ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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双子の織姫 〜七夕伝説〜【紗夜&日菜】

七夕伝説。各地方によってその種類は様々であるが、1番オーソドックスなものは、織姫と彦星が1年にただ1日だけ会うことを許される、そんなロマンチックな日こそ今日、7月7日なのである。大学生にもなって、謂わばそういった風習の類に関わることがめっきりと減ってしまった今となっては、今の今まで七夕であることすら忘れてしまいそうだったが、俺は今、否応なしに七夕なるものの存在を自覚せざるを得なかった。

 

「おねーちゃん、絶対に負けないから」

 

「日菜、何度も言っているでしょう。譲れないわ」

 

俺はこの光景を一体これまで何度見てきたであろうか。姉妹喧嘩? それならそれほど物珍しいものではないかもしれない。世にある兄弟姉妹で、全く喧嘩をしないなんてのは少数だろうし、殊にこの2人は何度も思い込みや、嫉みの暴走ですれ違いを続けてきた。ならばその光景はありふれたものか?

いいや違う(反語)。俺が言いたいのはそうじゃない。

 

「これ以上は迷惑になるから、大人しく引きなさい」

 

「なんで? おねーちゃんが我慢すればいいじゃん!!」

 

「煩いわね。声を荒らげないで、近所迷惑よ。況してや家でもないのに」

 

「おねーちゃんだってさっき叫んでたもーん!」

 

そう。ここは氷川家ではないのだ。

 

「とにかく、雄緋さんに迷惑がかかるから静かにしなさい」

 

「そう思うなら姉妹喧嘩は他所でやってくれない?」

 

そう。俺が言いたいのはこれだ。幾度となく見た光景。それは。

 

俺の家にまで態々赴き、揉め事を起こす姉妹の図。

 

これに尽きる。一体誰がこんな光景を何度も何度も見ることを想像しただろうか。宇田川姉妹はこれほどまでに喧嘩をしているのか? 他所の家で。いや、それはないだろう。とにかくこの姉妹、面倒極まりないことにこの家で喧嘩をするのである。

 

「何でお前らいつも俺の家で喧嘩するの?」

 

「私だって喧嘩したくてしてるわけじゃないんですよ? 日菜が」

 

「おねーちゃんが突っかかってくるんだもん! あたしが何もしてないのに!」

 

「十分してるでしょう?」

 

「今回は何をしたんだ?」

 

「織姫の衣装を纏って、雄緋さんの寝込みを襲おうとしていたようです」

 

「ふぁっ?!」

 

どうやら俺は身内に命を狙われているらしい。人の命を獲りに来る時に、わざわざ織姫の衣装で来るというのは謎が深いが、衣装がどうだからと言って俺の命が獲られて良いことにはなるまい。

 

「それで紗夜は日菜を止めに来てくれたのか……。ありがとう」

 

「いえ、日菜が独り占めするのは平等ではないと思ったので。私に黙って襲いに行ったことを怒ろうかと」

 

「そっちなの?」

 

あれ……紗夜って風紀委員だよね? ポテトを目の前にすると気が狂ったように摘み続ける一点を除けば、綱紀粛正の文字を胸に生き続ける、常識人の権化のような人だったはずだよね? 俺の見る目がなかったのか。

 

「とにかく、夜遅いから、喧嘩するなら帰ってくれない?」

 

夜遅くになっても学生の狭っ苦しいワンルームで暴れられると、俺の最低限度の生活は保障されない。紗夜と日菜が多少喧嘩していようが俺の預かり知るところではないし、俺が襲われるとなればさらに、である。

 

「なんで?! 七夕だよ?! 1年に1回なんだよ!!」

 

「七夕がどうしたんだよ……」

 

「私にとって……いえ、私たちにとって、七夕というのは特別な日なんです」

 

「七夕が……特別……」

 

「私はずっと、才能と僅かな経験で私を追い越していく日菜が苦手、いえ、はっきり言って嫌いでした。唯一の妹を憎く思う自分でさえも。しかし、あの七夕の日から、私は日菜と真っ直ぐ向き合うことが出来たような、そんな気がするのです」

 

「まー、あたしはおねーちゃんをずっと追いかけ回してたんだけどねー」

 

「それは……。だから、だからこそ」

 

「だからこそ?」

 

「この七夕の勝負で、日菜に負けるわけにはいきません!」

 

「何がだからこそなの?」

 

俺には紗夜の言葉の意味が分からない。さっきまでは冷え切った姉妹関係がどのように今のような真っ正面から向き合える関係にまで改善してきたのか、聞くも涙語るも涙な吐露が語られていたはずなのに、次の瞬間から何を言っているのかさっぱりになった。そもそも七夕の勝負って何?

