ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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CiRCLE広報戦略【透子】

時は大ガールズバンド時代……。それとは全く関係なく、殺伐とした俗世に生きる人々の心は荒み、経済は止まり、世は暗黒時代に突入しようとしていた。ここ、CiRCLEとて例外ではなく、明日潰れてもおかしくないほどに経営は傾き始めていた。

 

 

 

 

CiRCLE広報会議

 

 

 

「……ではまず、どの消費者金融から資金を借り入れるか「待ってください」……なに?」

 

ここは、ライブハウスCiRCLEの会議室。殺風景な白い部屋は、以前にもましてものが消え、部屋に残っているのは申し訳程度の長テーブルとホワイトボード。それとほぼ空の棚がいくつか残っている程度。その惨状を見るだけで、今のCiRCLEの嘆かわしい困窮具合は嫌でもわかるというものである。

今日、俺は突然まりなさんに呼び出されるなり、落ちぶれた会議室に連れられて、先の訳の分からない話を聞かされそうになっている、そういうことである。

 

「なんで消費者金融の話が出てきたんですか?」

 

「……だって、もう潰れそうなら借金してでもお金集めなきゃだめでしょ?」

 

「いやいや話が急すぎるでしょう……」

 

確かに最近シフト入る日ちょっと減ったなぁとか、設備ボロいのがなかなか買い替えてもらったりできてないなぁとは思ったよ? 段々と寂れていくCiRCLEの姿は目にしていたわけだけども、ただの1バイトである俺にどうにかすることはできなかったわけだが。

 

「それに、仮にもライブハウスなんだから、お金が足りないとかなら普通銀行から融資してもらうとか……」

 

「では、お手元の資料をご覧ください」

 

「え?」

 

 

 

 

400

 

 

 

 

300

 

 

 

 

200

 

 

 

 

100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月2月3月4月5月6月 

 

 

いつの間にやら机の上に置かれていたグラフを見せられた俺。ご丁寧にカラーリングされたその資料には数字と、何月がどうという情報が書かれていた。

 

「このグラフ見ると、6月の数値がものすごく低下してるの、分かるよね?」

 

「まぁ、はい」

 

「これ、何のグラフかわかる?」

 

「えっと……売り上げとか、じゃないですかね、はは……」

 

左側の軸には『200』だとか、そういうのが書いてあるし、各月の何かがグラフとして出力されているのだから、精々そんなところだろう。かなり粗雑な思考の末に俺がそんな気の抜けた返事をした瞬間、まりなさんの額には青筋が浮かび上がり、ものすごい声量の怒号が部屋に響いた。

 

「そうよ?! 6月のね?! 売り上げがやばいってわけ!!」

 

「ひぃっ?!」

 

いやまぁ、このグラフを見た人間がいれば真っ先に目につくのは6月の落ち込みようだ。それはグラフに明確に表れてしまっているから仕方がないとして、経営に関してはど素人な俺の抱く疑問をまりなさんにぶつけてみた。

 

「……えっと、結構前半で稼いでるから大丈夫なんじゃないですか? なんて……」

 

「大丈夫だと思う?! いくら税金で取られると思ってんのよ?! 私の生活もあるんだけど?!」

 

「すみませんすみませんごめんなさい」

 

聞きたくなかった大人の事情。知りたくなかった懐事情。なるほど、金欠に悩んでいたのは、バイトを減らされた俺だけじゃなくて、そもそも経営に立ち悩むまりなさんもだったのか。仲間がいて心強

 

「同じ金欠の奴がいて心強いなとか思ったでしょ?!」

 

「あーそんなことないですそんなことないです……」

 

いなんてことはないので、これはいよいよどうにかしないといけない。いやー、流石に俺も自分のバイト先が経営不振で潰れちゃったら困るからなー、なんて。

 

「でね? 私も6月なんでこんなに売り上げ落ち込んでるのか、原因を探るために監視カメラの映像とか見たのね?」

 

「え? ……あっ」

 

「そしたらめっちゃ喧嘩した挙句お客さん脅してたよね?! 元々レイヤちゃんの時とか怪しいと思ってたけど?! どう落とし前つけてくれんのよ?! あぁ?!」

 

「ひぃぃぃごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

俺は見る人全員がびっくりするぐらいのスピードで頭を床に擦り付ける。だってもうまりなさんのキレ方、平常時の口調からかけ離れ過ぎだもん。

まぁ、心の中では何で俺が、って思ってるけど。いやだって、ねぇ? 喧嘩したの俺じゃないし……、お客さん脅したのも俺じゃないし……。むしろ利用客側のマナー的な問題だと口答えをすると説教(八つ当たり)がさらに長引きそうなので言わないけども。

 

「ほら、先々月の売り上げは300万円超えてんのにぃ? 6月の売上どうなってるかわかる?」

 

「えっと、50万ちょっと……ですよね、はは」

 

