ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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投稿頻度が落ちててごめんなさい。明日から本気出す……(フラグ)。
もうちょっと上げられるように頑張ります。









推しが尊くて選べない【つぐみ&紗夜&日菜】

「私……! 一体どうしたらっ……」

 

部屋の脇に鎮座するベッドの上で震える少女。俺はその少女の嘆きを聞いても、何か具体的かつ決定的な解決策を提示できやしない。そんな無力な自分に無力感を抱きながら、俺はその嘆きに耳を傾けることしかできなかった。

 

「どちらかを選ぶなんて、私にそんな勇気は、ないんです……!」

 

タオルケットの一部を濡らす涙に、俺の心は打たれた。二つに一つ。たったそれだけの解にここまで窮することがあるのかと、不思議に思うかもしれないが、この立場に追い込まれた者はきっと、この問いに心底頭を悩ませるのだろう。

事実、俺もそうだった。極限状況で二択にまで追い込まれた時、人は自らの思考回路を停止させる。明確な答えなどないと、自分自身を錯覚させて、堂々巡りを続けるのだ。俺も、眼前の少女と似たような悩みで俺自身の思考回路を完全に停止させたことがあった。だからこそ、彼女の力になってあげたいと、思っていたのだ。

 

「雄緋さん……」

 

救いを求めるようなその声に、俺はひどく狼狽する。きっと俺はこの子に対して何もしてあげられない。最初こそ俺はその相談に、真正面から向き合って、悩み震える彼女の支えになろうと誓った。しかし……しかし……。

その悩みは、凡そ俺が解決に導くには、手のかかりすぎるものだったのだ。

 

「日菜先輩も、紗夜さんも、……尊いんです!!」

 

「……はぁ。なるほど?」

 

つぐみの心の叫び。それはあまりにくだらないことで、それでいて普段のつぐみのイメージを完全に崩壊させてなおあまりあるものであった。相談を受ける前に抱いていた、『つぐみは真面目で純朴な少女』、そんな風な下馬評めいた偏見は音を立てて崩れ去った。尊いのがどうのだとか、しんどいのがどうかだとか、つぐみが言い出すとは、予想もしていなかったのである。

 

「なるほどって……、雄緋さんは、そうは思わないんですか?」

 

「もうちょっと詳しく」

 

「二人とも、私にとって、とても、とても大事な人なんです……」

 

「……だから?」

 

「尊くてしんどい」

 

ダメだ。俺の頭では何が起きたのか理解できない。熱に浮かされたように、そうだ、夏バテなんだ。ここ最近暑すぎて俺の頭はどうにかなってしまったのだ。正常に動かなくなってしまった。そう考えるのが一番早い。

あの、大いなる普通だとか、常識人であった彼女はもういない。喫茶店の看板娘として純粋を貫いていたあの頃はもう戻らない。そう考えたならばそれで……。

 

「いや待て、まぁ待て。つぐみ、ちょっと落ち着こう」

 

「は、はい。すー……はぁ……。えっと、なんですか?」

 

こうして首を傾げてキョトンとする様子を見れば、そこには普段通りのつぐみがいるのだが、一体何がつぐみをあそこまでキャラ崩壊させてしまったのか。もしかして夏の暑さに狂わされているのはつぐみの方ではないのか? きっとそうだ。俺がおかしいのではなく、つぐみがおかしくなってしまった。そう考える方が自然なのか。

 

「何ですかも何も。いきなり家に来て相談があるからって話し始めて、世間話から豹変するのやめろ。俺が風邪引くわ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

慌てて頭を下げるつぐみを見て、どこか胸を撫で下ろす俺がいる。さっきまで見ていたつぐみは幻想だなんだと、そう思うことができて安打の息を吐く俺がいる。

 

「よし、それじゃあ相談内容をまとめるぞ?」

 

「はい!」

 

元気いっぱいで返事をするつぐみの表情には何の淀みもない。汚れひとつない、純朴そうな笑み。相談の名前を借りた愚痴なのではないかと疑心暗鬼になるほどの清々しさ。俺はゆっくりと口を開く。

