「さて、今週も始まりました、『アネトーーク』。今日もガールズバンド界を代表する魅力的な姉の皆さんに来ていただいています」
突然呼び出されたCiRCLEのラウンジ。そこに赴いた俺はいかにもな衣装に着替えさせられ、使ったこともないようなピンマイクをつけられ、黒服が気になるカメラマンの方を向きながらハキハキと喋らされている。俺は適応力だけは無駄に高いが故に、何の抵抗もなくMCをしている、そういうわけだ。
「あっちゃん見てる〜? 戸山香澄ですっ!」
「あはは、恥ずかしいなぁ。あっ、山吹沙綾、3人姉弟の長女です」
「Roseliaの宇田川あこの姉こと、宇田川巴だ! よろしくなっ!」
「……氷川紗夜です。よろしくお願いします」
「えー、それでは今日も姉ならではの話をこの4人に語り尽くしてもらいましょう」
カンペ通りを読み上げるだけで良いなんて楽が出来て良い仕事だ、なんてどうでもいいことをつい考ええざるをえなくなっていた。
「それじゃ。最初のトークテーマは!」
『年下の可愛いところ』
「うーん全部かな?」
「惚気が来たな、いきなり」
「だってあっちゃんだもんねぇ」
「理由になってないよ、香澄」
ドラムロールに続く怒涛の惚気。香澄の妹愛は大したものだが、その語彙力の無さによって周囲からすれば何が何だかさっぱりである。
「じゃあさーやは語れるの?」
「え、純と紗南の可愛いところ?」
「うん」
香澄に問われて考え込んだ沙綾。顎に手を置いて何やら表情がコロコロと変わっている。
「巴はどう?」
「逃げたな沙綾……」
その表情の豊かさから推測するに、多分歳下たちの可愛いところは大量に思いついたのだろうが、それを全て語るにはあまりに多過ぎたのだろう。そういう自重であると信じたい。
「えっ、あこか? あこはとにかくアタシのことをカッコいいって思ってくれるところが可愛いんだよなぁ」
「まぁあこってカッコいいものへの憧れみたいなの強いもんな」
「そうなんですよ! いやぁ、あこのアタシが和太鼓を叩いてる時の目ときたら……」
そこまで言い切るなり、巴は目を閉じた。そして満足げに口から大きな息を吐き、恍惚と表現するのが相応しい顔色を見せている。
商店街なんかのお祭りで、法被を着込んだ凛々しい姿で和太鼓を叩いている巴。実はその裏で自分の妹に対してあまり表には出しづらい、劣情に似た感情を抱いているらしい。
「あはは……。紗夜はどうだ? 日菜の可愛いところとか」
「そうですね、日菜の可愛いところですか」
「……あっ、もしも思い出すのが辛いこととかあったら言わなくても」
刹那、先ほどまで俯き加減だった紗夜が面を上げた。
「まず日菜の可愛いところは皆さんが指摘している通り私のことを姉として慕ってくれていることでしょうか。私は日菜の才能を羨み、妬み、姉でありながら日菜を冷たくあしらったにも関わらず、日菜は小さな頃から常に私のことを慕い続けてくれています。勿論姉としてはそろそろ姉離れをして欲しくもありますが、正直に言えばそれはそれで寂しいという感情が拭いきれません。なぜならやはり日菜の思慕は普通の姉妹のそれを超えているような気がするほど大きなものだからです。私の心を溶かし切るほど温かく私を受け入れてくれた日菜の器の広さにはなんとも言えない離れ難さが。これは依存というものに近い感情かもしれません。何より日菜はたった1人の私の妹なわけでして、喩え日菜がいつか私のことを目障りに思うことがあったとしても日菜を守ることが私の責務なのであって、何処の馬の骨であろうと日菜に危害を加えるような輩がいるのであれば私はそれを潰しにかかります。それこそが実の妹を邪険にした愚かな姉が出来る唯一の贖罪だとすら考えています。あ、言うまでもないですが雄緋さんが日菜を娶ってくれるということであれば私は大賛成です。ただその時は私も日菜と一緒に可愛がってくだされば、それだけが条件です。雄緋さんの人柄が他の方々と比較しても群を抜いて素晴らしいことは他の誰でもない私が知っていますし、むしろ生涯の伴侶としては私には雄緋さん以外考えられません。ですから私のかけがえのない妹である日菜と一緒に私の人生を歩んでほしいのであって、あっ、これだと話の本筋からズレてしまいましたね、話を戻すと日菜が可愛いところは」
「長い長い長い、本当に長い。途中から聞き飽きたからあんまり聞いてなかったけど長過ぎ」
