俺は大学生バイトファイター、北条雄緋。
「ミッシェルー! 今日も風船配りお疲れ様!」
「わぁー! ミッシェルだ!」
「ほんとだ! やーいミッシェルー!」
偶然たまたま、晩御飯の買い出しのために家の近くの商店街を訪れた俺は、商店街の人たちみんなから愛され、時には子どもたちに戯れつかれ酷い目に遭いかけているこのクマ、ミッシェルの中から誰かが現れる現場を目撃した。あまりに衝撃的な、『ピンクのクマの中は人であった』という事実に衝撃を隠しきれず、動揺してしまった俺は、この光景を目撃したということを気づかれていないとたかを括ってしまった。油断しきってしまい、何も見なかったということにしてその場を立ち去ろうとした俺は背後から忍び寄るミッシェルに気がつかなかった。俺は視界の外からミッシェルに頭部を鈍器のようなモノで殴打され、目が覚めたら。
「ええええどういうことーーー?!」
体がミッシェルになってしまっていた!
ん? どゆこと? いや本当に、街中歩いてたら、路地裏に駆けていく怪しげなミッシェルを目撃して、それを興味本位で追っていたら急に意識がふーっと、消えていって、気が付かないうちに俺はミッシェルになってたんです。本当なんです。
「あら! ミッシェルだわ!」
「や、やぁ〜、ミッシェルだよ〜!」
「あれ、今日のミッシェルは声が変よ? 風邪かしら?」
ふざけてる場合じゃねぇ。どういうわけかどういう因果かどんな薬の作用かなんだか知らないが、気がついたら俺はなんとミッシェルに変身しているではないか。そして俺は超絶危険な状況に直面しているのだ。俺をミッシェルだと信じてやまない、穢れなき、笑顔を求める少女、弦巻こころがミッシェルのことを疑っている。
「あれ、こころ? ってええぇっ?! なんでミッシェル?!」
「あら美咲! ミッシェルの声が変なの! どうすればいいのかしら?」
「ちょ、ちょーーーっとこころ?! ミッシェル借りてくねぇーー!!」
「お、お、おわあああっ?!」
「え、えぇ。……変な美咲ね?」
俺は着ぐるみを着ているというのに、無茶な全力疾走を強いられている。そして商店街からの奇怪なものを見るような好奇の目線に晒されながらも、無駄に重たい足をなんとか走らせ、俺を路地裏に連れ込んだところで美咲はようやく足を止めた。
「なんで?! ミッシェルはあたしのはずなのに?! 誰?! 誰!!」
「俺!! 俺です!! 北条雄緋です!!」
「へ、へ? 雄緋さん? ……何してるんですか?」
「目が覚めたら……体がミッシェルになっていたんだ!」
「……は?」
いやそりゃ分からんよな……。こんな説明されて信じられるわけないよな……。
「というかそれあたしのミッシェルですから! 早く脱いでください!」
「今人いない?」
「大丈夫ですから! あたししか居ませんから!」
「よし……ん、あ、あれ? んー! んー! ……抜けない」
「は?」
俺は力一杯……といってもミッシェルの手だからちょっとモフってしてるけど、そんはこんなでどうにかして頭に被っているはずの着ぐるみを脱ごうとしたんだ。けど、どういうわけかどんだけ頭を振ろうと、外そうとしても、頭につけられたクマの頭部は脱げそうにない。
「あ、頭が無理なら胴体からでもいいです!」
「どうやって脱ぐんだよ?!」
「あーもう! ……よいしょ!! え……あれぇ?」
「……脱げないんだけど」
「……どういうこと?」
「こっちが聞きたい」
なんてたって俺が気絶しているところから目が覚めたら、俺はミッシェルの着ぐるみに包まれていたんだからな。
「というか! 俺を気絶させて着ぐるみ着せたの美咲だろ?! なんとかしろよ!」
「え、ええっ?! あたし知らないんですけど?!」
「へ……? ……まじ?」
「マジ」
「……じゃあ一体誰があの時このミッシェルから出てきたんだ」
「訳わからないこと言ってないで、早くしないとあたしバイトの時間になりますから! 早くミッシェル返してください!」
「返せなんて言われても脱げないんだよ!」
そんな押し問答の末なんとかミッシェルの着ぐるみを剥がそうとした俺たちだったが、どうにもこうにもこの着ぐるみを脱ぐことは叶いそうになかった。
「ほんとどうなってんの……」
「こっちのセリフなんだけど……」
「というかあたし、これからミッシェルになってバイトあるんですけど、雄緋さんが着てるからどうしようもない……」
「……え。俺このままだともしかしてミッシェルとして生きていくの?」
「そりゃあ……脱げないんですもん」
「嫌すぎる」
