ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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大鉄人ワンセブン様から頂いたリクエストを基にした作品です。リクエストしていただきありがとうございました。





着ぐるみの中は【美咲&こころ&ましろ&つくし】

それは、青天の霹靂、あまりに突然の出来事であった。

 

「いやぁ……、わざわざ付き合ってもらってすみません……」

 

「良いんだよ、これぐらい」

 

商店街を闊歩する俺と美咲。各々の両手には大量のビニール袋。事情があって、大量に買い込まざるを得なかった手芸用品とやらの買い出しとやらに俺は付き添いで出かけていたというわけである。

 

「ふぅ……。にしても急に暑くなったよな。5月になって」

 

「本当……。ミッシェルの中にいても、……あれ?」

 

気候変動の単語を連想する程度には暑さが増した日々を嘆き、着ぐるみの中に入ることの辛さを美咲が語ろうとした矢先、俺たちの視線が十数メートル先の路地へと向かう。ガサガサという大きな音とともに飛び出してきたそれは。

 

「って、ミッシェル?! なんでぇ?!」

 

「み、美咲が2人?!」

 

「あの中身あたしじゃないですって! 待てぇぇ!!」

 

「あ、おい!」

 

人通りの少ない道を颯爽と駆け抜けたミッシェルを追う美咲と駆け出した美咲を追う俺。美咲が謎のミッシェルの後を追って裏路地へと曲がろうとしたから、俺もそれを追って。

 

「えっ」

 

「え?」

 

突如俺の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「う、うーん……」

 

すぐ近く、耳元に呻き声のような何かが聴こえて、俺の意識も覚醒する。しかし、目を開けても真っ暗で何も見えない。だが、周囲はいつにも増して蒸し暑く、圧迫感も感じる。

 

「……って、え?!」

 

「……その声、美咲かって、え?」

 

俺はその違和感に気がついた。真っ暗で身動きも取れない中で、確かに分かるのは柔らかい肌感。掌に吸い付くような何かを確認しようと俺は指をわずかに動かした。

 

「ひゃぁああぁ?! ちょ、何してるんですかぁ?!」

 

「ふぁっ?!」

 

俺は大声で詰られる。そして俺は悟った。どうやら俺に密着しているこの物体は美咲の身体なのだと。

 

「あともう少し上を触ってたら、ボコボコにしてましたからね?!」

 

「す、すいません」

 

「ていうか、え、これ、なんですか?!」

 

「俺にも分からん……」

 

俺が知覚できるのは、汗をかいてしまいそうなほどに、やたらと熱のこもっていた美咲の体だけ。どうやら俺の体勢は背中側から美咲のお腹の方へと腕を回して抱きつくようなものになっているらしい。ガチで後もう少し上を触っていたら、まず間違いなく処されるところであった。危ねぇ。

 

「て、てかなんで後ろからハグしてるんですか?」

 

「そんなの言われても俺だって目が覚めたらこうなってて」

 

「と、とにかく今どうなってるのか……」

 

美咲の声が途切れる。それは、急にどこか遠くから幼い声が聞こえてきたからである。

 

「あっ、ミッシェルだ!」

 

「へ?」

 

「今日のミッシェルいつもよりおっきいねー?」

 

それは商店街の近くに住む子どもたちの声だった。しかも、全身に感じるポフポフという感覚とその声からして。俺は美咲に物凄く小さな声で話しかける。

 

「なぁこれって、もしかして」

 

「……あたしたち、ミッシェルになってますよね」

 

美咲の対応は慣れたもので、子どもたちを上手く扱い、一旦お家の方へと帰らせた。周囲から人が居なくなったのか、美咲は大きくため息をつきながらぽつりと呟いた。

 

「これ、多分前に雄緋さんがなったみたいに、脱げないやつですね」

 

「……脱げないですね」

 

「……どうしましょう」

 

「さぁ?」

 

どうしようと言われても、どうしようもない。前の時は三日三晩はあの状態だったし。その調子でいけば、まず間違いなくこの着ぐるみから脱出は不可能である。なんてこった。

 

「あっ、ミッシェルーーー!」

 

「え? あ、こ、こころ?!」

 

着ぐるみのまま過ごさなければいけない日々を憂いて、悲嘆に暮れていると、向こうの方からミッシェルを呼ぶ声がした。俺からすれば着ぐるみの目の部分からの視界が利かないので、本当に声などの音と美咲の反応の他に外界の様子を探る術はないのだが、その両方が接近してくるのがこころであると告げていた。

 

「あれ、ミッシェル、少しいつもに比べて大きいわね。太ったのかしら?」

 

「え、えーーー? いやぁ、そんなことはないよぉ?」

 

「そ、そうだそうだ!」

 

