺の家と、バイト先と、花咲川周辺のそこだけで完結していると思う人が大半だろう。
だがそうじゃない。俺だって学生なわけだから授業はある。キラッキラのキャンパスライフを送っている時間もあるわけだ。もちろん大学の友達だっている。ぼっちなわけじゃない。ただ何かしらのハプニングによって、日頃俺が友達と遊ぶような時間が取れないというだけだ。
だから、今日は俺が大学に通う、いつも通りの風景をみんなに紹介しようと思う——。
「わぁぁ……高校なんかとは全然違う……!」
「彩ちゃん。あんまり騒いじゃダメよ?」
「いや……でも……すごいですね」
「学術の府の存在感に圧倒されそうですね」
「……なんでいんだよ本当」
高校生のみんなが一度は経験することがあるかもしれない。そう。
そんな大学という次のステップに踏み出す行事を取り仕切るやつみたいになってしまっている。いや、違うんだよ。最初は俺も普通に授業あるからさ、3限だるーみたいな空気で家を出たら、いたんだよ。こいつらが。
「まじで騒ぐな。目立ちすぎたら誰かにバレでもしたら俺のキャンパスライフが終わる」
「もう終わっているのに?」
「雄緋くんが大学生ってこと殆ど気にしたことないもんね……」
そりゃあまぁ普段からタメ口で良いよなんて適当なこと言いまくってるわけだから、歳の差を感じずにフランクに接してくれるのは良いんだよ。けどね? それはあくまでCiRCLEでの関係性での話であって。自分の通ってる大学に高校生5人連れてきてるのはヤバいやつじゃん。
一応配慮したのか制服で来たわけじゃなかったけど、それでも入学したばかりの初々しい1年生よりもさらに若いからな。オーラでわかる。それに丁度サークル活動の新歓の時期だから頻繁に声がかかる。こんな新入生が大学生の階段を昇り始める、色々と混沌とした時期に高校生を連れてきた俺は完全にただのやばいやつである。
「というか、私たちはともかく、アイドルが居るのがバレたらまずいのでは?」
「Roseliaも大概だろ……」
というか知名度云々で語り始めるなら、花咲川からそれほど離れていないここではガールズバンドの話だって話題に上ることはある。そんな若々しい子たちを連れてきているのがバレたら普通に揉みくちゃにされかねない。連れてきている以上危険な目には遭わせられないので、こうして神経をすり減らしているわけである。
「あれ、雄緋くんは授業受けに行かないで良いの?」
「この状況でお前ら5人を放って行けるわけないだろ……」
「サボりは……良くないかと……」
「そう思うならせめて休日に来てくれないかなぁ」
なんか花女は何かの振替休日とやらで暇だったらしいのだが、世間一般はど平日である。GW前とはいえ学校も、会社も、休みのところはまぁないだろう。そんな折、俺はこうして花女3年組を自主的なオープンキャンパスに連れてきているのだ。
「雄緋くん授業出てても寝てそうだよね……」
「花音。図星なんだから言っちゃダメよ?」
「お前らの中で俺の認識どうなってんだよ」
「貴方は大学に何をしにきているのですか?」
「少なくともお前らを連れてくるためかな、今日ばっかりは」
案内するとはいえ、キャンパスツアーをするほど語ることもなく。俺とて普段自分が授業を受ける棟と図書館と学食、あとは大学近くの美味しい居酒屋さんとかしか知らないので、紹介するほどのものもない。流石にこの5人を連れて授業をしている教室に突入は無謀だし。
「大学ってもっと殺伐としたイメージがあったけど、意外と楽しそう!」
「……入る前はな、みんなそう思ってるんだよ」
「へ?」
「よし、取り敢えずカフェでもいくか」
正直図書館だとか、チラリと見せるだけで規模感がわかってもらえれば十分だし、名所となるようなものがあるわけでもないし、初代学長の像とか絶対興味ないだろうし。ならもう手っ取り早く学内のカフェテラスでお茶会でいいやとみんなを連れて行く。道中講義棟や図書館も通るだろうし、序でに紹介しておいて、比較的緑豊かな立地のカフェへと連れて行った。
「花女の中庭より広いですね」
「大学のキャンパスなんて、都市型じゃなきゃどこもこんな感じだ」
「松原さんが……迷子になってそうです」
「ふぇえ?!」
「大丈夫よ花音。私が手を繋いでいるから」
「千聖ちゃんはそもそも大学に辿り着け「彩ちゃん?」ひっ」
