ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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バズりたい【彩】

「どうしよう、雄緋くんっ。このままじゃ……」

 

一寸先にすら光明の射さぬような言い知れぬ深憂が彼女を包んでいた。進むべき道が見えないこととはこれほどまでにも自分を怖気づけさせ、畏怖を生み、躊躇を踏ませるものであるのかと再確認する。

 

「私っ、もうっ……」

 

「彩……」

 

悲嘆に暮れる彼女の顔は歪み、底なし沼の如く抜け出すことの叶わないような、深すぎる絶望感は僅かに見出されていたはずの希望の光をも打ち砕いた。

 

「こんなのっ、どうすればいいのかぁっ」

 

その吐き出す言葉の一つ一つには、彼女なりの葛藤や彼女の心の底からの切なる本願が魂を宿し、幽玄すら感じさせる炎のような尊さと儚さが俺の胸を打つ。

 

「そんなこと俺に、言われても」

 

「だってぇ、もう、もうっ、雄緋くんにしかぁっ」

 

眼前で助けを乞うている悲劇の姫君が揺らす艱難辛苦の瞳が俺を射抜いていると言うのに、己が何の力にもなれない無力感を、俺は形容することが出来ないでいた。

 

「助けてっ、助けてよぉっ」

 

「彩っ……」

 

追い縋るか細く折れそうな指先が俺の裾を掴み、俺はその嘆きを聞き入れた。

 

「どうしたらっ、私もバズれるのぉっ?!」

 

「……知らんッッ!!」

 

いやだって、知らんもんは知らんし。てかそんなの芸能人の彩の方が分かるだろ? 流石に。

 

「だってほらっ、見てよぉっ! 例えばこれっ!」

 

彩が無理やり俺に見せてこようとするスマートフォンの画面には、彩のSNSの画面が。

 

『見て見て! この雲ハンバーガーみたい!』

 

という地球の反対側の超絶奥地に存在するかもしれない文明未開拓の部族もびっくりの感性をお持ちの文字列が写真と共に並べられている。……どこをどう見たらそうなるんだ? ちなみにこの彩の投稿に対するハートマーク、なんと19件。え、一応有名人だよね? 運営から公式だって認められてるし、フォロワーも数十万いるし。貴女、人気ガールズバンドのボーカル、丸山彩だよね?

 

「ぜんっぜん伸びないんだよっ、どうしたらいいのぉっ?!」

 

「だーーーかーーーらーーー、俺が知ってるわけないだろ?!」

 

平日の夕方からこんな喧嘩? をしている俺は案外暇なのかもしれない。いや、だって、ね? 俺みたいな一介の男子大学生、そりゃSNSこそしてはいるけれど、そんな『バズった』みたいな経験持ち合わせたことはない。それこそ普通なら知名度もあって一定数以上のファンも存在しているんだから、彩の方がまず間違いなく『バズる』はずだろう。

が、この投稿に対しての反応数……。いや、分かる。この投稿は、絶妙にセンスない。どっからどう見てもこの雲をハンバーガーと言い張るのは無理がある。食い意地張りすぎでしょって感じ。というかそんな食べたらまた太って千聖さんに怒られますよ。

 

「太ってないもん!」

 

「え、心の声聞こえた?」

 

「普通に声に出てたよ?! 私太ってないもん! 食い意地も張ってないもん!」

 

ぷくーっと頬を膨らませてぷりぷり怒りを見せる彩。が、怖くないというか可愛い。やっぱりアイドルなんだよな。

 

「ほら、お腹、ぷにぷにしてないでしょ?!」

 

「おお……、ってなんでナチュラルに触らせてんの?」

 

流れるような手つきで俺の手はどういうわけか彩のお腹を服越しに揉まされていた。まぁ指で掴めるほどの肉はない。というか冬場だから服が厚すぎてはっきり言って分からない。だって今の彩が着てる服、白のニット生地とかだし。

 

「えっ? まぁその……雄緋くんだったら良いかなというか触ってもらえると嬉しいというか……、と、とにかく太ってないでしょ?!」

 

「あーわかったわかった! 分かったから! でもハンバーガーには見えないけど色々分かった!」

 

「分かってないじゃんそれ?!」

 

