「あのさ、
・・・美紀さんと、なんかあった?」
―――なにもなかった、といえば真っ赤な嘘になる。・・・そうさ、なんかあったさ。それもたくさんな。
『過去』と『未来』というワードを重視するシャンパンゴールド髪の未来人サマは、恐らくもう彼女の前に姿を現すことは無いだろう。
『つまりはそういうこと。・・・死人に構っている暇はないの』
死人。死人ってなんだよ。圭は確かに生きていて、今まさにわたしの目の前にいるじゃないか。これが死人だとしたら・・・なんだ。ゾンビか何かなのか。
「・・・美紀?・・・大丈夫?」
そんなわけがない。彼女が死人な訳がないし、わたしの思考回路も大丈夫な訳がない。
・・・『わたし』にとっては、この圭すらも死人と同然の扱いらしい。わたしの顔を心配そうにのぞき込んで、不安げに瞳を揺らす彼女も、死んだ扱いなのだ。
(・・・死んだってなんだよ。どうして過去形なんだよ。どうして・・・なにもかもわかっているような口を利くんだよ・・・)
過去と未来。決して交わらないはずの時間軸2本が、なんやかんやで交わってしまったわけだ。
その中心点にいるのは・・・圭だ。
「・・・ふ~っ・・・前言撤回。」
わたしの様子がおかしいということを感じ取ったのか、圭が唐突にそう言って雰囲気と思考回路を一刀両断する。・・・前言撤回、とは。
「『他の誰か』なんかじゃダメ。美希が今悩んでること、・・・私に全部教えて」
「・・・え?」
いやでもそれは・・・。
「美紀が悩んでるのってさぁ・・・絶対私絡みでしょ」
「!?・・・まぁ・・・そう、ですけど?」
「あたり。
・・・つまり、私が関わっている以上、これは私自身でどうにかしなきゃいけない問題でもあるってわけ。・・・わかる?」
「でも・・・これは・・・」
「いいから!!」
これ以上の不毛な言い争いは無駄だと判断したか、再度彼女が強引に言葉を遮る。
「言ったら私が傷つくとか迷惑をかけちゃうとか、オブラートに包むとか噛み砕いて言うだとか、そういうの全部いいから!!
・・・全部、教えてほしい。」
そう言った彼女の視線が自分に突き刺さるようで、でもその瞳にはわたしを責める感情は含まれていなくて。
ただただまっすぐに、わたしに向き合おうとしているんだ。
「・・・わかった」
だからわたしは、引き返せない一歩を踏み出すんだ。
「・・・うん?」
その日、わたしはただ荷造りをしていただけだった・・・と思った。まるで昨日のことのように思い出される。・・・いや本当に昨日のことなんだけど。
その日・・・『わたし』に未来に戻るといった旨の報告を伝えたあの日、わたしは口論を華麗にスルーして自宅に戻ってきたのち、未来へと持ち帰るアイテムの荷造りと取捨選択をはじめたのである。
まぁ取捨選択だの荷造りだのと言いつつこの時代に来てからは謎にわたしのミニマリスト化が進行していたので、ぶっちゃけ手元にたいしたアイテムはない。必要最低限の家具とお金と来客用のおもてなしセットくらいだ。まぁ元の時代に戻ればそれらもはいて捨てるほどわたしの部屋にあるのだが。・・・お金以外は。
まぁそんな感じでこれはいるだのいらないだのとひとりで考えていると、ふと、わたしのバッグには何が入っているのだろうかという思考回路に至った。
要するに、わたしがいつも携帯しているものは何かという話である。いったいわたしはなのを持ち歩いていたんだろうと、若干の期待とわくわく感を胸にバッグを開いた。
――――スマホと財布と、あと何かの鍵。・・・まぁそんなもんだろう。バッグの中に詰めるべきものは夢と希望ではない、実用的なアイテム群だ。
だが・・・そんな実用的なアイテム群に混じって、わたしはなにやらそうではなさそうなアイテムを見つけてしまった。
CDプレイヤー。それもところどころには傷が入っており、かつてわたしが圭から譲り受けたそれに間違いはなかった。
「・・・これは・・・・」
それは今や『祠堂圭』という存在を証明するただひとつのアイテムにして、・・・捨てられない過去の象徴でもあった。
・・・過去。圭の事を死人だと割り切ったわたしにとって、このプレイヤーはただのいちCDプレイヤーに過ぎないのである。
別にわたしはCDを聞くタイプではない。つい最近までは時間のある時にたびたび聞いていたような気もするが、いつ頃のタイミングからか、いっさいCDを聞かなくなってしまったらしい。
だから、別に捨てても問題はないはずだった。捨てようが売ろうが誰かにあげようが、わたしの勝手であるはずだ。
でも・・・手放したくないと思ってしまうのは、なぜだ?
