ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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ドキドキダイエット【ひまり】

日差しの強さはまだまだ弱まらない9月上旬。そんな酷暑の中でもやがて訪れる食欲の秋を前に、恐怖に打ち震える女がいた……!

 

「うっ……」

 

体重計が導き出した数値、それは……!

 

 計 測 不 能 

 

「いやあぁぁぁぁ?!」

 

うら若き少女の悲鳴がこだました……ッ!

 

 

 

 

 

「と、いうわけだから助けてぇぇぇっっ?!」

 

「いやいきなり来て泣きつくな!!」

 

俺の家に来るなり、見るも無惨な体重計の写し出した現実を見せつけるひまり。なんの連絡もなしに家に来られたことで既に俺は大迷惑を被っているわけだが、さらなる迷惑に付き合わされそうな予感がしてならない。

 

「今から秋なんですよね? てことは私はこれからどうなるのぉ?!」

 

「食欲ぐらい自重すればどうとでもなるだろ! コンビニスイーツとか!」

 

「うぅぅ」

 

きっとこれだけじゃ今何が起きてるのか分からない人が大半だろう。俺もさっきひまりと会ったばかりでさっぱりだが、分からないなりに説明をすると、ひまりはどうも体重の増加を気にしているらしい。まぁ思春期であればそういう悩みを持つのだって当然なのだろう。気にしすぎは良くないわけだが。

 

「ただでさえ秋が控えてるのに……、このままの体重で、行ったら……あ、あ……」

 

悩みを持つどころか完全に絶望を抱えてしまった哀れなひまり。普段の食に関するところを見ればまぁ多少の体重の増加は仕方がないと思う部分も大きい。

 

「でもひまり、そんなに気にするほどなのか?」

 

「絶対太ってますもんこれ!」

 

「でも計測不能ってことは増えてない可能性もあるし、あ、いや、計測不能になったってことは計測可能な体重以上に……」

 

「え、違いますよね?! 私そんなに太ってませんよね?!」

 

「いやまぁ……うーん」

 

「その反応1番怖いですって!!」

 

揶揄っている時の反応が面白いのは確かだが、あまりに揶揄いすぎるのも性格が悪い。流石にひまりのこの見た目で計測不能になるほど体重が増えたということもないだろうから、恐らくこの体重計の調子が悪かった、ないしどこか壊れているとか大方そんなところだろう。じゃなければ、多分俺が乗ったって計測不能になんてなりはしない。

 

「ま、だから杞憂なんだし気にしすぎたら負けだぞって俺は思うけど」

 

「それでも気になるんですってぇ」

 

「じゃあ結局ひまりはどうしたいんだ?」

 

そう問われた瞬間、ひまりの表情が曇る。多分、ひまりもそれなりに覚悟を決めたものの、あと一歩のところが踏み出せずにここまで渋っているのだろう。

痩せたいという願望はかなり多くの人が持っている。体型を維持したいと考える人や、しなやかなスタイルになりたいと考える人は多い。そんな人がどんな道を通ってその身体を手に入れているのか?

 

「だ、ダイエットしたいなぁ……なんて」

 

「本当に?」

 

「……ダイエットを」

 

「本当に?」

 

「雄緋さん……! ダイエットがしたいです……!!」

 

ひまりは言い切った。その表情は完全に背水の陣とやらだろう。高く険しい道のりを踏破しなければならない、そんな覚悟だったはずだ。

 

「よし、それなら俺も協力しよう」

 

「雄緋さぁん……!」

 

まるで救いを求めるような目で俺を見上げるひまり。ここまでお願いされて、俺が突っぱねるなんてできよう筈もない。ひまりが自信を持って体重計に乗れるようにしっかりとサポートをしてあげるのが筋というものだろう。

 

「というわけだ、外出ようか」

 

「……いやです!」

 

「は?」

 

さっきまでダイエットをする空気満々だったひまり。しかし、どういうわけか外に出るのを拒む。俺もわけが分からないという顔をしていると、ひまりは相当に顔を強張らせて。

 

「外に出たら走り込みですよね? ぜっっったい嫌です!!」

 

「えぇ……」

 

まぁ走り込ませようとしてたけども。痩せるのに手っ取り早く思いつくのはランニングやジョギングの有酸素運動だし、俺は自転車でひまりと伴走しながら走り込ませるつもりだった。

 

「だってまだ外暑いですよね? 絶対に熱中症で倒れますよこんなの!」

 

「じゃあどこでダイエットするんだよ」

 

「空調の効いた涼しい屋内があるじゃないですか!!」

 

「お前本当に痩せる気あんの?」

 

ここは天国だ、と言わんばかりに胸を張って、この部屋でダイエットに勤しもうという魂胆らしい。秋に向けてダイエットをしようという気概は買うが、暑いから外に出て運動はしたくないとかいうワガママっぷりを見て、ひまりが痩せられそうという未来は見えない。

一方のひまりは俺がどう思おうがどう考えようが、屋内で痩せるという考えを曲げるつもりはないらしい。一朝一夕でそもそも痩せられないというのはさておき、少なくとも今日のところはこの部屋でダイエットを押し通すようだ。

