ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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雨の帰り道【薫&花音】

6月が終わり頃に差し掛かっている。俺はどちらかと言えばこの時期はあまり好きではないのだが、その原因は今、俺を悩ませているものだと言っても過言ではない。俺を悩ませるもの、それは。

 

「……この雨の中帰るのか」

 

屋内を出て、外を歩いて帰ろうとすれば、この雨の中を歩いて帰らねばならない。至極当然である。傘を持ってないだとかそんなことはないが、それでもこの梅雨時の雨というのは妙なほどに勢いも強く、連日の雨で道路も水溜りだらけだ。駅を出て、これから家に帰ろうとする時に限って強くなった雨足を前に俺は絶望感を味わっていた、というわけである。

 

「でも帰らないわけにもなぁ……」

 

駅の券売機の前。ここでどれだけ時間を潰していようが、今日の予報ではずっと雨。日付が変わっても雨。というよりも日付が変わるまであと6時間超あるのに、ここで無益な時間を過ごすのは余計に鬱々しい。

 

「帰る……か」

 

傘をさしていようが横から吹き付ける風と共に雨粒に晒されるので、結局のところ多少濡れることは承知の上だ。かつ、歩道にも深くなった水溜りができて、踏むだけで水が跳ねてズボンの裾が濡れる。

これならいつものように部屋の中を某ガールズバンドたちに占領されて荒らされる方が幾分かマシかもしれない。そんな皮肉混じりのため息をついた。その時だった。

 

「おや……天からの恵みの雨だというのに、そんなに暗い顔をしてどうしたんだい? 雄緋」

 

「……面倒な奴が」

 

「……儚い」

 

俺がちょっと人気の少ない道を抜けようとした時、脇にあった庇の下から声をかけてきたのは羽丘中の女子生徒を虜にしたことで有名な瀬田薫である。いつものように回りくどい言い回しで声をかけられたものだから煩わしさもMaxで、雨の鬱陶しさにも負けないほどの面倒臭さだけが募った。

 

「折角恵みの雨が降ったんだ……。もっと明るい顔でいないと損だろう。シェイクスピアもこう言っている、『濡れろ』と……」

 

「絶対言ってないだろ……」

 

俺とてこんな雨晒しの場所にいるよりはとっとと家に帰ってゆっくりしたい。だから話もそこそこに帰ろうと思い歩き出そうとした。しかし、どういうわけか俺は左手をガシッと掴まれた。びっくりして振り返ると、普段では見られないような半分焦った表情を浮かべた薫がいた。

 

「まぁ焦らなくても良いじゃないか。止まない雨はないんだからね」

 

「だとしても俺は雨が止むのを待つのは面倒だから帰るぞ」

 

「では、こうしてはどうだろう。私をその傘に入れておくれ」

 

「薫? 傘持ってないのか?」

 

「……傘ない」

 

「帰って良い?」

 

しょうもないやり取りに飽き始めている俺が露骨な態度を取ると、薫は明らかに取り乱した様子になる。

 

「減るものじゃないだろう?」

 

「俺の入るスペースが減るんだけど? 傘がないなら止むまで待ったら良いんじゃないか? 止まない雨はないんだろ?」

 

「……天気予報もこう言っていた。『夜遅くまで雨は強く降り続けるだろう』、とね」

 

「シェイクスピアも言ってたんだろ? 『濡れろ』って。走って帰ったら?」

 

「どうしてそんなに私が雄緋の傘に入るのを拒むんだい?」

 

「羽丘の生徒とか、誰かに見つかったら俺が消されるから」

 

熱狂的なファンも一定数いる薫くんとやらと相合い傘だなんて見つかれば、きっと過激派から猛攻を浴びるだろう。俺は相合い傘がどうとかなんて言うほど初心ではないが、ファンからしたらきっと薫が男と1つ同じ傘の下で歩くだなんて発狂ものである。そんなファンの幻想を守るためにも俺は薫を傘に入れるのを躊躇っていた。あと、見つかったら元々俺の傘なのに『薫様の傘に入るなんて図々しい』だとか言われそう。

