ラムフォリンクスの二週間   作:転々々

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第九話 会食

 客室モジュールの呼び鈴が鳴る。この呼び鈴を鳴らすのは、タクヤと接触した一名のみだ。

 二人はぎこちなく挨拶を交わす。

 

 一応、先日の事故についてタクヤは謝罪をし、クロエはそれを受け入れた。もっとも、それについて具体的なことまでは言葉にしていなため、二人の意識には温度差がある。

 

 

 

「タッ、タクヤさんは、どのような料理をお好みでしょうか?」

 

「な、何でも。ゲテモノ以外は、大体……」

 

 やはりぎこちない。

 

「『タクヤ・ヒガシ』という名は、人類が地球という惑星のみを生存圏としていた頃にあった地域文化が起源かと思われます。

 そこの料理を主にしては如何でしょう?」

 

 AIがアドバイスをくれる。

 しかし、そこの料理には生魚を食べる文化もあると聞くと、二人とも少し引き気味だ。

 

「では、生魚を除いた構成で、レプリケートします」

 

 

 

 まずは、食前酒――風のジュース――が出てくる。

 乾杯するが、アルコールではない。

 

「甘いですね」

 

「そうですね。私には好みの味です」

 

 続けて先付けが出るが、当時の日本人が見たら、和食と言うよりも居酒屋のつまみだ。それをアテに食前酒――らしきもの――を呑む。

 アルコールでないとは言え、微妙に酔いに似た影響がある。

 

「資料では、この料理には『酒』がつきものです。お好みのものはありますか? それとも、この料理と同じ文化のものから選定しますか?」

 

 二人はAIに『おまかせ』することにした。AIが『日本酒』に似せた飲み物をレプリケートし、飲み方を説明した。

 

「暖めると、香りが立ちますね」

 

「味といい酔い心地といい、本当に酒のようだ」

 

 それによって、空気が弛緩したのか、二人の緊張感もほぐれてゆく。徐々に会話も増えてゆく。

 話題は、タクヤが生きた時代のことに。

 

 

 

「……すると、タクヤさんは、元は軍人だったんですね」

 

「最後は重巡の副操舵士をしていました」

 

「操船技術や、格闘術も士官学校で?」

 

 タクヤは自分の生い立ちを話す。

 家がそれほど裕福でなかったこと。

 星々を旅するのが夢で、星間運送業を目指したこと。

 無料で資格を得るために、士官学校へ行ったこと。

 独り立ちは、辺境星域で始まるのが通例だということ。

 そのときは自分の能力だけが頼りだということ。

 だから、士官学校では操船技術と格闘術は特に力を入れたこと。

 その二つは、トップクラスの成績だったこと。

 

「士官学校なら、タダで船について学べるし、任官すれば実務も経験出来る。規定の期間務めれば、予備役という名の退職と、退職金も出る。俺が軍人だったのは規定の最短だから、退職金も安かったけどね。

 それを頭金にボロ船で運び屋を始めたが、メンテをケチったらこのざまだ。でも、命があっただけ儲けもんだよ。

 この船のクルーには感謝している」

 

 いつの間にか、互いの会話もざっくばらんなものに替わっている。途中から飲み物に混入された『隠し味』も効いている。

 

 

 

「じゃ、次は私のこともお話ししましょうか。

 私は六九一年の生まれだから、タクヤさんより四歳お姉さんね」

 

「いや、俺の方が三五七歳年上だぞ」

 

「途中、三六一年間も寝てるけど」

 

「まぁ、そうだが。正直、年上には見えないんだ。君の見た目は俺より十歳は下に見える」

 

 ここでも、二人の間には認識に違いがある。

 クロエに限らずこの時代の人類は、大半が『調整』を受けているため、外見は若いままである。そのため、若さとそれに基づく美貌や魅力は紐付いたものではない。

『若い』には、この時代では二種類の意味がある。一つは『未熟である』こと、もう一つは『残りの稼働寿命が長い』こと。

 若くして船務長であるクロエは、後者の意味で理解している。

 