 

「痩せるつもりでここに来たんですから当たり前じゃないですか! ちゃんとジャージも持ってきましたもん!」

 

「あのなひまり。持ってくるだけじゃ痩せないんだぞ」

 

「分かってますって! 運動するのに着替えますから!!」

 

たった1人だというのにこの騒ぎっぷりには感嘆するしかないが、元気そうで何よりだ。流石にこの家に来るまではジャージではなく普段着で来たひまりだったが、羽丘の名前が胸元に刻まれたジャージを抱えたまま思案に耽っている。

 

「って、どうした? 早くダイエットするんだろ?」

 

「……着替えるんですよ?」

 

「見ないぞ」

 

「なんでぇっ?!」

 

「俺がおかしいのか?」

 

ひまりの言うことが予測できてしまったのも悲しいが、なんだかこいつはそういうことを言いそうな気がしたのだ。反応を見るに図星だったらしい。

 

「女子高校生の生着替えシーンですよ?!」

 

「自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

 

「無料で見放題ですよ?!」

 

「有料配信の宣伝文句じゃないんだから」

 

「見たくないんですか?!」

 

「犯罪って知ってる? というか早く着替えてこい。俺も暇じゃない」

 

「はーい……」

 

適当に冷たくあしらうと、とぼとぼと肩を落として廊下の方に消えていくひまり。衣ずれの音が聞こえては来るが、さっきまでの騒ぎっぷりのせいか、全く思うところはない。それにしても何を思って自らの着替えシーンを人に見せたがるのだろうか。そういう性癖ということであれば納得は行くのだが、せめて社会で生きていく上で人に迷惑をかけないようにはして欲しいものである。

 

「着替えましたぁ……」

 

「よし、じゃあ始めるか。屋内で出来ることなんかたかが知れてるけど」

 

「でも何をやるかは自分で考えてきましたよ!」

 

「珍しく段取りがいいな」

 

最初に泣きついてきた時点でノープランだと思っていたが、どうもそこそこ本気で痩せたいとは思っているようだ。ひまりが持ってきたポーチの中に入っていた手帳のようなものを取り出して何かを確認している。それなりに長い時間目を通しているからちゃんと計画は立てているらしい。

 

「まずは筋トレをしようかと!」

 

「まぁそれぐらいしか出来ないだろうけど」

 

「この余分な脂肪を全部筋肉にしちゃえばダイエットなんて余裕だと思うんですよ!」

 

きっと今の発言を聞いて筋トレに一度でも励もうとしたことがある人は可哀想なものを見る目でひまりのことを見そうだ。家庭でも出来るような筋トレですぐに筋肉がつくのであれば、あんなにスポーツジムなるものは普及していないだろうし、世の人は困らないだろう。そもそも筋肉の方が質量としては重くなることを言うのも野暮というものか。

 

「まずはお腹周りの脂肪を落としたいから……、腹筋からですよね!」

 

「うーん……まぁ、いっか。頑張れ」

 

いそいそと床の上に仰向けになって寝転がるひまり。それを上からぼーっと眺めていると、ひまりが抗議の目線を向けてきた。

 

「ちょっと! 手伝ってくださいよ!」

 

「え? 何を?」

 

「腹筋やるんですから膝のところ押さえといてください!」

 

「あー。頑張ってる姿を見届けるだけかと」

 

「もうちょっと近くで見届けてくださいよ〜!」

 

仕方がないと重い腰を上げ、ひまりが立てた膝を抱え込む俺。あまり体を触るのも良くないかと思い控えめに押さえていると、体重をかけてもいいから強く握れと叱られる、そんなやり取りを交わしながらようやくひまりは覚悟を決めたらしかった。

 

「それじゃ、行きますからね……」

 

「回数は数えてやるから頑張れ」

 

「ふっ……ふぅ〜……」

 

歯を食いしばりながら最初の一回、体を起こしたひまり。しかし、しっかりと体を起こしたにも関わらず、何故かひまりはもう一度床に体を倒そうとはしなかった。

 

「って、どうした?」

 

「いや、ここでもう一度寝ちゃったらまた体を起こさないといけないのかって思うと……」

 

「腹筋の最初の最初で悟らないでくれる? いいからもう一回」

 

「はぁい……」

 

渋々といった様子で寝転がったひまりだったが、やはり体を起こそうとはしない。筋トレに対してやる気が起こらないのはまぁ理解は出来るとして、人を巻き込んでいるわけなので流石に始めて5秒で飽きるなんてのはやめてほしい。

 

「あの……ちょっと提案いいですか!」

 

「なんだ? どうぞ」

 

「その、かなり苦しくって」

 

「はい」

 

「……ご褒美が欲しいなぁ、なんて」

 

「まだ2回目なんだけど?」

 

さぞかし疲れたみたいな顔をしているが、忘れてはならないのがまだひまりはダイエットと言いつつ腹筋を1回しただけである。1セットとかそういうのでもない。本当にたった1回体を起こしただけだ。

 

「そのぉ……もう少し体と顔をこっちの方にグッて近づけて欲しいなぁ……なんて」

 

「それは良いけど……。それのどこがご褒美なんだ?」

 

