「第1回!」
「夏真っ盛りの?」
「24時間耐久クライブ」
「あはは……」
「はぁ……」
なんだここ。
出オチかと言われたらそうかもしれない。俺は突然ここに呼び出され、建物内に入った瞬間、背後でガチャリ、ガチャガチャと不穏な音が聞こえて振り返った。お約束と言ってもいい具合に鍵がかけられ、外側から閂か何かで閉じ込められ、逃げる術を失った俺が半ば諦め気味に辿り着いたのがここである。
有咲の家の蔵。いつもポピパはクライブと称して専用のライブ会場として使ってるその蔵で、俺は今監禁されているのである。
「なんで俺ここに閉じ込められてんの?」
「えっ、だってゆーひくんもクライブ、観てみたいでしょ?」
「うん観たーい! とはならないんだよ」
こちとら監禁等々には慣れ親しんでいるとは言え、それでもいざそんな状況になったら困惑する程度には常識が残っているのである。何の説明もなしにこんな空間に連れてこられて、ライブやります、はい観ます、では納得がいかないんだ。俺はここまでのところで何かおかしなことを言っていただろうか?
「でもお客さんは雄緋さんだけの限定ライブなのに」
「そういうことじゃないからかな」
やはりこのおたえの考え方はぶっ壊れているらしい。別に俺はお客さんの数が云々で反論しようとしているわけではない。
「24時間耐久がダメってこと?」
「うんまぁそれも気になったけど、
「え、でもゆーひくん自分からここに入ったよね?」
「ん? いやまぁ、呼び出されたからな」
「自主的に来たんだったら監禁じゃないって考えも」
「ないよ?」
仮にも善意でここまで赴いたやつに対して監禁じゃないとか言われても反論の余地しかない。というよりこれ慣れてなかったら普通に怒っても許される類のものだろう。ライブすら開催してる蔵の中ということを考えたら怒鳴るという選択肢もありそうなほどだ。
「なるほど……それなら監禁じゃないのかも?」
「おい沙綾。常識を取り戻せ。お前は
すごいね、俺誰かに対して『常識を取り戻せ』なんて台詞言ったことないよ。というよりも、正気に戻れ、とかな分からないでもないのに、これに関してはきっとこれから先も言うことがなさそうな言い回しである。
ポピパの中で比較的良識のある沙綾が毒されたと思えば、まとも枠は……有咲は場所を提供していることを加味しても実質的に香澄に対してチョロいが過ぎるので、りみしかいそうにない。
「りみ。りみならこの状況がおかしいってわかるよな? なら少しこいつらを説」
「チョココロネめっちゃ美味しい〜」
「……得するのは、無理そうだな」
「りみりんは買収済みだよ」
仮にも同じバンドのメンバーに対して買収とはこれいかに。どうやら俺がポピパみんなをあるべき道へと誘導して、ここからの脱出を図るという手段は潰えたようなので、俺は諦めてこの状況を受け入れるほかないらしい。とはいえ。
「……24時間耐久って、何すんの?」
「いやいや、クライブって言ってんですから、ライブするに決まってるじゃないですか」
「そんなさも正論みたく言われても……。24時間ずっとライブするわけじゃないだろ?」
例えオールをするとしても、既に起きてからまぁまぁな時間が経過しているわけだし確実にどこかで睡魔の限界が来る。というより体力の限界が訪れるのはきっと演奏をするポピパのみんな方だろう。最悪俺に関しては聞いているだけだし。
「あ、ちゃんとパンも焼いてきたのでいつでも食べられますから、お腹の心配は大丈夫ですよ?」
「お気遣いありがとう。でもそうじゃないんだ」
どうりでテーブルの方にパンの山が出来てると思ったら。まぁライブのおつまみだと思ってありがたく後でいただくことにしよう。
「じゃあ早速ライブ始めよー!」
俺が申し訳程度に置かれていたソファに腰掛けようとした時、それまでソワソワしているようだった香澄が大きな声を張り上げた。いよいよこの24時間耐久とかいう最高に頭の悪いライブを始めようとしているらしい。
……が、香澄はマイクだとかを悉く無視して、他の4人が各々の楽器を準備しているにもかかわらず、ランダムスターも立てかけると、観客であるはずの俺の横に座る。一体何をすると言うのだろうか。
「なんで香澄がそっち行って座ってんだよ!」
「え、だってライブだよ?」
「私がおかしいのか……?」
有咲の疑問は尤もである。俺も自分がおかしくなったのかと思った。でも違うよね。
「香澄ちゃん、ライブするんじゃなかったの?」
「うん! ゆーひくんのためだけの特別なライブだよ!」
多分香澄以外の全員が頭を抱えて同じことを考えているだろう。こいつ何言ってんだ……? と。香澄は元気よくピースをしながら、当たり前のことのように言っているのだが、おそらくその行動の意味を理解している人はここにはいない。
「だから、ライブするって言ってるのに、なんでここに座ってんの? って聞いてるんだけど?」
「そうだぞ! 私もそっち……じゃなくて、ギター置いてんのに演奏もクソもねーだろ!」
「ゆーひくんに歌を届けるんだよね? それならゆーひくんの隣で歌うのが一番だと思わない?」
「……」
ほらもう。完全に蔵の中の空気が沈黙したよ。だって仮にもボーカルかもしれないけど、香澄はギターボーカル。それなのに隣に座って、というかこの近さでギターを弾いて歌を歌うとか、何を言い出すのかこの子は。
香澄の訳の分からない理論を聞かされたポピパの他の4人もみんな、スティックとか、ギターだとか、楽器を置いて、……楽器を置いて?
