ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

56 / 89
無心で書いてたらものすごくぶっ飛んだ作品が完成しがち。






坐禅で目覚めよ【ハロハピ】

車に揺られて、人の手の殆ど入っていない山道を行く。舗装のされていない道だからか、数秒に1度座面が大きく揺れて、昼間に食べたものを戻してしまいそうなほどに酔いそうな環境だった。

 

「雄緋……大丈夫かい? 今の君の顔はシェイクスピアの書く、悲壮な結末より儚いよ……」

 

「俺の酔った顔は芸術作品なのか……」

 

体調が悪かろうと飛んでくる意味不明な表現に少々イライラしつつも、俺は反論もそこそこに外の景色を見る。いや、森の中だが。

 

「薫さん、今の雄緋さん結構やばそうですからふざけてる場合じゃないですって」

 

「……すまない」

 

何故山道にいるのか? 何故車に乗っているのか? 何故ハロハピと一緒にこんなところを旅しているのか?

 

「みんな、もう少しで着くみたいよ!」

 

「……あれか」

 

車の前方に現れたのは立派に造られた木の門。その脇に建てられた碑には悠然とした文字が堂々と彫られている。ここが、今回の目的地であった。

 

「雄緋くん、もう少しの辛抱だよ?」

 

「あぁ……。なんで普段車運転している時は酔わないのに、乗ってるだけだとこんなに酔うんだろうな……」

 

「大丈夫? コロッケ食べる?」

 

「油で更に気持ち悪くなるって……」

 

車は門をくぐるとゆっくりと減速して、砂利の敷き詰められた駐車スペースらしいところに強引に駐車される。そこで漸く、この起伏激しい旅路から抜け出せると、黒服の人の手を借りながら下車する。

 

「雄緋様。気分が悪くなられたようでしたら」

 

「大丈夫です……。というか黒服さんもよくこんな道を、この車で運転しますね」

 

「それほどでも」

 

車長は相当に長い。なんだって運転席、助手席の後ろにはハロハピの5人、俺を乗せてもなおスペースが有り余っている。そもそも後部座席が丸ごと、1つのテーブルを囲むタイプの座席になっている車だとか、現実世界で見たことなかった。所謂リムジンだとかの後部座席をさらに改造した結果がこの車らしい。

俺は気遣ってくれた黒服さんに軽く会釈をすると、体の中に溜まった悪い空気をほうと吐き出して、振り返る。既に遠足気分でテンションが最高潮に達した若い5人の背中を追いながら、その向こうにどっしりと構えられた木造建築の厳しさに言葉を失った。

 

「これが……」

 

「さぁみんな! 修行の時間よ!」

 

辿り着いたのは、禅寺であった。由緒正しきこのお寺は建立されてから実に数百年を優に超えるような有名なお寺らしく、本来であれば多くの人が詰めているだとかという話だ。しかし、どういうわけか某財閥のお嬢様の気紛れで、そんな歴史ある禅寺はこのうら若き修行僧たちを出迎える体制に様変わりしたらしい。修行という名前を被った暴走が始まるだけであるというのに。

 

「ようこそおいでくださいました。私がこのお寺の住職でございます」

 

「あ、本当に修行だったんだ……」

 

美咲のその反応は御尤もである。俺もこのメンバーで禅寺に行くだなんて聞いた時、観光か何かだと思っていた。けれど目の前のお寺と住職さんの風貌はれっきとした寺院であることを示している。

いかにもという雰囲気のお寺の構えであったが、実際にいざ建物の中に入るとひんやりとした空気が肌にまとわりつく。合掌と共にお辞儀をした、法衣を羽織った住職を前にすると、今からまさに修行なるものが始まるのだと思わず身構えてしまう。

 

「こちらが坐禅を組んでいただく、坐禅堂になります。順にお座りください」

 

招かれるままに訪れたお堂で、壁に向かって座らされる。教えられるがままに結跏趺坐などという姿勢を取ろうとするが、股関節が硬すぎてそんな風には脚は曲がらない。俺が自身の体の限界と格闘していると、若々しい修行僧たちの感嘆の声が聞こえてくる。修行でそんなはしゃいでも良いのかと思ったが、観光客向けだとか、そういう坐禅を経験したい人向けのものなのだろうか。

 

「住職さんー! はぐみの脚これ以上曲がらないよー!」

 

「両方の脚が難しければ片方だけでも構いませんよ」

 

「これが到達すべき境地……。あぁ……なんて儚いんだ……」

 

「はは……諸行無常って言うから強ち間違いじゃないかもですね」

 

呆れ気味の美咲、なんとか足を組もうとしている花音に比べ、住職さんを困らせそうな程に騒ぎ立てるトリオ。

 

「組めたわ! こうすれば脚が痛くなくなるのね!」

 

「こころんすごーい! はぐみにも教えて!」

 

「ふえぇ……。もう脚曲がらないよぉ……」

 