「ちょ、何言ってんですか?!」

 

「え?」

 

あっ、やっばい。よくよく考えたら着ぐるみの中から2種類の声が聞こえてくるなんて、世紀末じゃん。いや違う。そういえばこころはミッシェルの中身が美咲という事実に気がついていないんだ。それならばミッシェルの中が俺の声だとバレた瞬間完全に詰みである。

……やってしまったという後悔ばかりが募って、俺はダラダラと冷や汗をかきながらも、行く末を見守る他なかった。

 

「あら? ミッシェル、声変わり? とっても渋くてカッコいい声ね!」

 

「単純で良かった……」

 

純粋さとは時に人を救うのである。俺は無闇に動かすことのできない両手でこの世の全ての巡り合わせに感謝を伝えるべく天に拝んだ。

 

「そ、それはそうと。こころは何かあたしに用なのかなーって」

 

「用? 用事はなかったけど、こっちに来たらとっーーーても笑顔になれる気がしたの!」

 

「あはは……。清々しいぐらい晴れやかな笑顔だね……」

 

「そ、そうかしら?」

 

なんだろう。着ぐるみの外で、というか着ぐるみを介して、尊ぶに値するような、物凄く純情なやりとりが展開されているような気がするのだが、俺からすれば視界は真っ暗なもので全くと言っていいほどその光景を拝むことができない。くそう。

 

「ミッシェルは笑顔になれないの?」

 

「え? あ、あたし?」

 

「そうだわ! 薫から聞いたのだけど、とっても笑顔になれる方法があるらしいわ!」

 

「え、薫さんが?」

 

なんだか美咲の表情が引き攣っているような、そんな気がする。見えないけど、そんな気がするんだ。それは俺も恐らく美咲と同じことを考えているからである。薫から聞いただって? 絶対まともじゃないじゃん、その方法。普段から、壇上でさえも台本を無視して、もはやアドリブだとかで許容される域を超えて『儚い』を連呼するようなあのクレイジー演者がまともな方法を持ち出してくるわけない。

 

「どんな方法?」

 

「ハグよ! ハグは各神経系の神経細胞で産生されるβ-エンドルフィンの増加を促して、μ-オピオイド受容体に作用することで多幸感を生じさせ、恒常性の維持に貢献するのよ!」

 

「なるほどなるほど、こころどうした? 何があった?」

 

え、こころ、急に生物学に目覚めた? オピオイドがどうたらこうたらって、もう学校の授業とかですらほぼ聞き覚えがないよ。普段のこころから、そんなアカデミックな横文字が飛び出すところも聞いた記憶はないし、難解な単語をペラペラと喋り倒すようなこころは後にも先にも見られることはなさそうである。

 

「あら、その声は雄緋かしら?」

 

「やべっ……」

 

「もう、何してるんですか!」

 

「すいません……」

 

そんなに怒られたところで後の祭りである。だが、美咲は、不審がっているらしいこころを前にして、この窮地から脱することのできるようなエキセントリックな手段を思いついたらしい。

 

「あははー。今、腹話術の練習をしてて、その成果、披露してもいいかな?」

 

「成果? 雄緋の声真似ってことかしら!」

 

こころからのそんな声でようやく俺は美咲に求められていることに気がついた。なるほど、ミッシェルが腹話術をしている体で俺が適当にそれらしいことを喋る、そういう手筈らしい。小声でどうするんだと問えば、話す内容は適当だし、こころの話と合わせろということらしい。

 

「やぁこころ。今日も笑顔がいっぱいだな!」

 

「すごいわ! 雄緋の声そのものじゃない!」

 

そのものだからね。

 

「早くみんなにも聞かせてあげましょう!」

 

「それがねこころ。これから商店街の代表として会議に出なくちゃいけないんだ」

 

「それは残念ね……。なら、また今度にしましょう!」

 

良かった。ただのでっち上げだったけど、この……2人1組? 体制のミッシェルでみんなの前に駆り出されるなんて事態になればいよいよボロが出る。こころはなんとか納得してくれたらしく、手を大きく振って帰っていった。

 

「なんとか乗り切れましたね……」

 

「……だな。とにかく、人が来ないうちになんとかこの状況を脱する手段をだな」

 

「……あたしは、もうちょっとこのままでもいいですけど」

 

「え?」

 

「雄緋さんとこうやって2人で近くで話せる機会そんなにないですし……」

 

近くで、というかゼロ距離なのですがそれは。

 

「その、ハグされてるのもまぁ嫌じゃないと言うか、嬉しいと言うか、それはまぁあの、あ、あぁ」

 

「ちょ、どうした?」

 

「もっと強くしてほしいというか荒々し「……あ、ミッシェル!」わぁぁぁ!!」

 

