どうも、ミッシェルです。間違えた、北条雄緋です。あれ以来、たまに夢の中でミッシェルとなって活動していることが増えました。現実では着ぐるみなんか着ているはずないのに、なぜだか着ぐるみの中にいるような錯覚すら覚えるようになりました。病院行こうかな。
……と、そんな幻覚症状を引き起こすような精神疾患? のようなものに悩まされる以上に、心労が祟っている少女がここに1人。
「……あたし、何が悪かったのかな」
「……さぁ?」
夕陽を反射して燦く水面を前にして、土手で憂鬱に浸る少女。その隣に腰を下ろして悩み事を詳らかにしていく男。エモいな。エモいけど、実際当事者になってみると、結局お前は一体何で悩んでいるの……? という俺とはかけ離れた世界に住んでいる少女の悩みへの俯瞰的で冷ややかな感想を抱くほかなかった。
「ひまりがさ、みんなのためを思ってあたしに怒ってくれたってことも、分かるんだけど」
「うん」
「あたしだって、本当は、……何にも疎かにしたくない」
「そっか」
「Afterglowも、みんなとの関わりだって、……勉強は、できないかもだけど」
「おい」
「……華道も、……やらなくちゃいけないなんてこと、……分かってる。あたしがやりたいことばっか、あたしの意見ばっか通るわけじゃないってこと、痛いほどわかってる」
反抗期を僅かに過ぎた赤メッシュ。何事も上手くいかない現実に反抗することでどうにか自我をギリギリに保とうとする、複雑な心情を言葉にすることなんて、あまりにも難しいはずなのに、蘭は自分の悩んでいることを全て、どうにか言葉にして伝えようともがいていた。
「……あたし、どうすれば良かったんだろう」
「うん。で、なんでひまりが怒ったのか、何があったのか、いい加減教えてくれよ」
「……あたしね、Afterglowのみんなに、本気で感謝してる」
「……はい」
なんか語り出した。
「Afterglowがなかったらきっと、あたしはクラスにも馴染めないままにただの不良になってたし、幼馴染のみんなとも、もっと疎遠になってた」
「まぁ、クラスも1人だけ引き離されてたもんな、色々と」
蘭は幼馴染5人の中で1人だけクラスを引き離され、クラスの中でも浮いた存在となってしまい、授業をサボって屋上でつまらない時間を送るしかない、という状況をすら生きていたのだ。
「うん。だから、……あたしにとって、Afterglowは、宝物だから」
「蘭にとっては、大事なものってことだよな」
「大事なものなんてレベルのものじゃない。……何よりも大事だから」
「そっか……」
「……あたし、何が悪かったのかな」
「だから何があったんだよ」
「……モカはね、いつも話聞いてないような顔して、けどいつもあたしが本当にしんどくなった時には、あたしのそばにいてくれた」
「まぁ、モカと蘭ってめちゃくちゃ仲良いよな」
蘭とモカは幼馴染が云々とか通り越して、一種のカップルなんじゃなかろうか、と思うほどの心の通わせ方をしている。別に他の幼馴染との繋がりが薄いだとか、そういうわけではない。例えば。
『蘭〜、何か悩み事〜?』
『べ、別に悩み事なんてほどじゃ』
『でも蘭が悩んでる時は、モカちゃんのセンサーがすぐに反応するからわからんだよー?』
『……モカって優しいよね』
『おっ? あたしの優しさにようやく気づいたの〜? 蘭にだけだよ〜』
『……モカぁ』
『よしよし……』
尊い美しい友情、儚い。
というか普段は人前では気丈に振る舞うことも多い蘭が、モカに泣きつくなんていうのは想像もつかないかもしれない。俺もまさかモカから隠し撮りの映像を見せてもらうまで信じられなかった。
「モカは、あたしにとって1番の大親友だから」
「そっか……」
「……あたし、何がいけなかったんだろう」
「だから何があったって聞いてるの聞こえてる?」
「……ひまりはね、みんなの空気が悪くなった時も、ムードメーカーでいてくれた」
「また何か始まった……」
『蘭! 巴も! そんな喧嘩ばっかしてても仕方ないじゃん!』
『だって蘭がいくら言ったって聞かないからだろ?!』
『はぁ?! 巴だってあたしの意見何も聞いてくれないじゃん!』
『け、喧嘩はやめてよ……』
『そうだよ蘭、トモちんだって』
『モカは黙ってて!』
『……ごめんね』
『も、もう! 2人が喧嘩辞めてくれないなら……!』
『ひ、ひまりちゃん?! 何しようとしてるの?!』
『……ヤケ食いする!! Afterglowがおデブ集団って呼ばれるぐらい太る!』
『ぶふっ! ちょやめなってひまりっ』
『ぷっ……、あはは! ……なんか喧嘩してるの、馬鹿らしくなってきたよ。ごめんな蘭』
『あ、あたしこそ……ごめん』
『おー、ひーちゃんがこの場を鎮めた……』
『ありがとうひまりちゃん……』
『え、へへ……。よーしっ! ライブも近くなったし頑張ろうね! えいえいおー!!』
