ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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幻の占いの館【たえ&透子&ロック】

それは夏の暑い日のこと。街を歩いていると、人気の少ない通りの脇に、紫色のテントが張ってあった。以前ここを通った時にはこんなものはなかったはず、そんな風に違和感を覚えた俺は、自然と導かれるようにそのテントに足を踏み入れていた。

テントの中は不思議と涼しい。外はあんなに汗が噴き出るほど暑かったのに、幕を潜った瞬間、背筋が思わず伸びるほどにひんやりとして、ここの異質さに思わず身震いした。涼しさだけではなく、どこからともなく聞こえてくるエキゾチックな音楽、甲高い何かがぶつかる音。古臭さ漂う内装に、独特な臭い。それら全てがこの空間が、常世とは違う世界なのだということを教えてくれた。

 

「あら、いらっしゃい……」

 

「うわっ、びっくりした」

 

テントの奥は薄暗く、声がするまで人の影に気がつかなかった。吊るされた布で向こうの顔は伺えないが、若い女の人の声が聞こえてきた。その声がした方には今にも壊れてしまいそうな風化した木の椅子がある。背もたれもない質素な椅子に座るように促されて、俺はそこに腰掛ける。

 

「ここは占いの館……、あなたの人生、占っていくかい?」

 

「占いの館?」

 

そうか、この独特な雰囲気は神秘的とも取れそうな、占いの雰囲気だったのか。合点がいって、どういうわけだか俺の頭に断るという選択肢はなかった。俺は猛烈に『占ってもらいたい』、そう思い込んでいた。そして財布を取り出そうと鞄に手を伸ばす。

 

「お代はいいよ、ちょっと休みついでに占われていきなさい」

 

「あれ、いいんですか?」

 

「ああ、特別さ。私の名前はた……、いや、兎尾たえ。巷では『兎星から降臨せしお姫様』って呼ばれてるよ」

 

どうやら占いとやらを生業とする人のネームは独特なようで、神秘的な雰囲気の館にそぐうようなメルヘンチックな占い師がそこにはいた。そこにはいたと言いつつも、分かるのは聞こえてから声だけで、その素顔はやはり覗けない。無理やり屈もうとしたが、狭くてしゃがめないことに加えて、その占い師の顔は仮面で覆われている。

 

「私の素顔を知ろうとしても無駄だよ。この部屋は兎星の最新技術を駆使して、私の顔を隠すような魔法陣が敷かれているからね」

 

最新技術と言うからハイテクだとかそうなのかと思えば、実際は呪術的なものらしい。それでも少年の心をくすぐるような魔法陣なるものはとにかく気になって仕方がない。

 

「熊の毛皮に赤いチョーク、そして特殊ルートで仕入れた雄h……医療用血液に、兎の新鮮な血液、あ、いやそれは兎が可哀想だ」

 

「え?」

 

「兎に角、沢山の魔力を仕込んだ材料で描かれた魔法陣の加護を受けてるから、私の顔は覗けないよ」

 

「うーん、なるほど?」

 

正直この占い師の言っていることのどこまでが真実かどうかなどはわからない。けれど、占いなんてのはまぁそんなものだろう。予言が真実の時もあれば全くの嘘っぱちのこともある。信じるか信じないかも自分次第。

 

「よし、そういうことなら占ってください」

 

「良かろう。ならば、まずは、それっ」

 

「えっ?」

 

ガシャン、という音とともに何かが部屋に雪崩れ込んでくる。それほど広くない部屋に何事かと慌てふためく俺を、この占い師は楽しそうな声で嘲笑う。

 

「さぁ、雄緋さんに最後までくっついてられる子は誰かな?」

 

「へ? ちょっ、なにこれ?!」

 

いきなり足元に感じた生温かさ。そして荒い毛の感触。僅かに部屋の中を妖しく照らし出す篝火の元に映し出されたのは。

 

「う、兎?!」

 

「うん。兎占いだもん」

 

