ラムフォリンクスの二週間   作:転々々

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第八話 それぞれ

 クロエは自室に戻った。

 トレーニングよりも優先して、調べるべきことがある。

 

「コンピュータ、ドアをロック。

 船長・航法長・機関長以外のアクセスコードは一時無効として」

 

「了解しました。解錠は船長・航法長・機関長のみです」

 

 

 

「ホロステーションに、タクヤ氏のホログラムを投影して」

 

 三メートル四方ほどのブースに、トレーニングウェア姿のタクヤが立体映像で現れる。この設備がついた船室は五つしかない。

 

 クロエはその腕や背中に触れてみる。力場と光子によって投影された立体映像は、硬さや弾力などの質感も再現される。

 その手触りに、なぜか先ほど抱えられた脇腹と、彼に跨がっていたときに触れていた箇所、更にその内側が熱を帯びる。

 

「コンピュータ、彼の着衣を消去して」

 

「その指令は『倫理プロトコル』に反します。

 解除には目的とアクセスコードが必要です」

 

「この情報は、クルーへのリスクを評価するために必要と考えます。

 承認コード、クロエ・7・8・C・L・β」

 

「承認コード確認。情報を開示します。ただし、解除したこと及び、その目的は記録されます」

 

 ブースに立つタクヤは、ダビデ像――この時代の女性は知らないが――のようだ。脚と背中の筋肉は、むしろそれを超えている。

 そしてもう一カ所も圧倒的に逞しい。

 

 クロエは恐る恐る触れた。予想に反して柔らかい。

 

「コンピュータ。交接のメカニズムについて概要を」

 

 クロエは『倫理プロトコル』によって制限されている情報を閲覧した。彼女が十代の半ば『倫理プロトコル』を迂回し、興味本位で閲覧し、処分を受けた情報に連なるものだ。

 その概要は既に知っていたが、詳細を改めて確認した。

 

「つまり、これが本来の方法ということね」

 

 読み進めるが、一つ疑問が現れる。先ほどのアレは既製品のプラグより大きいが剛性は低い。これが用をなすのであろうか。慣れるまでは、プラグをスムーズに装着するにもコツが要る。

 クロエはコンピュータに更なる情報開示を指示した。

 

「なるほどね。

 でも、こんな原理で十分な剛性を得られるのかしら?」

 

 クロエの指示に従い、ホログラムのタクヤに変化が起こる。無表情なだけに、それはシュールな姿だ。

 

「計算上のモデルです。予測精度は七五~九〇%程度です」

 

「こういうこと……」

 

 クロエは、その『特注品』に息を呑んだ。

 

 

 

 ホログラムを一旦消去し、バッファ内のキャッシュも消去する。

 

「ところで、先ほどの接触はモニタしていました?」

 

「はい」

 

「先ほどのタクヤ氏の……、その、変化は……、そういうことですよね」

 

「『そういうこと』が何を指すかが不明瞭ですが、現在調査していた項目と照らして回答いたします。

 タクヤ氏がクロエさんとの生殖行動を望んだ可能性が高いです」

 

「そっ、それは、私から性的な魅力を感じて、その……」

 

「クロエさん。先ほどのそれは単なる生理反応です。

 女性には想像が難しいことですが、男性が、自己の性的欲求とそれに伴う生理反応を制御下におくことは非常に困難です。

 先ほど走り去ったのは、ほとんど接点の無いクロエさんに、それを肉体的な反応として向けてしまったことを、恥じてのことと思われます」

 

 

 

 クロエは、これまでにもパートナーシップを求められた経験がある。

 十代のころは、むしろ相手の方が恥ずかしがって、返事も待たずに走り去ることも多かった。しかし二十歳を過ぎた頃からは、暗に、プラグを選んでほしいという気持ちを示されたことも少なくない。

 しかしそれは、自身が望む愛の形ではなかった。

 

 アレがそうなるというのは、私たちで言えば、具体的な誰かのためにプラグを準備することと同じ。

 

 彼は、自分の立場を理解しているにも関わらず……。

 

 理性では、それが憚られると理解しているにも関わらず……。

 

 私を求める心が、彼の身体をそうさせた。

 

 これほど直接的なアプローチは、クロエの三〇年余りの人生で、初めてのことだった。

 

 そして、その気持ちが肉体的反応として出てしまったことを恥じて、彼は走り去った……。

 

 そう考えただけで、背筋がゾクゾクするような、得も言われぬ悦びが湧き上がってくる。

 

 しかしあと五日、実質四日で帰投する。タクヤはその科学ステーションで下船し、おそらくは一生、会えないだろう。

 その夜、クロエはなかなか寝付けなかった。

 

 

 

「船長」

 

 翌日、クロエはマイムーナと向かい合った。

 

「もうすぐ目的地ですが……。タクヤ氏はそこで本船から降りることになっていますね?」

 

「具体的な指示は無いですが、おそらくそうなるでしょう」

 

「私は、本日十一時半より四八時間の非番となります。

 そこで、タクヤ氏と会食をと考えております。

 彼と直接接触してしまったのは、本船で私だけですから、一般クルーとの無用の接触を避ける意味でも、船務長である私がその任にあたるのが適当かと考えます」

 

 マイムーナは数瞬迷ったものの、認めることとした。

 本来なら、一時的なゲストとは、船長または船務長を含む、幹部二名以上が会食する慣習だ。今回はそれが適わず、彼を独りで置くことになったことは、彼女にとっても心苦しいことだった。

 

           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 タクヤは自己嫌悪に陥っていた。

 不可抗力だとは思うが、何も知らない女性に、服ごしとは言え、アレを押しつけてしまった。そしてそれを思い出す度、再びそれを求める自分の存在も強く感じる。

 それもまた、自己嫌悪の原因であった。

 

 肉体的以上に、精神的に溜まっているんだな……。

 アイちゃんの『提案』を本気で考えるべきかぁ。

 

 タクヤの思考は堂々巡りを繰り返す。

 今日は自分に割り当てられたVRルーム使用時間も使っていない。

 

 ベッドに横になり、天井を見上げる。

 この時代に目覚めてから出会った、唯一の相手。その人に自分が向けたものは……。

 

 

 

「タクヤさん」

 

「なんだい? アイちゃん」

 

「船務長より会食の申し込みです。お受けになりますか?」

 

 受けなきゃ失礼にあたるんだろうけど、気が進まない。

 しかし、断るという選択は無い。それに、クロエさんに謝らなくてはならない。

 

 タクヤは十五分ほど迷った後、会食を承諾した。

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