美咲の声は終盤の方が掠れるようになって判然としなかったが、急に外から聞こえてくる大きな声は誰かがまたもやって来たことを示していた。それがどうも、こちらに駆け寄ってくる足音は2種類あるらしい。

 

「こんなところにミッシェル……、えへへ……」

 

「や、やぁ、倉田さん……」

 

「も、は、速いよっ、ましろちゃん……はぁっ、はぁっ」

 

どうやらその声から察するに、今ミッシェルにダイレクトに届いた衝撃の元凶がましろで、それを後から追ってきたのがつくしらしい。つくしの声、息は荒く、遠くからミッシェルを見つけて、夢中になって駆けてきたましろをダッシュで追いかけてきたということらしかった。

俺がふぅと小さく息を吐くと、ましろにはくぐもって聞こえないであろうような小さく低い声で、美咲から喋るんじゃないぞと念押しをされる。俺とてさっきのような頓珍漢な真似はやらかさない。

さっきはこころだったからミッシェルの中に人がいるという事実がバレることが問題だったが、今となってはミッシェルの中に美咲と俺が一緒に入っているという事実がバレるのがやばい。マジでそういうプレイが好きな変態だとかと勘違いされかねない。

 

「やっぱりモフモフ……あれ」

 

「ど、どうしたのかな?」

 

「……今日のミッシェル、ふわふわだけど、……いつもと体型が違う」

 

「本当だ。なんだか、いつもより大きい着ぐるみですね」

 

「も、モデルチェンジしたんだよ? 最新バージョンに……」

 

着ぐるみを最新バージョンにモデルチェンジとはこれまたパワーワードを……。とはいえ、前方からハグをしてきたましろが違和感を抱くのは仕方のないことで、いつにもまして胴体部分が太くなっているから誤魔化しようがない。まだ着ぐるみの背後からハグをされていないからマシだとは言え、違和感を悟られると色々とまずい。

 

「着ぐるみもハイテクなんですね……」

 

「ハイテクなミッシェル……」

 

「倉田さんは、こういうミッシェルは、嫌いかな?」

 

「そ、そんなことないです! ステージ上で貫禄を感じさせながら、ふわふわピンクで可愛いミッシェルも好きですけど、いつもよりおっきいサイズにモデルチェンジしたミッシェルも好きです!」

 

そうか、某アイドルのふわふわピンクはそのお株をこのクマの着ぐるみにとられていたのか。ご愁傷様である。

 

「ましろちゃんは本当にミッシェル好きだよね」

 

「うん。雄緋さんの次ぐらいに好き……なんて……えへへ」

 

「ぶっ」

 

不意打ち。

 

「ちょ汚……じゃなくて、ましろちゃん? ミッシェルが1番だと嬉しいなぁ……なんて」

 

「ミッシェルも好きだけど……。雄緋さんはそういう意味じゃなくてれ「わああぁぁぁぁ!!」え?」

 

不意打ちを喰らったダメージから回復していると、突然今度は耳が潰れるんじゃないかと言うほどの大声を美咲が放つ。着ぐるみの中で反響して俺の耳は完全にお陀仏の一歩手前である。

 

「ど、どうしたんですか?!」

 

「なんでもないよぉ?!」

 

「で、えっと雄緋さんは「ああぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぐへぇっ」

 

え、いきなり何が起きた? 俺も分からん。だって着ぐるみの中だもの。突然体が重力に従って背中の面から着地したかと思えば、背中側のモコモコの柔らかさと上から降ってきた美咲の体重とに押しつぶされ、柔らかくプレスされた。いや、柔らかくプレスってなんだよって感じかもしれないけど、本当に弾力性のあるプレスをされたのである。何が何だかよく分からないまま俺は鳩尾に深いダメージを負う。

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

「ぐふっ、み、ミッシェルはこれぐらい平気平気……」

 

「というか、何か喉が潰れたみたいな凄い声出てましたけど……」

 

「これ? ミッシェルの中から空気が抜けた音だよ」

 

「え、明らかに声「空気が抜けた音だから」は、はい」

 

俺のお腹から空気が抜けた音なんですけど……。なんてツッコミをする気力もない。俺のお腹はそれぐらいのダメージを受けたのである。何より突然、何の知覚もないままに喰らったダメージというのが大きすぎた。

 

「そのね、倉田さん? そういう話は今度いつでも聞くから」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「うんうん、なんだったらミッシェルとの握手でもハグでも高い高いでもなんでもしてあげるから」

 

「やったぁ」

 

「良かったねましろちゃん!」

 

良かったね! ぐふっ。

空気が抜けていく。俺の着ぐるみの中としての人格が、薄れて消えていった……。

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