「なぁに笑ってんのよ?! 潰れるわよ?! というか店畳むわよ?!」

 

怒り狂うまりなさんを落ち着ける術は俺は生憎持ち合わせていないので、この嵐が静かに過ぎ去るのを見守るしかないわけだが、すぐにまりなさんも疲れてきたのか、遠い目をしながら売上のグラフを眺めている。

 

「でね? このままいくと、本当に、ほんっとうにCiRCLE潰れちゃうから」

 

「はぁ」

 

「打開策を用意しました!」

 

「はい?」

 

そういってまりなさんが勢いよく廊下に繋がるドアを開けると、恐る恐るという様子で入室してきたのは。

 

「ど、どーも……。すごい声聞こえてきたんですけど、大丈夫でした?」

 

「……透子?」

 

明らかにここに居たらヤバいんじゃないか、みたいな気持ちが顔から見え隠れしているような透子が連れられて入ってきた。まぁ怖がるのは無理もない。まりなさんもあれだけ叫んでいたのだから、廊下まであの叫び声が響いていてもおかしくはないだろう。

 

「だーいじょうぶ! 透子ちゃんはうちの救世主だから!!」

 

「え、え? マジ?」

 

透子の反応を見る限りだと、何も聞かされないままにCiRCLEまで連行されてきたというところだろうか。事情も知らないままにこんな大人の面倒ごとに付き合わせてしまって申し訳ない限りである。

 

「……で、透子に何させるんです?」

 

「……ふっふっふっ。それはね、ズバリ広報! SNSで宣伝してもらいます!!」

 

「え? あっ、あたしと雄緋さんの仲をってことですか!」

 

「ちがーーーう!! ……はぁ、本当にみんなそればっかり……」

 

何やら頓珍漢な返しをする透子に呆れるまりなさん。まぁその発想には俺も同様の反応を返すしかないので、既に喉を酷使してグロッキーなまりなさんに代わって、透子を呼んだ趣旨とやらを憶測混じりで伝える。

 

「このグラフの売上表分かるか? 売上激減して、CiRCLEがピンチらしいから、透子のSNSで宣伝してもらって、お客さん集めようってことなんだとよ」

 

「あちゃー、6月すっごい落ち込んでますね」

 

「ぜぇ……はぁ……。で、透子ちゃん? ……何とかなりそう?」

 

「え? いやー……、売り上げに直結するかまでは分かんないですけど、宣伝ぐらいなら?」

 

「ほんと?! いやぁ本当に助かったよ透子ちゃーん!」

 

透子の足にしがみつくまりなさんはとても透子より歳上だとは思えない立ち振る舞いだが、それほどまでに追い込まれているということだろうか。グラフを見る限りでは2月ぐらいの売り上げで今月は十分保ちそうなのに、やはり素人目ということか。

 

「……でも、なんかあたしだけが宣伝するっていうのは、ねー?」

 

「え?」

 

透子は意味ありげな目線をこちらに向けてくる。その目線の意味はよく分からないのだが、ようやく体を起こしたまりなさんは一足先に透子の言わんとすることに気が付いたらしく、急に俺に駆け寄り、そして、俺の後頭部を掴み。

 

「もちろん! 雄緋くんは煮るなり焼くなり食べるなり飼うなり好きにして良いからね!」

 

「流石まりなさんっ!」

 

「はぁっ?!」

 

要は俺が何でもするから、ん? 今何でもするってそれを対価として透子が宣伝をするということらしい。俺の不祥事で店の売り上げが下がったのなら文句も言いにくいが、今回に関しては俺は悪く……悪くないよね? というより俺の扱いが一体どうなるか、謎を極めている。

 

「いやいやっ、俺はそんなんしませんからね?!」

 

「煩いわね、つべこべ言わずに透子様の奴隷になりなさい!!」

 

「えぇっ?!」

 

流れるように権力を持し者に媚び始めるまりなさん。見てて情けないところもあるが、これでも一応上司として尊敬してた部分もあったのに……。そんな俺の中のまりなさん評価の暴落を知らない透子は何やらあれこれと欲望を呟いている。

 

「どーしよっかなぁ……。1日まるごとデートしてもらうとか、いやいやそれだけじゃ勿体無いし夜も……」

 

「1日と言わずにぜひうちの雄緋くんをこき使ってね!」

 

「あんた本当に俺の上司か?」

 

さっきまでそこそこ尊敬をしていた俺の上司は何処へ? もう今のまりなさんは完全に持たざる者として他者を犠牲にのしあがろうとする悪人だよ? 売り上げ下がったところはまぁ俺の責任多少あるとしても、俺そこまで酷い扱いを受ける謂れもないよね? ……労基駆け込もうかなぁ。

 

「まー今思いつかないんでじっくり考えます!」

 

「そうして!」

 

「やめて?」

 

「じゃあSNS戦略2人で頑張って考えてね! よろしく!」

 