「おい、ライブはどうした?」
「……香澄ちゃんが言おうとしてること、なんだか良いなぁと思ったんです」
「いやいや……え? 演奏どうすんの?」
「……鼻歌とか?」
「ライブって何か知ってる?」
一体俺はガールズバンドの子たちになんという質問を投げかけているのだろうか。ああいや、でもおかしいのは俺じゃないんだ。こんな質問を投げ掛けざるを得ない状況に追い込んだこの子たちの問題なんだよ。
そして遂に香澄だけじゃなくて5人全員ご丁寧にソファに座ってしまったし。本当にライブって何か知っているのだろうか。
「というか香澄いいな、私も雄緋さんの隣がいい」
「えー? 一番近くで歌いたいからなぁ。さーやに言おう?」
「沙綾ちゃんもなんだかんだすぐに雄緋さんの隣のポジション確保したよね」
「あはは、もうちょっと頑張らなくちゃってこの間思ったからね」
「良いなぁ、沙綾。代わってくれよ」
「いやいやちょっと待てお前ら」
俺の隣に誰が来る問題なんざ今はどうでも良い。だってそうだろう。勝手に競ってもらう分には結構だが、俺は今、記憶が確かならライブの観客としてここに来た、もとい誘い込まれて監禁されているわけであって。ここでこの5人がこうしてソファの周りに固まって談笑していては、いつまで経ってもライブどころではない。そもそも楽器の音を1音すら聞いていない。
そんなこんなを言おうと盛り上がりかけている5人の会話に割って入ったのだが、会話の話題の中心でありながら、邪魔をするなみたいな視線が俺に飛んでくる。俺はそんな視線をものともせず、冷静でいることに努めた。
「取り敢えず言いたいこと幾つかあるけど、1箇所に固まるな、暑いから」
本当に暑い。蔵の中に籠り切った熱が、6人が密集することで余計に感じられる。何だったら動いてすらないのに汗が出そうなほどである。
「え、でも暑さより雄緋さんの隣に誰が座るかを決める方が大事ですよね?」
「それそんな重要なのかよ……」
「これだけでこれからの人生のモチベーション、相当変わってきますからね?」
「分かったよ……」
そういうことであれば、多分無理やり俺がどうこうして、というのは無理そうだ。ならば、押してダメなら引いてみろという格言に従おう。
「数曲演奏してもらって、パフォーマンスが高いなって俺が思った人、上から順に2人が俺の隣に座って良いことにする、これならどうだ?」
「……」
俺がなんとかこの場の収拾がつきそうな案を上手く絞り出して伝えると、途端に5人は押し黙る。そんなに俺は変なことを言っただろうか、なんてことをこの静かな空間に後悔しながら考えていたのだが、5人は徐ろに立ち上がると、さっきまで壁やらに立てかけていたり、テーブルの上に置いていた楽器を手に取って、ステージらしくセッティングされた方にスタンバイした。そして、香澄が。
「それじゃあ聞いてね、ゆーひくん」
やべぇ説明もなくなんかいきなり始まった。ものすごくキリッとした香澄の表情、いや香澄だけでなくたえも、りみも、沙綾も、有咲もみんなこれ以上ないほどに真剣な表情。ついさっきまでは完全にオフのテンションで、本当にこれからライブをしようというのかと言わんばかりだったが、何はともあれ遂に始まった俺のためだけという豪華なクライブに集中しようか。
蔵の中は音が外に漏れずに、さながらライブハウスのように全身が震えるほどに音が反響している。先程から感じていた夏の熱気は完全にライブの盛り上がりによる熱に変わっていた。
「ゆーひくん聞いてくれてありがとー!」
早速1曲を終えた香澄たち。その額には汗をかいたりしているところからも、このライブにかける想いだとかは十分伝わってくる。
続け様に2曲目に入るみんな。パフォーマンスで体が大きく揺さぶられる度にその汗の結晶が飛び散っている。それを観ているだけで、自然と心が完全にそちらに向いてくるような、不思議とポピパの魅力に囚われるような、音楽だけでない彼女の人間性のあれこれまで伝わってきそうだ。
「何曲歌おうとしてるの、香澄」
「うーん、どれくらいが良いかなぁ?」
「24時間耐久クライブでしょ? ずっと歌おう」