『……』
『なんか言ってよぉ!!』
「ということがあって」
「お前らでも喧嘩するんだな」
いくら仲の良い幼馴染5人で組んだバンドだと雖も、やはり意見が食い違うことは起こりうるのだろう。しかし、そんな衝突も彼女たちが本気で音楽に取り組んでいるからこそのモノなのだ。そして、そんな本気の意見のぶつかり合いで、仲を崩壊させないようなムードメーカーとしてのひまり。
「……あいつも頑張ってるんだよな」
「……当たり前でしょ。あたしたちは5人でAfterglowだから」
「カッコいいな、そういうの」
「……あたし、何が悪かったんだろう」
「早よ何があったか言えやぁっっ?!」
「巴はね。ああ見えて、本当は繊細なんだ」
「また無視しやがるこいつ……」
『おい蘭。ラーメン食べに行こうぜ!』
『また……? 今週3回目じゃん……』
『いーだろー? 駅前のあそこのラーメン美味いからな!』
『いやいや、ラーメン自体を食べたくないんだって』
『……蘭、ラーメン嫌いだったのか……?』
『……え? いや、ちょ。あくまであたしが言いたいのはそろそろ何か別のものを食べたいなってだけであって』
『……ごめん。嫌なのに、誘っちまって……』
『……巴! あたし、ラーメンは、正直飽き始めてるけど、巴と、ご飯行きたい』
『……本当かっ?! アタシと飯行くの嫌じゃないかっ?!』
『あ、当たり前でしょ! ……だって、巴と行くご飯、美味しいし、楽しいし……』
『……ありがとうな、蘭っ。……それじゃあ、行くか!』
『……うんっ』
「このあと、豚骨は飽きただろうからって醤油ラーメンの美味しい店に連れてかれた」
「……大変だったな」
「……もう暫くラーメンは良いかなって」
でしょうね。
と、そんなたわいもない話で盛り上がっていた夕暮れの土手っ原に新たな影が伸びた。俺たちは揃ってそっちの方を見る。
「つ、つぐみっ?!」
「よかった蘭ちゃんっ。ここにいたんだ……。それに、えっ、雄緋さんも?」
「どうも」
「……つぐみ。その、ごめん」
「……ううん。良いんだよ。ひまりちゃんも反省してたから、みんなのとこ「つぐみはね、どんな苦しい時でも、いつも直向きに頑張ってくれるんだ」……へ?」
「あー。こうなったら蘭はもう止められないよ」
俺は突然語りが始まって、困惑するつぐみの肩に手を置いて、その語りに耳を傾ける。
『つぐみ、大丈夫? 疲れたなら休んでも……』
『大丈夫だよ! 私が1番っ、下手くそだから……』
『そんなこと……』
『でもつぐ顔色変だよっ! 休もう? ね?』
『……うん』
あたしやひまりの声かけもあって、一旦全体の練習を止めて、休憩しようって、つぐみのことをラウンジの方に誘ったんだよね。けど。
『大丈夫……ちょっとだけ1人にさせて?』
『つぐがそう言うなら……。でも、無理するなよな?』
きっと心を落ち着けたいんだろうと思って、スタジオでつぐみを1人にさせて、あたしたちが少しして帰ってきたら。
『ってつぐ?! なんでっ』
『……えへへ。出来る様になったよっ!』
『……つぐってるねぇ』
「ちょ、ちょっと蘭ちゃんっ?!」
「……あたしたちはいつも、つぐみの頑張りに支えられてるから、ありがとう」
「は、恥ずかしいからやめてぇ……」
一通り語りを終えると、蘭はまたも後ろの草むらに手をつきながら、遠くに見える夕陽と川を眺めて、少しして目を閉じた。そして、少しだけ微笑むと、またも真顔に戻り、空を仰いだ。
「あたし、どうすれば良かったんだろう」
「だから何があったか言えやぁっっ!?」
俺の全ての想いを込めた叫びは水面を飛び越え夕陽へと飛んでいった。
「……それじゃあ蘭ちゃん。みんな待ってるから、って……え?」
つぐみが座り込んだ蘭に手を伸ばしていたら、後ろの方からさらに影が伸びてきた。その3つの影はみんな蘭が大切な思い出を紡いできたパートナー。さっきの話を聞くと、この幼馴染の間に繋がれた友情は決して崩れることのない、尊いもののように思えてくる。
「蘭だけじゃなくてゆーひくんもいる〜」
「げ……。……ま、まぁ良かった、蘭っ。心配したんだぞ?」
「みんな……。……ひまり」
喧嘩をしていた、ということらしいひまりと蘭があい見える。けれど、さっきの蘭からのみんなへの愛を聞いていれば、きっと何事もないのだろう。俺の心は少しだけホッとした。
「……その蘭。ごめんね。私、蘭のこと、何も考えてなかった」
「そんな。あたしだって……ひまりの好意、無碍にしちゃって……だから、ごめん」
そうして、蘭はひまりの方へとゆっくりと手を差し伸べた。ああ、美しい友情。きっと、これがAfterglowの強さなのだろう。……俺の場違い感やべぇ。
「……その、雄緋さん」
「ど、どうした蘭?」
「あたしの悩み。聞いてくれて、ありがとうございました。なんだか、スッキリした気がします」