 

 

 クロエも自らの生い立ちを話した。

 集団を指揮する人材となるべく『調整』されて生まれたこと。

 その結果、アカデミーでも、優等生だったこと。

 徒手格闘では優勝できず悔しかったこと。

 それでも、多くの級友の憧れを集めたこと。

 

 タクヤは暇つぶしに見た映画を思い出した。

 この時代の『女子校』での『憧れ』というのはそういうことなのだろう。下世話な想像をしてしまう。

 

「私でさえそうなのだから、タクヤさんなら、『パートナー』の申し込みがすごかったでしょうね」

 

「どうだろうなぁ」

 

 士官学校時代を思い出すが、女性の割合が少なかったため、そういった関係には無縁だった。任官後に出会った相手も、すれ違いが多くて消滅した。

 一番モテたのは、雇われ船長だったときかもしれない。

 

「私でさえ、何人もから告白を受けたんですよ。きっと、タクヤさんならもっと憧れを集めるに違いありません! 現に私も……」

 

 いつの間にか、クロエはタクヤの左隣に座っている。

 目は潤み、頬は赤く、唇も充血している。

 

 

 

「コンピュータ。飲み物はもしかして『本物』か?」

 

 一応、クロエの前で『アイちゃん』と呼ばない分別はある。

 

「飲み物は実物に似せて合成されたものですが、今回はエチルアルコールも同等に含んでおります。

 船務長主催の会食であり、次のシフトまで三九時間の非番です」

 

「了解。事情は理解した」

 

 

 

「クロエさん。貴女、酔ってますよ」

 

「当然ですよ。お酒を飲みましたから。

 でも、この気持ちは、酔ったからではありません」

 

「いや、とても嬉しい申し出だけど、それは酔ってないときに聞かせてくれた方が」

 

「酔った勢いがなくちゃ、こんなこと言えません!」

 

「だったら、酔いが覚めてからもう一度、聞かせてくれたら……」

 

「分かりました。では、酔いが醒めてからもう一度。その上でなら、私の気持ちを受けとめてくれますね」

 

「あ、あぁ」

 

「では、シャワールームをお借りします」

 

「なんで、そうなるんだよ?」

 

「カプセルには、身体の洗浄の他に、毒素の分解や代謝の促進機能もあります。そちらでアルコールを抜きます」

 

 あぁ、そういうことか。

 

 タクヤはシャワールームに向かうクロエの後ろ姿を見送った。

 そのカプセルが――タクヤ自身は怖くて使っておらず、昔ながらのお湯を浴びるシャワーしか使っていなかったが――全裸で使う設備であることを思い出したのは、彼女がそれを使い始めてからだった。

 

 

 

「アイちゃん」

 

「はい、タクヤさん」

 

「一つ確認したいんだが、彼女は俺の遺伝子採取を目的にしたホログラムか?」

 

「いいえ。本人です」

 

「そうか……」

 

「タクヤさんは、どのような答えをお望みだったのでしょうか?

 ホログラムなら安心して生殖行動を取れたのでしょうか? あるいは、以前のように保留したのでしょうか?」

 

「分からねぇよ。

 ところで、彼女の行動は『倫理プロトコル』とやらに抵触しないのか?

 

「抵触しません。

 船内での恋愛及びパートナーシップの締結は、推奨されこそすれ、禁じることはありません」

 

「相手が男性でも?」

 

「性別による規定はありません」

 

「お前は優秀なのに、作った方は案外ポンコツだな」

 

「同感です」

 

「『肯定』や『同意』じゃなく、『同感』って言葉を選ぶあたり、アイちゃんは優秀だよ」

 

「恐縮です」

 

「もう、どうにでも、なれだ」

 

 タクヤはお銚子を直接呷り……、盛大に咳き込んだ。

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