 

「……おねーちゃん。分かり合えないみたいだね」

 

「えぇ、残念だわ。私は貴女を理解したいと思っていたのに」

 

ここがまるで決戦場であるかのように。一瞬の油断が片方の魂をこの暗く明るい夏空の空気に溶けさせてしまうような緊張感。俺の家ではなく、ここはそんな崇高な場所なのであると錯覚する。そして。

 

「あたしとおねーちゃん。どっちが相応しいか」

 

「より織姫になれるか、勝負よ!」

 

「はい?」

 

刹那、俺の視界をマントのような何かが遮って、一瞬だけ意識が暗闇に落ちる。俺が再度目を見開くと、ひらひらと床に舞い落ちたマントの奥に立ち並んだ2人の姿は。

 

「え?」

 

一瞬にして。漢服。あの、織姫が纏うような華々しい色を放ち、羽のような白いフリルに包まれた衣装を纏い、半透明のベールすら這わせて、織姫を演じ切る2人がそこに。

 

「ふふ、かわいい日菜ちゃんに見惚れちゃった〜?」

 

「ふぅ……。衣装に問題は無さそうね」

 

「なんじゃこりゃ?!」

 

俺の目の前で何が起きたのか。2人が早着替えをしたのかと思えば、部屋はいつの間にやら薄暗く、多少の装飾が施されていた。いや、なんでみんなそうだけど俺の家を勝手に魔改造させたがるのか。

 

「ルールは簡単だよ? あたしかおねーちゃん、どっちが織姫らしく振る舞えるか!」

 

「織姫らしくない行動や発言をしたら減点、いいわね? 日菜」

 

俺の知らない間に設計されたルールの下に、突如として開催されることになったそれを、後の人々は織姫選手権と呼んだ。しかし、そこにお巫山戯の要素は全くと言っていいほどない。2人の織姫の表情はギターに向き合うそれよりも真剣かもしれない。何が彼女たちを奮い立たせるかまでは分からないが、とにかく彼女たちは今まさに織姫になろうとしているのである。

 

「おねーちゃん? 律儀で勤勉な織姫のおねーちゃんなら、働かなくなった彦星にも注意できるよね?」

 

「当たり前でしょう? 雄緋さん。早く」

 

「へ? 何を」

 

「彦星役です。早くそこに寝転がってください」

 

「はい?」

 

言われるがままにベッドの上に寝っ転がり、まるで休日をリビングでテレビを眺めながら、自堕落に過ごす父親のような姿勢を強制される。困惑しながらも、織姫に扮した紗夜がベッドサイドに立って見下ろしてきたものだから、俺はその視線を紗夜に向けた。

 

「……ごほん! 雄緋さん、もっとしっかり働いてください!」

 

そうか、そういえば七夕伝説といえば、そもそも彦星と織姫が1年に1回しか会えなくなった原因は、恋に感けた2人が機織りや牛追いなど、自らの仕事を全くしなくなったところを咎められたはずだ。多分日菜が言っていたのはその辺りを汲んだ発言だったのだろう。

 

「いや、俺、割とバイトとかシフト入って働いてるんだけど」

 

紗夜からのお咎めに意気揚々と反論する俺。そうだ、CiRCLEのシフトを全面的に支えたりと、俺だって相当に働いているのだから。それを紗夜に言われる筋合いはないと、たかを括っているわけだ。

 

「えー、でもパスパレで入ってくるお金より少ないよね?」

 

「日菜、黙っていなさい」

 

「そうだぞ、比べる対象がおかしい」

 

「雄緋さんもです。バイトに励むのは結構ですが、学生の本分は勉強。雄緋さん、そろそろテストですよね? 単位は大丈夫なんですか?」

 

「ぐはぁ?!」

 

❤︎             
500/1000

 

ノーツを5つ落とし、俺は500のダメージを受けた。それはいけないだろう。大学生? そんなの単位なんか落としてなんぼなものだ……というのは言い過ぎだし、俺はそれほど単位を落としているわけでもない。だが、だからといって7月末、8月初頭にやってくるテストの連撃を俺が倒せるかと問われればそうではない。フル単というのはみんなが思うより難しいものなのだ。

 

「あー、おねーちゃんダメだよー。織姫は彦星と一緒に堕落しなくちゃ」

 

「あっ、しまっ」

 

「おねーちゃんげんてーん!」

 

「くっ……しくじったわ」

 

どうやら先のゲームとやらも日菜の先制攻撃が決まり、紗夜は大層悔しがったようだった。しかし、何か良い考えが思いついたと言わんばかりに目を見開いた紗夜は日菜を振り返る。

 

「日菜? 1年に1度しか想い人に会うことの出来ない織姫、彦星に会うことを我慢し続ける織姫の貴方なら雄緋さんに抱き着くのを我慢できるわよね?」

 

「と、当然だよ! おねーちゃんみたいに変なところでミスしたりしないもん!」

 

「ふふ。なら、雄緋さんとテーブルを挟んで向き合ってみなさい? まるで天の川で分け隔てられてしまった2人のように」

 

「いいよ? 織姫らしすぎるあたしの振る舞い、しっかり見ててね!」

 

