「よう雄緋、飲まないか?」
「は? 今日?」
大学での講義を終え、帰路に着こうとする俺に声をかけたのは大学の友人。当然だが俺だってどこぞのバンドをしている女子高校生たちとだけ絡んでいるわけではない。同年代、それも同性の友達だっている。だから奇怪なものを見るような目で見ないで欲しい。
それはそれとして、俺はその友人の誘い方が気になって仕方がない。普段飲みに誘う時とは違いその手に握られているのは。
「そりゃ、この誘い方なら今日に決まってるだろ?」
「……空いてるはいるけど。……その手の、どうした?」
握られていたのは、札束でした。
まるで見せびらかすかのように札束で扇を作り、贅沢にも成金の扇で涼んでいる。普段は俺と一緒に金欠がどうのと言っている友達だったものだから、一体どこからその資金が出てきたのかが気になって仕方がない。
「実はだな……、当てちゃったんだよな」
「宝くじ?」
「馬券」
「あぁ……」
どうやらそれが泡銭であることは違いないらしい。きっと一瞬でその扇は消えてしまうのだろうが、普段金欠に喘いでいる手前、見栄を張るために消えるのだろう。
「で、奢るから来ない? 飲み会はいいぞー」
「大人数の飲み会なら勘弁したいけどな。そういうの苦手だし」
「だーいじょうぶだって。どうせ男しか来ないしさ」
「そういう問題じゃ……。まぁ誘われて断るのもなんだし、行くから」
「やりぃ」
やんわりと断ろうとしたつもりだったが、逃げ道は尽く潰される。こいつの中で俺を誘うことはマストになっていたらしく、俺はそのまま連行される。どうせ大学近くの学生街の居酒屋さんだろうと思っていたが、意外にも連れられるがままに電車に揺られて数駅。駅前に降り立つと大学生だけでなく、高校生ぐらいに見える若者からサラリーマンまで、多くの人が行き交っている。
「約束してるお店がちょっと大学から離れてんだよな」
「約束?」
「こっちの話だから、気にすんな」
俺が詳細を多少詰めようとしてものらりくらりとかわされる。約束とやらも、何人が来るかとか、店のことすら教えてくれない。一体何のサプライズか何かかと思って店に着いた俺は、後悔することになった。
「おっこの店の奥の席……。おっ、いたいた! 初めまして!」
「初めまして? おいこれ」
オレンジ色に照らされたテーブルに座っていたのは俺たちと同年代ぐらいの女性が3名。どうやらその3人も互いに知り合いらしく、俺たちが席に現れるまでは仲睦まじそうに話しているようだった。
俺は混乱して、ここに連れてきた元凶を問いただすべく、その服を無理矢理引っ張り耳打ちした。
「これか? 合コンに決まってるだろ。いやぁ、今日の子マジで綺麗な子ばっかっしょ?」
「いやいや綺麗が云々とかじゃなくて、俺何も聞いてないんだけど?」
「言ってないからな。言ったら来ねぇじゃん、『俺は誠実だから一夜の過ちはしない!』とか叫んでさ」
「そんなの言った覚えないんだけど?」
「お二人とも、座らないんですか?」
「えっ?」
席にもつかずに話し合う俺たちを見て疑問に思ったのだろう。この合コンとやらの参加者らしき茶髪のロングの女性が明るいトーンのまま手をこまねきしていた。
「もちろん! 座ります!」
「あっ、ワタシはその後ろの男の子の隣が良いかなぁ〜」
「え、俺?」
「くっ、ご指名入り……ました……」
キャバクラみたいな遺言を残して生気を失ってしまった友を拝みながら、俺は指名の通りにその子の隣の椅子に座る。席順が思い通りに行ってご満悦らしい彼女はメニューをこちらに見せながら、ぐるりとこのテーブルを見回していた。
「取り敢えず生でいいかな?」
「あ、うん。それでお願いします」
「緊張してるの? 可愛い〜!」
初対面でここまで距離を詰められるとも想定していない俺はどうにか平静を保つ。揶揄いながらも首を傾げる仕草なんかを見ていると、整った顔立ちに隠れた愛らしさのようなところを感じで思わず気後れしそうになっていた。そんな女性慣れしていないような俺を見て優越感に浸ったような顔のかつての友の腿をこっそりつねっておく。
ドリンクはすぐにオーダーが通り、机の上には泡が溢れんばかりの生ビールジョッキが並ぶ。
「それじゃ、かんぱーい!」
音頭と一緒にグラスのぶつかり合う音が響く。俺は慣れない合コンなどという環境でどう立ち回るかを定石の知識もなしに考えたが、口数がただただ少なくなる。そこ、コミュ障とか言わない。
女性慣れというか、このような場の空気感に慣れない俺がどんな失態を晒したか、そういうところがきっと気になるだろう。何をして空気を盛り下げてしまったのか、気になる頃だろう。
