ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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大鉄人ワンセブン様から頂いたリクエストを基にした作品です。リクエストしていただきありがとうございました。









幼き薫の恋心(ヤキモチ)【薫&千聖&美咲】

既に講堂前の通路には人が溢れていた。見渡す限りの人、しかしそれらの影は殆どが俺とは違う世界を生きている人達。端的に言おう、俺は浮いているのだ。

 

「……なぁ。目立たない?」

 

「今更じゃない」

 

「そうですよ。来る前から分かってたじゃないですか」

 

「俺は脅されて……いや、野暮か」

 

なぜ浮いているのか。それは周囲にごった返す人々はみな、周辺の女子校に通う高校生達。羽丘や花咲川、一様ではないが、俺の連れでさえもその例外ではない。お目当ては皆、ただ1人、瀬田薫なる演者なのだが、その薫が主演の会場に半ば強制的に連れてこられたというわけだ。

 

「というか白鷺先輩、巻き込んでおいて言うのもなんですけど、普段あんな態度なのに薫さんの舞台観に来るって、律儀なんですね」

 

「確かに。割と扱い雑だよな?」

 

同伴者No.1、白鷺千聖。件の薫の幼馴染。普段は気取った態度を取る薫を毛嫌いしてか冷たい態度を取る。

 

「……私だって最初薫からチケットを渡された時は突き返したけれど、花音から頼まれたら断るなんて出来ないもの」

 

「花音の力ってすげー……」

 

「はは……、同伴者頼んだあたしのせいと言われたら否定できないですけど」

 

同伴者No.2、奥沢美咲。。元は花音と観劇の予定が、急遽花音が行けなくなり、ピンチヒッターとして千聖を招集した模様。

 

「で、なんで俺まで?」

 

「私と美咲ちゃんのモチベが上がるもの」

 

「そういうことです」

 

そういうことだそうです。そんなわけで俺は舞台が設置された会場に入り、席につく。開演は割とすぐだったようで、着席から10分も経たないうちに大きな音が鳴った。そしてスポットライトの先、主役たる薫の姿が。

 

『……レディース、エーンド』

 

「ジェントルメーン」

 

「え?」

 

「え?」

 

「あ」

 

何故か隣に座る熊こと美咲から呟かれた来場者を歓迎する挨拶。多分ハロハピのノリでやってしまったそれだろうが、周囲から凄まじい目線を浴びていた。やらかした、という表情を浮かべていた美咲が注目された、丁度その時だった。舞台の方から謎の大きな音が響く。

 

「きゃぁあ?!」

 

悲鳴と轟音。舞台の天井に据えられていた何かが舞台の方に落下したのだ。

 

「薫っ!!」

 

「薫さん?!」

 

「え?! ちょおい! 薫が巻き込まれたのか?!」

 

俺の両脇に座っていた千聖と美咲は俺が反応するよりも早く席を立ち、混乱する会場を駆け抜け、舞台裏の方に回った。場内を落ち着かせるアナウンスの中講堂を脱出して、舞台裏に着いた俺たち3人が見たのは担架に担がれた薫の姿。

 

「薫?!」

 

見たところ外傷は無いようで直撃したわけではなかったらしい。だが、唸り声を上げながら目を開かないところを見ると、何かしらのダメージは負っているらしい。一先ず薫は保健室に運ばれ、困惑している演劇部員を千聖が瞬時に宥めすかし、部長さながらに薫を任せて会場の混乱を鎮めよと指示を出していた。そして部屋には薫と千聖、美咲、俺の4人だけが残された。

 

「薫さん、薫さん?」

 

「う、うぅ……」

 

「薫っ!」

 

呼びかける声に目を見開いた薫。目線はしっかりと声のした方を向いて、覗き込む千聖の顔をしっかりと見つめていた。

 

「良かった……無事なのね!」

 

「……ちーちゃん?」

 

「……へ?」

 

「ん?」

 

しかし、どういうわけか、薫の口から聞こえてきたのは幼馴染だという2人が幼い頃だけ呼び合っていた渾名。普段なら薫は『千聖』と呼ぶはずなのに、目の前に寝転がる薫は間違いなく渾名を口にしていた。

 

「きゃっ、ど、どうしたの? 薫?」

 

「……ちーちゃん。……怖かったよぉ……」

 

「え、え?!」

 

「薫さん……?」

 

千聖に抱きつきながら泣き始める薫。普段のそれからは絶対にイメージできない甘え方に千聖を含め全員が困惑していた。

 

