ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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出張!やまぶきベーカリー!【沙綾&りみ&モカ】

出張! やまぶきベーカリー!

 

「というわけで始まりました!」

 

「何が?」

 

俺の現在の状況をお伝えしよう。ガールズバンドの子たちが多く通う花女(女子校)の購買に居座り、沙綾と2人並びながらエプロンをつけて、目の前のテーブルに並んだ大量のパンを前にしています。で、そうしたらいきなり沙綾が何かの企画のタイトルコールかのように甲高い声を上げながら手を叩いたと。うん、分からん。

だってそうだろう? 今からお店出しますから手伝いしてくださいねって何の前触れもなく日常で言われることがあるか? ないだろう? 俺もなかった、今の今までな。お金出すからモデルやってね、とか言われて拉致されて結婚式を挙げさせられた経験ならあるんだけどな。

 

「だから、やまぶきベーカリーの花咲川女子学園支店です!」

 

「銀行か何か?」

 

支店て何よ。商店街のアレは本店か何かでこれから全国に向けてチェーン展開するみたいなそんな計画でも持ってるのかと疑ってしまいたくなるほどの言い草だ。

 

「で、その販売員を手伝ってもらおうと思って……」

 

「思って、じゃ無いんだよ……。みんなあれだよ、許可なく人を拉致しちゃダメって学校で習わなかった?」

 

俺今とんでもないこと言ってるな。絶対に教えてもらってるわけないよそんなコアなこと。俺も無いもん。学校で『許可なく人攫いをしちゃあいけません』って。怒られることないもんなそんなことで。

 

「あ、ちゃんとお給料も出しますよ?」

 

「一応労働だしな……」

 

「私は途中から授業受けに行くのでお昼以降居ないんですけど、その間の店番お願いしますね」

 

「え? 授業受けに行く?」

 

「そりゃあ平日なので……。普通に午後からも授業ありますし……」

 

いやまぁそうだよね。俺だって今日は本当は授業あるんだから、高校生の君たちは授業があって当然だよね。ちなみにサボったわけではなく、否応なしにここに連れてこられたので、止むを得ない事由による欠席である。決して俺が不真面目だとかそういった批判はあたらない。

 

「まあそっか。俺もあるからね」

 

「あっ、授業ありました?」

 

「そりゃあ……」

 

「でも真面目に授業受けてませんよね?」

 

恐らく、誤解する人が一定数存在するだろうから、もう一度声を大にして主張しておく。俺は決して大学の授業を面倒と思って欠席しているわけではなく、大抵このガールズバンドの誰かしらに巻き込みを食らって休んでいるだけである。欠席しているから授業理解できてないんだろうだとか、そういう批判も論外である。そもそも出席したところで理解できていないので。

 

「ごほん、で、沙綾よ。一つ言って良い?」

 

「え、はい。どうかしましたか?」

 

それでもだ。それでも、今日俺をこの花女(女子校です)の購買に連れてきたこの愚かな少女に一つだけ問いたい。問わずにはいられないのだ。

 

「昼休みは沙綾が居てくれるんだよね?」

 

「え、はい。それは勿論」

 

「で、午後からは沙綾も授業があるし、一人で店番するってことだよな?」

 

「そういうことになりますね」

 

「……沙綾が授業なんだったら、他の人も授業なんだし、店番したところで誰もお客さん……来ないよね?」

 

「……あ」

 

そう、ここは。今俺のいるここは。

 

花女(女子校)である。

 

お客さんになりうるのは花女の生徒。あとはせいぜい先生ぐらいか。いやまぁ、先生と顔を合わせても気まずいけども。当然授業の時間帯に店番をしたところで、誰も買いに来られる客即ち生徒はいない。居たとすれば、そいつはシンプルに授業を真剣に受けずにサボっている不良生徒である。

どうやらその反応を見るに、沙綾はそんな大切なことに全く気がつくことなく俺をここまで連れてきたらしかった。俺に致命的な点を突かれてからの沙綾は明らかにしどろもどろとして、視線があっちを向いたりこっちを向いたりしている。

 

「……とりあえず、6時間目終わるまでは居てくださいね!」

 

「だから居る必要ないんだって!」

 

そもそも昼食用の購買だ。なぜ6時間目の終わる頃まで開いておかねばならないのか。6時間目の終わりとなれば、時間にして恐らく15時過ぎぐらい。その時間に食べるパンは最早ただのおやつである。

しかも、今でこそやまぶきベーカリー商店街本店から直送されてきた焼き立てのパンが並んでいるが、その頃に店頭に並んだパンはかなり前に作った在庫のパン状態だ。それでも美味しいのだから、このパン屋は凄いのであるが、だとしても、である。

 

「そろそろお客さん来ますから! しっかりしてください!」

 

「このチャイムは授業終わりとかそういう感じなのね……」

 

沙綾にしっかりしろと喝を入れられた辺りで学校中に響くような大きなチャイムが流れる。どうやら今ので午前中の授業が終わったらしく、近くの教室の方からは早速拘束から解放された生徒たちの騒がしい声が聞こえてきた。……ん?