「というかあたしのバイト代わりにやってください」
「え……あんなアクロバティックなの?」
俺の問いかけにコクコクと頷く美咲。だってこのミッシェル……結構着ぐるみにしては激しい動きしてたよね? さっきとか走るだけで一苦労だったのに……。
「なんでなんとか脱ぐ方向で考えないんだ……」
「そりゃああたしだって脱がせたいですよ?! ぜ、絶対あたしのニオイとかしてるじゃないですか……」
「あ……ほんとだ」
「ぎゃー!! 嗅がないで嗅がないで嗅がないでーーー?!」
「揺さぶるなぁ?!」
視界がガクンガクンと揺れる、ってか視界ほとんどないけど、真正面以外マジで何も見えない。とにかく酔いそう。
「はぁっ、はぁっ……」
「息切れるほど暴れるなよ……。……というかさ、バイト代わるって言っても、動きもそうだけど、声とかどうすんだよ」
「そういやさっきこころにもバレかけてたなぁ……」
「……腹話術とか」
「無茶言わないでください」
「えぇ……」
俺の隣に美咲がつきっきりで腹話術してくれたらなんとか今日ぐらいは乗り越えられそうなのに……。いや、俺はその先もミッシェルとしての生を受けるだなんて絶対嫌だけど。というか、暑い。1月なのにめちゃくちゃ暑い。
「……と、とにかくバイトまでになんとかしなきゃ」
「バイトって何やってるんだ?」
「一応風船配りとかですけど……。……このまま出られなかったらあたしの代わりにハロハピでDJやって貰いますからね」
「はぁっ?! ……なんとかして脱出する方法を」
「こっちから声した? って、あっ!! ミッシェルーーー!」
「ぇ……、はぐみ?!」
「あれ? みーくんもだ。こんな暗いところで何してたの?」
しまった……。あまりの絶叫具合に路地裏だったココも見つかってしまって、よりにもよって現れたのははぐみだった。
「あれ? というかミッシェルとみーくんが一緒にいるの珍しいね!」
「……へ?」
「あーーー! ちょーーーっとだけ待っててねーーー?!」
俺はさらに奥に連れ込まれ、俺の耳があるあたりで美咲が小さく話し始めた。
「あの、はぐみだけじゃなくてこころとか薫さんもなんですけど、ミッシェルの中があたしってこと、知らないんです」
「……はぁ?」
いやいや、いっつもバンド活動やってるよね? 5人で仲良く遊んだりしてるんじゃないの? と聞くと、どうやらそれにも関わらず、その3人は着ぐるみの中の存在ということを認識していないらしい。
「子どもたちの夢を守るのと一緒だと思って、絶対にミッシェルの中に人がいるってバレないようにしてくださいね?!」
「わ、分かった! 分かったから!」
「絶対ですよ?! 約束ですからね!!」
「みーくん? どうかしたの?」
「いーーーやなんでもないよーーー?!」
とにかく、どうやら俺自身はミッシェルという1つの知性を有する存在として振る舞うことが求められるらしい。ふとした時に油断してバレてしまいそうなので、ミッシェルの着ぐるみが取れない以上、自己暗示をかけることにした。
俺はミッシェル。
俺はミッシェル。
俺は北条ミッシェル。
あっ、違う。ミッシェル。ミッシェル。ミッシェル。
「あ、そーだミッシェル! こころんがこの後ライブしようだって!」
「ゲリラライブ?!」
「ゲリラライブミッシェーーー?!」
「ぶふぉっ! ちょっ、雄緋さん! ミッシェルはちゃんと日本語喋れますから! 語尾もそんなんじゃないですから!!」
「え? 雄緋くんもいるの?!」
「あーーー違う! 違うからはぐみ!! 雄緋さんが居たらなぁってぇっ!!」
「そ、そうだよぉ?!」
「あーそっかぁ! みーくん雄緋くんのこと大好きだもんね!」
「はぁっ?!」
「ちょぉっ?! よーーーしはぐみ! こころのとこ行こ! 早く!! あたしたちも後で行くから!」
「え、わわ! 待ってるからねー!」
そんな狂気のような会話の末に裏路地からはぐみが駆けていく。その場に奇妙な空気感の中に漂う着ぐるみの中のものたち2名。
「あの」
「何も聞いてない。いいですね?」
「あっ、はい」
俺はミッシェルとしての行動の基礎と原則を叩き込まれました。
突如として商店街の広場に作られていた特設のステージ会場。……さっきまでなかったよね? 俺たちを見つけた花音が驚きの目線で近づいてきた。
「え、え……。美咲ちゃんが……2人?」
「花音さん! 違うんです! 実はミッシェルの中身が……」
美咲が必死に事情を説明しようとしてくれるのだが、花音の方から向けられる目線は。
「……美咲ちゃんの中に、雄緋くん?」
