もしも竈門炭治郎のもとを訪れたのが比古清十郎だったら 作:紅涙
呼吸と飛天御剣流なり。
赫灼の髪と瞳の少年が手にした刀が、明けの空を思わせる曙色に染まる。
「ふむ…俺よりも濃い曙色か…生意気な」
「ええ…そ、そんなこと言われても」
飛天御剣流、ヒノカミ神楽。
二年間の地獄の修行で、二つの流派を体の真髄まで叩き込まれた赫灼の少年──竈門炭治郎。
血反吐を吐き、何度も死にかけながらも、比古清十郎の修行を乗り越えた炭治郎は、一回り……いや、二回り以上、見違えるほどに逞しく成長した。
二年前、鬼に家族を惨殺され、唯一生き残った妹を鬼にされてしまった悲劇の少年となってしまった炭治郎は、最強の暗殺剣とされる飛天御剣流の使い手である比古清十郎と出会い、迎え入れられた。
時代の苦難から弱き人々を守ることを流派の理とする飛天御剣流は炭治郎に相応しく、比古清十郎は炭治郎ならば正しく受け継いでくれると思ったのだろう。
比古清十郎も鬼という存在は知っており、何度か遭遇したことがあるそうで、専門家ほどではないにしろ、鬼の倒し方など、鬼と戦う上で必要な技術は、自画自賛する天才性で会得していたそうだ。そのおかげで、炭治郎は飛天御剣流の他に、竈門家に伝わる舞や、鬼との戦いで必要な"呼吸術"を会得することができたようだ。
その炭治郎が辛い二年間の修行を終えて、比古清十郎から免許皆伝を受けた。
「これからお前が相手にするのは異能の鬼だ。
人間が思いもよらない能力を持っている。その鬼の首領ともなれば、俺など取るに足らん存在だろう」
「あの…師匠と比べたら鬼が赤子に思えるんですが」
ただ、比古清十郎の修行が如何に厳しく、地獄だったのか、炭治郎の悲壮感漂う表情が物語っている。本来、修行を終えて悲壮感が漂うなどおかしいことなのだが、炭治郎が比古清十郎を鬼よりも鬼だと思うほどに鬼畜だったのだろう。
「俺はお前に感謝されこそすれど、怨み言を言われる筋合いはないはずだが?」
「本当に感謝はしてますよ!!」
鍛えてもらった。剣術も教えてもらった。比古清十郎のおかげで、竈門家に伝わる舞を途切れさせずに受け継ぎ、炭治郎の父のように舞えるようにまでなった。炭治郎は、比古清十郎と強く感謝している。それでも、感謝はしてるが……怨み言はその倍かもしれない。
炭治郎は厳しい修行によく耐えたものだ。
しかし、比古清十郎が何故、炭治郎に厳しい修行を課したのか……それは決して、炭治郎を憎んでいるからなどではない。全ては炭治郎の為なのだ。
「炭治郎、覚えておけ。
俺がお前に飛天御剣流を教えたのは、お前を不幸にする為ではない」
「!
はい。師匠、本当にありがとうございます」
炭治郎は比古清十郎から全てを教わった。
厳しい修行を乗り越えた。
あとは、己次第。
鬼にされてしまった妹──竈門禰豆子を人間に戻す為に、炭治郎は剣を振るう。
鬼という脅威から人々を救う為に、飛天御剣流を振るうのだ。
「死ぬなよ、炭治郎、禰豆子」
「む!」
「はい!
必ず禰豆子を人間に戻して、師匠に会いに来ます!!」
少年が大きく成長し、旅立つ時が来た。
☆☆☆☆☆
鬼……それは、人間を主食とする悪しき生き物。人間に仇なす存在である。
鬼殺隊……それは、人間を遥かに凌ぐ身体能力を持った鬼を相手に、悪鬼滅殺を掲げて戦う組織だ。
鬼と鬼殺隊は、闇夜の世界で千年も前から死闘を繰り広げている。
相反する鬼と鬼殺隊。しかし、その二つの存在にとってあまりにも異質な存在がいた。
「師匠から鬼殺隊には入隊するなって言われたから、地道に行くしかない。
それに、鬼殺隊の隊士達はほとんどが鬼に身内を殺されてるから…禰豆子を連れた俺は敵も同然だ」
その鬼を滅することを目的としつつも、鬼を連れ歩く異端な存在──竈門炭治郎と竈門禰豆子。炭治郎は、鬼にされてしまった妹の禰豆子を人間に戻すべく、共に険しい道を歩み出した。
飛天御剣流の最期の継承者にして、先祖代々竈門家に伝わるヒノカミ神楽の継承者が、鬼を滅する。
☆☆☆☆☆
地面から襲いかかる三体の鬼。
人間を遥かに凌ぐ身体能力を持ちながら、たった一人の人間相手に複数で襲いかかるなど、あまりにも卑劣。だが、これが鬼なのだ。思考回路が人間とはまったく異なっている。人間を食べる為ならば、鬼はどれだけ卑怯、卑劣であろうとも、本能の赴くままに行動する。
だからこそ、鬼は恐れられるのだ。
しかし、その三体の鬼は一瞬にして頚を斬られてしまった。回転による遠心力を利用した剣技で、瞬く間に頚が斬り落とされてしまったのだ。
すると、頚を斬り落とされた鬼の体が灰のように跡形もなく朽ち果てていく。鬼は、特殊な刀で頚を落とす以外では、日光でしか滅することができないのである。
鬼を滅する刀──日輪刀。鬼と戦う鬼殺隊の隊士が持つ特殊な刀である。
その日輪刀、鬼殺隊に所属せずに持ち、鬼を狩る剣士が一人いた。鬼を連れた異端な剣士──竈門炭治郎。
「師匠のおかげだな。
鬼の動きが止まって見えた」
夜明けを思わせる曙色に染まった日輪刀を鞘に納めた竈門炭治郎は一息吐き、月を見上げていた。
「それにしても、話を聞く暇すらなかったな。
やっぱり、俺個人で鬼と戦い続けるのには無理がある気がする。かと言って、鬼殺隊に入るわけにはいかないし、迎え入れられるとも思えない。どうすべきなんだろう…」
鬼にされた妹を人間に戻すべく、険しい道を歩む炭治郎は、己の見通しの甘さと、厳しい現実を実感し焦燥感にかられていた。しかし、これは炭治郎が自ら選んだ道。もう、後戻りすることなどできない。
「!」
そんな炭治郎のもとに、一匹の烏が飛んでくる。
ここから、己を取り巻く環境が大きく変わることを……炭治郎は知る由もない。