『異界』。その言葉が指す意味には様々なものがあるだろう。
科学では説明できない現象が起きる場所。あるいはその場所に住む人々のことかもしれないし、その場所に存在する人々との繋がりを示すこともあるだろう。
だが、今この場所で語られる『異界』という言葉は、そのような曖昧なものを表すものではない。
ここは現実世界と隔絶された空間、そう呼ぶにふさわしい場所だった。
空を覆い尽くす巨大な木々に、地面を這う苔のような植物群。まるで異世界に迷い込んだような光景の中、1人の男が歩いていた。
男の名は
しばらく歩いた後、涼真は立ち止まる。目の前にあるのは木造の小さな家だ。しかし人が住んでいる気配はない。それどころか人が住んでいた痕跡すら残っていない。
涼真はそんな家の中へと躊躇なく入っていく。玄関のすぐ隣にあるリビングのドアを開けると、その表情は険しいものに変わっていた。
「どういうことだ」
涼真の視線の先にあるもの、それは床に描かれた魔方陣だった。それもただの魔方陣ではない。複雑な模様が描かれた円の中に五芒星が描かれている。それは古来より伝わる魔術の類いで使用される魔方陣であり、普通このような場所で見るようなものではなかった。
そもそもこの異界自体におかしい点が2つあった。
1つはここが日本の異界であることだ。異界が形成される際、通常ならば現実世界のその場所と同じ風景を形作る。この異界の反対側では、少なくともこれほどの規模の森林ではなかった。
2つ目はこの森にいる生物の存在だ。異界においても普通の動物や昆虫の姿は見られる。が、まるで森全体が息を潜めているかのように静まり返っていた。
これらの事実から導きだされる答えは......
「人為的に作り出された異界か」
そう呟くと同時に涼真の脳裏に浮かぶものがあった。数年前に起きた連続失踪事件、その現場に残されていた血文字で書かれたメッセージだ。
『もう私は私でなくなる。あの方の言うとおりにしたのにナンデ』
事件の裏で調べていた時に見つけた文章。その時の状況がこの場所と似ていることに気付き戦慄する。
(まさかとは思うが......)
その時、涼真の背後にぞろぞろと人影が集まる。全員揃って黒いローブを着て玄関で蠢いていた。
「タスケテ......タスケテ......」
「アァ......ドウシテコンナコトニ......」
「許サナイ......アノ女、絶対ユルサナイ!」
「ヤメテッ!私ヲ喰ベナイデ!」
口々に出てくるのはどれも苦痛に満ちたもので、それだけでも彼らがどのような目にあったのか容易に想像がついた。
彼らこそが今回の任務の対象である存在、怪異である。
「安心しろ。責任もってあの世に送る」
静かにそう告げると懐に手を入れながら振り返り、腰に巻かれたベルトを見せる。そこには赤い風車が中央につけられた銀色のバックルが輝いていた。