ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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ハバネロ、マシマシマシで【七深&巴&マスキング】

夏の太陽がジリジリと路面を照りつけて、向こう側に見えるアスファルトの上空は空気そのものが揺れているかのようである。町のそこらを歩いていても、遂に現れ始めた蝉の声が耳に煩い。もはや何をとっても夏の到来を感じずにはいられない。

当然外の空気はサウナかと勘違いするほどには暑苦しい。直射日光を全身で浴びて、既に俺の体力はその熱に奪われそうである。だが、俺には倒れることは許されないし、この人のなす列から脱落することなど考えられない。ここで倒れて仕舞えば、今までの努力は全て水の泡なのだ。

今何をしているかって? それはだな。

 

「ようやくお店の前ぐらいまで辿り着きましたね〜」

 

「あー、早く食べてぇなぁ、背脂激増濃厚豚骨醤油激辛拉麺!」

 

なんだそのめちゃくちゃ強そうなラーメンは。名前が長すぎて、覚えることすら億劫になるようなラーメンだが、こんなクソ暑い日に俺が外に出て、長蛇の列と戦っているのは、全てこのラーメンのためだった。

10メートル程度先には黄色い庇に隠されるようにお目当てのラーメン店の入り口がある。後ろを振り返ってみれば列の先が見えないほどに人が並んでおり、本当に俺たちもここまで並んだのかということを疑いたくなるほどの列である。数時間前から並び、漸く店の手前ぐらいまで辿り着いたのである。

 

「あまりに激辛すぎて何でも途中でダウンする人が続出するとか」

 

「うわぁ、俄然楽しみだな! 燃えてきたぜ! 雄緋さんも勿論大盛りですよね!」

 

「……へ?」

 

暑さで体はだるいし、会話する元気すらも暑さで奪われそうなのだが、俺は巴から恐ろしい口約束をさせられたような気がする。今回のラーメンはどうも量がどうというよりも、辛さが尋常じゃないらしい。そんな激辛のラーメンの噂を聞きつけた七深がラーメンに造詣が深いだろう巴を連れ、そのおまけで俺が付き添いで来たと、そういうわけである。

俺とてラーメンが嫌いなわけではないし、むしろ好きな部類だ。ああいったガッツリとしたものを食べたくなる時だってある。だからラーメンを食べに行くと誘われてノリノリで来たのだが、蓋を開けてみるとこうである。

 

「あっ、これです。このポスターを見て食べたいなって思ったんですよ〜」

 

「ポスター?」

 

七深が指さした先には壁に貼られた宣伝用のポスターがあった。この暑い中で余計に煩わしさを増すようなカラフルな配色で、頭が痛くなるほどである。

 

背脂激増濃厚豚骨醤油激辛拉麺

 

 

遂に新登場!! 一口食べればが噴き出す!!

日本一激辛を極めたラーメンに挑め!!

 

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当店は本企画による健康上の害について一切の責任を負いません。

救急車等は当店では手配致しません。

 

「なるほどな……。七深がこれを見たのが全ての元凶ってわけか……」

 

どうやらただただ無駄に目がチカチカとするこのポスターのせいで七深の興味が引かれてしまったらしい。このポスターの書いてあることがどれほど事実に忠実かは不明だが、俺からすればここまでの激辛ラーメンを食す覚悟は整っていない。暑い日に辛いものを食べたくなる、まぁわかる。だが、この身を犠牲にしてまで食べたくはない。

だってそうだろう? 救急車の手配が言及されるポスターってなんなんだよ。そもそもこのポスターの左下の字、小さすぎて悪質な企業が契約書とかで肝心な部分を超小さく書くレベルの狡い行いである。

 

「口に激痛を覚えながらラーメン食べたくなんかないぞ……」

 

「まーまー! でも結構口コミサイトとかだと結構評判高いらしいですから大丈夫ですって!」

 

「本当だな? サクラじゃないよな?」

 

巴が誇らしげに見せてきた口コミサイトの画面上には、『☆3.7/☆5.0』と書かれている。このようなサイトは得てして悪意ある評価などもあるところ、かなりの口コミ数が投稿されていてこの数字だということは、味は確かにそこそこ保証されているらしい。

 

「おー、やっぱりこういう口コミサイトに食べたものを書き込むのが普通なんですかねー?」

 

「口コミサイトねぇ……」

 

「色々評価が分かれるみたいですね」

 

画面に表示されている口コミをスライドしていくと、高評価だった意見には『学校帰りに食べに行きました! 帰りのバイクの後部座席でその味をついつい思い返すぐらいです! 急かされることもなかったし、店員さんの対応も最高で、でら美味しかったなぁ』なんてのがある一方で、低評価のものも幾つか並んでいた。

 