 

「あれ、沙綾は午前の授業は……」

 

「私ですか? 私はパンを売る係なので……」

 

……良いなぁその係。

 

 

 

先程までの、店先にパンを並べながらの雑談の時とは打って変わって、昼休みになって数分で、購買には生徒が殺到した。購買スペースに入ってきた女子生徒たちはレジに立った見慣れない俺を見て、『誰だこいつ……?』という表情を明らかに見せていたが、隣に沙綾が立っているのを見て取り敢えずは安心したらしい。前の方の棚に並べたパンやお菓子なんかを眺めて、友達同士で談笑を楽しんでいる。輝かしい青春の1ページに触れたような気分になった。

 

「あの、すいません! お会計お願いします!」

 

「あ、はいはい」

 

俺が感傷に浸る間もなく、早速並んだ女の子からパンを受け取り、スキャンしてと、完全にレジ担当の店員さんになりきることになる。気がつけばびっくりするほどにその背後には列ができており、このベーカリーの人気っぷりを目の当たりにすることになった。

 

「お釣りとレシートです」

 

「……と。あの、レシートなんですけど、これ」

 

「え?」

 

その子は何故か少しゴソゴソとした後、お釣りと一緒に渡したはずのレシートを突き返してきた。当然困惑したのだが、その子は足早に購買スペースから立ち去ってしまった。

 

「雄緋さん、それ、貰いますね」

 

キョトンとしていると隣で沙綾が妙にニコニコとしていたものだから、よく分からないままに突き返されたレシートを渡した。しかし、訳がわからないままにまた次のお客さんの会計が始まり、忙しさに気を取られていく。

接客を続けグロッキーだったが、それでも一応昼休みという時間の縛りもあるし、この時間内に買ったものをお昼ごはんとして食べようということもあってか、ある程度の波を過ぎると人の数は次第に落ち着いていった。最初は隣でもう一つのレジで慌ただしくしていた沙綾も、今はレジを俺1人に任せ、減ったパンの補充に充てられるぐらいには購買は平穏を取り戻した。みるみるうちに減っていくお客さんの数に安堵をしながら、レジに並んでいた最後の女子生徒を見送った。

どっと疲れが噴き出してきたなぁと大きく息を吐こうとした瞬間、購買入り口のドアのところからひょっこりとこちらを覗き込む顔が飛び出してきた。

 

「沙綾ちゃん、お疲れ様。って、あれぇ? 雄緋さん?」

 

「あぁりみりん。いらっしゃい」

 

「パンはまだ残ってるから、ゆっくり見ていってくれ」

 

「完全にパン屋さんになってる……」

 

りみに言われてハッとした。完全に思考回路……というか口ぶりがパン屋さんのそれだった。慣れというのは本当に怖い。

 

「いやー。ダメ元でお店の手伝いしてくれませんか? ってお願いしたらOKしてもらえて」

 

「花女で働くなんて聞いてなかったけどな……」

 

「あはは……。その、パン、選びますね?」

 

事の経緯を半ば呆れ気味で聞き流したりみはくるりと翻り、購買の中央の棚に並んだパンに目を向けた。昼休みもかなり終わりに近づいてきた頃ということもあって、それらのパンも流石に熱は冷めてしまったらしい。だが、バスケットに入った諸々のパンを見つめるりみの表情は本当にパンを楽しみにしているような、純粋な顔をしていた。

 

「わぁ、チョココロネまだ残ってるー……」

 

「もしかしたら今日は結構売れるかなって、全部のパン多めに持ってきたんだよねぇ」

 

「そんな売れる日とか分かるのか……」

 

「曜日とか、季節とかで結構売れるパンがあったりするんですよ」

 

この発酵少女も伊達にパン屋の娘をしているわけではないらしい。感心のあまり、まさにプロフェッショナル、購買の守り神などと宣うと、恥ずかしいからと怒られる。

 

「今日も放課後になるまで開いてるの?」

 

「そうだよ。今日は雄緋さんが一日店番してくれるから」

 

「わぁ。じゃあ、また帰る前に寄りますね?」

 

「あぁ。それは良いけど、……俺帰れないじゃん」

 

授業時間中に買い物に来る生徒が居ないのだから、さっさとトンズラを決め込もうとしていたのに、知り合いが帰る前に立ち寄るとなればそんな適当なことをするわけにもいかない。

 