「お前ら流石にもうちょっと静かに……」

 

「構いませんよ。皆様には坐禅で心を落ち着けることを体験していただくわけですから」

 

「ほんとすみません……」

 

この5人の中にいると半ばただの保護者のようになってしまいがちなものだから、温厚そうな住職さんのご好意に甘え続けることへの謎の責任感に苛まれる。喩え住職さんが多少騒ぎ立てることを許しているとはいえ、向こうには菩薩像がいらっしゃる前で羽目を外すというのはどうにも罰当たりな気がするのである。

 

「禅師も言っている……。打坐して身心脱落することをえよと……。慌てず騒がずに、ただ只管坐禅に集中するんだ……」

 

「脚ピクピクさせてるやつに言われてもなぁ……」

 

「薫さん凄い汗……。変な意地は張らずに片足だけ組んだらどうですか?」

 

「……動かない」

 

どうやらみんな、俺も含めて坐禅を組むだけでも精一杯らしいが、どっからどう考えてもここからが本番である。俺たちが一応の落ち着きを取り戻したと見るやいなや、手の組み方や体の動かし方をさっと説明した住職さんは、背後で静かに歩みを進めながら口を開いた。

 

「皆さん、仏教には空という教えがございます。悉くはそれだけでは存在し得ず、何かと比べること、相対的に考えることでしか存在することが出来ません。静かな場所で坐禅に励み、自らの考えを捨て、それ以外の何かで自らの心と向き合いましょう」

 

良かった、どうやら観光目的オンリーの坐禅体験云々だとかそういうのではなく、ちゃんとした修行の要素もあったらしい。ただふらっと坐禅を組みに行くためだけであれば態々こんな山奥まで車酔いに遭いながら訪れるなんてしないが、こういう本格的な自分を見つめ直す機会とあらば、ここまで赴いた意味もあるというものだろう。

仏教の考えには明るくないし、哲学的なことは何一つわからないが、とにかく坐禅を通じて自分の心と向き合えばいいらしい。住職さんの話を聞いたからか、さっきまで騒ぎ立てていた他のハロハピメンバーも流石に心を落ち着かせようという気になったらしい。言われた通りに印を結び、半分ぐらい目を瞑っていた。

 

「皆様のご想像の通り、邪念に囚われていたり、自身の抱える苦に苛まれて、心が崩れて参りましたら、こちらの警策を与えます。右肩に何か当たった感覚を感じたら打たれると思いながら前屈みになってください」

 

修行としての要素も捨てず、それでいて坐禅に関するイメージで1番オーソドックスであろう、木の棒で打たれるそれもあるらしい。ならば打たれないよう、時間が終わるまで全力で坐禅を組むだけだ——。

 

そう思っていた時期が俺にもありました。始まって実に3分程度が経った頃であろうか。

 

すっ。何かが俺の右肩に触れたのである。その次の瞬間。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

俺は今、大学生という身分を名乗りながら日々を怠惰に生きている。日常には満足しているし、仲間たちと過ごす時間も充実したものだと感じることが出来ている。将来に対する不安はあるが、その場その場で何とかなるだろうという、根拠のない妄言を自らに与えて、今を生きることに集中させようとしているのである。

 

 

だが違う。本当に自分がしたいことは何か。それを考えずして、自分本来を埋没させて、型に当てはめようとしてはいないか。現実逃避という弱さを自己肯定して、結果的に将来感じるであろう不安を今の享楽で掻き消そうと考えてはいないか。

私が目指すべき道はここではない。CiRCLEでただ労働、奉仕に励むだけの自己ではない。

 

目覚めよ、北条雄緋。

 

 

……。

俺が目を覚ましたら、ハロハピ5人がまだ坐禅に励む外で、お堂の廊下から彼女たちの勇姿を見届けていた。

 

 

──────────

 

 

熊を想起する木材の色。いやいや桃色だろうと、あたしは気を取られてしまった。すると、肩に僅かに触れた感触。それが警策と分かったのはすぐのことだった。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

あたしは今、キグルミの人として生きている。ミッシェルとしての内面を抱えながら、普段は奥沢美咲という普通の少女を生きている。偶然の出来事であった。この巡り合わせに後悔はしていないが、この後の人生も漠然と二足の草鞋を履き続け、こころやはぐみ、薫さん達にクマとしての自己と美咲としての自己を見せ続けるのだ。

 

 

だが違う。ミッシェルはどこから来たのか。本当のあたしは何者だ。ミッシェルはどこへ行くのか。思考を放棄してはいないか。幻想を見せることに妥協を演じてはいないか。

あたしが目指すべき熊はそうではない。いつまでも欺瞞に満ちた存在ではいられない。

 

目覚めよ、奥沢美咲。

 

 

……。

あたしはフラフラと雄緋さんのところに向かう。

 

「力が欲しいか?」

 

「……はい」

 