俺の足元にまとわりつく大量の兎。白かったり、茶色かったり、遠目に見ればおっきな毛玉のようにも見える何かが俺の足元で蠢いて、一周回って恐怖すら感じられる。それが兎だと教えてもらうことがなければ、完全に直肌を這いずり回る異物の侵食そのものである。

 

「ちょ、離れて?! うさぎー?!」

 

「ありゃ、失敗しちゃった」

 

「これ本当に占いなのか?!」

 

「全く、なんのために占われに来たのか」

 

「兎と戯れるために来たわけじゃないからな?」

 

戯れがどうのという次元は既に超えていそうだ。それはそうとして、俺が騒ぎ立てたせいか、蜘蛛の子を散らすように俺の足元の兎たちは一斉に俺の足元から飛び跳ねた。この占い師もどきはそれを散々に非難するようだが、薄暗い空間にていきなり兎を足元に解き放たれた身にもなってみて欲しい。少し考えればその状況の恐怖ぐらい……いや、同じ状況になる可能性が限りなく低すぎるか。

 

「兎もみんな元気なのに……」

 

「知らねぇよ……。分かった、もう占い師チェンジしてくれ」

 

「お代」

 

「へ?」

 

部屋の空気がシーンとする。さっきまで狭い部屋を駆け回っていた兎もピタッと止まって、静まり返った部屋で俺は聞き返す。

 

「お代、貰ってないです」

 

「金取るの?!」

 

「兎達と遊んだじゃないですか」

 

「もうそれは『占いの館』じゃなくて『うさぎふれ合い広場』だよね?」

 

「早く、お代ください」

 

「はいはい……って、なんで手の甲?」

 

カウンターみたくなった向こうから差し出されたのは、何故か掌ではなく手の甲。お代と言うぐらいなのだから、金銭だと思って諦めながら財布を取り出した俺は面食らっていた。

 

「お代なので」

 

「お代って?」

 

「手の甲にキスですよ?」

 

「……えぇ」

 

まるでおかしなことを言っていると、後になれば余裕で分かったはずなのに、その場の雰囲気に当てられた俺は何故だか差し出された手の甲に口づけを残す。風情のかけらもなかったが、真っ暗な部屋の中で変なことをしているという自覚もない。恐らく催眠商法で騙される感覚はこんな感じなのだろう。

 

「じゃあ次の占い師呼んできます」

 

「うん、よろしく」

 

その時の俺は帰るという選択肢を取らなかった。振り返ってみても本当に訳がわからないが、次なる占い師を楽しみにしていた節もあったのかもしれない。

それから数分も経たないうちに、閉められていたカウンターに掛かったカーテンが音を立てて開く。そこから先程とは一転、物凄く明るい声が聞こえてきた。

 

「お待たせしました〜」

 

「おっ?」

 

「占い界のインフルエンサーこと、K・TOKOでーす」

 

「こと? とこ?」

 

噛みそうになる名前を名乗ってカウンター奥に現れた占い師。名乗るのと同時にそれまで薄暗い篝火の揺らぎのみだった部屋の明かりが黄色く変わる。その明かりでカウンターの奥の方までしっかりと照らされて、仕切りの下にはみ出した金髪がくっきりと影を作っていた。

 

「それで、雄緋さんは何がお悩みなんですか?」

 

「最近の悩み……か……」

 

改めて問われることで、俺は普段の自分の境遇を思い起こす。敢えて悩んでいることがこれだ、というものがあるわけではないのだが、漠然とした疲労感を思い出した。だが、この感覚は誰かに対して説明ができるかと聞かれればなかなか出来そうにない。

 

「なんか、疲れてるって、感じ、ですかね」

 

「疲れてるって、体のどこかが怠いとか、そんな感じですか?」

 

「うーん、どうなんだろなぁ……」

 

「それならみんなでマッサージ店開いたり……」

 

「え?」

 

「あー、いやいやなんでもないですこっちの話なんで!」

 

マッサージがどうのというのが聞こえてきたことを問い質しても、占いの本筋から逸れると言いくるめられる。さっきの兎狂の占い師みたく、ぱちもの占い師の臭いというか、きな臭さが漂ってきたが、一応まともだと信じて問答を続けるほかなかった。

