ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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末期五月病【有咲&つぐみ】

「……はぁ、だりぃ……」

 

「まぁまぁ、そう仰らずに」

 

「何もしねぇやつは気が楽で良いよな……はぁ……」

 

「そりゃ部外者だし俺……」

 

会話だけを聞けば愚痴を聞いてるだとか、そういう光景と思われるのかもしれない。だが、実を言うと状況はみんなが想像するようなものとは少し違うだろう。

 

「部外者でも、わざわざここに来たってことは、私を説得しに来たんですよね? 無駄ですんで、早く帰ってください」

 

「頼まれてる以上そういうわけにもいかないんだよ。だからさ、早く」

 

そう、ここに俺が赴いているのは俺の意思ではない。あくまで『お願いします』とかいうクソみたいな懇願を承諾してしまったがための、不可抗力である。俺がここ、市ヶ谷邸に来ている理由、それは。

 

「早く部屋から出てきてくれ引き篭もり、俺も暇じゃない」

 

「嫌です、お引き取りください」

 

自分の殻の中に閉じこもってしまった哀れな有咲を引き摺り出すためである。が、その頑固具合は相当なもので、引き篭もり歴の長さに裏打ちされた抵抗。今だって扉一枚を隔てて、出ろ出ないの応酬が繰り広げられている。話は平行線を辿るばかりでまるで進展がない。

 

「なんで引きこもってんの? 第一さぁ」

 

「人には誰しも殻の中に閉じこもりたい時期があるんです、今がそれです」

 

「元引き篭もりが何か言ってんな……」

 

説得力があるのかないのかよく分からないが、有咲が引き篭もることで誰かが被害を被っているわけであるから、頼まれた俺としては任務を遂行するしかないのである。が、内開きらしきドアにはご丁寧に何かものでつっかえられており、正面突破は困難に思われた。

 

「ほら、有咲が引き篭もることで今だって誰かがその分負担を背負ってるんだぞ」

 

「はぁぁぁぁ。私だってその負担から逃げたい時だってあるの、分かりません?」

 

物凄く大きなため息が部屋の中からわざとらしく聞こえてくる。どうやら有咲がここまで部屋から出ることを拒む最たる原因はその部分にあるらしい。生徒会云々で背負わされた負担、書記の仕事云々が煩わしくなったとかそういうことだろう。

 

「良いから早く出てこいよ引き篭もり」

 

「五月病なんですー! ほっとけ!」

 

五月ももう終わりに差し掛かろうとしているのに何を言っているんだ。あれは長期休暇明けの憂鬱な気分のせいであって、その天国であった連休だなんて既に二週間以上前に終わっている。発症までに時間差がありすぎやしないか。

 

「まぁ、なんだかんだ理由をつけて出てこないであろうことはこっちだって予想済みだ」

 

「じゃあ最初っから分かりきってたんじゃないですか! 早く帰れ!!」

 

「いやいや、頼まれた以上は仕事を果たさねばならないからな、カモン!」

 

「な、なんだ?」

 

俺が助っ人を呼び出そうと声を上げると、扉の向こうから抵抗を続ける有咲の困惑する声が聞こえてくる。生徒会の仕事に嫌気がさして、五月病に陥ってしまった哀れな社畜を励ますためにはこの人をお呼びするほかなかった。

 

「有咲ちゃん! その、引きこもってても何も解決しないよ!」

 

「は、羽沢さん?!」

 

そう、生徒会の仕事が辛くて逃げているのであれば、その苦労を知っている人に話を聞いて貰えば良い。燐子じゃ、仕事場の上司みたいなものだから有咲とてやりづらいだろう。日菜? 参考になるわけがない。ならばそう、つぐっていることでお馴染みのこの人を連れてきたわけである。

 

「なんで羽沢さんが?!」

 

「有咲ちゃんが生徒会の仕事が辛くて元気を出せないって言ってたって聞いたら居ても立っても居られなくなって!」

 

「羽沢さん……」

 

