ガールズバンドの恋する日常   作:敷き布団

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お久しぶりです。誕生日編やらリアルの忙しさの諸々やらで投稿が完全に滞っておりました。しばらくはリハビリかな……。








羽沢珈琲店観察日誌【蘭&つぐみ】

ガラスが埋め込まれたドアを開く。ドアベルの音に耳を澄ませるよりも先に、鼻を包み込むような挽きたてのコーヒーの匂いに気を取られる。やはり喫茶店に来た時の楽しみの一つとしてこういうものがないと、そんな風に考えて目を徐に開けると、目の前に看板娘が立っていた。

 

「雄緋さん! いらっしゃいませ!」

 

「どうも。蘭は来てる?」

 

「はい! あちらの席にどうぞ!」

 

お客さんまで元気にしてくれそうな溌剌さに老いを覚える。まだ大学生だろうという指摘は御免被る。大学生だろうと、まず間違いなく目の前の看板娘よりおじさんであることには違いないからだ。そんな言い訳を脳内で並べながら、窓際でもの思いに耽っていそうな赤メッシュの対面のソファに腰を下ろした。

 

「来たぞ、蘭」

 

「えっ? うわぁぁっ?!」

 

「そんな大袈裟な……」

 

ちょっと声をかけたぐらいでまるでお化けでも出たかのような反応をされる。テーブルの上に広げてあった冊子らしい何かを、蘭はバッと焦った勢いで閉じてしまった。どうやらそれなりに見せたくないものがあったらしい。仮にも呼び出した張本人だと言うのに、どうして俺が来店したタイミングに一切気がついていなかったのであろうか。

 

「って、まだ何も頼んでないのか?」

 

「まぁ、その。雄緋さんが来たら一緒に頼もうって」

 

壁際の窓ガラスにもたれかかれそうになっていたメニューをばっと開くと、定番のコーヒーなどだけでなく、秋を意識したような栗などを取り入れたスイーツが並んでいる。ご丁寧に貼り付けられたイメージの上で踊る『期間限定』の誘惑に負けないようにメニューをパラパラとめくっていると、不意に視界が薄暗くなる。

 

「あぁ、メニュー、見えなかったか? 蘭」

 

「……そういうわけじゃないですけど」

 

蘭が頭を突き出すようにメニューを覗き込んできたものだから俺はふとページをめくる手を止める。だが、当の蘭はテーブルに大きく乗り出したままメニューに視線を向けるでもなく、むしろこちらをジロリと睨みつける勢いだった。

 

「何か機嫌悪いのか?」

 

「なんで分かんないんですか?」

 

「えぇ……」

 

むっとした表情に口を出そうものならこちらが余計に詰られるのでたちが悪い。触らぬ神に祟りなしってことか。桑原桑原。

俺からの反応がないことにさらに不満を持ったのか、既にテーブルの半分を越えて身を乗り出している蘭はさらにジリジリと近づいている気がする。若干俺が引き気味に背もたれの方に逃げるように体を倒し、それを見た蘭は大きなため息を吐きながらソファに座り直した。ぼすん、という音とともに緊張が一気に緩んだ。

 

「あ、あのー……」

 

「え? あぁ、注文か」

 

そのタイミングを狙っていたのかつぐみが伝票片手に声をかけてきた。蘭はと言えば、声をかけられてこれ以上ないほどにわかりやすく体が跳ね上がり、背筋をピンと伸ばしている。

 

「あっ」

 

そして、小さな声を漏らして、すぐさまテーブルの端に置いてあった、最初に蘭が隠すように閉じた冊子を引っ掴み、見られたくないかのように背中の方に隠していた。どうやら相当に見られたらまずいものをここで開いていたらしい。

 

「じゃあ俺は取り敢えずブレンドコーヒーと、栗のモンブランで」

 

「あ、あたっ、あたしもそれでっ」

 

「はーい! 少々お待ちくださいっ!」

 

