M200は迷い込んだ山でスワガーと名乗る男と出会う。

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もしかしたら、お口に合わないかもしれません。王道でもあり、邪道でもある書き方をしました。


M200の夢

 そういえば、ここに来て何日くらい経っただろう。ボクはまだ決心を出来ずにいた。基地に帰りたくない。こんなことを言い出す戦術人形はたぶんボクぐらいだろう。仲間はみんな大破した。彼女達はメンタルモデルをバックアップから再現され、今頃基地で目を覚ましているだろう。かたやボクは銃を失い、訳あってこの山奥のロッジでぼんやりと日々を過ごしていた。ある人間と共に。

 

 ボクにあてがわれた部屋のドアがノックされる。返事をすると、そっとドアが開かれ、彼が姿を現した。

 

「お昼ご飯が出来たよ。よかったらどうかな」

「ありがとうございます。頂きます」

 

 彼はふっと微笑んだ。彼の笑顔はいつもどこか悲しそうに見える。特に気にする必要は無いけど、これだけは確かだ。おそらく彼は何かを失って、あるいは何かを捨ててここで生きているということだ。そしてまた、ボクも・・・・・・。

 

 

 とある作戦でボクの部隊は壊滅した。何の変哲もない鉄血との戦闘任務だったが、感染生物との遭遇によって全てが狂った。他の人形は大破し、ボクも銃を失い、森の中に逃げ込んだ。感染生物や鉄血の手からは逃れる事が出来たが、今度は森から出られなくなった。やがて携帯食料も無くなり、当てもなくたださまよっていた時、彼に出会った。山用の分厚い冬装備越しでも分かる逞しい身体付きと、少し年齢を感じさせる目元。四十手前くらいだろうか。ボロボロで森を歩いていたボクに、彼は驚いたようだった。

 

「どうしたんだ。こんな山奥で。君みたいな子供が迷子になるような場所ですらないよ」

 

 彼の声と表情は、その迫力のある風貌には似つかわしくない不思議な優しさと静けさを持っていた。

 

「ええ、まあ。色々ありまして・・・・・・」

「そうか。詮索はされたくなさそうだね。良かったら僕の山小屋に来ないかい。休んでいくといい。帰り道も案内出来ると思う」

 

 普通の人間、というかボクのような小さな女の子なら、知らない大人について行ってはいけないだろう。でも、ボクは戦術人形だ。そして、その申し出を有難いと思えるくらいには疲れていた。

 

「お言葉に甘えてもいいですか」

「もちろん。ところで、なんとお呼びしたらいいかな?」

 

 ボクはちょっと迷った。戦術人形である事を伏せておいた方がいい場合もある。判断しかねる時も偽名を使うことにしていた。

 

「サラ・・・・・・と呼んでください」

「サラ、ね。僕はスワガーだ。よろしく」

 

 そしてボクは、このロッジで過ごす事となった。彼はわざわざ薪を燃やしてお風呂を用意してくれた。ボクに合うサイズの服が無いと申し訳なさそうにするのがむしろ恐縮で、少し面白かった。

 

 夕食の後、彼はお茶を出してくれた。不思議な香りで、ボクは気になって聞いてみた。

 

「いい香りですね。なんのお茶ですか?」

「正直、僕も良く分かっていないんだ。この葉を乾かして煎じると美味しいってことしか」

「なるほど」

 

 彼が自分のカップを啜るのを見て、ボクもそれに倣った。

 

「どうして僕がこんな生活をしているか、不思議だろうね」

「お互い様、と言ったところですね。なのでボクも詮索はしません」

「別に大した理由じゃないよ。逃げて来ただけだ」

「ふむ。となるとボクと同じです」

「そうかな。そうかもね」

 

 ボクはリビングを見回した。本が多い。彼の持ち物だろうか。

 

「本、お好きなんですか?」

「好きだけど、僕の持ち物だった訳じゃないんだ。これは元々ここにあった」

「・・・・・・元の持ち主って事ですね」

「そうだ。でも、おかげで暇つぶしには事欠かなかった。まあ生き延びようと思ったら今度はおちおち本も読んでいられなくなったけど」

 