「本当にどうかしたの? 薫?」

 

「……いつもみたいにかおちゃんって呼んでくれないの?」

 

「……へっ?!」

 

「雄緋さん、これってまさか」

 

「……幼児退行してるな」

 

「幼児退行って」

 

「……呼んでくれないの?」

 

「かお、ちゃん……?」

 

現在進行形で精神が幼くなった薫の甘えを一身に受けている千聖は、普段の薫の姿のままで演じられる幼き頃のかおちゃんの姿にショックを受けているのか、口をパクパクさせている。そんな姿に疑問を抱いたのか、薫は徐々に泣き止んで周囲をキョロキョロ見渡した。そして、俺をはっきりと見つめて。

 

「ゆうひ」

 

「……へ? どうした薫?」

 

千聖を『ちーちゃん』と呼ぶ幼い頃の薫には俺の記憶はないはずだろうに、どういうわけかはっきりと俺を指差して名前をぴたりと言い当てた。そして、まだ安静にすべきだのにゆっくり起き上がり、俺の方に歩み寄って、……そのまま何故か抱きつかれた。

 

「ど、どうした?!」

 

「ゆうひぃ……怖かったよ〜……」

 

「お、おお、よしよしよし?」

 

身長が俺とほぼ同じの薫を、まるで子をあやすように慰める光景は異様と言うほかなかったが、甘えられたのを邪険にするわけにもいかず、俺は薫の後頭部をゆっくりさすっていた。

 

「そんな……大きなかおちゃんが、私をちーちゃんって……」

 

「あ、あの。大丈夫ですか? 白鷺先輩」

 

「……夢なら覚めてほしいわ」

 

薫の後ろの方で頭を抱えた千聖。頭を抱えたいのは俺もそうだが、いかんせん甘えてくる薫をぞんざいには扱えない。

 

「薫さんってこんなに甘えたりするんですねぇ……」

 

「……幼い頃なら、仕方がないのかもしれないけれど」

 

「ゆうひぃ……」

 

「おぉ。よしよし」

 

体格がそのままだからか、抱きつき方は幼児のそれなのに、腕はすっかり俺の全身を包み、その光景はとても幼い頃の薫の映す世界だとは思い難い。

 

「もっとナデナデして……」

 

「はいはい」

 

「うん……。優しくて……あったかいなぁ……」

 

なんだこの薫。普段のそれとの違いで脳内がバグってしまったのかと勘違いするほどだ。だが、話しぶりのそれは完全に幼き頃の薫で、いやまぁ俺はそんな小さい頃の薫は知らないけど、多分こんな感じだったんだろう。千聖もなんだか複雑な表情をしているし。

 

「それにしても幼くなったのに、雄緋さんのことは覚えてるって凄いですよね」

 

「えぇ、どういう原理なのかしら」

 

「……あっ、みさき!」

 

「へ? え、あたしも覚えてんの?」

 

俺から興味が美咲に移ったのか、ベッドサイドで立ち尽くしていた美咲に駆け寄り飛び込む薫、じゃなかったかおちゃん。突然呼びかけられた美咲も困惑しながら薫に返事をする。

 

「……この香り、ミッシェルの香りに似てる」

 

「……えっ?! き、気のせいじゃないかなぁ? か、薫……さん?」

 

どうやら嗅覚が鋭敏なようで、美咲に抱きつきながらもその匂いを嗅いでいるようだ。それにしても、単に俺や美咲を覚えているだけじゃなくて、ミッシェルのことすら覚えているらしい。なんなら美咲とミッシェルの同一性に感づきそうな辺り、普段より賢いのかもしれない。

 

「一体どうなってるのよ……」

 

「あ、千聖。じゃなかったちーちゃん」

 

「変な呼び方はやめてくれないかしら」

 

美咲に夢中な薫を尻目に、つかつかと薫から距離を取って、懐疑的な目線を向けている千聖。美咲は薫の好奇心に振り回されている分、薫の身に何が起きたかの考察はこちらでするしかないらしい。

 

「ま、幼児退行ってところだろ」

 

「でもそれなら雄緋と美咲ちゃんを覚えているのは変でしょう?」

 

「まぁ、記憶がごちゃ混ぜになってるとか、そんなところか?」

 

「それだけなら良いけれど、……元に戻るのかしら」

 

「元に戻って欲しいのか?」

 

「……違和感が」

 

「……あぁ」

 