「それで、私が体を起こすのに合わせて、キスとかぁ……」

 

「うん、却下」

 

「なんでぇっ?!」

 

「黙ってろ煩悩」

 

ダイエットが云々と言っているが、その溜めてしまった脂肪たちも煩悩の行き着いた先と考えれば納得がいってしまう。種類の違う煩悩とはいえ、どうやらこのピンク髪のダイエット少女は頭の中までピンクになっているらしい。

 

「それなら私も頑張れるんです!!」

 

「そこまでしなきゃ頑張れないんなら多分ダイエットは無理だから諦めたほうがいいと思うぞ」

 

「くっ……正論……!」

 

これが正論という認識は出来るらしい。しかし、やはり煩悩まみれなのは事実らしく、ひまりは一歩も引こうとせず、そして。

 

「……分かりました」

 

「何が?」

 

「……私! 雄緋さんがそのつもりならジャージ脱ぎます!! 良いんですか、脱ぎますよ?!」

 

とんでもない脅しを吹っかけてくるひまりを前に、逃げの体制を取ろうとする。ひまりが1人で露出するのは勝手にして貰えば良いとして、それを目撃するというのは非常にまずい。

 

「……実はですね、雄緋さん。私、さっきブラもシャツも、脱いじゃったんですよね」

 

「……は?」

 

「つまりこのファスナーを下ろすと……」

 

「ちょ、下ろすな下ろすな」

 

ひまりは先ほどまでのかしましさすら感じさせるテンションから急激にムーディーな声色で囁いてくる。それだけに留まらずひまりはファスナーに手をかけ、数cm下ろしてみせた。少し暗く見える素肌を辿れば谷間が写り。

 

「ちょ……本当に」

 

「……見たいですよね?」

 

「よし、分かった。腰のところちゃんと押さえて、前屈みになるから」

 

「ありがとうございます!!」

 

俺が宣言したまま目を瞑り、ぐっと顔と体を前に倒すと、ファスナーを閉める音が聞こえてくる。俺がゆっくり目を開き、事故が発生していないことを確認すると、ひまりも息を整えて、しっかりと腹筋で体を起こす動作に入る。

 

「……私、頑張りますから!」

 

「分かったよ……」

 

目のやり場には困るが、どうにか覚悟を決めて俺もひまりと相対する。ひまりはグッと力んで、体を起こし……、体を起こし……。

 

「……あっ、やっぱり無理ぃ……」

 

「えっ?」

 

「この状態から……体起こすの無理ですぅ……」

 

「え、えぇ……」

 

まさかの2回目でノックアウト。まさかひまりがここまで貧弱だとは思ってもいなかったから困惑するが、何はともあれ変なことにならなくて良かったと胸を撫で下ろした。それも束の間。

 

「雄緋さん……」

 

「ん? って」

 

先程までひまり自身の頭の後ろに添えていたひまりの両腕が、突然視界の端で動く。そして俺の背中を掴むと、グイと急に体がひまりの方へと引き寄せられる。気が抜けて反応できなかった俺はそのまま。

 

「んっ……ふぅ……」

 

「……はぁ、おい」

 

まんまとひまりの策略にハマったらしかった。俺の反応を見たひまりはしてやってりと微笑んではいるが、その表情はなかなかに読めない。ただ、物凄く近くまでひまりの顔が迫り、薄らと頬が赤いのは確認できた。

 

「……雄緋さん。ごちそうさまです……」

 

「食べ物じゃないんだが?」

 

「分かってますよぉ……。えっへへぇ……」

 

やたらと上機嫌なひまりに俺は呆れるしかなく。触れ合った体への名残惜しさなどが薄れながら、沸々と別の感情が湧き上がってきた。そして体を起こした俺は、ひまりの手を握ったまま体を引き上げる。

 

「きゃっ、もう、雄緋さんも我慢できないんですよね? ダ・イ・タ・ンっ、なんて、きゃぁぁ〜!」

 

「おいひまり」

 

「えっ?」

 

「外、行くぞ」

 

「そ、外って。あっ、そ、そういうのが趣味……とかぁ……」

 

どうやら俺が言わんとしていることの意味を薄々理解したらしい。だが、俺はそんな冷や汗だらけの表情を見たところで手を緩めるほど優しくはないし、むしろ鬼畜なのだろう。

 

「はっはっ。そうだな、趣味だからな? ひまり」

 

「は、はいっ」

 

「……ランニング、行こっか?」

 

「い、いやぁぁぁっ?!」

 

断末魔が響き渡ったという……。

 

 

 

 

 

そして、必死のダイエットから数日が経ったある日のこと。ひまりは満ち溢れる自信と共に忌まわしき体重計と相対した。今なら絶対にこいつを打ち負かせると。その自信は雄緋と共にダイエットに励んだ苦しくも充実した日々が作り上げたものだった。

 

「よ、よぉし……。私なら、絶対に……行けるっ……!」

 

結果は。

 

「行けるんだからぁっ!」

 

 888.88kg 

 

「いっ」

 

勘違いが生んだ、悲劇。

 

「いやああぁぁぁぁっっっっ?!」

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