「低評価だと、『幼馴染に毎日無理やり誘拐されてラーメンを食べさせられています。美味しいですけどもう胃が限界ですし、幼馴染という間柄の手前、断ることもできません。どうすれば良いですか? 誰か助けてください』だとか書いてありますよ!」

 

「それはもはや評価に味関係してないよな? というかこれは口コミじゃなくて人生相談だよね?」

 

「それに、無理矢理友達に食べさせるとか良くないですよね! 況してや幼馴染なんて! アタシなら蘭やモカには絶対そんなことしないのになぁ!」

 

口コミサイトにはそれ以外にも多種多様な評価が書かれていたが、書いてある口コミは概ね肯定的なものだ。だからこそ味以外の部分に関して低評価のなされる口コミは余計に目がつく。

 

「お待たせしました! 次の方どうぞ!」

 

そんな口コミサイトに書かれた深刻なお悩みと睨めっこしていると、遂に前のお客さんが帰ったらしく、お客さんの入れ替わりに俺たちが呼ばれる。いつのまにか俺たちより前で待っていたお客さんは姿を消していて、残る列は俺たちの後ろに並んだ大量のお客さんのみとなっていた。

 

「おっ、ようやく順番来ましたよー」

 

「はぁー! 楽しみだなぁ!」

 

見るからにワクワクが伝わってくる七深と巴、そして食べなければならないだろう激辛のそれに恐れをなしている俺という奇妙な3人組が店員に連れられ店内へ。中ではカウンターに並んで座ったお客さんが、額から汗をダラダラと流しながら一心不乱にラーメンを貪っている。店内はクーラーが効いて外よりも圧倒的に涼しいから、おそらくあれは辛いものを食べて噴き出る汗の類だ。つまりあの目的としていたラーメンが相当な怪物っぷりを放っていることの証左である。

 

「あれを食べるんですかー。辛くて美味しそう〜」

 

「辛くて美味しそう、で片付けて良いレベルなのか……?」

 

何故か麺の色まで赤く染まりつつあるラーメンを口に運ぶその顔は必死の形相である。何かに逆立てられたような、食べなければ酷い目に遭わされるのではないかと傍目で勘違いしそうなほどに狂ったように麺を吸い込もうとしている。その姿は味わって食べているのかすら分からない。

そんな数分後の自分の未来に戦々恐々としながら席に着くと、カウンターの奥からは見慣れた顔が出てきて、俺は目を見開いた。

 

「あれ、雄緋さん?」

 

「……って、マスキ? あー、ここバイト先だったのか」

 

バンダナを頭に巻いて現れた店員を見て、俺はここがマスキのバイト先だったことを思い出した。激辛という文字に踊らされすぎて全く気にしてはいなかったが、『銀河』という店のロゴを見れば、スッと頭の中で結びついた。

 

「雄緋さんもうちの激辛ラーメン試しに来たんですか?」

 

「え? いや俺っていうか、3人というか、むしろ出来れば俺は普通のラーメン食べたいというか」

 

メニューの書かれた紙を見れば、多分普通であろう、『豚骨ラーメン』や、『醤油ラーメン』なんかのメニューもありそうだ。そういうことであれば、チャレンジをしにきた七深、巴にはさっきの激辛とやらを挑戦させて、俺は素直に普通のラーメンを美味しく食べて帰れば良い。そう思ったが、現実とは非情であった。

 

「ま、今そういう企画やってるんで、あの『背脂激増濃厚豚骨醤油激辛拉麺』以外のメニュー封印してるんですけどね」

 

「……は?!」

 

「やっぱり雄緋さんあのラーメンチャレンジするしかないですって!」

 

「この店にとっての普通はあのラーメンだから大丈夫ですよー」

 

退路は絶たれた。いや、なんだったらあの列に並んだ時点で退路なんてなかった。というよりあの長蛇の列を作る人々はみなそれを知ってなお、あのラーメンを食べにこの猛暑の中を生きているというのか。

どうやら俺は思った以上に魔窟へと飛び込んでしまったらしい。だが、飛び込んだが最後、食べなければ出られないのなら食べるしかない、あの激辛を。覚悟を決めた俺は改めてカウンター奥に置かれた割り箸を引っ張り出した。……が、それとほぼ同時にドン、という音が目の前のテーブルに響いて、俺の思考は固まった。

 

「……え? 水?」

 

ラーメン店なんだから水が出るくらい普通だろう。それはそうだ。むしろ水なしでラーメンを食べることの方が珍しいかもしれない。だが、違う、俺が言いたいのはそうじゃない。

 

「え? 要りませんでした?」

 

「いやいやそうじゃなくて、コップは?」

 

「一々注ぐ余裕ないと思いますよ?」

 

そう、俺の目の前には水が置かれたのだが、そこに置かれた水は、グラスに注がれた水じゃない。ペットボトルである。それも。

 

