喫茶店の隅の方は人気が少なく、二人きりで秘密の会話をするにはうってつけの状況だった。
まずはコーヒーを一口飲んで苦みで頭をすっきりさせると、自分は少女に事情や正体についてさらなる情報開示を要求することにした。いくつか疑問はあるのだが、特に魔法少女というメルヘンな単語が出てくるのはあまり想定していなかった。
「ええ、できる限り答える。ただし条件が一つだけ。互いの名前はもちろんこちら側の関係者の名前は明かさないこと。全員あだ名で呼ぶことになるけどそれだけは了承してちょうだい」
名前を明かさない。そういえばまだ少女の名前も聞いていなかったことに気付く。その理由について聞くと彼女は「自分で考えてみなさい、あなたは探偵でしょう?」とあきれ顔で返された。
しかたない、探偵らしく推理してみることにしよう。というか、そもそもただの中学生である自分を探偵と呼ぶのか疑問ではあるが。おそらく過去……ループする前の自分が少女にこう呼ぶように言ったのだと思われる。その理由は……なんとなくだけどかっこつけな気がするが。
ちょうどいい。少女に質問してみよう。
「あなたを探偵さんと呼ぶのはあだ名なのか?ええ、そうね。ちなみにその提案をしたのは私と初めて出会ったあなたよ。結構頭がキレてたし本当に探偵やってると言っててあだ名もそこからよ」
マジか。少女に初めて出会った自分がどういうやつで、何を考えていたのか気になる。
……いや、待てよ?考えていたことを推測する手段があるかもしれない。
少女は昨日自分が購入した本のジャンルを確認した後、最悪のパターンと言っていたはずだ。ここから推理するに、ループのパターンは『自分の購入した本のジャンルで分けることができる』のだろう。逆に言えば『どのループでも自分は確実に本を購入する』はずだ。
そうでなければパターン分けする条件として用いるにはちょっと不安定な気がする。最初の自分が探偵と言われて驚いたが、恐らくどのループでも読書趣味は共通しているのだろう。
つまり。あだ名で呼ばせる条件は読書の中にある可能性が高い。
恐らくはタイムリープ物で生じていた名前を明かすことによるトラブルを元に、少女にあだ名呼びを徹底させたのではないかと推理した。さて。その場合に生じる問題と言えば――
「名前を知るとタイムパラドックスが起きて消える?違うわ」
「私か私の関係者が子供を産んだときの名前に影響する?発想が飛躍しすぎ」
「名前を知るだけで未来が変わる?ふむ、もう少し具体例が欲しいところだけど……及第点としましょうか。まあ、何も知らない状態で出せる答えとしてはこんな物かしらね」
自分の出した答えに納得した少女は紅茶を一口飲む。悪くはないけれど、もっと美味しく作れるわね。などとボヤいている。その発言は店員に聞かれないようにしてくれ……
周囲に店員がいないか警戒している自分を気にすることなく少女は話を進める。
「さて、結論から言いましょうか。名前を明かせないのは、探偵さんが私や私の関係者の名前を知ると――高確率であなたが死ぬ未来が訪れるからよ」
……なんだって?
「私は時間跳躍者の魔法少女って言ったのは覚えてる?魔法少女はマンガやアニメの中の存在に近いものを連想してもらえばわかると思うけど、当然魔法少女と敵対する存在と戦うことがある。その際にあなたが巻き込まれる可能性が高くなる条件の一つが、『私の名前を知ること』なのよ」
そんな小さな理由で自分の生死が変わるのか……未来というのは些細なことで変わるらしい。実際自分が読んできたタイムリープ物で失敗が起きた原因も、大抵小さいことではあったが。
「というか。探偵さんが私や関係者の名前を知ると詳しい事情を調べに来て事件に勝手に首突っ込んで死んでるのよ。救助もほぼ確実に間に合わないか失敗する」
……えっ。
「それを言ってやめさせたけど名前を教えたループでは、偶然街を歩いているときに住民の会話で名前を聞いて話を聞こうとしたら事件に巻き込まれて探偵さんは死んだわ」
………えっ。
「それもちゃんと説明した上で名前を教えたループでも探偵さんはなぜか死んでるわ。新聞の交通事故の被害者欄にあなたの名前を見つけた時は申し訳ないけど呆れたわよ」
最後雑すぎません?てか、酷い。
「だけど、名前を教えなかったら普通に生きてるのよ。だからもうめんどくさいし名前を明かさずに進めた方がいいっていう結論に達したわ。たかが名前くらいあだ名で十分だし」
そこは諦めるなよ。せめて名前くらいは知りたいと思って当然じゃないか。それに今も君をどう呼べばいいのか脳内で色々と考えてるところなんだぞ、本名の方が色々と楽だ。
「言っておくけどその結論出したのはあなただから。議論する時間がもったいないそうよ」
……あー、その。すまなかった。余計なことに嚙みついた自分が悪かった。
「わかればいいのよ。付け加えるとあなたが付けるあだ名は大抵私の趣味に合わないから、採用する気はないわよ。最初の頃のあなたの付けたあだ名とか本当に酷かったから」
そんなにひどいのか。参考程度に聞かせてもらっても?
