「ここが、鬼更井駅......」
ノゾミは目の前にあるホームを見て呟く。照明はあるものの電気はついておらず、辺りは真っ暗だった。
「涼宮さんも一緒にいたはずなのに」
ノゾミは周囲を見渡すが、やはり正義はいない。仕方なくノゾミは駅舎に足を踏み入れた。
鬼更井駅には改札らしきものはなく、代わりに切符を入れる箱が柱にかけられているだけだった。もちろん人がいる様子もない。
薄暗い待合室に入ると、そこかしこに血痕があった。よく見ると椅子の上にも点々と赤い跡が残っている。ノゾミはその凄惨な光景に息を飲んだ。
すると待合室の奥に人影が見えることに気づいた。正義がいるのかと恐る恐る近づくと、そこにいたのは──
「ノゾミ」
「......パパ?」
そこにいたのは父親だった。あの日と変わらず若いまま、同じ服装のままである。
「パパ! 本当にパパなの!?」
ノゾミは喜び勇んで駆け寄った。しかし父親は待合室の影に足を進め、ノゾミからどんどん遠ざかってしまう。
「こっちへおいで、ノゾミ。ママも待ってる......」
「どういうこと? 待ってよ、パパ!」
追いかけても追いかけても、父親の背中には届かない。ノゾミは構わず走り続けるが、どれだけ走っても追いつくことはできないでいた。
「待って......お願い......もういかないで......」
ノゾミはいつの間にか涙を流していた。何度も拭って追いかけるが、体力が切れてしまい膝をつく。
「......なんで、どうしてみんな私を置いていくの」
ノゾミは泣き崩れてうずくまる。すると先程まで遠くにいた父親が彼女の現れ優しく語りかけた。
「住む世界が違うからだよ。さあおいで、向こうに苦しみはない。ずっと一緒にいよう」
差しのべられた手をノゾミは取ろうとする。が、すぐさま引っ込めた。
「私は......行かない。だって、思い出したから」
涙を拭って立ち上がる。そして力強く言い放った。
「あの時の言葉が、今まで私を生かしてくれたから!」
あの日、父と遊園地で別れる前のことだった。携帯で誰かと連絡を取っていた父は、メリーゴーランドから降りたノゾミの頭を撫で申し訳なさそうに言った。
「ノゾミ。お父さん、これからお仕事で帰らなくなるかもしれない」
「嫌! 行かないで!」
「ごめんな......でも、これだけは忘れないでくれ。どんなに離れていても、俺はずっとノゾミのことを思ってる。お母さんが残してくれた宝物をこの手で守って見せる。だから......」
ノゾミは目の前にいる偽者を殴ると、懐からベルトを取り出した。
「だから幸せになれって! そうだった......忘れちゃいけないのに、私は命を軽々しく使っちゃった」
「何を言ってるんだノゾミ──」
「その姿で、私の名前を呼ぶな! 偽者!」
MCBドライバー紫炎を装着すると、トゥルークコインを装填してレバーを引いた。
「変身!!」
『邪神解放! フングー! ムグルー! トゥルーク!』
偽者の父は頬を押さえて立ち上がると、緑色の怪物・キサライ怪異に変貌した。
トゥルークはキサライ怪異に向かって駆け出すと、その顔面に蹴りを入れる。倒れたキサライ怪異の首を掴んで持ち上げると、怒りの目をまっすぐに向ける。
「私の大切な人を侮辱するなど許さん。貴様だけは絶対に殺す」
そのまま赤色に染まった壁に頭を叩きつける。何度も何度も、執拗に。やがてキサライ怪異が動かなくなると、手を離して膝蹴りを顔にクリーンヒットさせた。
レバーに手を掛けとどめを刺そうとするが、背後に気配を感じて手を止めた。刹那、振り向き様に回し蹴りを繰り出すが空を切るだけだった。
「誰だ」
トゥルークの声に答えたのは、もう1体の赤いキサライ怪異だった。赤いキサライ怪異はトゥルークを舐め回すように見て舌なめずりをする。
「見つけたぞ、邪神トゥルーク」
トゥルークは距離を取るためにバックステップをする。だがそれよりも早く赤いキサライ怪異は飛びかかってきた。咄嗟に身をかわすが、赤いキサライ怪異は翼をはためかせ体当たりを仕掛けてくる。
よろめきながらも耐えるトゥルークだったが、次の瞬間腹部に強い衝撃を感じる。下に目をやると、緑のキサライ怪異の腕が彼女の腹を貫いていた。
「卑劣な」
腕を引きちぎり、刺さっていた残りを声を上げて抜き取って放り投げる。
膝をついて動けないでいるトゥルーク。2体のキサライ怪異は両手を前に突き出すと、彼女に向けてそこから黒い霧のようなものを放った。直撃したトゥルークは全身から力が抜けていくのを感じ、その場に倒れ付してしまう。
(これは、毒?)