普段は同じ学部の仲のいい友達と大学で過ごすわけだが、そいつらと連む時に比べて遥かに華々しい。あと若い。若さって良いよね。既に俺からは消えつつある概念である。俺が普段訪れることが少ないとはいえ、陽光が木陰を隙間を縫うように差し込むテラスが、どこよりも光り輝いて見えている。
「……まぁ、お金は出すから、好きなの頼んで良いぞ」
「あら、ありがとう」
「ありがたく頂きます」
何せ大学生協のカフェだからな。組合員の方が支払いだとかが楽だ。しかも生協といえど、そのクオリティは街中にある洒落たカフェと比べても何ら劣る部分はない。ケーキだとか、デザートも充実しているし、ドリンクも普通のカフェにあるものは大概揃っている。みんなの注文とやらをカウンターで頼んだ俺たちは、庇が影を作る丸テーブルの方へと腰掛けた。
「そっか。雄緋くんって大学生なんだよね」
「今更だな。まぁ一年後、みんなも通るかもしれない道だからな」
彼女たちももう高校3年生。受験勉強とやらと嫌でも向き合わざるを得ない時期になる。自分語りにはなるが俺もこの時期は普通に辛かった。進路だとか考えるのも面倒になったりもしたし。
「受験勉強かぁ……。あはは……」
「丸山さんは、苦労しそうですね」
「うっ。し、精進します……」
「みんなその辺りの勉強はやってるのか?」
「私は、1年生の頃からコツコツと進めているので」
「流石は紗夜ちゃんね」
あ、彩が完全に俺から目を逸らした。まぁ、まだこの時期は尻を叩かれるほど勉強に真面目にならなくても、目指す進路を探す方が優先すべきかもしれない。
「千聖ちゃんはアイドルとか役者を続けながらだとか、大変そうだなぁ……」
「花音だってバンドは忙しいでしょう? それと変わらないわよ」
「……まぁ、極論で言えば、大学に進まなくたって社会に出る手段はあるからな」
それこそプロダクションと契約を結んでプロを目指すだとか、そもそも現時点でパスパレのようなアイドルは学校に通わずに芸能活動に専念するという道もあるだろう。否応なしに将来のことを考えさせられる、大人になるための通過儀礼のようなものだ。
「だから、全員バンドをこれからどうするかってことぐらいは、共通の悩み事になりそうだな。勉強を並行して進めるにしろしないにしろ、な」
そこはもう人生の先輩だぞと、下らないプライドや使命感に駆り立てられて、俺は語り始める。それはもう受験勉強の苦労だとか、合格発表までのメンタルの擦り切れ具合だとか、覚悟をしておけと言わんばかりの密度の話だった。そんなしょうもない自分語りに過ぎないというのに、至極まともに聞いてくれるあたりこの5人、ひいてはガールズバンドの子たちはみんな素直で優しいことこの上ない。
「やっぱり……大変……なんですよね」
「5人全員の進路が一致するとも限りませんからね」
「……うーん。難しいなぁ」
やっばい。オープンキャンパスだーという明るい気持ちで訪れたはずが、将来の不安に影を落とすような暗い話ばかりで完全に場の空気が沈んでいる。みんなの表情は葛藤や不安に惑うものとなっていたから、どうにかこうにか明るい話題を探そうとした。
「まぁでも、1番の悩みどころは……みんな、あれだよね?」
「……あれ?」
彩が共通認識だと言わんばかりに、卓についた面々の顔を見回しながら口を開いた。その視線に釣られるように他の4人を見ると、彩の言いたいことに薄々気がついているらしく、しかもそれは的を外れたものというわけでもないらしい。
「あれって何だ?」
「……それは勿論」
「誰が1番」
「雄緋さんの隣に立つものとして」
「相応しいか……ですよね?」
「……んん?」
「だから! 雄緋くんの伴侶に誰が1番相応しいか、だよね!」
訳わかんない。
「私でしょう?」
「は?」
「千聖ちゃん……?」
「わたし……かと」
「よし一旦ストップ」
余りに不毛というか、荒寥とした場に陥りそうだったため、待ったをかける。色々と異論というか、反論をしたいところではあるが、まず何故バンド活動の行先よりもそっちの方が重要となるのか、さっぱりである。
「いやいや、バンドの心配しろよ」
「ハロハピの活動をやめたりはしないよ?」
「私たちだって、パスパレの活動は続けるし」
「Roseliaも頂点を目指しますよ?」
「うん、なんでそこで俺の話が出てくるの?」
