タマの朝は早い。
夏であればわかる。
早朝でも明るいからな。
でも、タマの早起きは春夏秋冬問わないんだ。
布団の魔力に敵わなくなるこんな時期も、タマは変わらない。
私なんてタマに無理やり布団をはぎ取られるまでベッドに寝ころんだままだというのに。
私よりもずっと早く起きて勉強やら読書やらをしている。
私がいくら頑張って早く起きようとしても敵わない。
この前なんか5:30に起きたのにすました顔のまま、
「お、今日は随分と早いお目覚めやな。」
なんて言って笑いかけてきたんだ。
髪だってもう梳かしてあった。
一方、私の状況といえば。
髪は寝ぐせでボサボサ、今にも瞼が閉じそうなのを我慢しているせいでしかめっ面。
まさしく天と地ほどの差だ。
…私だってたまには。
先におはようって言いたい。
だから今日は早く寝るんだ。
アラームだってちゃんと5時に設定した。
今日こそは負けない。
タマが私を不思議そうな顔で見つめるのを横目に私は目をつむる。
待ってろよ、明日のタマ。
勝つのは私だからな。
ああ…よく寝た…。
…よく寝た…?
アラームにたたき起こされた記憶がない。
まさか。
枕元に置いてあったスマホの電源ボタンを急いで押す。
アラームの画面ではあった。
だが音がない。
また何かやっちゃったみたいだな。
とりあえず無音を奏で続けるアラームは止め、時刻の方を見る。
表示は5:00を指し示していた。
これは…!
タマに勝てたかもしれない…!
奇跡的にではあるが目標の時刻に起きることができた。
タマのベッドの方を見れば彼女がいまだに体を横たえているのが見える。
勝った…!
私は勝利を確信する。
そんな彼女の後ろ姿を見ていると私に厄介な感情が生まれる。
タマに勝った証が欲しい。
口ではきっと信じてもらえない。
だから、写真を撮ることを選んだ。
タマの寝顔の写真でも見せてやればイナリやクリークも信じてくれるだろう。
私はスマホのカメラモードをつけてそろりそろりとタマの方に近づいていく。
しめしめ、タマのやつめ。
まだぐっすりだ。
私はタマの顔を覗き込む。
しかし大願成就というわけにはいかなかった。
「なんや。オグリ…。」
「おはようさん…。」
幾分か普段より寝ぼけた顔だったが、目をぱっちりと開けているタマの顔があった。
自らの手のひらを見つめたまま彼女は私に挨拶をしてくる。
また先に言われてしまった。
…完敗だ。
「タマ…どうしてそんなに早く起きられるんだ…?」
カメラモードにしてあるスマホをポケットに隠し、ずっと抱いていた疑問をぶつける。
「あっちにいた時の癖…やな。」
「癖…?」
相変わらず手のひらへと目線をくぎ付けにしたままタマは答える。
「せやで。あっちにいた時…ウチが家事せなあかんかったから…。」
「朝早くから起きる癖、ついてもうて…抜けへんのや…。」
微笑を浮かべるその顔は、どこか懐かしそうに見えた。
「あっちにいた時にはな…。」
「…こんな寒い日は…あかぎれがひどくてなあ…。」
「洗い物やら何やらでパックリ割れてしもうたりしてな…。」
ようやく自分の手から目を離してタマが語りかけてきた。
「見てみ、ウチの手。」
「今でもそん時の跡が残ったままなんや。」
「アンタにだけ、特別やで。その…あんましきれいなもんじゃないしな…。」
そういってこちらに向き直り両手を見せてくれる。
あちこちにあかぎれの跡が残っている。
指の関節部分などところどころ変色してしまったりもしている。
だが。
私は。
そんな手を。
とても。
「…キレイだ…。」
そう思う。
「…世辞ならいらんで…。」
むすっとして布団の中にしまおうとするのを制止し、その小さな両手に自分の両手を重ねる。
私の両手がタマの両手をすっぽりと覆いこむ。
私のよりもこんなに小さいのに、ずっと頑張り屋さんな手。
これはまるで…。
「トメさんの手に似てるな…。」
「…せやな…。おばあちゃんの手やな…。」
タマが皮肉に笑う。
違うんだ。
「そういうことじゃなくてな…。」
「働き者の手ってことだ…。」
「愛しい人のために頑張ってきた手だ…。」
タマの両手を幾度も触り、撫で、握る。
家族のために、と頑張ってきた両手をねぎらう。
「私はそんなタマの手を…。」
「心底キレイだと思うよ…。」
…うっさいわ…。
消え入りそうな声でそう呟くタマは布団に潜ってしまった。
タマを包み込んで一つの塊となった布団から。
『ありがとな』
そんな声が聞こえてきた気がした。