意識が遠退いていき、視界がぼやけ始める。霞む視線の先にはまだ2体のキサライ怪異が佇んでいた。
「まだ......私は、まだ死ねない......」
震える足に力をこめ、立ち上がろうとするも上手く体が動かない。赤いキサライ怪異はそんなトゥルークに近づき、顔の前にしゃがんだ。
「邪神を取り込み、我々は世界の全てを手に入れる」
トゥルークの頬にキサライ怪異の手が当てられる。冷たい感触が肌を伝って背筋が凍る。必死に抵抗しようとするが、赤いキサライ怪異はその口を開けるとトゥルークの首元に噛みついた。
「アァッ!」
トゥルークの体に激痛が走る。続けて緑色のキサライ怪異も脇腹に噛みつき血を吸い上げていく。トゥルークの目から光が消えると、赤いキサライ怪異は口元の血を舌で舐めとり立ち上がった。
「これで我々の悲願が叶う──」
◆
「なわけないやろアホ!!」
突如響いた声と共に、まだトゥルークに覆い被さっていた緑色のキサライ怪異の頭部が吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
残されたキサライ怪異は自分の後ろに誰かがいるのに気がつく。振り向くと、そこにいたのはマシンに乗った正義だった。
「貴様、どうしてここに!」
「あんたらがノゾミちゃん襲っとる間、渡した御守りを追って異界中走り回っとったんや。さあノゾミちゃんを返してもらおっか」
「くそ、まだ肉が残っているのに......いや、ここを逃れれば我々の勝利だ」
すると散らばっていたキサライ怪異の肉塊から爪状の武器が飛び出すと、正義の右腕に掴まれた。
『相棒、あの怪異を倒せば鬼更井駅を破壊できる。間違いない』
野犬の顔のようなその武器は、大きな赤い目を光らせながら報告する。
「ほんまか? ならさっさと倒して抜け出すで」
正義は相棒『チュパカブライザー』を構えると、左側面にある投入口に赤色のコインを装填した。
『ウェイクアップ!』
爪の先端が伸びると、正義たちの周りに赤い霧が立ち込める。正義はグリップにあるボタンを押すと、マシンから飛び降りて爪を地面に突き刺した。
「変身!」
『怪異解放!』
その瞬間、チュパカブライザーが突き刺さった地面から赤黒い液体が溢れだした。液体は正義を包み込み、まるで意思があるかのようにうごめきながら形を変えていく。やがてそれが収まると、そこには異形となった正義がいた。
全身を覆う真っ黒なボディ。所々に血管のようなラインが走り、肩には鋭い棘が付いている。頭は狼のように大きく湾曲し、目は赤く光り輝いていた。
『チェンジ・ザ・ヒーロー! 仮面ライダーデファンス!!』
「な、なんとおぞましい!」
デファンスを見てキサライ怪異は叫ぶ。デファンスは両肩を回して駆け出すと、右手に持ったチュパカブライザーを下から振り上げた。
「せやっ!」
そのまま勢いよく振り下ろすと衝撃波が放たれる。キサライ怪異が仰け反って回避すると、衝撃波は壁に当たり大きく凹んだ。
「まだまだ行くで!」
攻撃の手を止めず、デファンスはチュパカブライザーで斬撃を放つ。初めこそ避けられていたものの、左肩に一度当たると続けて攻撃を受けてしまった。キサライ怪異の左腕は後ろに大きくえぐれ、動かなくなる。
「調子に乗るなぁ!」
キサライ怪異は口から硫酸の弾をいくつも吐き出した。
『相棒、右・左・右・右・後方に避けて左斜め下!』
チュパカブライザーの指示を受け、デファンスはそれらの攻撃を見事に避けきる。
その隙にデファンスがチュパカブライザーを投擲すると、ライザーは自らの意思で動きキサライ怪異の顔面に何度も引っ掻き傷を付けて返ってくる。刹那ボタンを押すと、ライザーの目から赤い光線が発射されてキサライ怪異の胸部に命中した。
「ぐわぁあああっ!」
胸を押さえて苦しむキサライ怪異、それを見てデファンスはグリップのボタンを長押しした。
『ファイナルリゾート!』
「これで決まりや」
アップテンポな警報音が鬼更井駅に緊張を生み、デファンスの血管とチュパカブライザーの目が輝きを放つ。
「さぁせるか!!」
キサライ怪異は起き上がると、右腕を伸ばして鉤爪を突き立てる。だがその直前にデファンスの必殺技が発動した。