俺は……。
「それじゃ今日最初の王様だーれだ!」
「ワタシだ! えっと〜、じゃーあ、王様にキスを……3番の人!」
「あー、俺だ」
「……どこでもいーよ?」
ノリノリだった。いやだってお酒入ったんだもん。最初こそ自己紹介したりで会話を繋いでたけど、途中からアルコール入って訳わかんなくなっちゃった。今だってどういうわけか俺は隣の子の肩を持っているわけだし。距離としては30cmも離れてないし、その子も目を閉じていた。
「雄緋のやつ……!」
隣から今日の場をセッティングしたことが判明した馬鹿の声が聞こえてきたが、手拍子に乗せられた俺はそのまま。肩を強く握って……。
「あれ? 雄緋じゃん☆ ナニ、してんの?」
「……えっ?」
時が止まった。
キンキンに冷えたビールよりもガチガチに冷えた場の空気。俺が目を開くと、困惑する女の子の姿。そりゃあそうか、俺も状況がよく分かっていない。声がしたのは後ろから。恐る恐る振り向くと。
「……雄緋さん。見損ないました」
「酒に酔って乱暴、最悪ね。普通のお説教だけじゃ足りないかしら?」
「あ、え、え?」
およそ、飲み屋には似つかわしくない高校生の影。しかもその姿は俺がよく見知った。
「えっと、雄緋くん? この子たちは」
「あら、申し遅れました。私、北条雄緋の恋人の千聖と申します」
「……はぁ。アタシ、北条雄緋の伴侶の、リサです」
「ふぇぇ?! えっと、雄緋くんのう、運命の人の花音です」
「八潮瑠唯です。北条雄緋の婚約者です」
「あっ、私。雄緋さんのつ、妻のレイです」
「私はますき。雄緋の女だけど」
沈黙が訪れる。
「なーんで雄緋に手出してるの?」
6人の鋭い眼光がこの場を支配した。千聖も、リサも、花音も、瑠唯も、レイヤもマスキも。全てを軽蔑するかのような冷たい目線が合コン会場を突き刺していった。俺も例外ではなく。
「え、いや、そんな。え、雄緋くん? のお知り合い?」
「雄緋さんのこと、馴れ馴れしく呼ばないでもらえませんか?」
「ひっ」
レイヤの低い声が合コンに参加していた女の子たちを黙らせた。俺は比較的落ち着いていそうな花音に連れ出されて店を後にする。少し後ろを振り返ると、さっき俺の隣にいた子の近くを囲んでいる影がすぐそこに見える。
「雄緋は私たちの大切な人なんです。貴女みたいな色目を使う泥棒猫、金輪際近づかないでくれるかしら?」
「白鷺さんは優しいですね。こういうものはもっと直接的に伝えた方が効率的ですから。消えなさい、目障りよ」
何やら話し合いが行われていそうな空気感であったが、その内容を俺が知る術はなく、俺はそのまま花音に背中を押されるように店を後にする。あとの5人は置いてけぼりなのだが、良いのだろうか。階段を上って地上に出たところで花音が足を止めた。
「ふぅ。良かったぁ」
「ちょ花音。なんでいるの?」
「こっちのセリフだよ? どうして雄緋くんは合コンなんかに参加してたのかなぁ?」
「それは……騙されたというか」
「……そっか、悪い女狐に誑かされちゃったんだよね? 可哀想……よしよし」
「わぶっ」
訳もわからないままヘッドロックの要領で花音の胸元に顔が埋まる。プルプルと腕が震えているあたり相当心配されていたのだろうか。確かに今日が初対面とはいえ、合コン程度、そこまで警戒をするほどではないと思うのだが。
「雄緋くんは合コンで女の子を探そうとしなくても、私たちがいるんだよ?」
「いやいやそんな乗り気じゃなかったっていうか、ってああ」
俺が弁明しようと言い訳を探していると、背後の入り口のドアから残りの5人が出てくる。その表情は安堵もあれば真剣な顔色もあり、まだ怒りのようなものを露わにしているものもある。俺の酔いを覚ましてしまうほどにヤバさみたいなものを感じさせる空気感だった。
「雄緋さん、大丈夫でした? あの不届きものどもには説教加えてきたんで、もう安心っすよ」
「あ、ありがとう……それよりなんでここにみんないるの?」
アルコールの提供されるお店にみんなが現れるなんてことはそれほど考えにくい。別段隠れてコソコソと飲もうとしていたわけではないが、なんだかバツの悪さのようなものを感じた。
「雄緋さん、知らない方が良いこともあるんですよ」
「え?」
「そんなことよりも、どうしてこんな場に赴いていたんでしょう?」
形勢逆転。悪い方に。完全に詰問される流れになり俺は思わず後退りしそうになるが、6人に囲まれているようなそんな状態。どこに目線を晒しても誰かと目が合ってしまう。
「えっと、と、友達に騙されて合コンに」
