妹姫(仮)   作:蛍石

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第2話

冥琳と藍里が月明かりの下で

 

揚州建業。大陸を二分する大国の一つである呉国の宮廷が有る土地である。

その宮廷内にある、何人も座れそうな大きな机が真ん中に置かれ、やたらと豪華な広間で一騒ぎ起こっていた。

その末席に座っていた少年が一言「いや、問題しか無いだろ」とぼそりと呟いた事を聞き咎められて、席に着く他の参加者達から一斉に糾弾されている。

 

「いや、だからですね。 何も一刀様の決定に逆らうわけではありませんって。 ただ、何もかも天の国の制度を適応させようとすると歪みが生まれるって言いたいのであって。 え?それが反抗しているって? まあ、確かに意見は唱えていますが……。 え?一刀様の決定は絶対であり、それに反対するなど言語道断? え、退室!? これくらいで!? ちょ、まっ……痛い痛い痛い! 近衛の皆さん、腕掴むのは良いけどもう少し力緩めて!! ……アッー!!」

 

少年を両腕を抱えて連れ出した近衛達が外に出た後、廊下へと繋がる扉はバタンと音を立てて閉められた。

 

 

・・・

 

 

少年は広間から追い出された後、近衛兵達に同情されながら宮廷を後にしていた。

彼らの様子を見るに、呉の王である孫権が癇癪を起こして臣下を退室させるのはこれが初めてではないのだろう。まあ挽回する機会もあるさー、と嘯きながら、彼は自分の暮らす屋敷に戻った。

 

宮廷を追い出されたこの少年の名前は諸葛恪、字が元遜。真名を里樹(りじゅ)という。

 

里樹が屋敷の中に入ると、茶器を載せたお盆を持って、自室に戻ろうとする同じ屋敷に住む少女の姿があった。

少女も里樹の姿に気づき、声をかけてきた。

 

「兄さん。 こんな時間に戻ってくるなんて、何か忘れ物ですか?」

「いや、違う。 宮廷から追い出されてきた」

 

少女は里樹のあっけらかんとした物言いに一瞬納得しかけたが、すぐにぎょっとした表情になった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。 本当に何があったのですか!?」

「まあ、落ち着けよ。 というか、座って落ち着いて話そう」

 

手を上下に振り、落ち着くように示した里樹に対して、少女は何か言いたげに口を結んだ。

 

里樹を兄と呼んだ少女の名前は諸葛瞻、字が思遠、真名は里果という。

 

「とにかく、何があったのか聞かせてください。 歩家の二人も遊びに来ていますし、できれば一緒に」

「ん、了解。 失敗は大勢で笑い飛ばしてしまうに限るよな」

「失敗しないのが一番なんでしょうけどね……」

 

はあ、と溜め息をつき、里果は里樹と共に客間へと足を進めた。

客間に着き、扉を開けると中には二人の人物がいた。里樹も良く知った顔だ。

二人の関係は伯母と甥になるのだが、年齢は少女の方が数歳年上に過ぎず、少女の方が幼い顔立ちをしている事からよく兄妹と間違われる。

二人とも里樹にとっては幼い頃からの友人であり、非常に親しい間柄だ。

彼らの姿を認めた里樹は、片手を上げて二人へ向けて挨拶をした。

 

「おう、(よう)(こう)。 良く来たな」

「え? 里樹君、今日は宮廷に行ってたんじゃ?」

「遥さん、聞いちゃ可哀想だよ。 どうせ何か問題を起こして追い出されたんだだから」

「酷い言われようだ。 まあ、正解なんだが」

「あはは、やっぱり!」

 

里樹の話を聞いて、遥と呼ばれた少女は目を丸くして驚き、光と呼ばれた少年は楽しげに里樹と二人大笑いを始めた。

 

「こ、光君。 笑ったら失礼だよ」

「兄さん、笑っている場合じゃないでしょ?」

 

それぞれ少女達にたしなめられて、少年達は笑いを納めた。

 

光と呼ばれた少年の名前は、呉の重臣である歩?の次男、歩闡。字を仲思という。真名は先ほどから呼ばれているとおり光だ。

光をたしなめていた少女の名前は歩麗。字を錬師という。真名は遥となる。

 

「で、里樹君。 宮廷を追い出されたってどういう事なの?」

「どうしたもこうしたも。 聞いてくれよ、俺がどんなに真面目に会議に参加していたかを」

「もうその言い様だけでろくな事をしてこなかったとしか思えないのは、きっと里樹の人徳だよね」

「光君、とりあえず最後まで聞こうよ……」

 

四人でわいわいと騒ぎながら、宮廷であった事を肴にしてお茶を楽しむ。里樹が話し終えた後に各々その事に関して感想を言い合う。

 

「何で出仕初日で問題を起こして来るかな……」

「里樹は生き方が不器用過ぎるって。 もうちょっと要領よく生きる事が出来れば、もっと人生楽しくなるだろうに」

「……けど、それじゃ明日からは宮廷には行かないの?」

「心配してくれるの、遥だけかよ!? 何て冷たい奴等だ!」

 

わざとらしいくらいに大袈裟に頭を抱えて叫んだ里樹を見て、三人から笑い声が漏れる。

ひとしきり笑った後、里樹は真面目な顔を作り、先ほどの遥の台詞に対して答えを返した。

 

「流石にこのまま出仕しないのはまずいし、まずは藍里さんに素直に謝るよ。 代理として会議に出席したのに、追い出されてるから全面的に俺が悪いし。 その後は、曼才さんにとりなしをお願いするよ。 もしかしたら、子山さんにもお願いをするかも」

「ああ、

 

 

「そうは言っても兄さん。 陛下の一刀様への寵愛振りは知っていたんでしょ?」

 

里樹と名を呼ばれた少年へ、彼を兄と慕う少女がそう問いかける。

少年は苦い顔をしながら、その言葉に返答した。

 

「分かっちゃいるけど、口にせずにはいられなかった。 あれをそのまま通そうとすれば、どう考えても、内乱を起きるっつーの」

「え、そこまでまずいの?」

 

唯一無言を保っていた幼馴染みの少女がそう口にすると、彼は深く溜め息を吐いた後に語り始めた。

 

「元々、今回発布される事になった『楽市楽座』政策自体、建業近辺に住む豪族以外とは調整をしていない見切り発車に近いんだよ。 うちやお前らの家みたいに商売に手を出していないところは関係ないけど、商家の稼ぎと権勢が密接に関わっている魯家なんかはてんやわんやになるぞ」

 

少年は苦い表情をしたまま茶碗に口につけ、苦い物を飲み下すように一気に中身をあおった。

そんな少年へ、幼馴染みの少年が尋ねる。

 

「『楽市楽座』って結局どういう政策なんだ? 何かいまいちピンと来ないんだが」

「あ、それは私も聞きたい」

 

二人からの問いかけに、少年は答えを返した。

 

「簡単に言ってしまえば、二つだな。 『商家ではなくても、誰でも商売をする事ができるようにしよう』っていうのと……」

「『利益を独占している者から、多くの税を徴収しよう』という物ですね」

 

少年の言葉を継ぐように部屋の入り口から声が響いた。

机に座る四人がその姿を見るや立ち上がり拝礼を返した事で、新たに現れたこの人物の立場が四人よりも高い事が伺える。

 

「藍里さん。 申し訳ありません。 貴女の代理としての役割、果たす事が叶わず……」

「構いません。 仲謀様の癇癪は稀にある事です」

 

拝礼の姿勢から、里樹は床に頭を付けて許しを乞うていた。


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