「雄緋さんに会えることを楽しみにして、午後の授業受けますね」

 

「パンを食べられる喜びを楽しみにしろよ……」

 

「雄緋さんが店番で居てくれるなんて、今日は特別だからですよ?」

 

「うんうん。当然締め作業までいてくれますよね?」

 

沙綾からの期待の籠った目線で、俺はとてもじゃないが目を逸らすことなどできずに肯定をしていた。まぁ授業を受けに行くという選択肢は元より潰えていたものだからいいだろう。

 

「あ、帰って家の方も手伝ってくれても良いんですよ?」

 

「それは遠慮しときます」

 

そんなことまでしていたら体が足りないので、丁重にお断りをさせていただいた。沙綾と、それだけでなく何故かりみまでため息をついているが、一体俺をどうしたいというのか。

終わりの見えない労働を巡るやりとりをしていた折、急に予鈴がスピーカーから聞こえてくる。

 

「あっ、もう5時間目始まっちゃう」

 

「だね。と、いうわけで雄緋さん、お願いしますね!」

 

「あっおいっ、……って、絶対客来ないだろこんなの……」

 

授業がそろそろ始まるからなのか、急いで教室に戻る二人を見送ってからため息を吐く。何故客が来ないというのに店を開けなければいけないのか甚だ疑問であるが、パンなんかを置きっぱなしで逃げ帰るわけにもいかない。どうせ来るとしても興味本位で顔を出した教職員程度だろうと高を括り、欠伸でもしようとした瞬間。

 

「モカちゃんとーじょー」

 

「ぎゃあっ?! なになに?!」

 

突如背後から聞こえてきた声に背中を思い切り反らせてフロントステップを決める。振り返ると、その独特な間延びした声の持ち主。

 

「やっほー」

 

「おい待て、何故ここにいる」

 

ここは花女である(女子校)。何故ここにモカがいるのか。

 

「やまぶきベーカリーのパンの匂いがするところ、モカちゃんは神出鬼没ですからー」

 

「学校違うだろ……」

 

「モカちゃんだって、本当なら羽丘に売りにきて欲しいんですよー」

 

何度でも言うが、ここは花女である(何度でも言いますが女子校です)。まず制服からして違うと言うのに、どうやってこの学校の敷地内に入ったのか。いや、というかそもそも、モカだってこの時間は羽丘の方で授業があるはずである。この際学校敷地内の不法侵入だなんて某生徒会長が常習犯であるし構わない。だが、授業を受けずしてパン屋巡りに興じるなんぞ言語道断である(授業を受けずしてパン屋さんごっこに興じてます)。

 

「羽丘には流石に出店してないのか。だとしても、朝やまぶきベーカリーに寄ればいいものを」

 

「今日の朝は寝坊してギリギリすぎて寄れなかったんですよー、しくしく」

 

「なんだったら今も眠そうだもんな」

 

パンを買いに来たという割には、モカは何度も目を擦りながら、そして若干フラフラとしながら店内を物色し始める。

 

「これは眠いんじゃなくて、栄養不足ですねー」

 

なるほど、だから我慢ができずにパンを買いに来たと。違う学校の購買スペースまで。いくらなんでも前代未聞である。

 

「モカちゃんは常にやまぶきベーカリーのパンを食べていないと倒れちゃうんですよー」

 

「不便な体してるな……」

 

「カロリーはひーちゃんに送ってるけどねぇ」

 

ひまり……、可哀想に。

 

「今日もパンが美味しそうですなぁ。オススメはー?」

 

「店員初日の俺に聞くのか……。モカが好きなのを食べればいいんじゃないか?」

 

「……雄緋くん食べてもいいのー?」

 

「俺はパンじゃないぞ」

 

「……ごくり」

 

生唾を飲み込むような音が聞こえたのは俺の勘違いであって欲しい。それはそうと、どうやらパンを無限に吸収する永久機関は俺の姿を見るとパンだと認識するようになってしまっているらしい。

 

「おい、そんな目でこっちを見るな」

 

「……そんな目って、今のあたし、どんな目してますかー?」

 

「この世のパンを一つ残らず吸い尽くすって感じの目」

 

「……ぶっぶー」

 

「違うのかよ……」

 

「正解はー」

 

「は? は?」

 

突如パンの酵母の香りが全て消え去った瞬間、俺の視界は黒に染まった。困惑のうちにまたも鼻腔をパンの匂いがくすぐった。

 

「美味しそうなパンは誰にも渡さないという獣の目、でしたー」

 

「……お会計、¥4,280です」

 

「しゃーしたー」

 

俺は暫く放心したまま、授業の終わりの鐘を聞くことになるのだった。因みにモカを除いては、案の定授業時間中に客は来なかった。

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