もうまさに人間の鑑のような存在である。隣に立っているはずだが、後光すら差しているような気がする。聖人たるオーラに溢れているのである。

 

「まぁ俺が話多少盛ったら飛んできてくれたんだけど」

 

「感動返せよ!」

 

「それはさておき、同じ境遇の人間の方が話しやすいだろ? だから大人しく投降して出てこい」

 

「投降するって……」

 

「有咲ちゃん。お願い……出てきて欲しいな。それが無理そうなら、部屋に入れてくれるだけでも良いよ?」

 

今日も最高につぐってるつぐみのお願いに、さっきとは違って控えめなため息が聞こえてきて数秒。それまで固く閉ざされていたドアがわずかに開き。

 

「……どうぞ」

 

「ありがとう!」

 

「よし突入!!」

 

「なんで雄緋さんまでくるんだよ!!」

 

その隙を逃す俺ではない。バリケードらしき何かが取っ払われた部屋のドアなど恐るるに足らず。つぐみが部屋に入るものだから抵抗のできない有咲の部屋に堂々と押し入った。ここだけ切り取ると俺が女の子の部屋に無闇矢鱈と押し入るヤバいやつと捉えられかねないが、そんなことはないのでみんな安心して欲しい。

 

「カウンセラーが1人じゃ心配だろ? そういうのは多い方が良いって海外のある有名な大学の研究者が出した論文で証明されているかもしれないからな」

 

「また口から出まかせって……え?」

 

「ほら有咲ちゃん! 辛いことがあったらなんでも私に話してみて?」

 

「え、あ、あぁ」

 

ぽんぽんと飛び出る調子の良い言葉尻を捉えられて思わず焦るがそこはつぐみのナイスカバー。伊達にあの日菜のサポート役をやっているわけではない。あの暴れ馬を飼い慣らす……振り回されているような気がするが、そんな日菜と共に仕事をするつぐみなら、2年間の実績のあるつぐみなら、有咲の悩み事の一つや二つ、簡単に解決してくれそうである。

 

「別に……何かが辛かったとかそういうことじゃ」

 

「じゃあとっとと出てこいよ」

 

「そういうことじゃない! って……うーん」

 

多感な時期である高校生の頃。人それぞれ悩みなんてあって当然なのではあるが、それでも生徒会の仕事が億劫になって引き篭もるとは、将来社畜になったが最後本当に秒で退職していそうなムーブだ。高校生の生徒会の仕事などたかが知れていると思うのだが、何が問題であると言うのか。

 

「嫌な仕事があったとか?」

 

「……いや、仕事自体はまぁそこそこ楽しいし、燐子先輩も優しいから困ってないんだけど」

 

「じゃあ何がダメなんだよ……」

 

「広報とか作ったり、資料の文章読むのに飽きたというか……。活字読むの疲れるし、文章書くのめんどくせぇし……」

 

書記として絶望的な感覚である。そりゃ生徒会誌なんかを作る作業なんてのはめんどくさい作業だろうなぁとは常々思っているし、敢えて自分がその作業をしたいとは思わない。大学で出されるレポート課題と同じぐらいの面倒くささを持っているとすら思っている。

が、それでも生徒全員から信任されて生徒会書記という任に就いている以上はその役目を果たすというのが筋であろう。なんていう正論が励ましに一役買うぐらいであればそもそもこんなことにはなっていないのだが。

 

「わかる……。わかるよ有咲ちゃん……。生徒会ってなんだか無駄に紙の資料多いよね……」

 

「だよな?! なんであんなのとずっとにらめっこしなきゃいけねんだよ! 疲れすぎて目玉取れるって!」

 

「えぇ……」

 

どうやら有咲の中に溜まっている不満というのは計り知れないレベルにまで膨れ上がっているらしい。デジタル化が進んでいない教育現場とはいえ、そんな不満が爆発する程度には業務が煩雑な生徒会とは、いとあはれなり。

 

「例えばな……。この資料、みてくれよ! 『重要』なんて四角囲みで書いてあるからなんだって読んだら、各項目全部、もう一枚の概要のコピーペーストだぞ?! やってられるか!!」