確かに遠目から見ても大きなサイズの薫が拙い口調で美咲に甘えようとする光景はなんとも……うん。と、丁度その時、それなりに満足をしたらしい薫が振り返ると、血相を変えたようにこちらに駆け寄り、俺と千聖の間に入って大きく手を広げた。

 

「え、ど、どうしたの? か……かおちゃん?」

 

「……ゆうひは私のものだよ!」

 

「え?」

 

その瞬間、なんだか部屋の空気が数度下がった気がする。また厄介なことになるなという悪い直感。この手のやつは当たるのが定石だ。千聖は困惑するかに見えたが、柔和な笑みを浮かべる。それは幼い子に接するそれであった。

 

「そう、かおちゃんはヤキモチを焼いているのね?」

 

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

「……これが、幼い頃の白鷺先輩と薫さん……」

 

何やら感情をぴたりと言い当てられたらしい薫はジリジリと後退しながら、依然俺を守るような形で手を広げて立っている。子ども扱いをする千聖に相対してキリッとした顔つきをした薫は大きく目を見開いた。

 

「ゆうひは私のお婿さんになるから! 渡さないよ!」

 

「お婿さん?」

 

「……ふふ、おませなかおちゃんね」

 

薫の精神年齢相応の可愛らしい発言に疑問符を浮かべていただけの俺とは対照的に、千聖は柔らかい笑みを浮かべたまま、一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

「かおちゃんは、雄緋がかおちゃんのものって、そう思ってるの?」

 

「う、うん!」

 

千聖は歩みを止めることなく、薫を回り込んで、俺の方にやってくる。薫はプルプル震えたまま千聖の方を見つめていた。そして、何故か千聖は端で傍観していた美咲の方を振り向くと、数度ウィンクしたらしかった。それで何かを察した美咲まで近寄ってくる。それをアワアワとした薫が見守っている中。

 

「かおちゃん? 雄緋は誰のものかしら?」

 

「え? わ、わ、私?」

 

「……ふふっ」

 

途端に右側から熱がやってきたかと思えば、それは千聖の腕が回されたからだった。えらく上機嫌な千聖に気を取られていると、反対側からも同様に。

 

「薫さん。雄緋さんって、本当に薫さんのものなんですか?」

 

「そ、そうだよ! だからちーちゃん……」

 

「じゃ、あたしも……えいっ」

 

「み、みさき?!」

 

千聖だけでない。ヤキモチを焼いたまま、それを上手く伝えられない薫を揶揄っているのは間違いなく美咲もそうだった。流石に薫が可哀想かと思い、俺も身動ぎをしようとしたが、薫からは見えない角度で鋭い眼光が向けられ敢えなく断念する。

 

「ゆ、ゆうひから離れてよ!」

 

「あら、どうして? 雄緋は私たちのものよね、美咲ちゃん?」

 

「はい。あっ、まだ小学生の薫くんには早かったかなー」

 

「む、むぅ……!」

 

ほっぺたをぷくーと膨らませて不満を露わにする薫の反応を見て、心底楽しんでいる2人。薫は何かを言い返そうと難しい顔をしているが、そうこうしている内にも千聖と美咲の悪ふざけはエスカレートする。俺はと言えば眼光に怯え……いや、正直に言おう、何やらヤキモチを焼き続ける薫くんがどうにも愛らしく、俺もなんだかんだノリノリだった。

 

「でもこの間、私は雄緋のお嫁さんになったもの、ね?」

 

「え? う、うそだよねゆうひ」

 

「え、あー。そういえば、ウェディングドレスとタキシードで写真撮ったもんな」

 

「あ、あたしも見ましたよそれ。白鷺先輩が綺麗だったのでよく覚えてます」

 

「ふふ、ありがとう美咲ちゃん」

 

「そん……な……」

 

急に俯き加減になった薫の声は消え入るように小さくなる。……続けて聞こえてきたのは、鼻を啜る音。

 

「……ひぐっ」

 

「……あっ」

 

恐らくここ3人の共通認識はこれだろう。『やばいやりすぎた』、と。俺は慌てて薫の方に駆け寄ろうとした。

 

「ぐすっ、そんなぁ……ゆうひも、ちーちゃんも行かないでよぉ……」

 

「か、かおちゃん……」

 

「あ、あはは……」

 

部屋の空調の音よりも静かに呟いた薫を思うと居た堪れなかったものだから、あまりに揶揄いすぎたことを反省し、……身長はそのままだからしゃがみ込みはせずとも下を向いた薫を慰めようと近寄ったその時だった。

 

「……ひっかかった!」

 

「え?」

 