 彼はまたお茶を啜った。ふと、普段はあまり人間にしないような質問をしたくなった。基地ではしないような話をここでなら出来る。しないと勿体ない気がした。

 

「死ぬの、怖くないですか」

「いや、それそのものを恐れたことは無いな。苦痛は人並みに嫌だけど」

「そうですか。よかったら理由をお伺いしても?」

「生きてても死んでても、あまり変わらないからかな。僕個人としてはね」

「それは少し分かる気がします。ボクもなんの為に生きているかなんて忘れました」

「まだ若そうに見えるけどね。それとも、人間ではないから、とか?」

 

 ボクは驚いた。そんなにボクは機械らしいだろうか。自分の受け答えや仕草におかしい所があったかを思い返してみる。

 

「いや、なんて事は無いよ。このお茶は慣れると美味しいんだけど、飲み始めは眠気に襲われるんだ」

 

 彼は僕の顔を見て種明かしをした。ボクは真意を図りかね、次の言葉を待つ。

 

「他意は無いよ。眠りやすいようにと思っただけ。その必要は無かったみたいだね」

「特に怒ったりはしていません。ボクをどうにかするつもりならいつでも出来たでしょうし・・・・・・。それに、破壊されたとしてもバックアップで蘇るだけです。ボクは何も困らないんですよ、困ったことに」

「なるほどね。じゃあなんで君はさっき、死を恐れるかなんて尋ねたんだ? 僕がどう答えようと君には理解出来ないんじゃないのか」

「・・・・・・分かりません。ただ気になったんです」

「ふむ」

 

 彼は暖炉に薪を足した。パチパチと音を立てて、火は再び息を吹き返す。

 

「もうひとつ、僕の考えを話そう。僕が死自体を恐れないのは、持たざる者だからだ。何も失う物が無い。未練すら持ちようがない。そして、君は死を恐れたがっているんじゃないか?」

 

 ボクが死を恐れたがっている。不思議な指摘だ。だけど、ボクに関してはそれは当たらずも遠からずだった。彼は言葉を続けた。

 

「君にとって既に、命や意識は変容する事も失われる事も無い、有っても無くても変わらない。そんな無間地獄と同義になっている。ただ毎日言われたことだけをする。やりたいかやりたくないかも最早分からない。そんな気持ちなんじゃないか?」

 

 図星だった、というより、自分の中で言葉に出来ていなかった影の部分を照らし出された気分だった。そしてボクの中に、今まで考えたこともなかったひとつの望みが浮かび上がった。『このまま帰らなくてもいいんじゃないか』ということだ。

 

 別にここで厄介になろうと思った訳ではなく、もうこのままグリフィンに戻らず、旅なりなんなりしてしまおうかと思ったのだ。唐突な衝動に意識を絡め取られたボクは、もしかしたら落ち込んでるように見えたかもしれない。彼はふっ、と短く息を漏らし、話題を変えた。

 

「明日の朝、森から出る道を案内するよ。君の家がどこにあるのか教えてくれれば、そちらの方角に行きやすいようにする」

 

 その声が、なぜかその時のボクには寂しそうに聞こえた。勘違いだったかもしれない。でも、そう感じた次の瞬間にはボクの言葉がこぼれていた。

 

「・・・・・・あの、もしよかったらなんですが」

「うん?」

「ボクをここに置いて頂けませんか」

 

 彼は驚いていた。意外なくらい本当にびっくりしていた。

 

「帰りたくないんです。ボクは、あそこに居たくない」

 

 ボクはポケットから小さな指輪を取り出した。かつて指揮官に渡された物。慣れない花嫁衣装の感触、薬指を縛る指輪の冷たさ。抱かれた時の人の肌の生暖かさ・・・・・・。

 