ニコッ、と輝くような笑顔を振りまいて、くるりと翻りカウンターへと駆けるつぐみ。看板娘のその真骨頂に少々惚けてしまっていたが、すぐに向き直る。それはもちろん、先ほどからやたらとカクカクとぎこちない受け答えをしている蘭を追求するため。

 

「なぁ、蘭さんよぉ」

 

「な、何っ?! 日記ならっ」

 

「その背中に隠してる……って、日記?」

 

「……あっ」

 

いくらなんでもここまでわかりやすく失言をすることもないだろう。だが、やましくてやましくて仕方がないだろう蘭はポロリと真実を漏らしてしまった。消えいるような蘭の反応からして、必死に隠そうとしていた冊子の正体は蘭の日記らしい。でも、日記なら確かに人に見られるのは恥ずかしいだろうし、深く追求するのも申し訳なさが募る、なんて思っていたのだが。

 

「……これです」

 

なんと、観念したかのように天を仰いだ蘭はスッとテーブルの上にその冊子を差し出した。蘭が自分から店に来なければあまり深入りしないように、なんて思ったのに、とことん今日の蘭は間が悪いらしい。

 

「えーなになに。……『羽沢珈琲店観察日記』?」

 

厚めの焦げ茶の表紙。その上に書かれていたのは今まさに俺たちがいるこのお店の観察日記が正体だと言わんばかりのタイトルだった。俺がそれを読み上げてびっくりしたのか、蘭はキョロキョロと辺りを見回した。そして、つぐみがカウンターの方で何かの作業しているのを認めると安堵の息をつき、そのまま俺と内緒話をするかのように先ほどのように身を乗り出してきた。

 

「ちょっと、あんまり大きい声で言わないでくださいよ!」

 

「言わないでも何も、まだタイトル読み上げただけなんだけど……」

 

「だからこそダメなんですって!」

 

蘭的には他の人には聴かれたくないような体勢で話そうとしているらしい。が、その声自体がそこそこ大きくて、全く筒抜けである。

 

「タイトルに名前がガンガン出てるからこそダ「お待たせしました!」あー?! あぁああぁ?!」

 

蘭の抗議の最中、割り込むようにしてつぐみがトレイを片手にテーブルまでやってきた。内緒話風な話し方の途中で蘭が発狂のごとく騒ぐ。近くで大声を出されたことで耳がキーンとして、思わず耳を塞ぎそうになったが、どうにか堪える。

俺は蘭に騒ぎ立てたことへの非難を込めた目線を向けたが、張本人としてはそれどころじゃないらしい。テーブルに注文のドリンクを持ち運んできてくれたつぐみの方を見て口をパカパカとさせている。

それだけじゃない。つぐみの方を見て慌てるだけじゃなく、突然テーブルに両手をつけて立ち上がり、そのまま仁王立ちのようにしてフリーズしてしまっている。

 

「えっと、蘭ちゃん? どうかした?」

 

「今度のライブ、いつも通りのあたしたちらしさをフルパワーで出し切るために立ち姿を考えてた」

 

「わぁ、それすっごく素敵だね!」

 

「落ち着け蘭。既に今日のお前は『いつも通り』からかけ離れて変な挙動してるから」

 

少なくとも今の顔が強張って、ピクピクと仏頂面を展開する蘭は今までそうそう見たことがない。『いつも通り』の蘭はここまで取り乱さないはずだろう。

 

「あ、もしかしてそのノートが今度のライ「あー?! ケーキ食べたくなってきたなー?!」あっ、ごめんね先にコーヒーだけどうぞ!」

 

件の日記とやらにつぐみが気づいたと見るや、店内全ての注目が余裕でこちらに集まってしまうぐらいの話の逸らしっぷりを見せる。まだ店内に他の客がいないから良かったものの、普通なら完全に目の前の人とは関わりが一切ない立ち回りをするような事態である。