途端にほっぺたに触れた小さな感触に俺がぽかんとしていると、得意げな薫の表情が視界に映る。

 

「ちーちゃんが相手でも、ゆうひは渡さない!」

 

「……これは演技派だったな」

 

どうやらここまで幼い薫に一杯食わされたらしい。俺を含めて、薫以外の全員が呆気に取られていた。

 

「ねぇ、ゆうひ。……私もウェディングドレス着たいよ」

 

「え?」

 

無邪気な笑顔を向けた薫は、さっき千聖や美咲に見せつけられたことを見せつけ返すように俺に抱きつきながら、そう呟いた。

 

「……ふふ、宣戦布告というやつかしら?」

 

「薫さんじゃないですけど、結婚式とかはあたしも夢みたいなのありますね」

 

「うぅ……私もちーちゃんたちには負けないよ! 先に挙式する!」

 

挑発するような千聖と美咲の発言にも噛みつこうとする薫は、やはりまだ小学生ぐらいの精神年齢ということらしい。俺を締め上げる腕にもそれなりの力が入っていて、時折強まったそれは最早痛い。……それにしても、結婚式か。

 

「結婚式にそんな夢を見るもんなんだなぁ」

 

「当たり前じゃない。好きな人と結婚したいと願うのは普通のことでしょう?」

 

「それはまぁ、でもそんなに焦らなくても……」

 

まだ彼女たちは精々高校生。俺もどうせ大学生だしそう変わりはないし。まだ焦って結婚式がどうとかドレスがどうとかって話をするのも早計だとは思うのだが。結婚式なんてまぁ、俺はするとしても多分三十路前後で経験するぐらいだろうし。

 

「10年ぐらい経ったら考えないこともないけどな……」

 

「まぁあたしたちはそんなに待てないんで、それこそ既成事実でも」

 

「ん? 帰省?」

 

「あっいやいや何でもないです。えー、それより、薫さんの方が問題ですよね! もう一回衝撃与えとけば戻ります?」

 

「リスク高すぎるだろ……。怪我したらどうすんだよそれ……」

 

「がむしゃらに思いついた案を試すしかないんじゃないかしら? 目の前で私と雄緋のキスを見せつけるとか」

 

「とりあえず薫をこれ以上煽る案は即却下な」

 

「うん、ゆうひとキスするのは私だよ」

 

ダメだこりゃ。薫を煽るなとは言っているのに、美咲にしろ千聖にしろ、そして薫さえも闘争心剥き出しで、収拾がもはやつきそうにない。これは暫く薫の精神状態はどうしようもないか、そんな風に諦めかけていたその時、背後で保健室の戸が慌ただしく開く音がした。

 

「薫さん?! 大丈夫っすか?!」

 

「麻弥ちゃん?!」

 

慌てて部屋に飛び込んできた麻弥は薫に駆け寄ろうとしたが、焦りのあまり脚がもたれたと思った瞬間、時すでに遅し。

 

「え」

 

「あ」

 

まるで漫画の効果音のような音を立てて麻弥と薫がぶつかって倒れる。喜劇のような展開に困惑しながらも云々唸る2人の下に駆け寄る3人という既視感あふれる光景。取り敢えず見たところ麻弥は大丈夫そうだが、薫は。

 

「薫?」

 

「……やぁどうしたんだい千聖?」

 

「薫さんが……戻った?!」

 

「よ、良かった……薫……心配したのよ」

 

「千聖がこんな取り乱すなんて……あぁ、儚い」

 

そのワードにぷつりと、いつもの調子を千聖は取り戻してしまったらしかった。

 

「……ふふ、美咲ちゃん? さっきまでの薫、なんて言っていたかしら?」

 

「え、『ゆうひは私のお婿さん!』でしたっけ?」

 

「……へっ?!」

 

「ふふ、そう。雄緋にお熱なのね? かおちゃん」

 

「や、やめてよぉちーちゃん!」

 

「……こっちの方が、しっくりきますね」

 

「だな。何はともあれ良かった良かった」

 

薫と千聖は先程とそれほど変わらぬ様子で、慌てふためく薫を千聖が揶揄っているようだった。これが幼馴染としてあるべき姿のようなものなのだろうか。公演中に突如見舞われたアクシデントだったが、これはこれで良かったと美咲と顔を見合わせ安堵の息を吐いて、幼き頃の薫の姿を思い起こすのだった。

 

「……へ、おねーちゃんたち誰っすかぁ……」

 

……幼き心を取り戻した演劇部の片割れを残して。









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