 

「疲れるってどういうところに疲れてるんですか?」

 

「なんか変な出来事に巻き込まれることですかね」

 

「変な出来事?」

 

ウェーブのかかった髪を垂らしながら首を傾げているであろう占い師の声に、俺はここ最近の自分の身に降りかかったことを片っ端から思い返す。経験してきた奇妙な出来事を数え出せばキリがないが、ここ最近に絞ればどうということはない。

 

「パン泥棒に遭遇して事件を解決に導いたり」

 

「へ?」

 

「変な病院に担ぎ込まれたり、自宅が急に甘味処に改装されてたり、ラーメン店で気絶してしまったりとかですね」

 

「まぁ、……変な出来事なのは否定しないですけど、疲れてるんですか?」

 

訝しげな声色。だが、俺がその奇怪な出来事に振り回されて疲労を覚えているのは確かだった。

 

「知り合いのガールズバンドの娘達から珍事に巻き込まれることが多々あるのが……」

 

「ええっ?! それの何がダメなんですか?!」

 

「え? 振り回されて疲れて」

 

「いやいや、ミクロンって言うかこれ以上何を望むんですか?! 贅沢な悩みも良いところでしょ?!」

 

「そうは言われても疲れてるのはその通り……ですし……」

 

狭い占いの館での叫び声に完全に怖気付いた俺。占い師からの説教に勢いが削がれた俺の反論はみるみるうちに小さくなっていく。贅沢な悩みと言われようが、経験している本人にとっては疲労の原因の一端ではあることには違いないのだが。とはいえ怖気付いた俺にそんな主張が出来るはずもない。

 

「いやいや、絶対雄緋さんの我儘みたいなものですって! 多分SNSのみんなもそう言いますよ?!」

 

「疲れてるのを疲れてるって言うの我儘なんですか? というかSNSのみんなって」

 

「はぁーーー。もう分かりました。SNSでアンケート取りますから、これの結果見てその認識を改めてください!」

 

「アンケート?」

 

カウンターから差し出された掌。その手に握られたスマートフォンの画面にはSNSのタイムラインが映し出されている。多分この占い師が言っているのはアンケート機能のことなのだろう。

 

「なんたって、あたしの専門はSNS占いですから!」

 

「SNS占い?」

 

「マジで今当たるって超人気なんですって! それじゃ、占いますね!」

 

カウンターの中へと引っ込まれた指は忙しなくスワイプされている。そして真剣そうにスマホの画面を眺めたまんまこの占い師はダンマリを決め込み始めた。だが、ものの数分後、余裕そうな声色で俺の方に画面を突き出し、話し始めた。

 

「ほら、見てくださいよ! このアンケートの結果!」

 

「ん?」

 

そして、見せられた画面には。

 

K・TOKO@占い垢 

@toko_koiuranai1216

知り合いのY.H.さんが女の子に慕われて猛アピールされてるのに、振り回されてるだけなんて言ってるんだけど

#恋愛成就 #恋する乙女の味方 #Y_H_LOVE

贅沢な悩みの極み       50%

鈍感すぎ           50%

誇大妄想            0%

100,000票・最終結果

13:46・2022/8/16

  □ 35  ♺ 1216 ♡ 9.5万  ⏏︎  

 

訳の分からないほど反応の早いネットの世界の暴走。曲解されまくった俺の悩み事がネットの海に垂れ流され、そこでボロクソに叩かれているという悲しい事実が映っていた。しかし、俺の悲劇をものともせずに、このリテラシー最弱エセ占い師こと、K・TOKOは誇らしげにスマートフォンを掲げ続けている。

 

「ほら、あたしの占い間違ってないですって!」

 

「なんじゃこりゃ?! しかも対案が誇大妄想って酷すぎだろ!」

 

「酷かろうがなんだろうが、これが雄緋さんの悩み事の正体ですって! SNSのみんなが言ってるんですから! あたしの恋占いが外れる訳ないですし!」

 