「全然違います!! ミッシェルはそもそもあたしじゃないんです!!」
今日の総括としてはみんな混乱し過ぎて、もはや何が正解なのか誰一人として分かってないってところですね。うん。
「と、とにかくですね! 今日のところはライブは雄緋さんに任せようかと……」
「え、えぇっ?! だ、……大丈夫?」
「音源はなんとか……、だから今日のミッシェルはDJじゃなくて、完全に子どもたちを喜ばせるパフォーマーとして……」
「頑張ります」
「え、えぇ……。う、うん。頑張ろう……ね?」
なんかちょっと視線が冷たい気がする。俺だってミッシェルやりたくてやってるんじゃないんです。謎の着ぐるみの者にこんな体にされてしまったんです。
「あっミッシェルが来たわね!」
「こころちゃん?!」
「あ、花音さん! いつも通り! お願いしますね!」
「う、うんっ! 任せて!」
「おや……ミッシェルと美咲が並んでいるだなんて、珍しいこともあるものだ……」
「薫くんもそう思うよね?」
花音や美咲と粗方の打ち合わせのようなものを終わらせ、ステージ裏の方へ向かうと、どういうわけだかハロハピのメンバーはみんな集まっていた。
「あはは、あたしもミッシェルと遊んでみたいかなー? なんて……」
「子猫ちゃんのように戯れる美咲も、それは儚くて、いいものだね」
「……はぁ」
目に見えてため息をつく美咲だが、美咲の言う通り『3バカ』はどうやら本当にミッシェル=美咲、の方程式に気が付いていないらしい。
「さぁっ、みんな行くわよ!」
そして俺たちはステージへと駆け出す。観客席で無事を見守ると言った、美咲を残して。
ライブのエンディング。台の上に立ったミッシェルはポージングを決める。
「……はい!」
そして音がなり終わり、拍手が鳴り響いた。その瞬間だった。
「あっ、ミッシェル?!」
バランスを崩した俺は思わず、上半身でバランスを取る。そして誤って、着ぐるみの頭部を掴んで。
スポッ、と何かが抜ける感覚がした。
「あ、やば」
「雄緋さん?!」
遠くから俺の本体を知っている美咲の声が聞こえる。走馬灯だろうか。
あぁ、俺はきっと、沢山の子どもたちが見守る中で、そのクマの見せる幻想を、夢を壊してしまったんだ。
あぁ……。やってしまった……。
バタン。頭の着ぐるみが取れる感覚とともに、完全にふらついた俺は地面に叩きつけられた。なんだか顔もスースーする気がする。きっと子どもたちに、
『着ぐるみの中は人がいる』という悲しい現実を教え込んでしまったのだ。
「み、ミッシェル?! 大丈夫?!」
こころの声が響く。あぁ、こころにもバレてしまったか。美咲との約束、守れなかった。……美咲、本当にごめん。
「え、う、うそ」
驚愕の表情を浮かべたこころ。それもそうだろう、ずっとミッシェルはミッシェルであると信じてやまなかったこころが現実を知ってしま
「ミッシェルからさらにミッシェルが出てきたわ! どういうことかしら!」
「……え?」
俺は訳がわからず、自分の両手を顔の方に当てる。外れて無くなっているはずの着ぐるみの頭部。……あれ、あるぞ、モフモフしてるぞ。というか視界もまだ狭い。けど、あれ、狭い視界の端っこにはミッシェルの頭だけが。
「なんということだ……。ミッシェルは、脱皮をしたんだね、これが成長、進化……。……儚い」
「は、はぁっ?!」
ミッシェルはクマなんだから脱皮しないだろとか、そんなことはどうでもいい。俺は子どもたちの夢を守れたんだ。俺はミッシェルになれたんだ。
俺が……本当の、ミッシェル……。
なぜだろうか。俺は達成感に包まれ、思わず涙が溢れた。
いや、正直クマから人に戻る喜びで泣きたかったけど。
ようやくこれで、俺の使命は、終わりを告げたんだ。
次々とミッシェルが走馬灯の如く脳裏を駆け巡る。
はっきりと俺の耳には祝福の声が響いていた。
おかしいな、嬉しいはずなのに目から汗が。
前から思ってたけどこのクマ過重労働すぎるもんな。
だけど、これで、俺はミッシェルから解放され……。
ませんでした。
あ、ちなみにガチで元の姿に戻れなくて、3日ぐらい引き篭もってたら、その次の日の朝ぐらいにちゃんと元に戻れました。バイトファイター? 当然バイトはブッチです。だって俺はミッシェルだぞ。
それはそうと、今更だけど美咲じゃないなら誰だったんだろなあれ。夢だったのかな? まぁまさか、……ね? 俺が本当にミッシェルなはずがないし。ミッシェルの中に人がいる訳ないもんな。
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