 

──────────

 

 

左隣から音がして、はぐみがそっちを見たら、肩に木の棒が乗っていた。声が指図するように、はぐみは少し前に体を倒す。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

はぐみは今、1人の人間として精一杯を生きている。街行く人にコロッケを売り、笑顔を届けながら、一方ではハロハピの一員としてさらに広く笑顔を届けたいと願っている。日々生きることに不安を抱くことはないが、時々18歳、19歳になっていく自分自身の心の乖離に戸惑っている。どこかから聞こえてくる喚起の声に惑わされて楽になりたいのだ。

 

 

だが違う。本当のはぐみとは誰だ。今まさにここにいるはぐみの考えることは、これから成長を予期して襟元を正させようとするはぐみと何が違うのだ。どちらもそれは自分自身であり、自己の確立から目を背けたいだけではないか。

はぐみが目指すべき己はここにはいない。これまでもこれからも、己は己自身である。

 

 

目覚めよ、北沢はぐみ。

 

 

……。

はぐみが目を覚ましたら、手招きされて廊下へと出る。

 

「いい顔してるな、はぐみ」

 

「……うんっ!」

 

 

──────────

 

 

衣の擦れる音がする。美しい音色が瀬田薫を揺すり起こした。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

私は今、瀬田薫として王子様を演じている。皆から脚光を浴び、皆の求める瀬田薫に応えることには慣れているし、そのこと自体に一種のやりがいすら感じている。時々自分を見失うこともあるが、周りから期待される姿を演じ通すことに使命感を抱き、自らの儚さという幽玄に酔いしれようとしているのである。

 

 

だが違う。本当に私がしたいことは何か。幼馴染の千聖は偶に今の私を受け入れてくれない時がある。そんな過去を知る人が私を認めてくれるのは、過去、何者の期待にも囚われずに私を私たらしめる正体を曝け出すときのみ。それでも私は瀬田薫を演じようとする。

私が目指すべき薫はそうではない。ありのままの私こそが薫である。

 

目覚めよ、瀬田薫。

 

 

……。

柄にもなく、私は見知った顔に向い駆け出していた。

 

「振り切ったんだな。かおちゃん」

 

「……あぁ」

 

 

──────────

 

 

笑顔を揺さぶる音に目が覚めた。あたしの肩に置かれたそれは、太い木の棒だった。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

あたしは今、世界に笑顔を届けようと歌っている。見てきた人全てが笑っているわけではない不条理な世の中で、あたしたちの歌で笑顔の人が増えるのであれば、あたしは幸せであった。あたしの心の奥底に逆巻く欲求の渦が穏やかに溶けていくのだ。勿論全てを笑顔で済ませられるとは思っていないが、目の前の人を笑顔にすることに喜びを覚えるのだ。

 

 

だが違う。本当のあたしが目指すべき世界は何か。人を笑顔にすることに固執して、笑顔の本質を忘れていやしないか。その人が幸せであるからこそ生まれる笑顔を表面的に捉えて、勘違いをしてはいないか。あたし自身が本心から笑っているのか。あたしの歌は笑顔の源なのか。

あたしが目指すべき歌はそうではない。あたしが心から笑顔で歌いたい歌であるべきだ。

 

目覚めよ、弦巻こころ。

 

 

……。

自分では見えないが、笑っているような気がした。あたしは廊下へと歩みを進める。

 

「こころ、いい笑顔だな」

 

「……えぇ!」

 

 

──────────

 

 

みんなの立つ音に気を取られた私の肩の近くの空気が張り詰める。私は思わず力んだ。初対面の人と話す時のように。

 

 

 

 

不意に肩から全身へと響き渡る衝撃。脳天に電流が駆け抜ける拍動。

 

 

私は今、臆病な自分を見つめ直している。バンドに入る前は引っ込み思案だった性格も、最近では少しずつ改善している。人に考えを伝える時、自分の考えがおかしいと思われないかと取り繕う時はあるが、それも必要なコミュニケーションのうちだと理解した。私の気持ちが分かるのは本当に1部、私に天井なき優しさを注いでくれる人たちだけでも構わない。

 

 

だが違う。本当の私が目指す自分の姿は何だ。バンドに入って、自分の世界が自己で完結するのではなく、外の世界に羽ばたくことを学び得たのではないのか。周囲の優しさに甘えて、一時の甘美な気持ちにのみ心が揺さぶられ、それは私が変わりたいと思った姿だったのか。

私が目指すべき姿はそうじゃない。私は自らに芽生えた勇気を大切にしたいのだから。

 

目覚めよ、松原花音。

 

 

……。

目を覚まして左右を見渡すとそこには誰もいない。私は廊下で待つ5人の元に駆け寄った。

 

「最後まで頑張ったな、花音」

 

「……うんっ!」

 

 

──────────

 

 

目覚めよ。ハロー、ハッピーワールド!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。