『ゴジラ対ヴ級海底軍艦 轟天振武の章』   作:モーター戦車

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プロローグ 第0話「はじまりのはじまり」Aパート

2030年12月31日 午後19時30分

 

みさきおくバス停留所近郊 嗣野村跡

 

 

 

 

 新月の夜であった。

 

 黒々とした闇を背に、普段であれば月の光によって隠されていたであろう、無数の星々が瞬いている。

 

 80年前漁村があったその浜辺には、人の住まいがあった名残は欠片も残っておらず、街灯一つない浜辺には、静かな潮騒の響きを伴って、波が幾度も押し寄せる。

 

 そんな、およそ人気のない浜辺に、一人の少女が佇んでいた。

 

 腰まで長く伸びた金色の髪が、僅かな星あかりを浴びて輝く。

 

 14才相応の、肉の薄い細い体。

 

 その身を包んでいるのは、黒のダークスーツ。白のワイシャツに黒ネクタイ。

 

 ドイツ系の血に由来した美しい(かんばせ)の右目の青い瞳が、無数の星々を浴びて微かに輝いた。左目は、黒い眼帯に完全に隠されている。

 

 少女──式波・アスカ・ラングレー中佐は、夜空を見上げたまま、目を細めながら、小さくドイツ語で何かを吟じはじめた。

 

Tiger, Tiger, Flammenpracht(虎よ! 虎よ! 煌々と燃ゆる)

 in der Ozean dunkler Nacht:(闇蟠る 夜の海に)

 Welcher Schöpfer, welcher Gott(如何な創り手 如何なる神が)

 schuf dich, der Angst gebiert und Tod?(創り出したのか、畏怖と死たる汝を)

 

 花玻璃の鈴のように澄んだ声音に、誰かが砂を踏みしめる音が混ざる。

 

 少女は吟じるのを止め、足音の方向へ視線を向けた。

 

「奥方様、今宵は星が綺麗ですニャ」

 

 別の少女の、どこか面白がっているような声が響く。

 

 夜闇の中、くろぐろとそびえる断崖を背に佇んでいるのは、彼女のヴィレ時代からの同僚であり、現在の部下でもある、真希波・マリ・イラストリアス大尉である。

 

 薄茶色の長い髪を首後ろで二股にまとめて垂らしている。赤いリムフレームの眼鏡の色は、今は闇に沈んで見えない。

 

「皮肉な話よ。半年前の怪獣災害で、首都圏がごっそり壊滅した結果の夜空だもの。とはいえ私達の世界のあの忌々しいL結界も、アレを思わせる紅塵もなしに眺める冬の星っていうのは、風情があっていいわよね。

 夏より空が暗くて、星の瞬きも多くて。ほんと綺麗よ」

 

「ほー。奥方を否定しないか」

 

 揶揄と喜びが半々といった、強いて例えるならチェシャ猫のそれに酷似した笑みを浮かべるマリに、平然と式波は言葉を返した。

 

「因果地平の彼方から流れ着いた流木同然の存在、パチモノのパチモノでそのまたパチモノ、3秒前仮説……いえ一年前仮説? どっちでもいいけど、機械仕掛けの神様(Jaguar ex machina)の気まぐれで生成された身の上だもの。

 明日どうなるか知れたものでなし、変な意地張ってもしょうがないわよ」

 

「ほほーう、それならいいか──良くもないかなー? 