「恋は戦争、でしょう?」
「むしろバンドの存続は前提で……、ここからが本当の勝負、ですよね……?」
「そんなこと言われても……」
みんなのこちらを見る目が怖い。なんか血走ってるというか、飢えた獣が見せる双眸を向けている。絶対に誰にも負けないみたいな強い意志が宿っている。
「えっと……と、トイレ行ってきまーす!」
一旦退却しよう、そうだそれがいいそうしよう。困った時は一度退いて態勢を整えろとどんな兵法書にも書いてある。何も今にも抗争を始めそうな肉食獣たちの檻に閉じ込められる必要はない。建物の中にトイレがあるから、テラスからは見えない位置ぐらいまで逃げて呼吸を整えようと退却した。
「あっ、逃げられちゃった」
「何にせよ誰が雄緋の1番になるか、決着をつける必要がありそうね」
「争いたくはないけど……仕方ないよね?」
「当然です。全員で共有財産化する案も検討の余地がありますが……」
「誰だって1番に……なりたいですよね?」
幸い追いかけられることはなく、俺はトイレの個室内で一呼吸置くことに成功した。正直空気が怖すぎて今すぐには戻りたくないから、小一時間ぐらいこの個室に篭っていたいけど、ずっとあの5人を放置するわけにもいかない。
「……出るか」
諦めて大きく息をつきながら個室を出て、トイレを後にする。なんだかテラスの方からは禍々しいオーラというか、まるで世界の命運をかけた魔王との最終決戦前のようなオーラが溢れ出ている。けれども、逃げ続けても意味がない。
「……ってあれ?」
テラスの方に戻ろうとすると、先ほどまでいたテーブルに2人組の大学生らしき人影が立っていた。何やらビラのようなものを見せられながら、話をしているらしい。
「あ、雄緋くん!」
「……あぁ。サークルの勧誘か何かですか?」
画用紙に何やら写真だとかを貼りつけて意気揚々と喋る2人組。4月の終わりということもあり新歓に託けた何かだろう。彩たちの表情はどことなく『早く帰ってくれないかな……』みたいな表情をしていたので、取り敢えず会話に割って入る。
「そーなんですよ! どうかなーと思って」
「この子達、私の連れというか、この大学の学生じゃないので、他を当たってください」
いやほんとに、まだ高校生だから。変なサークルに捕まっても面倒極まりないし、連れてきた以上俺がそれを、みすみす害をなすような奴らを放っておくわけにもいかない。というか大事なうちのガールズバンドに手を出すなと言わんばかりに冷たい目で睨みつける。
「いやうち、インカレだから!」
勧誘ということもあり、粘り強く食らいついてくるが、努めて声を低く、冷たい対応をする。
「迷惑なので」
「……はぁ、行くか」
そこまですれば、この場でこれ以上は無理だと察したのかすごすごと逃げていく。その場の空気に居づらかったとはいえ、新歓の面を被った変な勧誘もあるこの時期にこの子達を5人で放置してしまったのは不味かったなと猛省した。
「大丈夫だったか……って、おお」
1番近くに座っていた花音が震える手で俺の上着の裾を摘んでいた。怖い思いをさせてしまったようで、本当に申し訳ない。
「……はぁ。全く、身の程知らずが多いですね」
「……へ?」
反省の念を心に刻み込んでいたのだが、紗夜の呆れるような声での吐き捨てに、5人は揃いも揃って大きく頷いている。
「ありがとう、雄緋くん。雄緋くんが居てくれたから、断りやすかったよ」
「あ、あぁ。なら、良かった?」
「新入生が来る時期だから……仕方がないですけど……」
「そういえば怪しい集団への注意喚起なんかも貼ってあったよね」
「えぇ。だから、私たちのこと、絶対に放っておかないでね?」
「……心に刻みます」
この子達もまだ高校生なのだ。俺が言えたことではないが、社会の闇が深い部分を知るにはまだ早い。この子達がどんな進路を選ぶかは分からないけれど、俺がその道の一つを指し示す以上はしっかりと見守ろう。
「雄緋さんのことですから、ナンパからもしっかりと私たちのことを守ってくれるでしょう」
「信じて……ますからね?」
まずはこの信頼に応えよう。俺ももっと責任感を持って、この子達を守らなければならないと、そんな決意を固めた、大学での1日だった。
「そういえば、みんなで雄緋くんに永久就職って進路もありかなって話になったんだけど」
「何の話?」