 

「私が保証するよ、大丈夫だとね。子猫ちゃんたちに見つかったとしても、私が弁明をすればきっと大丈夫さ」

 

「本当に大丈夫かなぁ……」

 

「では行こう……。我々の故郷へ……」

 

たかだか家帰るだけで大袈裟な、なんて毒を心の中で吐きながら、俺は薫を隣に入れて歩き始める。

雨足は俺が駅を出た時よりもさらに強まっており、地面に叩きつける雨が跳ね返ってさらに足元が濡れる。それだけでなく、隣に薫も入ったことで俺の右肩は完全に傘からはみ出ている。薫を堂々と雨に晒すわけにもいかないので、俺が濡れるしかないわけだが、服に染み込んできた雨のせいで肌にまで冷たさが伝わってくる。

 

「……雄緋、君は優しいんだね」

 

「別に。可愛い後輩を雨に濡れさせるのはバツが悪いからな」

 

「そういうことにしておこう……、ん?」

 

そんな時、薫のポケットに入っていたらしいスマートフォンが振動したらしい。それで足を止めた薫に合わせて俺も足を止めた。どうやら電話がかかってきたようで、薫はこちらに目配せしてからその電話に出た。

 

「もしもし、やぁ花音。どうかしたのかい?」

 

『ふぇぇん! 助けて薫さん!!』

 

電話口から聞こえてきたのは、いつぞや聞いたことのあるような花音の叫び声。俺はこのパターンを経験したことがある。それも1度や2度ではない。その焦り切った声を聞くだけで状況が完全に想像つく程度には、俺は同じシチュエーションを経験してきた。これは。

 

『迷子になってどこにいるのか分かんなくなっちゃったぁ!』

 

「やっぱり」

 

ここまで来ると十八番。御家芸と呼んでも差し支えないだろう。途轍もないレベルの方向音痴は俺の知り合いでは2人ほどいるのだが、花音はそのうちの1人なのである。

 

「落ち着くんだ花音……。人生は選択の連続。迷い続けることは美徳ですらある……」

 

『そういう話をしてるんじゃないよぉ!!』

 

これほどの的外れな慰めが出来る薫もなかなかのものだ。こればっかりは花音の意見に賛同する他ない。いざ自分が見知らぬ土地で迷子になって助けを求めてこんな回答が返ってきたら普通に暫く連絡を断ちそうなものである。いやまぁ、花音の場合は見知った土地でも迷子になってるけどさ。

 

『千聖ちゃんも今日はお仕事で忙しいって言ってて、雄緋くんも電話繋がらなかったから、もう薫さんしか頼れる人がいないよぉ!』

 

「なるほど、私は路頭に迷うか弱き乙女の最後の砦というわけか……。儚い」

 

「……電話? あっ」

 

電話口から聞こえてきた花音の言葉に釣られて俺はスマホを取り出す。が、しかし、俺のスマホは電池が切れてしまっている。それで花音からの連絡が俺には来なかったのか。

 

「それで、その周りに何か特徴的で目立つものはあるかい?」

 

『えっと、た、建物がいっぱい?』

 

「どんな建物かな?」

 

『えっと……い、家?』

 

「……わからない」

 

匙投げやがった。いやまぁ、目立つものを聞かれて建物、しかもそれが家とだけ言われてもまるでどこか見当もつかないが。

 

「少し歩いてみたら、特徴的な建物が見えてきたりしないかい?」

 

『私もそうしたいけど、実は風のせいで傘が壊れちゃって……』

 

「奇遇だね……。私もついさっきまで傘に困っていたところだ……」

 

『ふぇぇ、どうしようもないよ……』

 

「でも雄緋が偶然通りかかって傘に入れてくれたからね、事なきを得たんだよ」

 

『……雄緋くんが、傘を?』

 