「涼宮流斬撃波!」
『クローバースト!!』
エネルギーを溜めて勢いよく右腕を振るう。すると三日月型の衝撃波が放たれ、キサライ怪異の爪を粉砕しながらその身体を横一文字に切り裂いた。
「ぬぅあああああっ!!」
断末魔を上げてキサライ怪異は爆散する。デファンスは大きく伸びをすると、倒れているトゥルークの元へ向かった。
「ノゾミちゃん、生きとるか!」
変身を解いた正義はトゥルークの体を優しく抱きかかえる。彼女は虚ろな表情のまま首を縦に振ったが、呼吸は安定していて傷口も塞がれていた。
「邪神パワー、ヤバッ......まあ安心せい、怪異は俺が倒した」
『相棒。正確には我々が倒した、だ』
床に置かれたチュパカブライザーが訂正を入れる。
トゥルークも安堵したのか強制的に変身が解かれ、ノゾミはゆっくり目を開ける。
「よかった、無事みたいやな」
「ええ......それより、これどういう──」
ノゾミは状況が理解できないのか混乱している様子だった。
「ノゾミちゃん頑張ったよ。もう大丈夫やからな」
正義が頭を撫でると、ようやくノゾミは自分が助かったことを実感したようだった。目に涙を浮かべながら笑顔を見せる。
「はい......ありがとうございます」
『相棒、もうじき異界が崩壊する。対策局に帰ろう』
「せやな」
正義はノゾミを背負い、マシンにチュパカブライザーをくくりつけて跨がった。彼らが丸鏡に入ると、鬼更井駅はホタルのように優しい光を放ちながら徐々に崩れていくのだった。
◆
後日、正義は鬼更井駅事件など5つの報告書の作成に追われていた。喫煙スペースの中、ノートパソコンのキーボードを叩きながら吸い殻を灰皿に擦り付ける。
「まったく、これが一番嫌やねん! 修学旅行の感想とか書けんかったしな!」
『ともあれ、我々の働きで準第一級怪異が減った。その功績は後世に残しておかなければ』
パソコンの隣に置かれたチュパカブライザーは誇らしげに目を光らせる。
「ま、そういうことにしとくか」
正義は苦笑しながら誤字を消し、文章をファイルに保存する。
『ところで相棒、1つ疑問がある』
「何や?」
『ワープゲートのナビゲーションは正確だ。なのに何故寄り道をした?』
その質問に一瞬手が止まる。
「お前には関係あらへん」
それだけ答えると、チュパカブライザーは何も言い返さなかった。ただ黙って正義と画面を見つめている。
(まさか怪異を利用して邪神の力を弱めろなんて......零澤貴彦。あのおっさん、イカれてるわ)
正義は内心呟き、新しい煙草に火をつける。
『相棒?』
「......何でもない。なあ、この前のゾンビ何体倒したっけ?」
正義はおどけた様子でチュパカブライザーに聞き、再びキーボードを叩く作業に戻った。
◆
薄暗い下水道の中を、その場に似つかわしくないシスターが歩いていた。右手には黒い悪魔の銃『デビルガンライザー』、左手には白い天使の銃『エンジェルガンライザー』を持っている。その顔立ちは非常に整っており、暗闇の中でも輝きを放っていた。
彼女は辺りを見回して何かを探していた。すると前方に白い息が吐かれているのが見える。
「見つけた」
そう呟いて彼女は歩みを進める。その先にいたのは全身を血まみれにした学生服の怪異だった。怪異は力なく横たわり、荒い呼吸を繰り返している。
「まだ存在していたとは。しぶといですね」
彼女は無表情のままデビルガンライザーを構える。すると銃身から黒いオーラが溢れだし、怪異に狙いが定められる。
「二度と立ち直れないようにして差し上げましょう」
『ダークショット!』
トリガーを引くと、銃口から弾丸ではなく漆黒の闇のようなエネルギー弾が発射される。それが怪異に命中した瞬間、周囲一帯がより強力な闇に包まれる。
やがて闇が晴れると、そこにはもう何も残っていなかった。
「あなたのを使うまでもありませんでしたよ」
彼女はエンジェルガンライザーに目を向けてそう言うと、静かにその場を去った。
怪異対策局 怪異アーカイブ
No.682『チュパカブラ』
日本の⬛️⬛️村で捕獲された怪異。
比較的人類に対し友好的で、局員の1人にライダーの力を与え自らも武器となった。
別の怪異との武装も検討中。