(わたしはCDを聞かない・・・だからこれは、なくても困らないはず・・・)
おかしい。・・・こんなの非論理的だ。なんだ、このプレイヤーがなくなったところで、わたしにいったいどんな問題が生じるというのだ。
『―――生きていれば、それでいいの?』
あの時彼女が言った言葉が、再び脳裏にはっきりと映し出される。・・・圭がわたしに託した、CDプレイヤー。
―――違う、違う。理論で説明できるものじゃない。たとえ現実的じゃなくても、たとえ理にかなっていなくとも、たとえ・・・それがわたしらしくなかったとしても。
わたしは、この感情を認めざるを得ない。
「どうして・・・どうしてさ、どうして・・・先に居なくなっちゃったの?」
原因はすべてわたしにあるということは分かっている。あの時、わたしが彼女についていっていれば。あの時、わたしがちゃんともっとはやく行動を起こしていれば。
こんなつらい別れには、ならなかったはずなのに。
「・・・もっと、圭といろんなことしたかった・・・」
たくさん笑いあって、泣いて、時には衝突して、仲直りして。
そんなささやかな日常を、わたしは。・・・『祠堂圭』と一緒に過ごしたかったんだ。
「もう・・・なんでさ、・・・もう、過去は過去だって、振り切ったはずなのに・・・」
なのに・・・まだ圭に会いたくなってしまう。・・・なんで。なんでさ・・・。
(・・・会いたいよ、圭――――)
「―――過去を受け入れることと、過去を乗り越えることは違う。」
「・・・え?」
どこか聞いたことのあるようなそんな声がして、わたしはCDプレイヤーから声の主のほうへと視線をあげる。
―――『祠堂圭』が、確かにそこに立っていた。
「・・・え?」
だがその姿は何と言うか、わたしが最後に見た圭・・・もともとこの時代にいる祠堂圭よりも、少し大人びているように見えた。ところどころほつれた巡ヶ丘の制服に身を包んで、その片手ではわたしが手に持っているCDプレイヤーをつかんでる。
「・・・どうして、」
「確かにさ、つらかった過去だったかもしれない。先の見えないような不安の中で、ちょっとした出来事に一喜一憂して・・・
でもさ、そんな過去の全部が全部、ただつらいだけの思い出じゃないはずでしょ?
―――だから、さ。なにもかもひとくくりにして、終わったことにしないでよ。
過去っていうのは、死んだわけじゃない。あなたの記憶の中で、ずっと生きてるんだよ」
・・・でも、わたしはもう・・・
「大丈夫。いまならまだ引き返せる。過去は完全に死んじゃいない。
・・・それじゃ、あとは自分で考えてね~」
「え?・・・いや、ちょっ・・・」
「この時代のわたしに、よろしく。」
待って、・・・待って。行かないで。どうして。・・・待って、
「圭っ!!
・・・・え?」
視線を移動させた覚えもないのに、なぜかわたしの視線はCDプレイヤーから1ミリも動いていなくて。時間は1分も経ってはいなかった。
プレイヤーからはわたしひとり分の体温しか感じられなくて。まるで、そこには誰もいなかったみたいに。
「・・・夢?」
夢かもしれない。ただの幻かもしれない。わたしの感情が生み出した幻覚だったのかもしれない。
でも、やらなくちゃ。ここで動かなかったら、一生後悔する。
―――過去はまだ、死んじゃいない。