 

有咲から渡された4枚程度の紙の束。ペラペラとその紙を捲ればたしかに、項目ごとに分けられているはずなのに文章がどれも同じ文章である。そして最後の1枚と照らし合わせると、短く纏まった文章を意地悪なほどに長くペーストしただけのような、はっきり言って無駄な資料であった。

 

「かわいそうに……」

 

「そう思うなら私の五月病ぐらい多少見逃してくれ」

 

「だが断る」

 

「めんどくせぇ……」

 

俺だって出来ることであれば、全く自分の関わりのないところの五月病なんざ放っておきたい。が、まぁ『キラキラドキドキが』だとか、『うさぎうさぎ』、『コロネコロネ』、『小麦粉小麦粉』と奇妙で不穏なワードが飛び交っていた方々全員から、『連れ出してこい』とお願いされたからには断るなんぞ出来るはずもなかったのである。

 

「こういう無駄な資料を徹底的に減らしてくれるなら戻らないこともないけどな……」

 

「わがままな書記だな……」

 

そう言い放つと有咲は文句の捌け口になっていた書類とやらをクシャクシャと丸め、部屋の隅のゴミ箱へとポイと投げる。そのやさぐれ具合から察するに相当嫌気がさしてしまっているらしい。だが、これに我慢がならなかったのは意外にもつぐみの方だったらしい。

 

「……ねぇ、有咲ちゃん。煩雑な書類が多いのは分かるけど、それって生徒会の仕事をサボって良い理由にはならないよね?」

 

「うぐっ……」

 

ぐうの音も出ないほどのど正論である。書類の適当さ具合なんかを鑑みれば有咲の気持ちは分からないでもないが、それ即ちサボタージュが許容されるわけではないし、きっと真面目なつぐみにとっては、仕事を放棄して引き篭もろうとするそれは赦せなかったのだろう。

 

「生徒会の書記をするってなってた時点で、こういうことになるって分かってたよね」

 

「それは……」

 

未だ嘗て見たことがないほどのつぐみの詰問に有咲はたじたじになっている。というか俺も内心ちょっとビビってる。ここにつぐみを連れてくるにあたり、つぐみの中の使命感を煽りすぎた俺が原因と言われるとそれはそうなのだが、それでもここまで覚醒するとは思わなかったのである。真面目が故に有咲を本気で心配し、叱咤激励しようとしているのであろう。

 

「生徒会の仕事って大変だけど、学校の生徒全員の代表なんだから、ちゃんとしないとダメだよ?」

 

「それは……まぁ……。……けど! 学校の書類だとかが無駄にややこしくなってることの愚痴を言うくらい!!」

 

「……有咲ちゃん、これを見ても同じこと言える?」

 

「え?」

 

反論の糸口を見つけたとばかりに勢いを盛り返した有咲の言葉に、途端に表情を曇らせたつぐみ。つぐみは先程にも増して、普段からは考えられないような冷淡な表情で、鞄の中から取り出したファイルの中に入っていたプリントを取り出し、有咲に手渡した。

 

「これって……」

 

「この間、羽丘の生徒会で会議をすることになったんだけど、私が偶然書記をすることになって、これがその時の議事録の抜粋だよ?」

 

何やら様々に書き込まれたその紙を一目見ようと覗き込む。そこには。

 

発言者      発言内容       
日菜先輩 

最近なんだか『るんっ♪』ってくることが少ないんだよねえ。行事も開催できないし、おねーちゃん羽丘に全然来てくれないし。ねぇねぇ、みんな何か学校生活がるんるんるるるんって来る感じの『るんっ♪』って心躍る名案ってないかな?

 

生徒A 

るんるんるるるんって来る感じの『るんっ♪』ってどういうことですか?

