「......かん......べ......神戸!!」
耳元で聞こえた声でハッとする。
「はっ、はい!」
「今先生が質問したことに答えなさい」
「そうですね......ミネラルウォーターで氷を作ってはいけない?」
「違います」
呆れた顔で言う担任の言葉を聞きつつ、
「すみません、寝ちゃって聞いてませんでした......」
「まあいいでしょう。放課後職員室に来なさい」
「はい......」
怒られそうだと肩を落とすと、ノゾミはチラリと窓の外を見る。
空からは太陽の光が降り注ぎ、グラウンドでは高校指定のジャージ姿の生徒が元気よく活動している。
平和そのものと言ってもいい光景の中、ノゾミの日常は今日も過ぎていく。
しかしこの時、彼女はまだ知らなかった。この平穏が崩れ去る日が来ることを......。
◆
「ねえねえノゾミ、降神術って知ってる?」
次の日の昼休み、友人のチカに話しかけられてノゾミは眉を上げた。小学校からの付き合いのある幼なじみだ。
オカルト系の話が大好きな彼女は、眼鏡をくいっと上げて顔を近づける。
「なんかテレビで見たことある。確か神様を呼び出すんでしょ?」
「それそれ! それでさ、昨日の夜ネットで調べてみたんだけどすんごいんだよ。なんでも願い叶えてくれるの!」
興奮気味に身を乗り出してくるチカに対し、ノゾミは若干引き気味に尋ねる。
「ど、どんな感じなの?」
「それがね、特別な儀式があって──」
「ちょい待ち」
そこで話を遮ったのはもう1人の友人であるユキナだった。2人とは対照的に背が高くモデル体型の子だ。
「何ユキナ、いきなり割り込んで」
「あんたがまた変なこと言い出すから注意しようと思ってね」
「変じゃないもん! 超すごいじゃん! それにこれは慈善事業だから」
「慈善事業ねえ......」
疑わしい視線を向けるユキナに対して、チカはさらに身を乗り出して言う。
「だって考えてみてよ。この前ノゾミは富竹にキレられたし、私のお父さんは仕事クビになっちゃったし......みんな最近良いことないじゃん?」
「あー、それはそうだね」
「だから私は降神術を使って、『みんな楽しく過ごせますように』ってお願いするわけ。代償としてそうだな......富竹の命使おう。これなら成功するっしょ」
「ちょっと待って」
ノゾミは慌てて2人の間に割って入る。
「そんな物騒なことダメだよ」
「なんで? 別にいいじゃん、ノゾミも富竹先生嫌いでしょ? 感じ悪いし」
「でも、人を殺すなんて駄目だと思う」
「別に私らが殺すわけじゃないし......」
なおも食い下がろうとするチカに、ユキナは呆れ顔で言う。
「そもそもその降神術ってのはほんとなの? 普通に考えたら怪しさ満点なのに、よく信じる気になったわね」
「ふっ、知りたかったら一緒に儀式をやるしかないけど? まあ気が向いたら来てね~」
それだけ告げるとチカはどこかに行ってしまった。残されたノゾミとユキナは同時にため息をつく。
「ちょっと心配......行ってみる?」
「そうね。まったく、あの子の頭の中には『オカルト=世界の真理』って考えがあるから困ったものよね」
◆
日曜日の午後6時、学校近くの公園にはチカを含め数人の生徒が集まっていた。中にはもちろんノゾミとユキナもいる。
「まさかほんとにやるなんて」
「そうね。てか、人数増えてない?」
ぼそぼそと話す2人を気にせず、チカは儀式の準備を進めていく。
「ではこれより降神術を行います! 手順は渡した紙に書かれた内容通り呪文を唱えればオッケー!」
集められた参加者たちは、手に持っていたコピー用紙を読み上げていく。そこには以下のような内容が書かれていた。
『いな・いな・とーふ・たふんたふん (生にえの名前[富竹富士子]) «魔方陣が光るまで繰り返す»』
一方、チカの方は既に準備を終えていた。地面には木の棒で描かれた円の中に、五芒星が刻まれている。その中央に立つと、両手を合わせて祈り始める。
「いでよ神様! 富竹の命と引き換えにみんなに楽しい日常をお与えください!」
すると地面の五芒星が青白く輝き始めた。
突然の出来事に驚く一同、しかしチカは祈ることをやめなかった。
「富竹の命を生贄とし、この世に降臨せよ!」
そして光が一層強くなり──何も起こらなかった。
ただチカの足元に描かれた魔方陣だけが不気味に輝いている。
「失敗? 何で、どうして? おかしいじゃん!」
パニックになるチカを見てユキナは不安そうな表情を浮かべる。
「で、その楽しい日常は?」
「あ、あははー......駄目だこりゃ」
結局、儀式は失敗したとこの場にいるユキナたちに判断された。
◆
次の日、ノゾミたちの担任の富竹先生が急死した。自宅で心臓麻痺を起こしたらしい。
その日の放課後、ノゾミたちは昨日の件について話していた。
「先生が死んだの、昨日の儀式のせいじゃ......」
ノゾミの言葉を聞いてユキナが答える。
「でも儀式は失敗したはずなのになんで?」
「分からないけど......このタイミングで死んだんだよ?」
2人の言葉を聞いてチカは不機嫌そうに言う。