何曲かを終えたぐらいで最初に言っていた、パフォーマンスの高さの判断云々のことか、沙綾が香澄に問いかける。俺としては折角ならこのままずっとポピパのみんなの音楽を聴いていたいぐらいなのだが、多分さっきまでの彼女たちの様子を見ている限りだとそういうわけにもいかないのだろう。
「ゆーひくんに聞いてみるのが一番だよね? ねっ、有咲!」
「有咲ちゃん? どうかした?」
香澄が振り返ったが、キーボードを前に完全にぼーっとした有咲は香澄やりみの呼びかけに答える素振りは見せない。
「有咲。どうかした?」
「う、うぅーん……」
何か意味のある答えを返すわけでもなく、有咲はこちらに一瞥もすることなく座り込んで、バタンと仰向けに倒れる。何事かと俺も、他の4人も焦って有咲の元に駆けつけると、顔を真っ赤にした有咲はうんうんと唸り声を上げながら倒れているではないか。
「ちょ、有咲?!」
「うっわ、すごい熱い!」
沙綾が有咲のおでこに手を当てると、よほど熱かったのだろうか、一瞬で手を離して何かないかとキョロキョロ見渡した。
「え、え、え?! どうしちゃったの有咲?!」
「そうか、熱中症か?!」
有咲の額や首筋から、明らかに異常な量で噴き出ている汗や、赤みを帯びた頬の肌。荒い呼吸なんかを考えれば、おそらく有咲はこの暑い蔵の中で熱中症に陥ってしまったのだろうと予想できた。
「え、あ、そ、そうだパン食べたりとか?」
「それじゃもっと乾燥しちゃうって!」
「あ。うさぎ用のミルクあるよ?」
「何で持ってんの? てか有咲はうさぎじゃないからな?!」
ダメだ、ツッコミ役が不在だとここまでポピパのみんなは混沌を増すのか。おそらくみんな想定外のことで動転しているだろうから、俺はあたりを見回して飲み物の入ったペットボトルを引っ掴んで、有咲を揺する。
「水だけど、飲めるか?」
「う、は、はぃ……」
いつになく元気のない、消え入るような声に驚いたが、有咲はもぞもぞと体を起こし、ペットボトルに口をつけて、半分ぐらい入っていた水を一気に飲み干した。
「あ、ありがとうございます……」
「そうだ、雄緋さん。何か塩分も摂らないと」
水を飲ませて一安心してしまっていたが、まだ比較的冷静さを保っていた沙綾に言われてはっとする。脱水症状だけでなく、これだけ汗をかいていれば塩分も摂らなければ熱中症の症状は改善しないだろう。
「塩分って何かあるか……?」
生憎熱中症予防の塩飴だとか、そういう都合の良いものは持っておらず、蔵の中を一通り見てもあるのはパンだけである。
「塩っけがあればいいの?」
「まぁ、そうだな」
「汗とか舐めさせるとか?」
「お前何言ってるか分かってる?」
おたえの出してきた提案はとんでもないものだった。いやまぁ、たしかに汗ってなんかしょっぱいし、塩分ありそうだけど、汗だよ? 成分だけ考えたら同じとまでは言わないけど、尿とそんなに大差ないよ?
「ゆ、雄緋……さん……」
「どうした有咲?」
「……雄緋さんの、汗、舐めたいです……」
「……ふぁっ?!」
俺の耳は遂に壊れたのか? 確かにこの狭い蔵の中で大音量のライブをずっと聴いていたわけだから、俺の聴覚が完全にバグってしまったとしてもおかしくはないのかもしれない。そうだよな、俺の耳がおかしくなっただけだろう。
「ほら、ゆーひくん早く!」
「へ、へ? 何を?」
「有咲がゆーひくんの汗舐めたいって言ってるから、早く舐めさせてあげて!!」
「正気なの?! え、俺の耳おかしくなかったの?!」
「はや……く……」
「え、ええっ?!」
「雄緋さんの……汗……欲しい……」
なんかものすごいパワーワードがさっきから連発していて、俺の頭も完全にバグってしまっていたらしかった。異常なほどに指先を震わせて、天井を仰ぎながら満面の笑みで汗を求める有咲の姿に、俺は困惑する他ない。
蔵の中はまだ暑い。24時間耐久ライブなど出来るはずもなく、一通り休息を終えると納涼、パン祭りが始まったのだった。
……え? 塩分? 塩分はどういうわけか蔵の隅に置いてあった経口補水液を飲ませてどうにかした。汗を飲ませるなんて不衛生極まりないからな。
みんな熱中症には気をつけようね!!!!