 

日菜先輩 

『るんっ♪』は、『るんっ♪』だよ? 心の中のおっきな『るんっ♪』がるんるんする感じで『るんっ♪』って心がときめくみたいな。言葉にするの難しいけど、先生たちもOKを出してくれるような企画ってことは教育的にも『るんっ♪』ってしないといけないよね? ならみんなが学校生活全体で『るんっ♪』ってなって、より勉強の意欲に結びつくような『るんっ♪』って意見じゃないとダメじゃん? だから生徒全員が勉強に『るんっ♪』ってする『るんっ♪』な行事を考えないといけないと思うんだけど、つぐちゃんは何か意見ある?

 

つぐみ 

はい?

 

 

もはや何が書かれているのかすらあまりよく分からない議事録。読んだとしても中身はさっぱり理解できないのだが、有咲と2人、この判読不可能な怪文書を手に顔を見合わせる。

 

「ねぇ、有咲ちゃん。わかる?」

 

「な、何が……」

 

「議事録作ってて、日菜先輩の表現のニュアンスの違いを意識して書いたことある?」

 

「へ?」

 

「作った議事録を先生に見せて、『生徒全員が勉強に『るんっ♪』ってする『るんっ♪』な行事』の説明、したことある? 『教育的に『るんっ♪』ってする企画』を解釈して先生に説明したこと、ある?」

 

「え、いやその」

 

「『るんっ♪』と『るんっ♪』と『るんっ♪』の意味の違い、誰かに説明したことある?」

 

「えっと……ないです」

 

「ないよね? ないでしょ? 雄緋さんは?」

 

「あると思う?」

 

やばい、会話の9割が理解できないぞ。『生徒全員が勉強に『るんっ♪』ってする『るんっ♪』な行事』の説明、って何? それは日本語としてちゃんと成立している文章なのか? もはや全くの異言語を理解するレベルの議事録の作成には頭も上がらないし、物凄く冷ややかな目でこの議事録で使われた『るんっ♪』の意味の違いを事細かに説明するつぐみに反論することなんて出来るはずがなかった。

 

「有咲ちゃん、羽丘きて、書記、やる?」

 

「……あー! なんだか花咲川の生徒会に行きたくなってきたなー!!」

 

「本当に? 無理しなくても良いんだよ? 羽丘においでよ。今ならコーヒーもつけるよ?」

 

「……羽沢さんごめん! 私にはそのポジションは無理だ!」

 

その時丁度、有咲のスマートフォンに電話が掛かってくる。有咲は慌ててその電話を取ると、鞄を抱える。

 

「あ、燐子先輩! 行きます、行きます、今すぐ行きますから! はい!!」

 

そうとだけ言い残すと有咲は電話を切りこちらを振り向いた。

 

「2人ともありがとう、私花咲川で頑張るから!!」

 

そして俺たちが未だに部屋に取り残されているにも関わらず、有咲は逃げるように部屋から去っていった。多分あの電話口の焦りようなどから察するに、余程羽丘の生徒会で言語学の勉強をするのが嫌と見える。いや俺も無理だけど。

 

「有咲ちゃん、ちゃんとやる気出してくれましたね」

 

「……あ、あぁ。ありがとうなつぐみ。こんなことで呼び出しちゃって」

 

何はともあれ、五月病を拗らせすぎた引き篭もりをなんとか仕事に復帰させることが出来てよかった。そんな感謝をつぐみに伝えると、つぐみはさっきまでの死んだ魚のような目から一転、いつもの純朴で元気一杯の朗らかな表情を取り戻していた。

 

「大丈夫ですよ! それにしても有咲ちゃんじゃ分からないのかぁ」

 

どうやら有咲があの『るんっ♪』と綴られた怪文書を読み解けなかったことが少し残念らしい。だが、有咲のその反応が普通だと思う。だから、あくまで一般的な観点で、至極当たり前のことをつぐみに教えておいてあげよう。

 

「その議事録か? 普通の人間は多分何を言っているのかさっぱりだと思うぞ?」

 

「え、でも紗夜さんは全部分かってましたよ?」

 

「……え?」

 

「その場に居たわけじゃないのに、細かなニュアンスの違いまで全部」

 

るんっ♪ という概念は、俺の予想よりも遥かに奥深いものであった。

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