 

「氷川日菜は?」

 

「私たちを導いてくれる天真爛漫な生徒会長です!」

 

「氷川紗夜は?」

 

「学校は違えど、敬愛すべき風紀委員長です!」

 

よしよし。それでいい、それでいいんだ。何も間違ってなどいない。つぐみにとって二人とも尊敬に値する存在、それでいいのだ。

 

「……氷川姉妹は?」

 

「嫉妬と羨望、才覚の差に苛まれた悲劇の姉妹で、幼い頃からすれ違いを重ね続けながらも、遂に本音をぶつけ合い互いの気持ちに触れ、過去の訣別に塗れた悲しい時間を取り返すほどに互いを想い慕い、ごく普通の姉妹が織りなす絆よりも遥かに深く固い絆を結ばんとする、奇跡の姉妹」

 

「氷川日菜は?」

 

「姉を一心に想い続け、冷え切った姉の心を溶かした天使」

 

「氷川紗夜は?」

 

「妹の才能を恨みながらも壁を乗り越え少しずつ妹との絆を深めようとする天使」

 

「推しが尊くて?」

 

「しんどい」

 

あぁ、無情。何があってつぐみはこんなにも人が変わったように、氷川姉妹に歪にも思えるような目を向けるようになってしまったのか。

いや、もしかしたらこれが普通になのかもしれない。誰しも推しの一人や二人はいるだろうし、きっと健全な仲を願うものだろう。その類なのだ、きっと。

 

「日菜先輩も、紗夜さんも、尊すぎて、どうにかなりそうです」

 

「どうにかとは?」

 

「……我慢できません」

 

「ひぇっ……」

 

なんか目が血走ってたよね? 健全な仲を願うものとは無縁の瞳だったよね? 何が彼女をここまで駆り立てるかは分からないけども、もはや霊的な存在すら感じられる。

だが、相談はこれで終わりではない。そりゃそうか。俺からすればこのつぐみの豹変もなんとかすべき事案かもしれないが、本人にとっての相談事とは違う。つぐみの悩み、それは。

 

「日菜先輩、紗夜さん。……私にはどっちかを選ぶなんて出来ません!」

 

「えぇ……」

 

そもそも選ぶ立場にあるのかなんて指摘はナンセンス。事の次第はこうだ。

姉妹で羽沢珈琲店を訪れたその日、接客に当たっていたつぐみは二人のいる席に呼びつけられた。そして今度の休みに日菜から定例ではない生徒会の会議をしようと誘われた。しかし、同時に紗夜からも同じ日に縁結びだとかに深い地まで遠出をしようではないかとつぐみに誘ってしまった。どちらかが潔く引くでもなく、というわけらしい。夏休みでありながら、日菜も紗夜もバンドの活動で多忙を極めており、取り合いになってしまったらしい。

 

「いやな、言わせてもらうけどそんなのつぐみが行きたい方を選べば」

 

「どっちも行きたいんです! いいですか? まず日菜先輩は……」

 

 

──────────

 

 

「つぐちゃんつぐちゃん! 今度学校で鬼ごっこ大会開こうよ!」

 

「え? えっ?! な、なんですか?!」

 

会議室で書類の整理を終えて、椅子に座りため息をついていた私。そんな背中に飛び込んできたのは日菜先輩。びっくりして私の声も上擦った。

 

「鬼ごっこ大会! 全校生徒で捕まった人から脱落する鬼ごっこをしよっかなって!」

 

「全校生徒?!」

 

書類に浮かぶ細かい目を見続けて疲弊した私の体に、元気一杯に飛び込んできた日菜先輩。頭の上がらない元気さはまさに天真爛漫と表現するのがふさわしい。生徒会長に求められる人望の源泉とも言えるその溌剌さに羨ましさを抱く事もあったが、疲れた私にとっては少しだけ煩わしさもあった。

 

「急には無理なんじゃ」

 

「……つぐちゃん、結構疲れてる?」

 

「えっ?」

 