もはや息をする暇もなく日菜への愛を語る紗夜。いつのまにそこまで日菜に対する心情が改善したのかはさっぱりだが、ここまで一息で語れるあたり、日菜のことを思う姉としての気持ちはきっと本物なのだろう。
聞いている身としては長過ぎて呆れるばかりだった。だから雛壇的ポジションに座る他の姉たちの姿を確認しようと振り返ったが。
「流石紗夜先輩だ……!」
「日菜さんへの思いがここまで溢れるなんて凄いなぁ……」
「紗夜先輩の向き合い方、すごくアツイなぁ……!」
「どうしてこうなってんだろうなぁ……」
大好評。俺が途中から耳を傾けるのを放棄し始めた一方で、全てに聞き入って涙まで流しそうな勢いのこのオーディエンスは一体どうしたものか。スルーでいいのだろうか。そうしようか。
「よし、じゃあ次のトークテーマで」
『姉故の辛さ』
カンペとして出されたものは所謂あるあるのようなものだった。姉だからこそ抱える辛さとか大変さとかそういうのを引き出したいのだろう。
「姉として辛いこととかあるのか? じゃあさっきは最後だった紗夜に聞くか」
「辛いことですか……。やはり私の場合は自分と比較してしまうのは辛いですね、何事においても、双子の姉妹ってこともあるからか、どうしても比較されてしまいますから」
「なるほどな……。確かに紗夜はそれで悩んだ期間も長かったわけだし、多分他の人と比」
「ですが、それも日菜がいるから比較されるのであって、比較されるということはそれだけ日菜が尊い存在であることの裏返しでもあります。日菜が居てくれたおかげで私もモチベーションを保っている部分がありますから、そういう意味でもあまり辛いことではないのかもしれません。ただこれは私特有の問題ですから、姉故の辛さというテーマには」
「分かった分かった、話を振った俺が悪かった」
どうやら今日の紗夜は妹愛が強すぎる日の紗夜らしい。先程から凄い勢いで捲し立てることもあって俺もついていけないし他の姉たちも……、紗夜のことをまるで神様とか、師匠を見るような目で見つめている。そのカリスマ性には俺も勝てる気がしない。
「よし、じゃあ次のテーマいくから……って、ん?」
俺はこの大暴走紗夜をそこそこにあしらい、こちら側から見えるカンペらしきものに目を向けた。しかし、そこに書かれていたのはこれまでとは違うフォントで書かれている。少々不穏な文字。
『甘えたいこと 〜雄緋お兄ちゃんに甘えよう〜』
アナウンスをしてから俺はびっくりする。何より4人の反応があまりに鋭く、スタジオ全体の空気もなんだか一段と引き締まった気がする。俺は恐る恐る、その4人の有識者らしき人にさりげなくヘルプの目線を送った。だが、巴が俺からマイクを奪い取り、ノリノリで話し始めた。
「ここでお待ちかねのコーナー! 雄緋お兄ちゃんに全力で甘えるコーナーです」
「さて、今回こそは負けませんよ〜! 絶対にゆーひさんにいっぱい甘えます!!」
「いやいや待って、初耳なんだけど」
なんでも、ルール説明とかそういうのは一切なく、基本的に順番に俺に対して甘えたいことをこの場で告知して実践していくコーナーだそうだ。間違いなく俺は聞いたことがない。というか今日そんなことをやるなんて心つもりはしていなかった。
「えっ、てかお兄ちゃんって何?」
「だって雄緋さんはお兄ちゃんじゃないですか? 歳的に」
「それはそうだけども」
「姉という存在は、得てして甘えることができずに悩む存在なんです。だからいっぱい甘えさせてください!!」
「ちょ、分かったから顔上げろ」
そこまで頭を深々と下げてお願いされたら断れることなんて出来ない。俺は諦めて、表情がさらに輝きを増した4人と改めて向き合う。
「それじゃ、トップバッターは香澄! 頼んだぞ!!」
「はーい! ゆーひさんにはー」
「なんだ?」
「あっちゃんみたいにツンツンしなくてもいいから、ハグする私も受け止めてナデナデして欲しいです!」
「お、おお?」
明日香はツンツンとしているのか、なんてことに考えが及ぶ間もなく、香澄は俺から少し距離をとった。そして助走の勢いのまま飛び込んでくる。
「うおっ」
「えーい! ……おぉ、……ナデナデしてください!」
「こうか?」
