ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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みーくーすち様のリクエストを基にした作品です。リクエストしていただきありがとうございました。






和菓子屋での邂逅【瑠唯】

「それで、起きたら冷や汗で背中までビッショリだったんだよ……」

 

「そうですか。風邪を引いていなければいいですね」

 

取り付く島もない。のんびり街を散策していてふと訪れた茶屋で出会った、ぶっきらぼうなCiRCLEの常連さんから、ざっくりと斬り捨てられたのである。いや、これだけじゃあ何が起きたのかさっぱりだろう。ならば事の次第とやらを語ってしんぜよう。

 

 

 

GWが完全に終わりを告げ、俺はただただ家から出たくなかった。そこ、ニートとか言わない。あれだ、俗に言う『五月病』なるものに苦しめられていたのである。年度替わりに訪れた連休、それが明ければ地獄のような平日がまたやってくる、そう考えた俺は気持ちよく寝ることが出来なかった。

月曜日の朝、どういうわけか荒い呼吸で飛び起きた俺。部屋は驚くほど静かだが、外には既に朝日が昇っていて、人間の営みも開始されているようだった。

なんだか長い悪夢のようなものを見ていた気がしたのだ。自分がまるでドラキュラのような、誰かの血を啜っているかのような。そんな悪夢から目覚めた俺は凄まじい量の汗をかいていたというわけだ。

 

『なんだ……これ……』

 

全身から力が抜けるような感覚と、悶絶しそうなほどの頭痛にベッドから這いずり出る。不快極まりない汗を流すためにシャワーをさっと浴びた俺は、大学の授業を自主休講するという手段に出て、昼間は完全に無益な時間を過ごした。そして学生たちが通学路で帰る姿を尻目に出かけたところ、心惹かれたちょっと高貴そうな、気品あふれる和菓子屋に流れ着いた俺は、瑠唯と出会ったというわけである。

 

 

 

以上、解説終わり。

 

「さっきから心ここに在らずといった様子ですが、具合でも悪いのですか?」

 

「……へ? あぁ、違う違う。こっちの事情だ」

 

「はぁ」

 

まだ平日の早い時間ということもあり、店内は比較的人も居なかったもので、知り合いだと見かねた店員さんにこの対面の席に案内されたは良いものの、口数の少ない瑠唯との会話の糸口に困っていたわけである。で、冒頭の朝起きた超怪奇現象を説明したら『非現実的です』と一蹴されました。なんてこったい。

 

「それで、その悪夢とやらに心当たりはないのですか?」

 

「心当たり?」

 

「話を聞く限りだと、吸血鬼とかそちらの類だと思いますが」

 

心当たりとは言われてもここ最近の記憶が蒙昧としており、はっきりと思い出せないのである。確か夜に出かけて何かが起きたところまでは覚えているのだが、その何かがわからない。そんなことを言えば、どうしようもないですね、と極めて冷静に、呆れられる始末である。

 

「……その首筋の傷は、どうしたのですか?」

 

「え?」

 

細く長い指を指され、暫く見つめていると不思議な顔をされる。指先に気を取られていた俺は慌てて首のところを確認した。なんだか二つの傷が皮膚に残っており、周辺が赤く腫れている。

 

「……なんだろうこの傷」

 

「吸血鬼にでも吸われたのではないですか?」

 

「はっはっ、まっさか」

 

笑って返して見せると、案の定起伏の少ない表情と冷たい目線を送られたため自重する。静かなお店だもんね、大声での会話、良くなかった、うむ。

 

「というか、瑠唯も冗談言ったりするんだな」

 

「冗談のつもりはありませんが」

 

「え?」

 

「……ごほん。意外と現代の科学だけでは説明のつかないことも、この世界には溢れていますから」

 

「……へぇ。超常現象とか信じなさそうなのに、意外だな」

 

「信じていませんが?」

 

「あっ……うん」

 

どうやら話を聞く限りでは、ポルターガイスト的な事象を起こす霊的存在を信じているわけではないが、現代の科学の発展状況からでは説明出来ない高度な物理的事象の存在は認識しているとのことらしい。改めて、まだ高校一年生だというのに達観した子である。

俺が瑠唯の思考の高尚さに感嘆していると、丁度俺の注文したメニューが店員さんによって運ばれてきた。

 

「お待たせ致しました。こちら、季節の茶菓子と抹茶でございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

目の前のテーブルに運ばれてきたお盆には、どこか哀愁を感じる焼き物の器に盛られた3色の華々しい茶菓子と湯気のたつ抹茶が。茶菓子にはこれでもかというほどに細く繊細な紋様がついて、華を忠実に再現しようとされていた。

 

「凝った茶菓子ですね」

 

「そうだなぁ……。作るのにどれぐらい時間かかってるんだろう」

 