「肩もすっごく凝ってる。ごめんね、あたし、つぐちゃんが疲れてる事とか気付けなくて、おねーちゃんにもいつも言われてるんだけどなぁ……あはは」

 

「えっ、あのっ」

 

それまであまり見たことがなかったような、日菜先輩のしゅんとした姿。紗夜さんに粗雑に扱われる時こそ落ち込んでいるところを見ることもあるものの、そこまで神妙な面持ちを見ることもなかった。その時までは。

 

「つぐちゃん、お仕事が辛くなったらいつでもあたしを頼ってねー? 生徒会長だもんっ、ね?」

 

いつもは振り回されるだけだと思っていた。けど、本当の日菜先輩はこうやって、いつも身近な人のことをしっかりと見ている。そんな優しさに私は……。

 

 

──────────

 

 

「ね? わかりますよね?」

 

「えっ? いい話かなと」

 

「ですよね、尊すぎて無理ですよね」

 

「あっはい」

 

どうやら普段の日菜とのギャップにやられたらしい。つぐみがここまで日菜に入れ込んでいるとは思いもよらなかったから、語彙力が崩壊してしまったつぐみの姿に、俺はあんぐりと口を開けるだけである。

 

「でも、紗夜さんは……」

 

 

──────────

 

 

「羽沢さん。お疲れ様です」

 

「紗夜さんも、お疲れ様です!」

 

お客さんが居なくなってしまった私の家、もとい喫茶店で二人、面と向かって静かにコーヒーを啜る。紗夜さんは今日もクールビューティーなんて表現が似合うほどに優雅な姿で、もの憂いげな瞳を振りまいている。私は既にその視線にノックアウトしそうだった。

 

「羽沢さんは……すごいですね。バンドも、生徒会役員も、こうして家の手伝いまで……」

 

「い、いえ! そんなこと。普通ですから!」

 

「なるほど……。これが普通、ですか」

 

考え事をするように口元に手を添える紗夜さん。その御姿も後光が差して見える。丹念に描かれた芸術から姿を表したような紗夜さんに、私の目は吸い込まれていた。

 

「……うちの日菜は、何か迷惑を」

 

「い、いえいえ! そんなことないです! むしろいつもお世話になりっぱなしで……!」

 

「……ふふ。でも、生徒会の仕事がある日、日菜は家で羽沢さんの話をするんですよ?」

 

「え?」

 

「つぐちゃんがー、と。騒がしい妹ですが、これからもよろしくお願いしますね」

 

「は、はい!」

 

そう言って微笑む紗夜さん。まさに国宝。それですらその尊さを表現できていなかった。

 

「それにしても日菜は本当に楽しそうに話しますから……。私も羽丘の生徒会に入ってみたいぐらいです」

 

「……えっ?!」

 

「そうしたら羽沢さんとも一緒にお仕事が出来ますね」

 

「はうっ。こ、光栄です……」

 

「ふふっ、大袈裟ですよ? 羽沢さん」

 

 

──────────

 

 

「あぁ……尊いです」

 

「あぁ……はい」

 

「紗夜さん、羽丘に来て欲しいです」

 

「えぇ……」

 

「あぁでも、姉妹って良いですよね」

 

「うん。もう、分かった」

 

今日のつぐみは……。今日だけなのかは分からないが、どうやら色々とダメらしい。尊いがどうのとか、語彙力がどうのとか、完全に冷静な思考力を失っている。

 

「とにかく、限界なんです」

 

「限界って何? 相談内容はどっちを選ぶかって話だったと思うんだけど、限界って何?」

 

不穏な相談内容に動揺を隠せないのだが、つぐみは時間をかけて呼吸を何度も整えて、もう一度口を開く。

 

「……日菜先輩か紗夜さん。どっちを襲「よし一回黙ろう」」

 

誰だ純朴がどうのとか言ったやつ。あぁ俺か。過去の俺が見ていた世界は現実ではなかったんだ。それなら仕方がない。

とにかく、熱に浮かされてしまったこのつぐみをなんとかしないことにはどうしようも無い。一体どうやってこれを鎮めるかを考えていた時、ガチャリと音が聞こえる。

 