思わず後ろにのけぞってしまいそうになるほどの香澄の飛び込みを、足を踏ん張って受け止める。そして俺の胸元にすっぽり収まった香澄の星のような、はたまた角にも猫耳にも見える髪型を形作るヘアを撫で回す。香澄の方からは小さく鼻で呼吸をする音が聞こえてくるから、これでいいのだろうか。
「……はい! 香澄はこれで終しまいだな!」
「ええっ! まだちょっとしか堪能できてない!!」
「今度またやるから!」
「うぅ……」
「次は沙綾かな?」
「わ、私?」
抱きしめている間は満足そうだったが、離れた途端に暗くなる香澄に頭を抱える。けれども心を鬼にして香澄と離れ、隣でモゾモゾとしている。そして次なる沙綾へと移る。
「その……頑張りを褒めて欲しいです」
「褒めて欲しい?」
香澄の時とは違い、力なくしなだれかかってくる様を見ると、沙綾は少し姉として力が入り過ぎて疲れが溜まっているのではないかと感じた。だから、片手で沙綾の背中を包みながら俺は答えるようにする。
「沙綾は小さい弟や妹を抱えて、家事から家の手伝い、バイト、学校も頑張ってるって本当にすごいよな」
「そう……ですかね」
「きっと甘える機会がないから、こういうところでしか発散できないんだよな」
「……その通り、かも」
「俺でよければいつでも相談に乗るし、協力もするから……」
「……ふふっ」
沙綾は柔和な笑みを浮かべると目を閉じた。そして小さく例の言葉を述べると、そのまま足音も立てないままに自分の席へと帰っていった。その表情は相当な達成感を得たようだった。
「よし、なら次はアタシだな」
「巴か。巴の甘えたいことってなんなんだ?」
「それはだな……」
巴は何を言うでもなく、ソファに腰掛けていた俺の隣に腰を下ろして、頭を俺の肩に乗せた。そのまま何も言わないまま、巴は目を閉じているし、時間だけが経つ。
「えっと、巴。これでいいのか?」
「……はい。こうするだけで……」
続きを言わないからこそ、巴がはっきりと何を考えているかは分からない。ただ、巴にとって甘える時間やタイミングがないのは気にしていたようで、この無言の空間というのがきっと落ち着くのだろう。
「……雄緋さん。ありがとうございます」
「……礼で言われるほど大したことはしてないよ」
十分弱ぐらい経っただろうか。ようやく巴が体を起こして立ち上がる。そして。
「じゃあ後は紗夜さんだけですね!」
「あぁ、紗夜。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
何故かよそよそしく頭を下げられたような気がするが、俺は気にせず、例に漏れずに身体を密着させてくる紗夜の方を見つめる。
「甘えるというのはどうも苦手なので」
「まぁ、だからこそ今日は俺に甘えるって話だもんな」
「……その、まずは雄緋兄さんと呼んでいいでしょうか……?」
「……めっちゃくちゃ恥ずかしいけど、とりあえずどうぞ」
「雄緋兄さん……」
はっ。思わず俺の意識が飛ぶところだった。だってそうだろう。普段はクールを貫く紗夜がいきなり上目遣いで兄さん呼びだなんて。俺も末っ子であるからこそ年上になることに対する憧れのようなものはある。そこにグッと刺さったのだ。
「雄緋さん! 大丈夫ですか?!」
「ああいや。紗夜」
「は、はい」
「もう一回、兄さんと」
「……いえ、それだけじゃ」
「え?」
紗夜は一旦俯いて気持ちを整理しているらしい。そりゃあまぁ、かなり恥ずかしいことをしている自覚はあるし、覚悟のようなものも必要か。少しして紗夜が顔を上げる。
「……お兄ちゃん」
「ぐはっ」
「……その、大好き……というと陳腐ですが、日菜の言葉を借りるなら、おにーちゃん、だーいすき……なんて」
この世界は、実に興味深い。嗚呼、神は何を考えてこの可憐な双子の姉を産み落とし給うか。
「……雄緋さん?」
「紗夜、……今日はお兄ちゃんに甘えていいからな」
「えっ。……うん」
紗夜は俺のお腹のあたりに顔を埋めたまま、なんの返事もせずにじっとしていた。
「これは紗夜先輩……」
「すごいなぁ、これぐらい私も甘えられるようになったら……」
「……あこにもこんな甘え方、されたことないかもな」
そのうち、俺の膝の上からは小さな寝息が聞こえてきた。そこには凛々しく風紀を取り締まったり、妹に躾を加える優しく厳しい姉の姿はなく。ただ1人の少女の姿があった。
「……えっと、アネトーーク、今週はこの辺で!!」