夢のサイレンススズカ産駒 ウマ娘世界でターフを駆ける。 作:うどんそば
私の夢、サイレンススズカ
足を踏み込む。
気持ちいい。
蹴り出す。
気持ちいい。
体が風を裂く。
気持ちいい。
私はこの空気が、時間が、自分でも驚くほど好きだ。
ただただ走るだけだ。しかしそこには誰も見ることの叶わない"夢"へと繋がっている…と私は思う。
今のこの時間を、この景色を、全く同じものを見ることのできるものは私を除き誰もいない。
言うなれば、私だけの景色。それが、私の走りを支える根幹であると思う。
まあ色々言ったけれども、結局のところ、私は走るのが好きだ。この一言で片付けられることだと思う。
だから、今日も20kmの帰り道を全力で走った。
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「走る理由…ですか?」
私が帰宅して、お風呂に入って、さあご飯だ!と意気揚々と食卓に着いた時、たまたまテレビでそんな声が聞こえた。
私たちウマ娘の中でも、走りに特化したスポーツであるレースを行う、トレセン学園の、トゥインクルシリーズで走るアスリートだろう。
「うーん。楽しいから、走っています。」
私は、自分と変わらないほどの理由を示した、サイレンススズカというウマ娘が、とても気になった。
そして私はそのサイレンススズカの走りに魅せられた。
初っ端から爆速で逃げ、そして、最終直線でスパート。
これ以上ない勝ち方だった。
トゥインクルシリーズでは自由に走ることはできない。と、漠然とした偏見があった私には、あまりにショックな出来事だったし、
ああいう勝ち方があるのか。という事実に初めて行き着いた日でもあった。
ともかく、思考とかを全て吹っ飛ばして、ただ一つ残ったのは、
サイレンススズカさんへの憧れだった。
「すごい…!」
と、声を漏らしたのを、嬉しそうに見ていたのは私のお母さんで、
「あそこで、走ってみない?」
と言われた時、学費とか、そんなのも気にせずに思わず
「走りたい!」
と言ってしまった。しかし、お母さんはニコニコでわかったわ。とだけいい、自身の部屋に戻った。
お母さんはウマ娘で、もともとトレセン学園で走ったことがあるというのは、私でも知っていた。
戻ってきたお母さんが持っていたのは、名鑑だった。
そこには、若かりし頃の母と、トレーナーさんだった私の父が写っており、
お母さんの写真の隣には、イージーゴアという、お母さんの名前が刻まれていた。
「これがトレセン学園よ。」
たくさんの写真を見る。無言で懐かしむような表情で、ひたすら眺める。
お母さんは見終わった後一言だけこう言った。
「行くからには、頑張りなさい。何があってもよ。」
私は一度行ったら帰ってくるつもりはない。強い決意を持った声で、
「はい。」
そう言うと、母は満足そうな顔をしてひとつ頷いた。
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翌日朝。私はまとめられた荷物を持たされ、新幹線の代金まで丁寧に用意された状態の財布を渡された後、家から叩き出された。
カバンの中の手紙を読むと、トレセン学園でへの地図と、先方には連絡してある旨、そして結果を出すまで帰ってくるなという簡潔な文章だった。
それを読んで私が感じたのは、
「へ?」
あまりの突飛な出来事に理解できないということだけだった。