そういうと俺を今度はテーブルの向かい側に立たせて、その対面、テーブルを挟んで向かい側に日菜が立つ。当然俺と日菜はテーブル越しに向かい合って、お互いの顔が見える距離にいるのだが、テーブルがあるせいで日菜は直接こちらにアクションを起こすことはできなさそうだ。まるで天の川に邪魔をされて彦星に会えない織姫さながらだった。……だが、なぜか日菜は大きく頬を膨らませていた。

 

「えっと、どうした日菜?」

 

「……なんでもない」

 

なんだかそわそわしたような様子で、俺の顔を見ては顔を横にブンブンと振ったり、俺の顔を見つめ直したりと、何やら慌ただしい。

 

「あら、日菜。我慢しないと織姫らしさが全うできないわね?」

 

「うぅ……。……これが、放置プレイ……」

 

何が放置プレイなんだ? 一応犬に躾として教えるような『待て』のような意味合いで言っているのだろうが、むしろ訳の分からない放置をされているのは俺なのだが。

 

「……もうダメっ!」

 

「日菜?」

 

何故か日菜は1度大きく身震いすると、目に涙を溜めながら、テーブルをジャンプで乗り越える。その仕草に驚いた俺が後ろに倒れそうになったが、よろめいた俺を支えるように、眼前に飛び降りた日菜が俺に抱きついた。そして日菜は俺の胸元に顔を埋めている。

 

「ひ、日菜?」

 

呼びかけにも何かを答えるわけでもない。勝ち誇ったような紗夜が余裕たっぷりの表情を浮かべていた。

 

「日菜も頑張ったようだけど、最後まで我慢はできなかったみたいね」

 

「うぅ……だってぇ……」

 

織姫らしさを追求するのであれば、天界の神様から命じられたように彦星に会うためには天の川があって滅多と会うことは出来ないのだから、こんなテーブルを飛び越えるなんて荒技はそれとは正反対だった。だが、言い訳をするような日菜が、徐々に顔を上げた。その距離は俺の顔と、10cmと離れていなかった。

 

「だって、……雄緋くんと1年に1回しか会えないなんてヤダもん。……もっとこう、いっぱいギュッてしたい……」

 

「がはぁ?!」

 

❤︎             
尊死/1000

 

これがアイドルの本気だろうか。自然と生まれたような、普段の天真爛漫な日菜の照れ顔を至近距離で見るのはまさに、尊死に値する。もはや何事を捨て去っても後悔しないような、これさえ見られたら本望と言わんばかりの、強烈な一撃をお見舞いされた俺の頭はガクンと力が抜けた。

 

「雄緋くんと離れるのなんてヤダ……」

 

「ま、待ちなさい日菜!」

 

「……なぁに、おねーちゃん」

 

「……織姫なら、その」

 

「会うのを我慢しなきゃ、ダメってこと?」

 

「……えぇ。織姫らしく、なのよね?」

 

漸く視界がまともになってきた。何故だか今俺は後ろ向きに倒れそうになっているところを日菜に前から支えられているが、織姫がどうとやらの話に日菜は夢中らしい。

 

「……でも! 織姫と彦星だって今日は7/7だもん! 今日ぐらい会って、いっぱいハグしても大丈夫だもん!」

 

「な?! そ、それは……!」

 

何やら勝ち誇ったような表情で紗夜に対して息巻く日菜。気絶していたせいで前後の記憶が曖昧だが、どうやら織姫らしく振る舞うゲームとやらで日菜が優位に立っているらしい。そこで、紗夜からまたまや、声がかかる。

 

「……雄緋さん」

 

「ん?」

 

「今日は7/7、つまり七夕です。七夕なら織姫と彦星が会える日、これはいいですよね?」

 

「あ、あぁ」

 

「では……」

 

紗夜はこちらを一心に見つめて、その揺れる瞳で俺の心を串刺しにした。

 

「織姫は2人いても構いませんよね?!」

 

「……はぁっ?!」

 

前からは日菜が飛び込んできていたはずだのに、後ろから迫る紗夜。俺は逃げることなんて出来ず、紗夜からのタックルをまともに食らう。しかし、そのタックルは。

 

「……私だって、雄緋さんと1年に1度しか会えないなんて、考えられません。一瞬足りとも、……勿論日菜ともですが、離れたくありません」

 

「……へ?」

 

「……おねーちゃん。あたしも、……このまま3人でいたいよ。ダメ? 雄緋くん?」

 

「私からも、お願いです。一緒に星に、願って……いえ、誓ってくれませんか?」

 

「あたしと」

 

「私と」

 

「「ずっと一緒に」」

 

「……ぐはっ」

 

❤︎                 
3417/1000

 

その日、俺は天女を見た。俺の意識は一瞬にして刈り取られ、記憶すらも定かではない。だから思うきっとこれは夢なのだろう。これほどまでに現実離れした出来事など、そうそう起こるはずがないのだから。

 

「あっ、雄緋くん倒れちゃった」

 

「……! 少し鼻血が出てるわね、直ぐに手当てをしないと」

 

「ベッドに寝かせて……。……織姫2人で、襲っちゃう?」

 

「……今日は七夕だから、この夜ぐらい、正直になってもいいのよね?」

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