ん? 流れ、変わったな。というより薫が俺の名前を出した瞬間、先ほどまで慌てて混乱するだけだった花音の声色が変わった。具体的にどう変わったかと問われれば、いつものふわふわした感じの声から冷たいナイフが首筋に触れるような鋭さを含んだ声。

 

「あぁ。とても優しいことに、ね」

 

『ねぇ薫さん、今そこに雄緋くんっているかなぁ?』

 

「勿論だ。代わるかい?」

 

『代わって、早く』

 

「ご指名だよ、雄緋」

 

「え、なになに怖い怖い」

 

瞬間的に不機嫌そうになった花音の声にビビり散らかしながら、俺は薫のスマートフォンを受け取る。電話口から漏れて聞こえていた花音の口調は、いつものゆるふわ感を完全に失っていた。

 

「も、もしもし?」

 

『あ、雄緋くん。なんでさっきは私の電話、出てくれなかったのかな』

 

「ごめん、そのバッテリー切れで」

 

『そっかぁ……。なら、仕方ないよね……』

 

「そう、でございますね……」

 

なんだか電話越しでも背筋に冷や汗が流れそうな畏怖感を抱かせる花音の声に怯えまくる俺。その怯えの証拠に俺は訳の分からない丁寧な語尾をしている。取り敢えずの弁明はしたものの、まだ電話の向こうの花音の雰囲気からは謎の禍々しさを感じ取れる。

 

「あの、花音? その」

 

『なぁに?』

 

「えっと、何か怒ってらっしゃいますか……?」

 

『怒ってないよ? 私からも聞きたいことがあるんだけど良いかな?』

 

「ど、どうぞ」

 

『今、薫さんと2人で同じ傘に入ってるのかな?』

 

「え?」

 

『今、薫さんと2人で同じ傘に、入ってるの?』

 

やばい、これは俺の直感がそう告げている。やばい。何が原因かよく分かんないけど間違いなく電話の向こうにいる花音は怒ってる。多分俺が薫と2人で傘に入ってることに対してご立腹なんだと思うけど。

と、すると俺は花音の質問にどう答えるべきだ?

やはり嘘をつくべきなのか? そうか、俺がそもそも傘を2本持っていると可能性もまだ残されているわけでそれを説明すれば花音だって怒りを鎮めてく

 

「あぁ。雄緋は今私と同じ傘で雨をやり過ごしているよ」

 

終わった。弁解のしようがないぐらい断言しちゃったよ。これはもう薫の邪魔が入ったらさらに状況が悪化しそう。そう思って俺はスピーカーモードもやめて、耳元に薫のスマートフォンを持ってくる。

 

『そっかぁ……。そっか、うん……うん……』

 

「か、花音さんや?」

 

『え、何かな?』

 

「その、迷子なら探しに行くよ?」

 

『そっかぁ、嬉しいなぁ』

 

全然嬉しそうに聞こえねぇ。俺の頭の中にはゆるふわな花音がいるはずなのに、その声色から想像のつく花音は、完全に激おこを超えた怒りを覚えた花音だ。

 

「その、目立つ建物とか……」

 

『あ、この香り……。……ごめんね、一旦電話切るね?』

 

「え? なんて? というか目印は?」

 

『大丈夫。大丈夫だから、雄緋くん?』

 

「は、はいっ」

 

『そこ、動かないでね?』

 

「えっ? ……切られた」

 

俺の耳に残っているのは、ザーザーという雨の無味乾燥とした音と、ツーツーという無機質な電話の切れた音。そして、電話口から聞こえてきた花音の低い声。これ、何かのホラーゲームか何かなのか? 実は俺が見ている夢なんじゃ? そうは思ったけど、俺の肌に貼りついてくる濡れた服の冷たさは本物だ。現実である。

 

「なんて言われたんだい? 雄緋」

 

「……『そこを動くな』って」

 

「まさかあの花音がそんな恐ろしいことを言うわけないだろう……。脚色のやりすぎは興を削ぐとシェイクスピアも……」

 