「え?」

 

まりなさんは透子を連れてくるだけ連れてきて、後は俺たち2人に任せて放置ということらしい。まぁいくらなんでも店番の方をずっと放置し続けるわけにもいかないし。今日のシフトも俺だけ……あっ、そうか……人件費削減のために……。うぅ、儚い。

 

「あのー、雄緋さん?」

 

「え?」

 

「考えないんですか?」

 

「え? あ、真面目に考えるんだな」

 

「そりゃああたしたちもCiRCLE潰れたら悲しいですもん!」

 

まぁ君たちが暴れたからCiRCLEのお客さん減ってるんだけどね? 6月に限って売り上げがここまで落ち込んでいるというのはまず間違いなく、あの協定云々で通常のお客さんが激減したことが原因だろうし。広報とはいいつつも、まずはその少々危なっかしいイメージを取っ払わないと効果はなさそうだ。

 

「まずはごく普通の、健全で安全なライブハウスってところを謳おう」

 

「……ライブするってことですか?」

 

「あー違う……。宣伝しようってこと」

 

「なるほど。ってうわぁ……、CiRCLEで検索したらめっちゃ出てくるじゃないですか!」

 

「え?」

 

透子に画面を見せられて、CiRCLEとSNSで検索した結果を見ると、そこはすごい有様だった。やれ、『ガールズバンドの宗教の総本山』だの、『許可証を持たずに入店すると、選ばれし客に睨みつけられて、トラウマを植え付けられる』だの、『客寄せパンダ的な店員に声をかけようとしたら親衛隊に襲われた』だの。確実に事実無根と言って良いような言説に溢れかえっていた。

 

「こりゃあ無法地帯だな……」

 

「マジ許せないんだけど! ……どうやって特定しよ」

 

「え?」

 

「あーーー! 何でもないです、ぴゅ、ぴゅーーー」

 

透子の物凄く下手くそな口笛をそこそこに聞き流し、ネット上に溢れたCiRCLEの悪い噂をどう払拭しようか悩む俺。透子も隣で画面と睨めっこしながらうんうん唸ってはいるが、どうやら芳しくはないらしい。そして突然。

 

「……あーーーー! 悩んでるなんてあたしの性に合わないですって!」

 

「そんなこと言っても仕方ないだろ……。服のトレンド作るみたいな感覚で、宣伝を考えるとかしかないんじゃないか?」

 

「そうは言っても勝手も違いますもん……。……考えるの疲れてきた」

 

「早……」

 

いくらなんでも悩み始めて精々5分ぐらいしか経ってないのに、音をあげるのは早過ぎだろう。そうやって俺が文句を言おうとした瞬間だった。

 

「……あー、雄緋さんが、あたしを優しくもてなしてくれたらなー?」

 

「……姑息な真似を」

 

「……ダメなんですか?」

 

「その聞き方はずるいよなぁ……」

 

ダメなのかと問われたら、そこでダメだと一蹴できるほど俺のメンタルは強靭ではない。まぁ要求の難易度によるのだが。

 

「何をご所望で?」

 

「えっ? えーっと、き、き、……あー。えー」

 

「……どうした?」

 

「……接吻……とかぁー?」

 

「接吻って……言い方……」

 

「……ダメ、なんですか?」

 

「くっ……」

 

完全に俺の心を掌握した上で、この発言をしているのだとしたら中々に手強い。というか心得てやがる。が、身を思い切り乗り出してきた透子が、椅子に座ったままで思案に暮れていた俺に抵抗を許すわけもなく。

 

「……良い、ですよね」

 

「……まぁ」

 

不意を突かれたせいか、普段は恥じらいがどうとかを見せることもあまりない透子の姿に一瞬だけ困惑しつつ、霧散した唇の感触が嘘ではないことを確かめてしまう。

 

「……はぁ」

 

「やわらか……雄緋さんと……」

 

それは透子も例外ではないらしく、熱っぽかった下唇を人差し指で押さえてみたりしているらしい。が、俺の目線に気がつくと慌てて。

 

「え、あ?! いやーこんなの、えっと、ミクロンだからマジ! マジマジ!」

 

「お、おう?」

 

透子は流れるように机の上のスマホに目線を戻すと、フリック入力で一心不乱に文字を打っていた。俺は半ば放心状態でそれをぼんやりと見つめていたのだった。

 

……後日、CiRCLEには多くのお客さんが訪れたという。縁結びの願掛けを訪ねて。

 

 

 

TOKO@Morfonica 

@toko_photo1216

CiRCLEは来るだけでも心臓ドッキドキするから、みんな来てねー! あたしは今日ここで運命の人とキス出来たから、恋に悩む人も必見✨

#恋の名所

#恋愛成就

 

18:27・2022/7/4

  □ 105  ♺ 1216 ♡ 1.5万  ⏏︎  

 


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