「っ、聞いてくるパターンなのね……―――む、よ」
む?小さくて聞こえなかった。もう一回。
「……ほ――む」
もう一回。ワンモア。
「……ほむほむ」
吹いた。どこから連想したのかわからないが、恐らく彼女の名前がほむなんとかなのだろう。
「わ、笑わないで。もうっ、聞いてきた場合答えなかったら、あなたが機嫌を損ねて使い物にならないから本当に面倒なのよ……」
ほむほむ。一つ思ったんだが。自分、ループ時の死亡条件といい結構めんどくさい人間なのではないだろうか。
冗談やお世辞でもいいから否定してくれ。頼む、ほむほむ。流石に自分がめんどくさい人間ということを知って喜ぶ人間はいないんだぞ。え?黒の魔法少女って呼ばないとダメ?
そ、そうか……それが君が考えたあだ名なのか。……その……センス、そのまんますぎないか?もっと凝ったあだ名を考える人がいるけどそっちの人のセンスはもっとアレ?
……必殺技名をわざわざ付けてて、名前はティロ・フィナーレ。ああ、イタリア語で最終砲撃ね。まんまだな……
何故わかるって目で見るな。
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依頼に関して詳しい事情を聴き終えた頃にはテーブルの上からケーキの姿は消えて、コーヒーもほとんど冷めてぬるま湯となっていた。彼女から聞いたことを噛み締めているとやはり思うことがある。
自分、本当に役に立てるのだろうか?どう見てもブラックの話し相手以上の役割がないぞ。
「間違ってないけれど、話し相手と一言で片づけられるのはちょっと困るわね」
とは言われても、自分は魔法少女でもなんでもないから君を助ける手段が会話しかないんだが。君から色々な出来事について聞いて考えることしかやることはない。
「……あなたが女の子のループ時は、魔法少女として私を支援してくれてたこともある。会話以外にもできることはなくはないわ。最も男の場合は事件に首突っ込むと高確率で死ぬから控えてほしいけれど」
地味に衝撃的な事実が発覚したんだが。性別が異なるどころか魔法少女のループもあるのか。
「ちなみにそのループでの愛読書は主人公が魔法か何かで性転換しているファンタジーのはずよ。男装までしてるから話しかけるまで分からないのが面倒なのよね」
自分からしてみればTSしている存在の愛読書がTSファンタジーって笑えないんだが……最初の自分は探偵だったしループごとに自分は結構異なる自分になっているんだろうか。
「でも、根本的なところは変わりないわ。話しているだけで気付かなかったことに気付くこともあるしどのループでも頼りになる探偵であることは確実、とだけ言っておくわ」
……もっとも、今回は最悪パターンのループだからあまり頼る時間はないけど。
嬉しい褒め言葉の後にそう話し彼女の表情はどこか引きつっていた。黒の魔法少女さん曰く、様々なループの中で生じる違いはいくつかのパターンに分類化されており、それを最も早い段階で大雑把に掴む方法が自分が愛読している本のジャンルらしい。なぜそうなるのかは不明だが。
で、その本のジャンルの中で黒の魔法少女さん曰く最悪なのが日常ラブコメパターン。依頼内容の説明にかまけてまだ聞いていなかったそれに関して説明を促すと黒の魔法少女さんの表情が死んだ。
そんなに最悪なパターンなのか、と問いかけると重々しく頷く。
「……条件が発覚した時は私も探偵さんも甘いカフェオレを飲んでいたはずなのに、苦く感じたのをよく覚えてる。日常ラブコメというジャンルに対して皮肉な結末を迎えるパターンだから」
そこまで酷いと黒の魔法少女さんが断言したことに少し恐怖を覚えた。魔法少女と敵対する存在の総攻撃で街が一か月後よりも前に壊滅して、生き延びることすら難しい滅亡世界のルートなのか?
「そういう未来には今のところ遭遇したことはないわ。むしろこのパターンでは敵対する存在は比較的弱い部類ではある。このパターンの問題は魔法少女側にとんでもない問題があることよ」
魔法少女の数が本来より少ない?あるいは実力が他のパターンより低い?考えられる範囲で魔法少女側にデメリットがある未来を想像して聞いてみるが、どの未来に対しても「それはない」か「別のパターンの未来」という回答だった。しびれを切らして何が問題なのか聞くと。
「……恋よ」
恋……?予想外の回答に拍子抜けした。もっと規模が大きい問題を想定していたが、その程度の問題で済んだとは。軽く笑いながらケーキをつまもうとすると、黒の魔法少女さんがバン、と机を叩いた。
「笑い事じゃないわよ……!これは本当に深刻な問題なのだから」
そこまで言うのなら逆に恋で何が起きるのか聞いてみたくはあるが。恋が原因で生じる問題ねぇ。精々痴情のもつれくらいしか見当もつかないのだが。
「本当にそうなのだけど……痴情のもつれで見滝原で活動していた魔法少女が私以外全滅するわ」
……マジで?