こんなの俺が作ろうと思えば、一生かかっても完成しない自信がある。そりゃあ職人さんからすれば、これを作るのに何十年と修行を重ねてきた人もいるだろうから、簡単には真似できなくて当たり前だが。

 

「って、うおっ」

 

「どうしました?」

 

鋭い茶菓子の上面を凝視するのを止めようと顔を上げたら、思いの外俺の近くまで瑠唯の顔が迫っていたためびっくりした。テーブルが若干細くなっていることも相まって、茶菓子を眺めていた瑠唯の顔が近くにあったらしい。それはそうと、普段から淡々としているように見えた瑠唯が、この茶菓子には興味が湧いているのは意外でもあった。

 

「和菓子は好きなのか?」

 

「和菓子は、まぁ嫌いではないですが。私は白玉ぜんざいが好きなので」

 

「……ほう」

 

来店してからあまり気にしていなかったが、確かに対面のお盆にはとても甘そうな白玉ぜんざいが鎮座している。黒いお椀に浮かぶ小豆と真っ白な白玉団子が優雅に佇んでいた。

 

「というか甘いものを食べるんだな」

 

「……私はそんなに甘いものを食べるイメージがないのでしょうか」

 

「え?」

 

「以前広町さんにも、お菓子は食べないのかと聞かれたので」

 

「あぁ……。そんなイメージはあるかも。食べてるところが想像つかない」

 

とはいえ、お菓子を食べないイメージでのお菓子とはスナック菓子とかそういうところだろう。瑠唯がスーパーの店頭などで売っているような袋菓子などを買って食べているところがイメージしづらいだけであって、今みたいに甘味を食すところは絵になるような美しさを湛えている。

 

「でも、白玉ぜんざいを食べてる瑠唯は、なんだかカッコいいな」

 

「カッコいい……。……そうですか」

 

「うん。中世ヨーロッパの絵画なんかで描かれてそう」

 

「……なるほど」

 

美術館に瑠唯が器を片手にもの憂い気な目線を斜め上に向けた後ろ姿の絵とかが額縁に飾ってあったりしたら、その幽遠な儚さに思わず目を奪われそうなものである。思わずうっとりするような、凛とした雰囲気が絵からですら伝わってきそうだ。

 

「白玉ぜんざいは中世ヨーロッパに出てきそうにないですが」

 

「そこはまぁ……」

 

冷静なツッコミ。なんとか他の話題を探そうと、眼前で湯気を僅かにあげるぜんざいを頭に思い浮かべていた。

 

「ぜんざいかぁ、久しく食べた覚えがないなぁ」

 

「そうなのですか?」

 

「甘すぎる印象があるからかな」

 

ぜんざいに限らずだが、勿論お抹茶なんかとあわせれば、丁度いいぐらいになりそうである。しかしぜんざいを単独で食べるとその甘さに思わず狼狽えてしまいそうだからか、ここ暫く食べた覚えがなかった。

 

「それでも日常的に糖分を一定以上摂ることは大事ですから」

 

「それはまぁ……分かってはいるんだけど」

 

「脳が疲弊すると血中の糖が不足しますから。α-D-グルコースが不足して脳を動かすエネルギーが不足すれば、処理能力も落ちますし、勉強の効率も悪くなります。血糖値が下がって肝臓に蓄積されたグリコーゲンが使われる前に、炭水化物などから糖を摂取することも大事です」

 

「なるほど、分からん。というかこの前のこころといい、一体どうして何があったんだ?」

 

αが一体なんだって? 瑠唯の話がさっぱりな俺は糖分が不足しているのかそれとも単純に馬鹿なのか、どっちだ。後者だ。

 

「つまり、疲れた時には甘いものを食べろと?」

 

「そういうことです」

 

あれだけつらつらと専門用語が飛び出した割には結論はそんな自明なことなのかと思っていると、突然不意に、目の前にスプーンが差し出されていた。そのスプーンには親指大の白玉ぜんざいが小豆と共に乗っかっていた。

 

「え? これは?」

 

「どうぞ」

 

「え?」

 

「ですから、口を開けてください」

 

「ん」

 

「あーん。どうでしょう?」

 

「すごく……甘いです」

 

「良かったです」

 

こんなにも淡々としたあーんがあるのだろうか。いや、これは俺が余りにも初心すぎるからこんな反応をしているだけで、実は世間一般ではあーんで食べさせるだなんてごく一般的なことなのか? 思考の無限ループに突入しようとしている自分を必死に抑え込みながら、ふっと目を見開いた。

 

「って……。瑠唯、顔が赤いぞ」

 

「……はい?」

 

「だから、顔が」

 

交感神経系が優位になっているだけです。(私だって慣れないことで恥ずかしいんです)

アドレナリンの放出が促されて、(それぐらい態々口に出さないでも)