「大丈夫! 分からないことが分かったから! んで、彩はどうしたいんだよ?」

 

「うー、ま、まぁ。とにかく私はバズらせたいんだよ!」

 

彩はどうやらこんなにも承認欲求の権化となってしまった原因の一端について、スマートフォンの画面を見せながら説明しようとしてくれた。

 

「これなんだ? 日菜?」

 

「そうそう! ほらこの『るんっ♪の意味はるんっ♪だよね?』って、この投稿、この文章だけで万バズしてるんだよ?!」

 

「ほんとだ。日菜の人気すごいな……」

 

「人気とかそういう問題じゃなくない?! なんでこの投稿が伸びてて私の投稿がダメなの?!」

 

そう言われてみると確かに彩の言うことにも一理あるかもしれない。改めて見たらこの日菜の投稿、意味がさっぱり分からない。けれど返信欄を見ていると、『草』とか『るんっ♪』という、もう何が何だかさっぱりという世界が広がっていた。これはもはや一種の才能ではなかろうか。

 

「他にもね……日菜ちゃんが紗夜ちゃんと仲良くツーショット写真上げてたんだっ」

 

「おっ……。お、すげぇ、ハンバーガー雲の5000倍ぐらいバズってるな」

 

「は、恥ずかしいからそんな換算やめてよぉ……」

 

「大体5000ハンバーガー雲ってところだな」

 

「変な単位にしないで?!」

 

いやぁイジリ甲斐があって楽しい。それはさておき、ツーショットか。まぁPastel✽Palettes、Roselia、それぞれのギタリストの双子ツーショットなんてそりゃあまぁファンからすればご褒美みたいなものだし。当然の如くファンからの反応も良いはずだよな。

 

「……というかさ、大人しく自分の自撮りとか上げたらいいんじゃないか?」

 

「自撮り?」

 

「前自分で研究してなかったか? 角度がどうとか」

 

俺がそんな提案をすると、面白いように彩の表情筋がフリーズする。数秒間、まるで時が止まったかのように彩からのレスポンスがなかったのだが、次の瞬間。

 

「そ、その発想なかったぁっ?!」

 

耳を劈くような大声とともに天啓を得た彩。……え、いや、割と普通の発想だよね? よく俳優さんとか声優さんとか、というか芸能人の人って結構自撮りだとか、知り合いのタレントさんと一緒に写ってる写真とかあげたりしてるよね? この発想至極平凡だと思うのだが、どうして彩はこんな単純なアイディアが思いつかなかったのだろうか……。

 

「え、でもなぁ……」

 

「何かダメな理由でもあるのか?」

 

「今自撮り棒持ち歩いてないんだよね……」

 

「あぁ」

 

というかまるで普段は自撮り棒持ち歩いてます、みたいな発言だな。普段持ち歩いてるならなおのことどうして自撮りを上げるという発想がなかったのか謎だらけだが、自撮り棒がないなら自力で腕を伸ばして自撮りをするしかあるまい。

 

「自撮り棒がないと自撮りできないのか?」

 

「そういうことではないんだけど……。な、なんか落ち着かない?」

 

「えぇ……」

 

精神安定剤か何か? まぁでも自撮りを趣味でかつ研究対象としている人からすればそれは魂のようなものなのかもしれない。なおさら何故自撮りの発想がなかったんだ?

 

「あっ、そうだ! じゃあ雄緋くんが撮ってよ!」

 

「……それは自撮りではなくない?」

 

「大丈夫だよ! あくまで撮り方の問題であって被写体がその本質だから!」

 

「言わんとすることは分かるけど、はぁ、まぁ良いけど、……で、動画? 写真?」

 

「あっじゃあ動画で!」

 

俺にスマートフォンを動画を撮れる状態で渡してくると、少し思案顔をする彩。

 

「よしっ、お願いっ」

 

彩の声に合わせて俺は録画ボタンを押す。ピコン、という音が鳴った。

 

「まんまるお山に彩をっ! ふわふわピンク担当の丸山彩ですっ!」

 

「ダサい、却下」

 

「なんでぇ?!」

 

ポージングが絶妙にダサい。

 

「だ、だって私の挨拶としてこれ確立してるんだよっ?!」

 

「なら敢えて動画じゃなくて写真で良いじゃん。やりたいだけだろ?」

 