「これのどこが占いなんだよ、なぁ?!」

 

「民主主義の勝利です!」

 

「敗北だよ!!」

 

俺の反論を一切認めようとしない占い師の皮を被ったペテン師を前にアホらしくなった俺は、まるで催眠が解けたかのようにこの館から立ち去ろうと踵を返す。

 

「ちょ、どこ行くんですか?!」

 

「もういいから帰るわ! 時間の無駄だから!」

 

「あー! お代だけ、お願いします!」

 

「お代?」

 

「ここに」

 

「そのシステム共通なのかよ……ほら」

 

もはや帰りたいという一心だけで、流れ作業のごとく手の甲に交わされる口づけ。これをお代と言うのも変な文化だな、なんてぼんやりと考える。

 

……突如グルグルと回る視界。それまで僅かに薄暗さを感じていた部屋は更に暗さを増して、自分の体を支えられなくなる。そして瞬く間に足から力が抜けて、床のひんやりとした質感が肌に伝わる。そのまま俺の意識は完全に闇に落ちた。

 

 

 

「……う……ん?」

 

どういうわけか床に寝転がっていた俺は、薄らと目を開ける。まだ視界はぼやけている。しかし、音は鮮明に耳が拾ってくれるようで、ふらふらしながら体を起こす俺にかけられた声に、俺は反応することができた。

 

「雄緋さん! 雄緋さん!」

 

「……え? うーん」

 

ほとんど何も見えなかったが、そこには何か人影らしき何かに、少し甲高いふわふわとした声の主。痺れずに動いてくれた右手で目を擦り、僅かに視界が効いたが、そこにはローブ姿の誰かが佇んでいるだけだった。

 

「貴方は……」

 

「私は占い師の、えっと、ライ……ライジングサンフラワーです!」

 

「……上昇するひまわり?」

 

「ほ、放っておいてください!」

 

やけに幼なげな声と神妙なローブ姿のミスマッチが引っかかるが、どうやら俺を起こしてくれたこの人も占い師ということらしい。眠りにつく前のことはあまり定かではないが、どうもこの館の占い師というのは碌なやつがいないらしい。そうとなれば俺は何もかも忘れてここから立ち去るのが一番だろう。

 

「起こしてくれてどうも、それじゃ帰りますんで」

 

「あっ……待ってください!!」

 

「ん?」

 

耳を劈くぐらい大きな声で引き止められ、帰る気満々だった俺も足を止める。そして、そのローブ姿の占い師は俺の目の前に箱を差し出した。

 

「なんだこれ?」

 

「……どうぞ!」

 

可愛らしい声と共に開かれた箱の中には、何故か明かりに照らされたギターが入っている。俺がそれを手に取ってみると、どうやら本物のギターではないらしい。

 

「これ、開運のギタ「帰ります」なんでですか?!」

 

「だって、この館まともじゃないし」

 

「う、うぅ……」

 

「それじゃあ」

 

「私……このギターを買っていただけないときっと私は……」

 

「え、なになに?」

 

立場が逆転したかのように、冷たかった床に膝から崩れ落ちたローブ姿の少女と思しき影。顔こそ見えないものの、床に滴り落ちた涙を見つけてしまった。

 

「きっと私、ギターの神様に怒られるんやぁ……」

 

「え?」

 

「うっ、ううっ……」

 

次第に大きくなる泣き声に、俺は。

 

「買います」

 

「毎度あり!」

 

「えっ、回復早くない?」

 

騙 さ れ た 。

そう思った時には遅かったが、『お代』と言われて俺はまたもはっとする。この手の開運グッズは物凄く値段が高いというのが相場だろう。一体俺は何を要求されるのかと目を瞑る。しかし、何故か目を瞑ったままの俺の左手が取られる。

 

「これは、私からのお礼ですっ♪」

 

ほんのり温かなお代に導かれて館からふらふらと出て行く。背後から囁くように聞こえた妖艶な笑い声に驚いて振り返った俺の眼前には……それまでの占いが嘘であったかのように何もなかったのだった。あれは夢だったのだろうか……。

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