顔面の血管が拡張したんです(分かるようになってください)

 

「な、なるほど?」

 

さっきから生物用語が飛び交ってさっぱり分からんぞ。兎にも角にも、顔面の血管に流れる血の量が増えたから、赤い血の色がより濃く見えるせいだなんだとかそういうことらしい。

 

「美味しいですか?」

 

「とても……美味しゅうございました」

 

「それは良かったです」

 

そこまで言い切ると、何故か次はお前だとばかりに口を小さく半開きにしながら、何も喋らなくなる瑠唯。

 

「えっと……瑠唯さんや、その顔は」

 

「早くしてください」

 

「あっはい」

 

どうしようかと思い、とりあえずお盆の端に載っていた木のナイフで桜色の花の茶菓子を半分ぐらいのサイズに切る。断面を見ると、これも美しい餡子の断層となっていて、その作りの良さに惚れ惚れとする。茶菓子に見惚れるのもそこそこにして、それ用らしき串に刺した茶菓子を持ち上げる。

 

「えっと、はい、あーん」

 

「あーん……。ん……。……ん」

 

顎に手を添えて、ゆっくりと咀嚼する瑠唯。さっきまでの顔の赤さはどこへやら、今は口の中で蕩けるような茶菓子の味をじっくりと吟味している。というか俺がそもそもこの茶菓子を食べていないのだから、瑠唯に味見をさせてしまったようになっていた。

 

「ど、どうでしょう」

 

「しっとりとした味わいかと思いましたが、餡子の方まで口に含んで咀嚼すると、餡を舌で押しつぶした時にぜんざいよりも僅かにあっさりとした甘さが広がって、絶品ですね。桜をイメージしているからか、薄めの味に仕上がっているのも私好みではありますね」

 

「おお……食レポが上手い」

 

「ありがとうございます」

 

デザートの食レポで、カメラに向かって『美味しい』を連呼していたふわふわピンクのレポーターよりも味がしっかりとイメージされるような食レポだった。いや、あの子はあの子で表情と声から『美味しい』の気持ちが全力で伝わってくるから、あれはあれで良いんだけども。

 

「食レポをしたつもりはなかったのですが。それはそうと、食べさせていただきありがとうございます」

 

「いやいや、それぐらい良いんだよ。餌付けとか色んなところでやってるしな……」

 

この間のファストフード店でのポテトとかね。あれ以外でもしてる時あるけど。大丈夫かな、今の俺はどこか遠くのところを見つめてはいないだろうか。

 

「……そうですか」

 

「うん」

 

「じゃあ、もう一口、どうぞ」

 

「え?」

 

「一度やっているなら二度でも変わらないでしょう? 早く」

 

「あっ、じゃ、いただきます……」

 

「……どうですか?」

 

「ぜんざいです」

 

「知っています」

 

残念だが俺に食レポの才能はないらしい。まぁこれ以上飯テロなんてものをしても致し方ない。

 

「その、美味しいです」

 

「そんなことが聞きたいんじゃないんです」

 

「え?」

 

「……ごほん。失礼しました。何でもありません」

 

「ん? そう?」

 

「はい」

 

何やらあまり良く分からなかったのだが、本人が満足とならばそれで良いや。

 

「それはそうと、茶も飲まなければ、折角熱い淹れたてのものが冷めてしまうのではないでしょうか」

 

「あ、たしかに」

 

「私はちょっとお手洗いで席を外しますので」

 

「はーい、いってらっしゃい」

 

たしかに先に茶菓子をパクパクと食べてしまいそうになったが、よくよく考えたらこの抹茶はどちらかというと苦いと形容できるお茶であろう。良くあるグリーンティーとかの甘さがあるわけではないだろうし、先に甘い茶菓子を全て食べてしまうのも考えものか。

瑠唯が席に立ってからそんなことを考えてお茶を飲もうとしていたのだが、ものの30秒か1分ほどで瑠唯は帰ってきた。

 

「あれ、早いな?」

 

「お手洗いに対して言及するのはデリカシーがないかと」

 

「その通りですすみません……」

 

「お詫びとして、私がお茶を飲ませて差し上げましょうか?」

 

「……はい?」

 

お茶を飲ませて差し上げましょう? 俺は脳内でそんな構図をイメージする。うんダメだ、意味がわからん。

 

「あの……1人で飲めるので……」

 

「良いですから」

 

「ちょ、まっ、絶対熱いから!!」

 

「大丈夫です。火傷をしたとしても病院は紹介しますから」

 

「そういうことじゃないよ?!」

 

……俺は無作法にも気品高い和菓子屋のカフェで騒いでしまい、無礼者としての経験を積み重ねてしまうのだった。因みにお茶は瑠唯を宥めてから、しっかりと冷まして、茶菓子と共に美味しく頂きました。大変美味しゅうございました。

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