 この一年、艦長共々働き詰めで、年の瀬だってのに今日もお仕事。

 働き詰めはお肌によくないですし? 副長もいーかげん25になるんだし、気をつけないとニャ~?」

 

 その言葉をきいた式波は、さすがに眉を潜め、睨み返した。

 

「四捨五入してアラサーの話はやめなさいよ1万2千才、折るわよ。形象14才で絶賛固定中だっちゅーの。

 ともかく、警察と病院と軍隊の緊急案件に、年末もなにもあったもんじゃなし。

 ただ正月だけは例外にさせてもらう。

 とっとと片付けて、投げる仕事全部投げたら仕事納め、贅沢三昧、無線封止に着信拒否。

 三が日は私も艦長も年始休暇なんで連絡不能の旨、よろしく。

 館山温泉で房州エビにキンメダイ、コタツにミカン、『九頭龍』の燗。

 年越しそばがどん兵衛になりそうな分、新年は仕事もしないし贅沢もさせてもらう。

 邪魔するやつは全っ員ブン殴る!」

 

 語気荒く言い放ちながら、胸元で白い手袋に包まれた右手を拳と握る式波に、呆れ半分でマリが表情を引きつらせた。

 

「館山で温泉だと……こっちでの事務所代わりにしてるいつもの旅館じゃん。

 新味ぜんぜんないよ奥さん、たまの休みなんだから別のとこ考えようよ-」

 

 その言葉に、式波は深く項垂れ、ため息を付いた。

 

「仕方ないでしょ、年末のこの時期に、今から予約間に合うわけないじゃない。

 それに見てくれがガキ同然だもの、見た目と身分証がどうにかならないと、予約もなにも取れたもんじゃなし。私と艦長が酒呑んでいいの、超常連で事情持ちだから見過ごしてもらえる『みすず別館』ぐらいのもんよ?

 だいたい万が一見つかっちゃって、国籍不明の謎の秘密結社の階級持ちが、未成年者の飲酒で警察に補導とか、SNSの与太話にもならないわよ。注意一秒怪我一生!」

 

「呑まなきゃいいじゃん」

 

「原因要因一切不明とは言え、味覚も睡魔も戻ったって-のに飲まいでか喰わいでか!」

 

「贅沢舌ー」

 

「なんで嬉しそうな顔しながら揶揄してくるのよ。まあいいけど」

 

 話はこれでおしまい、とばかりに言葉を切り、式波は表情を引き締めた。さっと四方に視線を巡らせる。

 

 刹那、視界の中に膨大な色と可視化された音が様々な帯域の形で広がり、そして消える。それを彼女は一瞬で解読し、把握した。

 

「艦長と綾波はそれぞれの車を運転してこちらに接近中、HEATシーカーは沖合の予定ポイントで待機。綾波は元々だけど艦長も巧くなったもんよね、運転。

 ナイジェル1、ナイジェル2からの映像情報、公安・警察の無線網にも特変なしと。

 にしてもこのあたり、物流会社の違法無線多すぎじゃない? 

 まあ、邪魔になるものじゃなし、チクってたらキリもなし、通報している時間もなし、引き続き、電子的ネズミ探しを継続と。

 あーあー、尻尾でも足でも蒸気でもいいから早いことだしてくれれば終わるのに。よりにもよってエヴァパイ組しか来なかったっての、ツイてないにもほどがあるわよ」

 

 その様子を眺めたマリが、呆れたように言う。

 

「奥さん、ますます情報処理速度上がってない? 

 セカパクも起きてない世界なのに、一瞥で房総半島南端全域の無線波全部洗うの、この世界の文明レベルだとオーパーツの部類と思うけど」

 

「鍵とかゲマなんとか、それにあのシヴァ計算機の無限演算よりかは常識の範囲でしょ、EPR相関とマクスウェルの悪魔のちょっとした応用。

 情報処理機関による熱・運動エネルギ-出力なんて大腸菌だってやってるんだし、驚くほどのアレじゃないわよ。

 この世界と相性がいいのか、やりやすくなったのは認めるけど。ナラタケ参考にブーストも入れてるし」

 

 しれっと式波は言い放った。現状、他人からある程度逸脱した能力なのかもしれないが、何しろナラタケやナイジェルのようなオーバースペックAIが存在してしまっている世界である。遅かれ早かれ追いつかれるに違いないし、逆に言えば10年分程度のアドバンテージはある。

 