「うん」

 

淀みなく答えを返す彩。彩の挨拶としてこれが定着しているのは、まぁ俺も知ってはいる。が、あまりはっきりと申し上げにくいが、もうちょっとなんか他のなかった? という感想が……。ちょっとズレてる辺りが彩らしくて良いと言われればそうなんだけど、なんか、うーーーん、という感じ。伝われ。

 

「でも普通の自撮りも色々試してみてるからなぁ」

 

「今までどんなやつあげてきたんだ?」

 

「えっーとね」

 

そういってこちらに画面をスクロールして様々見せてくれる。見た限りではそれはもう大量の自撮りを種々のコメント付きで載せているのだが。

 

「違いが分からん」

 

「なんでっ?! 全部違うじゃん、ほらっ、ほらっ!」

 

いやそりゃあ、撮ってる場所が違うだとかそういうのは分かるんだけど。

 

「なんだろうな、俺が言いたいのはその、変わり映えしないというか、全部同じ雰囲気というか」

 

「同じ雰囲気……?」

 

「言葉で表しにくいけど、全部『Pastel✽Palettesの丸山彩ですっ』ってアピールがすごい」

 

「今の裏声絶対バカにしてたよね?」

 

目線での抗議を俺は意にも介さず、改めて差し出されているスマートフォンの画面を眺める。恐らく撮る角度だったりだとか、パスパレのメンバーと一緒に歌ったりだとか、俺のよく分からない範囲での工夫はあるのだと思うが、素人目では違いが一切わからない範疇の話なのだ。

 

「うーん、そうだ。Morfonicaの透子ちゃんとかすごいSNSで有名じゃん。あんな感じの投稿目指せば良いんじゃないのか?」

 

「えっ透子ちゃん? ……いやっ、それじゃだめだよ!」

 

「なんでだよ」

 

「それじゃ人の考えをそのままパクったことになるじゃん?!」

 

「えぇ……」

 

と、思ったけど俺も確かに大学のレポートとか、剽窃行為とかしたら確実に単位不認定になるし、どこの世界でもパクリは良くないということだろうか。

 

「それなら彩なりのオリジナリティを出すしか」

 

「私のオリジナリティ? ってどんなの?」

 

「俺に聞くなよ……。……ダサいポーズとか?」

 

「ダサいって言わないでよ?!」

 

ポカポカと俺の胸元に細やかな反抗を加える。全然痛くないけど、そもそも彩の方が俺より10cm以上身長が低いから、怒っているのだろうけど怖さの欠片もない。

 

「うぅ。何かいい案ないかな?」

 

「……っ」

 

疲れたのか俺への攻撃の手を止めた彩は至近距離でこちらを見上げた。この目線だと上目遣いになるんだよな、ちょっとだけドキッとさせられた。……おっ?

 

「そうだ、カメラの角度を工夫して、恋人風自撮りとかどうだ?」

 

「こ、恋人っ?! え、ど、どういうこと?!」

 

「例えば、こんな彩と歩いてる目線の、自撮りをあげたら、擬似デート……みたいな? 彩可愛いから、そういう方向性でやったらそこそこ反応出るんじゃないか?」

 

「そ、そ、それだよ! じゃあ早速撮ろう!」

 

「おう、頑張れよそれじゃ「雄緋くんが撮るに決まってるでしょ!」……ですよねぇ」

 

名案が思いついたからそれを提示して俺はおさらば、っていう流れでとっととこの場を離れようと思ったのだが、一筋縄では行かなかったらしい。……まぁこの方針で撮るのなんて自撮りで撮るのは体勢的に無理があるし。

 

「カメラマンやって欲しいんだけど、ダメ?」

 

「……まぁしゃーなしな」

 

「やったぁ! じゃあじゃあどんなのにしよっかなー」

 

彩はスマホで検索をかけて、理想のシチュエーションを調べようとしているらしい。まぁオリジナリティという線ではそれほど新規性やユニークさはないが、一定数以上需要はあるだろうし、何よりハンバーガー雲の5000倍ぐらいマシだと思う。

 

「そうだっ、雄緋くんならどんなシチュエーションだと嬉しいかな?」

 

「は、俺?」

 