「悲しいことに事実よ。まず、このパターンの特徴は青色の魔法少女の幼馴染がなぜか黄色と赤色の魔法少女から好意を向けられていることよ」
かなりぶっ飛んだ特徴が出てきた。青色の魔法少女というと、回復力が高い近接戦闘型の魔法使いで幼馴染の怪我を直すために魔法少女になった――というのが彼女の話だったはずだ。
「このループでも幼馴染の怪我をそれを直すために青色が魔法少女になる部分は共通してるけと、怪我の具合が比較的マシで外を出歩いてる際に他の魔法少女と出会ったみたい」
「最もこのパターンに遭遇したことはあまりないから詳しい部分まで調査したことはない、というか調査する前に彼と関係を持つ魔法少女がドンパチやらかしてそれどころじゃないというか……」
「黄色が「私の拠り所である彼を取らないで!」と言いながら赤色が「てめぇはあたしよりもいろいろ持ってんだろうが、男くらい譲れ」とかいって毎日喧嘩してて……」
「そこに青色が勝手なことを言ってる二人をボコボコにするために乱入、事態は悪化の一路……」
語り続けていた黒の魔法少女さんが机に突っ伏した。急にどうした。
「……最終的に魔法少女三人がドンパチやってる間に私の親友が彼を心配してたことがきっかけで、彼と親友が交際を始めるわ。どうして彼を選んじゃうのよぉ……」
親友取られる未来が待ってるとしたらそりゃあこうもなるかぁ。仕方ない。
「そして、彼を取られたショックで魔法少女三人が親友を殺すために暴走開始。私一人で立ち向かわざるを得ないんだけど、多勢に無勢ってレベルじゃないから準備を念入りにしないといけないからこれから忙しくなるし……そこまでしても、親友を守りきれたループは一度もない……」
「一か月後に絶望的な未来が待っていても、それまでの時間で親友と触れ合う機会があるからまだ耐えられたのに……このパターンだと後一週間もしないうちに……フフ、フフ……絶望しそうね」
なんか色々と可哀そうすぎるんだが……聞いてる限りだとほぼほぼ黒の魔法少女さんが部外者なのに、一番ひどい目に合ってるように見える。彼女が一体何をしたというのか。
「わからないわよ……毎回ループが始まる前で手が出せないところでこういう状況になってるから、どうしようにもないわ」
確かにループ前はどう頑張っても変えようがないよな……それでも毎回変化があるのが謎だが。変えられないはずの過去が黒の魔法少女さんの知らないところで変化している。
……となれば。一つ検証して欲しいことがあるのだが。
「奇遇ね。実は同じことを過去のループから言われてる。調査結果が仕上がるまで後二回ほどループしておきたいところね」
わかった。一応聞いておくが、その内容とは―――
……よし。合ってるな。結果はその時のループ時の自分に伝えてくれ。どうか君の行く先に明るい未来があらんことを祈る。
……これから魔法少女の痴話喧嘩に巻き込まれる私に言うことか?ごもっとも。
まあ、そっちの対策もあるっちゃある。どうだ、一つ話に乗ってみないか、ほむほむ?
……銃を向けるのはヤメロォ!他の人に見られたらどうする!というかどこから出した!!
・探偵さん
ほむほむの地雷を踏むことに定評がある男子中学生。ちなみに黄色の魔法少女こと巴マミと遭遇した際のループでは彼女の独特なセンスでつけられたあだ名をガチで嫌がってたことがある。なので呼び方はシンプルな探偵さんに統一されたという経緯があるが、本人は当然過去のループなので知らない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
探偵さんの提案で、今回のループでは青色の魔法少女の幼馴染こと上条恭介を逆に落とすような行動に出てみた。
恋愛軽減税率に乏しく付き合うとまではいかなかったが、彼の気を引いた結果親友のまどかが彼と付き合うことはなかったが、最終日に大きな嵐もといワルプルギスの夜に勝利できなかったためこのループも失敗。
原因は上記の行動の副産物として他の魔法少女との仲が非常に険悪になったことで連携が取れなかったことと推測している。
なお、次のループで探偵さんをしばいた。理不尽。
・今回のループ
ギャルゲーループ。多分ほむほむは周回プレイ時のみ攻略できる隠しヒロイン枠。