コーヒーだけでなくモンブランまで不意に要求してきた蘭に、慌ててカウンターの方につぐみは舞い戻っていく。焦った様子ながらも、そのターンの瞬間なんてのも、身につけたエプロンが少しふわりとするのが、中々に乙なものだった。

 

「で、蘭」

 

「……何ですか」

 

「その、観察日記とやらにはどんなつぐみには見せられないものが書いてあるんだ?」

 

「べ、別につぐみに見せられないわけじゃ」

 

「じゃあ、今からカウンターにいるつぐみに「すみませんでした。言うので勘弁してください……」よろしい」

 

完全に降伏の白旗を揚げた蘭はやけに重そうな指先でそっと日記とやらを開く。俺も俺とてここまで引っ張られるパンドラの箱こと観察日記に興味津々だった。心境だけで言うなら目の前に餌を出されたが、意地悪で食べわさせてもらえない犬のような……って、もっとわかりにくくなっている気がする。

それはそうと、俺の目を釘付けにして仕方がなかった冊子がいよいよ姿を晒すこととなる。

 

10月16日(日)

     天気 晴れ

 

今日もつぐみは頑張ってた。生徒会室をこっそり覗きに行くと、日菜さんが何かのプリントを見ながらあーだこーだ言ってて、それをつぐみが急いでホワイトボードに書き込んでいるらしかった。

いつ見ても生徒会の仕事は大変そうだけど、頑張ってるつぐみは本当に偉いと思う。

 

出てきたのは10月半ばぐらいのことが書かれた日記。そういえばつぐみは生徒会で日菜の横暴な独裁政治……というほど過酷ではないとは思うが、思いつきに振り回される哀れな書記だったか。そんなつぐみの日常の一幕を切り抜いたような蘭の観察日記。敢えて必死になって隠そうとするまでの意味は分からない。

 

「なんだ、普通の日記じゃないのか?」

 

「ま、まぁ」

 

「そんなに頑なに見せるのを拒むような日記って訳でもなくないか? まぁ人に日記を読まれるって恥ずかしいことだとは」

 

10月18日(火)

     天気 晴れ時々曇り

 

秋晴れの放課後、あたしは桃源郷を発見した。歌詞を考えるために屋上に向かったら、つぐみも同じく屋上の奥のベンチの近くにいた。声をかけようと一歩屋上に踏み出した瞬間、冷気を纏った風が屋上を駆け抜け、瞬く間につぐみのスカートを捲り上げた。その布地の靡く姿と慌ててスカートを抑えるつぐみの姿に思わずあたしは

 

「あ、いやちょっと待って待って待って」

 

当然現れたポエム調の日記。日記なので人のスタイルにケチをつけるようなものではないとは頭の中では分かっている。だとしても、不意打ちの如きつぐみの恥ずかしい姿を桃源郷と表現してしまう蘭の狂い始めた『いつも通り』。流石に理解が追いつかなかった俺は蘭の方を見た。

 

「どうした蘭。疲れてるのか? そうだよな? そうなんだよな?」

 

「いや……あの……違うんで「お待たせしました! モンブランです!」ああぁぁっ?!

 

「おわぁつぐみ?!」

 

ベストタイミング、いや、ワーストの方のタイミングすぎたつぐみの来訪に二人して大声を出してしまう。つぐみは不思議そうな顔をしていたが、やがて視線が下に、テーブルの上にあるその狂気的な日記の方に向いた。それを察した俺の頭は急激にクリアになった。

いくら蘭が書いた日記だとはいえ、つぐみのスカートが捲れる姿をやたらと情景描写豊かに書いたページを本人に読まれるというのはあんまりだ。正直蘭がそれでつぐみに猜疑心を持たれたとしても自業自得以外の何物でもないが、俺にとってみたらただのとばっちりである。

慌てて俺は辛うじて届いた右手の人差し指でページをさっとまくる。

 