「……ふふ、そっかぁ、そんな悪いお友達が居たんだね。私もお話聞きたかったなぁ」
「花音、お店に戻ろうとしなくていいのよ?」
「合コンですか。それなら仕方ない」
「そ、そうだよな? 仕方ないよな」
「と、言うとでも思いましたか?」
「ひぃっ」
尋常ではない冷気を纏った尋問に完全に俺は意気消沈する。瑠唯の静かな追及から目を背けようとした俺は足の力が抜けて、道路脇にへなへなと座り込んだ。情けないことだが、酔いでフラフラなのに加えて過度なプレッシャーに押し潰されてしまったのだから仕方がない。だが、リサがそんな蹲る俺の目の前に座り込んだ。
「きっと雄緋のことだからそのオトモダチに騙されて合コン来ちゃっただけなんだよね?」
「そ、そうです!」
「大丈夫ですよ雄緋さん。私たちもそんなことは分かってますから」
「でもさぁ」
俺の顎の方に伸びてくるリサの細い指がやけに震えて見える。振り払ったりの抵抗もまるでできず、蛇に睨まれたように体は硬直した。
「その合コンで雄緋、女の子にキス、しようとしてたよね?」
「そ、それはゲームの流れというか場の雰囲気的に仕方がなかったと言いますか……」
「……雄緋くんは雰囲気に流されて、好きでもない女の子にキスしちゃうような人だったんだ」
「ぐっ」
恐ろしさを纏っている面々の中でまだ辛うじて威圧的な雰囲気が乏しい花音にそんなことを言われてしまえば俺の心にダメージがいく。むしろ怒鳴られたりするよりも心理的ダメージがでかい。
「えっと……そんな軽い気持ちで、キスしたりしない! た、多分」
「……へぇ? そうなんすか?」
「決まりだね」
「え?」
まるで袋小路に追い込まれて問い詰められていたような状況だったのに、気がつけば手が伸びてきていて俺はゆっくりと立ち上がる。両脇はみんなに固められて、店の前から駅の方へと連れられて歩き始める。
「ちょ、これどこ行こうとしてんの?」
「一旦雄緋くんの家に帰るんだよ?」
「そっちの方が効率的ですから」
「効率的って?! 何が?!」
先程までの光景を踏まえたら拉致みたいな連行をされて歩道を歩く。既にさっきまで飲んでいたはずのお店の姿は遠くに消えた。そういえばあの5人に詰められた合コンの他の参加者は大丈夫だったのだろうか、なんて人の心配をしているような余裕もない。人のことよりまず自分のこと、かなりの危機的状況であるのは間違いない。
「雄緋はゲームの結果でキスしそうになったんだよね?」
「え、あー、まぁ、その通りです……」
「それでいて軽い気持ちでキスしたりもしないんだよね?」
「も、もちろん!!」
俺の情けない全力の訴え。その反応にみんなはかなりご満悦らしく、ちゃんと俺は正解を当てることが出来たらしい。
「それなら今から雄緋の家にみんなで帰って、王様ゲームの続きをしましょうか?」
「……えっ?」
「雄緋の私たちへの気持ちがどれほど真剣なものか確かめないといけないもの。勿論、軽い気持ちではないのよね?」
「えっ、いやそれとこれとは話が別というか」
「雄緋くんがこれまで私たちと過ごしてくれた日々ってその程度のものだったんだ……」
「ちょ」
「どうするレイ? 教え込まないとダメかもな」
「だね。きっと何か悪いことを吹き込まれて……」
不穏な空気がさらに募ってきたが、逃げることなんてのは叶わない。だって両腕をガッチリとロックされている上に前後左右、どこを向いても逃げられないようにしっかりと服だとか腰だとか、腕だとかを掴まれている。
「6人で教育すれば、直ぐに分かるようになりそうですね」
「分かるようになるって何?!」
「雄緋。王様ゲームでどんな命令が来たとしても、受け入れてくれるよね?」
「えっ」
「うんって言って」
「うん」
屈しました。
いやだって、こんなの勝てるわけがない。リサさん半端ないって。リサだけのせいじゃないんだけど、今この場において俺に拒否権なるものは存在していないも同義である。俺は頷く他なかった。
「今のうちにどんな命令をするか考えておきましょうか」
「ま、キスは絶対だよな。普通のじゃダメだけどさ」
「キスだけじゃ生ぬるいよね。もっと一杯命令しなくちゃ」
「ふえぇ、みんな過激すぎるよぉ……。でも、キス以上のことも……」
「ふふ、今日は一晩中……。まだまだ夜は長くなりそうね」
「雄緋、2度と合コン行く必要がなくなるぐらいのこと、みんなでしよっか?」
「あ、あ……」
どうして俺は騙されたとはいえ、誘いに乗ってあのお店に行ってしまったのか……。淡い後悔を抱きながら、長い夜の舞台となる自宅への帰路に着くことになるのだった。