「雄緋くん遊びにきたよー!」

 

「お邪魔します。って、羽沢さん?」

 

「へ?」

 

音がして空いたドアの方を振り返る。確か鍵は閉めたはずなのだが、そこには件の氷川姉妹の姿。噂をすればとはこのことだった。

 

「ど、どうして日菜先輩と紗夜さんが!」

 

「おねーちゃんと一緒に遊びに行こって話になったんだよ?」

 

「そうしたら導かれるままにここへ。それよりどうして羽沢さんが?」

 

さっきのつぐみの話を聞くと、日菜と紗夜を前に挙動不審を極めるつぐみの姿に何か思うところがあると言わざるを得ない。だが、そんな明らかに変なつぐみは、流石にこの話をするのはまずいと思ったのか、取り繕い始めた。

 

「実はその、バンドのことで相談があったんです!」

 

「Afterglowのことで? それは私たちはあまり聞いてはいけないことですか?」

 

「えー、秘密なの?」

 

「日菜、やめなさい。羽沢さんごめんなさい。あまり詮索はしませんから」

 

宥めすかすような口調の紗夜の言葉を聞いて、つぐみは助かったと言わんばかりの顔を浮かべる。しかし、そんなつぐみにも追い討ちが待っていた。

 

「そういえばつぐちゃん。この前の話、解決したよ!」

 

「この前の話、ですか?」

 

「はい。日菜が羽沢さんを生徒会の会議に連れて行くのか、それとも私と羽沢さんが出かけるのか、という話です」

 

「……あっ」

 

どうやらこの相談事からは逃れられないらしい。一応本人達に相談の内容を大っぴらにはしたくないらしいつぐみは冷や汗をかきながら押し黙るのみだった。

どうしようか、ここは助け舟を出すべきか? とりあえずつぐみが日菜や紗夜に抱いている少々歪んだ感情のことは隠しながら助け舟を出してみようか。

 

「ダブルブッキングか? それなら予定をずらしたりなんなり」

 

「うん、だから解決したんだよ!」

 

「お?」

 

日菜が明朗な声と笑顔でそう返事して、紗夜が懐からスケジュール帳を取り出す。ポップな色味の手帳をスタイリッシュに開いて、紗夜はあるページをこちらに突き出してきた。

 

「雄緋さん。この日は空いていますか?」

 

「え? ……うん、まぁ、空いてるけど」

 

「おおっ、なら四人で出かけたら大丈夫だね!」

 

「はい、羽沢さん。これで万事解決ですよ?」

 

「えっと、どういうことですか?」

 

「その日に全部やっちゃうの! 会議も、お出かけも!」

 

「待って待って、四人って、俺も巻き込まれるの?」

 

とんとん拍子に話が進み、困惑する俺を尻目に、日菜がつぐみに耳打ちをする。そして十秒後、つぐみの顔は一気に晴れやかになり。

 

「そういうことだったんですね!」

 

「うんうん、そういうこと!」

 

「ふふっ、分かってくれたんですね」

 

「いや待て俺が分かってないよ?」

 

俺以外の三人では共通認識が取れたらしいが、生徒会の会議とやらに俺が行く理由も、何かのお出かけに俺が乱入する理由も、それを聞いてつぐみが納得した理由も分からない。

俺の選択肢はきっと、その日この三人と行くか、行かないかの二択なのだ。極限状況で二択にまで追い込まれた時、人は自らの思考回路を停止させる。明確な答えなどないと、自分自身を錯覚させて、堂々巡りを続けるのだ。詳細が何一つ明らかにされないのに、俺がそこへ飛び込むか否か。思考が止まる。

 

「で、でもそれだと三択に……! いやでも協力して」

 

「いやいや、つぐちゃん。チャンスは平等だけど負けないよ?」

 

「三択? 羽沢さん、どういうことですか?」

 

「君たちは一体何の話をしてるの? 俺はこの二択どうしたらいいの? ねぇ、聞いてます?」

 

答えはまだ見つからない。

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