つぐみのパンツを凝視した。可愛らしい淡いピンクの布地。えっ、つぐみのその仕草、本当に可愛すぎるんだけど、あたしのことを誘っているの? あたしがここでつぐみのキュートな振る舞いを目に焼き付けるのは簡単だ。だけど、この尊いつぐみを決して壊してはいけない。Yes つぐみ No タッチ。尊い。尊い。尊い。これが本当のつぐってるなんだ。つぐみを食べちゃいたいぐらい可愛いって思った、そんな1日。

 

「ほわぁっ?! なんじゃこりゃぁ?!」

 

捲られたページ、それはまさに変態の極みというべき文草の残骸だった。もはや一種の芸術に昇華しても良いのではないかなどと言わんばかりのかなり頭を抱えたくなる文章が一瞬にして飛び込んできた。

何かを考えるまでもなく、俺はテーブルの方に倒れ込みながらも、片手でどうにかその日記を引っ掴んだ。そしてまるでフリスビーを投げるかのようにサイドスローで日記を明後日の方向に放り投げた。店内であるなどお構いなしである。

 

「あぁっ何してるんですか雄緋さん?!」

 

「お前の頭の方がどうなってんだよ蘭っ?!」

 

不毛な罪のなすりつけ合いを片手間に、俺はゆっくりとスローモーションのようにはるか向こうへ飛んでいく日記を眺めていた。席から勢いよく立ち上がった蘭が、これまで見たこともないような俊敏な動きでテーブルをいくつも飛び越えていく日記を追いかける。

しかも運の悪いことに丁度そのタイミングで新しいお客さんが入店してきたこもを告げるドアベルの音。時が止まったかのような地獄の雰囲気の中、クルクルと飛んでいた日記に飛びつくようにして蘭の姿がテーブルの林の中へと霧散した。

 

「観察日記がぁっ?!」

 

断末魔のような答え合わせを残して。突然その声も、蘭の体が床や店内の装飾品へと叩きつけられる轟音と共に薄くなって消えていくのだが。

一方の俺はといえば、仕事を全うして注文のケーキをテーブルに持ってきてくれただけだったはずのつぐみの様子を確認しようと恐る恐る振り返る。既に俺が倒れた衝撃で皿の上にケーキは崩れてしまっているのだが、その上にあるつぐみの表情は。

 

「ぱ、ぱ……パンツ……ですか……?」

 

「ほぁっ?!」

 

パンツ。日常で頻繁に飛び交うのは憚られるその3文字。

間違いなくあのページはつぐみによってしっかりと見られていた。何だったら多分少しぐらいは読まれていた。となると、それを蘭と一緒になって読んでいた俺は絶対につぐみに勘違いされ。

 

「雄緋さん……、私の下着の観察日記なんかつけてたんですか……?!」

 

「いやちょ、違う! あれは蘭……」

 

そこまで言って、俺はハッとする。蘭がつけた日記だという真実を告げて誰が幸せになるのか。Afterglowの風紀が世も末なのはそれとして、仲が良かったはずの幼馴染たちがこんなすれ違いで仲違いしてしまって良いものなのか。俺はその関係を崩壊に導こうとしているのではないか。

 

「……まぁ、その」

 

「……変態」

 

「がはっ」

 

清純の塊と言えるようなつぐみからの罵倒。効果は抜群だった。心にくるものがある。そうか……俺は、俺自身の評価と尊厳を犠牲にして1組の幼馴染を守ったのだ。そう考えたら俺の犠牲も尊いものだと無理やり自分を理解させることが出来るかもしれない。

顔を赤らめて両手で隠すつぐみへの罪悪感に涙を飲みながら、心の中で謝罪に努めた。だが。

 

「……見たいんですか?」

 

「……えっ?」

 

「雄緋さんなら、いいですよ? ……いっぱい見ていただいても」

 

「……はぁっ?!」

 

もうこのグループの風紀は、ダメかもしれない。

 

「もしもし警察ですか?! 若い男が喫茶店内で店員の女の子に下着を見せろと迫って……」

 

「通報はやめて?!」

 

俺の未来も、ダメかもしれない。

 

なんとか誤解は解けたのだった。

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