 進捗は極めて順調、怪しい棲家の情報下水たる無線波帯を片端から潰して、残りも知れている。現状何一つ問題はない。年の瀬らしく、万事静かに進んで欲しいもんよね。その気持ちが、無意識に式波の口から、歌となってこぼれ出た。

 

「年のはじめの試しとてー、つーつがなき世の目出度さを……♪」

 

「奥さんまだ年明けてない、それにそこは、終ーわりなーき世の♪ じゃなかったかニャ」

 

「つつがないに越したことないじゃない。死人はなるべく出したかないわよ」

 

 言い放つ。

 

 つまるところこの時の彼女は、さっさと終わらせて年始休暇に突入することばかりを考えていたのだった。

 

 人生は面倒と面倒と面倒の繰り返し。今年が終わっても来年も面倒は訪れる。

 

 だからこそ、今年の汚れは今年のうちに、今年の課題は今年のうちに。

 

「戦争の準備は、平和を守る最も有効な手段のひとつである、だっけ?

 何の看板掲げて副業をやろうが、こちとら元々戦争屋だもの。()ることやるのがお仕事の以上、やることやって平和を守って差し上げないと。

 この世界のこと、私、正直嫌いじゃないし」

 

汝平和を欲さば、戦への備えをせよ(Igitur qui desiderat pacem, praeparet bellum.)。ローマ式とは穏やかじゃないにゃあ」

 

「珍しい、ハズレ。ジョージ・ワシントン。アメリカ初代大統領」

 

「もっと穏やかじゃないにゃあ」

 

「ドイツ的に戦争!戦争あるのみ!(Kämpfen und kämpfen lassen!)の方が良かった?」

 

「最悪。ベリー最悪」

 

 苦りきった笑みを浮かべるマリに好意的な一瞥を投げ、式波は再び空を見上げた。

 

 部外者であった自分たちに、どこまで何ができるのか、彼女にはわからない。

 

 しかし、どのような形であれ彼女たちはこの世界に出現してしまったし、元の世界には恐らく元の自分たちが、知らぬ間に違法コピーされたなどと知らず、せっせと自分の世界のために戦っているに違いないのだ。

 

 であるのならば、もとより彼女に、否、彼女たち全員に、帰るべき場所などない。ないのであれば、作るだけ。根ざす覚悟を決めるだけ。

 

 少なくとも、彼女と彼女の相方は、既にして己の在り方をそう定めていた。

 

 かつて葦原道幸という科学者は予言した。アーキタイプなる物質が、21世紀にこの世界を完全に作り替えると。

 

 何者かの答えとして世界が出力され、答えが出たはずの問いは、しかして再び問われはじめ、気づくと話が始まっていて、彼女たちの立ち位置は、ゴールであったはずのラインの向こう側、破局を超えたその先に座標している。

 

 数多世界において、破滅として現れる定めを持った黒き獣は現れ、そして消えた。

 

 それは破壊の王であり、終末と破局を齎す獣であり、そして何よりも呼び水である。

 

 故に、その声は続いている。

 

 その曲もまた続いている。

 

 馬頭琴じみて骨を震わせ、その歌は彼方より、未来より、あるいは過去より響き続ける。

 

 これは、彼女たちがこの世界に生まれ出で、持っていたと思っていたものの大半を喪った後の物語であり、破局の向こう側にたどり着いてしまったからこそ、世界がわからなくなってしまった後の話である。

 

 過去が変化を遂げたのならば、現在も、未来も変化してしまっている。

 

 閉じているのか? 開いているのか? あるいは平坦となっているのか?

 

 声が響く。曲が響く。

 

 

अमृतम्(不死)औषधम्()

 

 अदृष्ट धर्मः(見えない法則)

 

 सत्संग कोटि(集まり 大きな数字)

 

 ऋतम् ऋतम् मेधा(真実 知性)

 

 

 問いが出ぬまま歌は何処へともなく響き、そして物語はこう始まる。

 

 

『Hello, world』

 

 

『G+A Singular Point Prologue Start』

 

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