「何よ、それじゃ私が富竹殺したみたいじゃん!」
「誰もそんなこと言ってないわよ」
「だってそうとしか考えられないし!」
口論になるチカとユキナを止めようと、ノゾミが割って入ろうとする。
すると教室にクラスメイトの1人が飛び込んできた。
「どうしたの?」
「5組の前園が急に倒れた。それで保健室に運ばれたんだけど......」
そこで言葉を切る。そしてゆっくりと続きを話した。
「あいつ、死んでたんだ」
「はぁっ!?」
チカが驚きの声をあげる。
「ど、どういうことなの?」
「それがさっぱり分かんなくて......いきなり苦しみだしてそのまま死んだんだ」
「そんな......」
あまりの内容にその場にいた全員が絶句してしまう。
しばらくしてチカが落ち着くと、今度は別の生徒が話しかけてきた。
「ねえ、他のクラスの子に聞いたんだけど、3年の先輩が自殺したって本当かな?」
「え?」
思わぬ情報にノゾミたち3人は困惑する。
「自殺?」
「ほら、女バスの部長......」
そこまで聞くとユキナはチカの方を向く。
「あんたが変な儀式やったから!」
「違う! 私関係ない! 勝手に死んだんじゃん!」
またもチカとユキナは言い争いを始める。
ユキナは自分の鞄を持つと、ノゾミの手を引いた。
「ノゾミ帰ろ。疫病神と一緒にいたくない」
ノゾミは強引に彼女に引っ張られていく。
2人は泣きそうになるチカを置いて、教室から出ていった。
◆
帰り道、ノゾミはユキナに質問する。
「ねえ、私たちどうなっちゃうのかな?」
するとユキナは難しい顔をしたまま答えた。
「分からない......」
「私怖い......これからどうなるのか」
「そうね。じゃあまた明日」
「うん......待ってユキナ、まだ信号赤だよ!」
次の瞬間、クラクションを鳴らしながらトラックが猛スピードで走ってきた。そのままユキナを轢いていくと、反対側の車を巻き込みながらガードレールに衝突する。
「ユキナーッ!!」
悲鳴を上げてノゾミは親友の元へ駆け寄った。しかし時既に遅く、彼女は目を見開いて事切れていた。
「ユキナ、嘘でしょ? ......なんで、どうして?」
◆
翌日、ノゾミは自分の机に座ってぼんやりとしていた。昨日の出来事がまだ信じられなかったのだ。
(ユキナが死んだなんて、そんな......)
いくら嘆いても目の前の現実は変わらなかった。
するとそこへチカがやってきた。
「あ、あの......おはよう」
ノゾミの声は無視される。やはり彼女に嫌われたらしい。
それから少し時間が経ち、朝のホームルームの時間となった。新しい担任の先生が教壇に立って話し始める。
「突然ですが皆さんに伝えないといけないことがあります。実は松永ユキナさんがお亡くなりになりました。交通事故に遭われたそうです......」
その言葉を聞いてクラス中は騒然となる。中には涙を流して取り乱す生徒もいた。
「明日松永さんの葬儀があります。参列してあげてください」
それを聞いてノゾミは何も考えられなくなった。その日の授業は上の空のまま終わりを迎えた。
◆
放課後になると、ノゾミは1人で家に帰ることにした。チカと顔を合わせるのが嫌というのもあるが、やはりユキナが死んでしまったショックが大きかった。きっとチカも同じだろう。だから1人になった。
「ユキナ......」
歩きながら呟く。信じられなかった。今まで3人ずっと一緒にいたからだ。だがそれも永遠に続くわけではなかった。
やがて自宅の前に着いた時だった。玄関前の電柱の影から、般若のお面を被った女がまっすぐノゾミを見つめている。
「ひっ!?」
驚いて立ち止まると、女はゆっくりと近づいてきた。右手に包丁を握りしめどんどん距離を詰めてくる。
「こ、来ないで!」
恐怖を感じたノゾミはたまらず走り出した。相手もそれに応じて追いかけてくる。
「来るなっ!!」
さらに逃げると背中に何かぶつかった感触があった。振り替えるとそこには電信柱がある。女はすぐそこまで迫っている。絶体絶命の状況の中、ノゾミは死を覚悟した。
その時である。突如女の腹を拳が貫通した。
「え?」
呆気にとられてノゾミは声を出す。見るとそこに立っていたのは涼真だった。
彼が貫いた右手を引き抜くと、女はそのまま倒れる。そして黒い霧となって消えた。
「怪我はないか?」
ノゾミは黙ってうなずくしかなかった。
◆
「少しは落ち着いたか?」
ノゾミを近くの公園まで連れてきた涼真は、ベンチに座っている彼女に話しかけた。ノゾミは無言で首を振る。
「ユキナが......死んだんですよね。私のせいで」
その問いに対して涼真の答えはシンプルだった。
「そうだ。正確には降神術で君たちが呼び出した怪異のせいで」
その言葉にノゾミ顔から血の気が引いていく。
「じゃあ私はどうすれば......」
泣きそうになっているノゾミを慰めるように、涼真は彼女の肩に手を置いた。
「安心しろ。それを解決するために俺が来た」
「どういう意味ですか?」
「詳しい説明をしている時間はない。ともかく首謀者と連絡を取って、降神術を行った場所まで案内してもらおうか」