「……」

 

「……本当に言っていたのかい?」

 

「うん」

 

「なるほど……儚い」

 

薫もどうやらある程度の状況は察したようで、花音が不穏な空気を纏いながら電話を切ったということは分かってくれたらしい。

 

「どうするんだい? 本気になった花音のそれは、儚いよ?」

 

「どうするもこうするも……」

 

「逃げるかい?」

 

「逃げるっても」

 

「愛の逃避行……。儚い……」

 

そう言うなり、傘を持っている方とは反対の腕を握り、薫は歩き出そうとする。花音から移動をするなと言われているにもかかわらずだ。

 

「ちょ、引っ張るなって、ってか本当に逃げるつもりか?」

 

「今の花音に会うのは危険だ……。なら、少し落ち着いたほうがいいだろう? ……それに」

 

「それに?」

 

「もう少し君との時間を……。……いや、なんでもないよ」

 

「え? 今なんて」

 

 

「あっ」

 

 

薫の言葉を聞き逃した俺が聞き返そうとしたその時だった。耳障りな雨音をかき消すぐらいハッキリとした声が少し前から聞こえてきて、その声の主はついさっき聞いたばっかりの。

 

「見つけた、雄緋くん」

 

「花音?!」

 

迷子になっていたはずなのに、だとかを聞くよりも前に、花音がこちらに飛び込んできて、避けることも出来ずに受け止める。その瞬間俺が感じたのは。

 

「って冷たっ?!」

 

花音はこの雨の中、傘も差さずに走り抜けてきたらしく、恐らく服も雨に濡れているのだろう。そのせいか抱きつかれた俺の服も既にびちょびちょそうである。

 

「ふふふ……。良かったぁ……。安心したなぁ……」

 

「か、花音。迷子が解決してよかったじゃないか」

 

「薫さん? 後でちょっとだけ、お話ししようね?」

 

「……儚い」

 

花音の醸し出す威圧的なオーラに俺が口籠もっていると、花音と薫は何やら話を進めているようで、なるべくならあまり関わりたくないもので、スルーを決め込む。しかし、抱き着いていた花音が離れて、俺の名前を呼ばれて視線を向けたところで、俺は驚愕した。

 

「って花音?!」

 

俺は咄嗟のことに目を背ける。梅雨の雨に濡れた花音の服は透けて、わざとではないとはいえ俺は完全に花音の胸の膨らみを包み隠す下着を見てしまった。

 

「どうかしたの?」

 

「い、いやー。迷子がなんとかなってヨカッタヨカッタ」

 

「うん。薫さんとの電話のおかげですぐ場所が分かったよ」

 

電話のおかげで場所が分かったとは一体どういう原理なのか……。もはや聞くのも恐ろしいので触れないでおくが、何はともあれ花音の迷子がなんとかなってよかった、うん。

 

「でも薫さん。ちょっと雄緋くんとの距離、近くないかな?」

 

「花音……。それは錯覚というものだよ……」

 

「……それなら、私と雄緋くんの距離が近くても、錯覚、だよね?」

 

「……それは詭弁というものだよ」

 

「あの、お二方?」

 

「「なにかな?」」

 

「……いえ、なんでも」

 

近さがどうとか、色々当たってるのがどうとか、多分言及したら俺がセクハラとかに該当しそうだからやめておこう。そんな自己防衛が色々と働いた結果、俺が導き出した答えは『考えるのをやめること』であった。どうせ1つの傘で3人入らないとダメだもんね。色々謎も多いけど、そんなこと気にしたら生きていけない、そんな世界の真理に目覚めたのだ。

 

「……雄緋くん? もっと見たいよね?」

 

「……ふぁ?!」

 

「チラチラ見てたでしょ? ……いいよ?」

 

「あぁ。私も少しばかり雨を浴びたい気分だ」

 

「もう勘弁して……」

 

考えるのをやめた。ちなみに2人は風邪をひきました。

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