「え、2L?」

 

「はい。一々コップに注いで、ってしてたら20分で食べ切るの確実に無理だと思いますよ?」

 

そこにあったペットボトルは、2Lの、あのクソでかいペットボトルだった。少なくとも直接口をつけて飲むことはそうそうないだろう、あのめっちゃくちゃ大きなペットボトルである。テーブルの上に置かれたならば風格すら感じる、そんなペットボトルの隣に、遂にそのラーメンとやらが顕現する。

 

「お待たせしました! 背脂激増濃厚豚骨醤油激辛拉麺、大盛り1丁!」

 

赤い。スープが、赤い。いや、赤じゃない。紅だ。もう濃すぎて赤だとかで表現してはいけなそうな見た目をしている。これを食べたらダメだと俺の脳が囁いている。あと俺大盛りなんて言ってない。誰か助けて。

 

「こ、これが待ちに待った激辛ラーメンですか……。……美味しそう」

 

「美味そうだなぁ! これは人もあれだけ並ぶわけだ!」

 

え、正気で言ってる? 美味しいかどうかはさておき、食べたら口が爛れそうな見た目してない? 激辛もここまで行きすぎると多分凶器になる、いや、狂気だよこれもう。美味いかもしれないけど、口の中に入れた瞬間ズキズキ痛む色してるよ?

 

「それじゃあ今から20分測りますけど準備はいいですか?」

 

「え、いやいや待って? 待って」

 

「あ、間違えた」

 

「え?」

 

「今から20分測りますけど、覚悟は良いですか?」

 

「えっ何その言い回し」

 

俺、今までの人生の中で、ラーメンを食べる前に『覚悟は良いですか』なんてこと聞かれたことないんだけど。俺の人生経験が浅すぎたからこうなったのか? それとも俺はその経験がなくて当然だけど、このラーメンがそれに値するラーメンなのか? 俺には分からない。分からないが、俺が悩んでいる間も無く、店内にマスキの大声が響いた。

 

「制限時間は20分なので、それ以内にスープ含めて完食してください! それじゃ、よーい、スタート!!」

 

悩んでいる暇がないとわかった俺はラーメンを、箸で掴む。麺の中まで赤色が浸透したそれは、まさに激辛を極めたと言っても過言ではないらしい。臭いからしても、鼻の近くにそれらの麺を持ってきた時点でわかる。これはやばい、と。

でももう引き返すことできない。俺は食べるしかない。ラーメンを、口の中へとかきこむ。時間はもう始まっている。俺はこのラーメンを食べ

 

「辛っでぇ痛だだだ?!」

 

突如口の中を走る激痛。感じたことすらない痛みが口の中の全痛覚で感じられる。まるで口の中にラーメンを入れ、そのラーメンが刃物だったかのように。酸素を必死に求めてはふはふと声を出しながら俺は死物狂いで鉢の隣に鎮座していた2Lのペットボトルを引っ掴む。考えるよりも早くキャップを回し、顔に飲みきれなくて溢れた水がかかるんじゃないかってほど水を大量に喉に流し込んだ。それでも痛みはまるで消えない。

ふと横に目をやると、目をキラキラとさせながらラーメンを美味しそうにほうばっている七深、そして巴。20分のチャレンジを意識してか、感想を口々に述べあったりはしないが、それでもその表情を見ればおよそラーメンの辛さをものともしていない。

 

「美味しいですか? 雄緋さん」

 

「ん、んー!」

 

声を出そうと喉に力を込めるが、出てくるのは呻きだけである。声帯は痛みへと変わった辛さによってイカれてしまって、感想を述べるどころか悲鳴すら上げられない。

 

「美味しそうで何よりです!」

 

何言ってんの? なんて文句をつけることもできない。目の前に置かれたタイマーは俺にラーメンを食べることだけを要求してくる。そこに慈悲はない。

 

「良い食べっぷりですね! CiRCLEのみんなにも伝えられるように写真撮っておきますよ!」

 

その後、ガールズバンドの間では俺が白目を剥きながらラーメンを食べ続ける動画さえもが共有されており、俺はと言えば、2、3日口の中を襲い続ける痛みの奔流に悩まされ続けることになったという。

 

 

背脂激増濃厚豚骨醤油激辛拉麺

 

 

遂に新登場!! 一口食べればが噴き出す!!

日本一激辛を極めたラーメンに挑め!!

 

大盛りチャレンジ受付中! 20分以内に完食した方には賞金10,000円!

 

現在のチャレンジ成功者:2

 

挑戦者求む!

ラーメン 銀河

当店は本企画による健康上の害について一切の責任を負いません。

救急車等は当店では手配致しません。

雄緋さんがラーメンを食べたことで気絶した場合、店員による人工呼吸を行います。雄緋さんのご来店を心よりお待ちしております。

 

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