思わぬ質問が飛んできて、俺は挙動不審になりそうになりながらも彩の方を見る。

 

「そ、そう! もしも、もしもだよ? 雄緋くんが私のこ、恋人で……。どんなシーンが見たいかな……なんて」

 

「好きなシーン? えぇ、恋人とか長い間居た覚えがないから想像つかないんだけど」

 

「やった! じゃなくてえっと、妄想とかでもいいから!」

 

「も、妄想って人に話すようなもんじゃないだろ……。えぇ……、デートっていう想像を掻き立てるシーン、みたいな?」

 

俺の質問にぶんぶんと首を大きく縦に振る彩。とは言っても、デート、デートね……。というか彩の目線が、もう興味津々! って感じでこちらを一点に見つめてきて全然考えがまとまらない。

 

「どうしても無理なら私としたいデートのシチュエーションでもいいよ!」

 

「彩とデートか……」

 

やべぇもっと想像つかねぇ。彩とのデート? 俺も自撮りの研究とかしてるのかな。いやそんなデート絶対楽しさのかけらもないよな。エゴサーチ? 1人でやれ。

 

「思いつかないわ」

 

「え、ええっ。……、よし、なら、私がしたいデートのシチュエーションでやるから、それでもいい?!」

 

「え? あーまぁ思いつかないし、それでいいよ」

 

彩はどういうわけか小さくガッツポーズをすると、耳を貸せと合図をしてくる。

 

「その、き、キス待ち顔とかどうかなって」

 

「え? 本気で言ってる?」

 

「う、うん! デート風だから! それに待ち顔だし!」

 

「まぁそういうことなら……」

 

「というわけで練習がいるよねっ」

 

「ん?」

 

「練習! だってキスとかそんな、し、したことないからっ、キス待ちの気持ちを知るためには、その、キスしなきゃ」

 

「いやいや、それだと「はい構えて!」はいっ!」

 

彩の凛とした声でどういうわけか俺は直立した。その場が静まり返る。

 

「ゆ、雄緋くん? 今だけはその、私のこと恋人だと思ってね?」

 

「あ、う、うん」

 

「待ち顔だけど……、ちゃんと最後までしなきゃ気持ちがわからないから。……きて?」

 

「……分かった」

 

僅かに頬を赤くした彩の目が揺れながらこちらを見つめ、体が少し触れ合う。彩はそっと目を閉じて、こちらを見上げた。

 

「雄緋くん……」

 

「彩……」

 

「……んっ。ちゅ……」

 

彩の体は温かく柔らかい。そっと包み込むように唇の触れるキス。

 

「ぷは……。……」

 

「……、あ、彩?」

 

「わ、わあぁっ?! わ、私」

 

「お、お、落ち着け、自撮り! 自撮りだから!」

 

「う、うん! は、早く撮ろ!」

 

俺が撮ってる時点で自撮りではなくない? なんて野暮なツッコミはNGだぞ。俺も彩も色々混乱しすぎててどうするかとか頭の中空っぽだから。

さっきの彩の麗しい姿を彷彿とさせるような儚い待ち顔に彩が変貌を遂げる。そんな顔を斜め上あたりから、パシャリと一枚。

 

「ど、どう? こ、これならいけるかなっ?」

 

「お、おう。そ、そのとても可愛いと思う、ぞ? うんうん」

 

「だよね? ふぅ、ふぅ、よし、落ち着け〜、落ち着け私っ」

 

何度か深呼吸を挟む。俺の心臓はバクバクと治りそうにない。

 

「……うんっ、ありがとう雄緋くん。雄緋くんのおかげで新しい考えが広がったよ!」

 

「そうか? まぁ、なら、うん、良かったな?」

 

「その……最後に2人で写真なんてどうかな……なんて」

 

「写真? それぐらいなら全然……」

 

彩はこちらに勢いよく飛び込んできて、2人で並んで内カメラを向ける。

 

「はいっ、チーズ!」

 

シャッター音が響いて、画面に現れた写真の2人は真っ赤に顔を染めて、恥ずかしそうにピトリとくっついていた。

 

え、彩のSNS? なんでも彩がツーショットを一応俺の顔を隠した状態で投稿したらプチ炎上して話題になったそうです。

バズって良かったね、うん。

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