「力になれたなら何より?」
いや悩み聞いてないんですけど。聞きたい。ものすごく聞きたい! たしかに蘭の話、というかもうただの一方的な語りだったけど、それなら嫌と言うほど聞いたけど、肝心なところを聞いてない! なんで俺はここで蘭の話を聞かざるを得なかったのか、その本当の核心を聞いていないんだ。俺の心がその核心を知りたがっているんだ。
「それで、雄緋さん。聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいこと? って……?!」
蘭が口を開き始めた瞬間、それまで仲睦まじい、仲直りしましたっ、て感じの空気だったのが一瞬で張り詰める。みんなの視線が、5人の視線が何故か全部俺の方に向いた。
「雄緋さんって、Sですか? Mですか?」
「……は?」
「だから、Sですか? Mですか?」
落ち着け。蘭が尋ねていることは、俺がSであるか、Mであるか。うん、分からん。何がどうなった? 俺の耳はどうやら幼馴染感動ストーリーを聞きすぎた結果エントロピーがあまりに増大して機能停止したらしい。
「蘭〜。それじゃ意味が伝わってないよ〜」
「モカ……」
「うん、意味がわからん。服のサイズ?」
俺がそんな惚けたことを言うと、白けた目線が飛んでくる。あぁ、嫌な予感というのはいつの時代も、どんな場面でも当たるものらしい。
「ゆーひくんってサド? マゾ? どっちですか〜?」
「ノーマル」
「ほぅ」
「どっちか! どっちかで答えてください!!」
「えっ、ええっ?! なんでそんなこと聞くんだよ?!」
ひまりの突然の大声に俺はビビり散らしながら、少し仰反る。
「アタシたちにとって何より大事なことなんです! 答えてください!」
「え、ええっ?! そんなこと考えたことないから!! ってか考えたことあっても言わねぇから!!」
「なるほど、マゾヒストなんだねぇ」
「違う!!」
どういうことでしょうか。俺はね、最初はこんな夕陽差し込む川沿いに腰を下ろしながら可憐で繊細な少女の悩みを聞いていただけなんです。俺の方が人生経験長いし、きっと力になれるかな、なんて思いながら相談に乗ろうとしていたら。
俺は性癖を詳らかにされていました。しかもちょっとアレなやつ。え? というかこの子達、なんでこんなしょーもない話の内容聞くのに必死なの? まさか。
「なぁ。……ひまりと蘭が喧嘩してたのって?」
「私は絶対Mだと思ったのに、蘭がSだって言うから!!」
「こんなの絶対ドSでしょ! 顔とか行動が物語ってるじゃん!」
「はぁぁぁぁっ?!」
え、ということは俺、まさか自分の性癖に対する考察の末の意見対立を収めるために必死に相談に乗ってたの? 俺が仮にここでひまりの意見に賛成なんかしてみた日には、蘭はずっと俺に対する認識が実態と正反対の人に慰められてたってことになるけど。
「アタシとひまりとモカはドMって意見なんですけどね! でもつぐと蘭はドSだって」
「だ、だって雄緋さんちょっと強引に押し倒したり……」
「しない!! しないから!!」
つぐみはどうやら俺に対してあらぬ欲望というか、妄想の姿としての期待を抱いているらしい。しません。だって、だめじゃん。
「ええ〜、だってゆーひくん、この間あたしとリサさんでキスした時もやられっぱなしだったじゃないですか〜」
「……はぁっ?! モカっ!! き、き、キスしたのっ?!」
「ちょっと!! その話詳しく!!」
先程まで幼き頃の日々から美しい友情を築き上げて、それをバンド、音楽という形で昇華していたこの5人の少女たち。その尊さは他者に互いのメンバーの良さを語るほどでした。
しかし、
意見が分裂した5人の穢れなき純情な少女たちは、匠の手によって、すっかり変態的な欲望取り巻く人格へと生まれ変わりました。以前から抱えていた、本音を打ち明けられない場合での衝突という問題点も、匠の技がこれでもかと言うほどに加えられ、互いの欲望を見せ合うことで、全て劇的に解決したのでした。
「ずるいぞモカ! 抜け駆けなんて!」
「ふっふー。ゆーひくんとのキスは、山吹ベーカリーのチョココロネよりも甘くて美味しかったよ〜」
「ゆ、雄緋さん! 私ともしてください! ライバル店の研究のために!!」
「業種違うだろ! 適当な理由付けすんな!!」
「というかやっぱり私の言う通り雄緋さんはMじゃん!!」
「は、はぁっ?! 違うでしょ! 絶対雄緋さんはドSだから!」
「それは蘭の願望でしょ! 蘭が、雄緋さんに壁ドンされたまま強引にキスされたいって妄想とかしてるからでしょ!!」
「は、はあぁぁぁっっ?! ち、違うっ、違うからぁぁぁっ! されたいけど違うからーー!!」
俺は悲しい。彼女たちがこんな欲望まみれになってしまっただなんて。
俺は悔しい。……こんなしょーもない喧嘩の慰めに小一時間付き合わされたなんて……。