 気味が悪かったのだ。さっきまで目の前で人間として動いていた民間人が感染生物と化すのを目の当たりにし、指揮官に撃てと命ぜられた日。ボクは撃った。なんの躊躇いもなかった。ボクにとって人間とはそういうものだったし、あるいはボク自身もそういうものだと思っていた。そして、指揮官の事を信頼していた。正しい判断をしてくれる。ボクに役割を与え、果たさせてくれる、と。

 

 ある日、ボクは秘書官に任命された。なんの不満もない。ただの仕事だ。銃を撃つか、パソコンのキーを打つかの違いだ。だけど、そうして何月か経った後、ボクは指揮官に誓約を告げられた。ボクは喜ぼうとして、それが出来ない事に気付いた。ボクにとって指揮官は信頼すべき上官だ。冷徹な指揮者だ。だからこそ彼の指示を信じて銃を撃てるし、事務仕事だってこなせる。

 

 その軸がズレるのをボクは恐れた。彼にとってボクはただの『よく当たる銃』でないとならない。だから、愛だとか誓約だとか、そんなのは人間同士でやってくれとしか思わなかった。どうして『名銃』で居たかっただけのボクに、そんな人間の欲望や習わしを押し付けようとするのだ。対等な立場の相手ならそれでも良かった。それを『指揮官』がボクにすることが、耐えられなかった。

 

 彼はボクが取り出した指輪を見て、眉をひそめた。

 

「なんだい、それ」

「これは誓約の証です。ボクは戦術人形なんです。そしてこれは、指揮官がボクをただの戦術人形以上の存在として、ボクを見初めたということ」

 

 彼はしばし考え込み、口を開いた。

 

「素晴らしいことのようだが、僕には半ば悪趣味に感じるね」

「どうしてです?」

 

 ボクは彼がそう言うのを正直、予測していた。彼は多分、ボクと近い人間だ。

 

「フェアじゃないからだ」

「・・・・・・ふふっ」

 

 つい笑みがこぼれてしまって、彼は不思議そうな顔をする。

 

「あなたがボクの指揮官だったら良かったのになって。そう思ったんです」

 

 彼はカップを置きながら、照れたように笑った。

 

 

 ボクはその日の夜、あてがわれた部屋で眠りにつき、朝を迎えた。この森は通信が届かなかった。だからボクは迷っていた訳だが、今となっては好都合だ。ボクの位置を知られずに済む。こうして、スワガーと名乗る彼との生活が始まった。二人で山菜を集めて、罠をしかけて動物を捕まえ、食事をして一日を終える。ただ、生きる。何も無い所で生き延びようとすると、確かにそれだけで一日が終わる。でも、生きているという実感があった。

 

 焼いたウサギ肉をハーブで味付けした物を小屋で食べる。不思議な甘みのある謎のお茶を飲む。取り留めもないことを話す。楽しかった。ボクは初めて、『生きて』いた・・・・・・。

 

 何日かして、ボクはひとつお願いをしてみた。

 

「お兄さん、一緒に寝てもいいですか」

「えっ。どうしてまた」

「してみたくて・・・・・・それだけです」

 

 あまりにもシンプルな理由に、彼は何も言わず、困ったように笑いながら承諾した。そうしてボクは彼の寝床に潜り込んだ。照れとかそういうのは不思議と無かった。ボクはたぶん、『子供』をやってみたかったのだと思う。

 

「暖かいです」

「それは良かった。この小屋は冷えるからね」

「お兄さんは暖かいですか? ボクは人形だけど、多分かなり人間に近いはずなので体温はあると思うんですが」

 

 彼はちょっと身じろぎしてから、躊躇いがちにボクをそっと抱き寄せた。

 

「暖かい。助かる」

「・・・・・・」

 

 初めて、ボクは急激に恥ずかしくなった。彼の胸元をそっと手で押す。

 

「・・・・・・な、なんか熱いです。目眩、が」

「え、ちょっと。ホントになんだか熱いぞ君! 大丈夫か」

 

 その日、結局ボクは逃げ帰るようにして自室の冷たい毛布にくるまり、激しい火照りを忘れようと躍起になっていた・・・・・・。

 

 

 朝、ボクがリビングに出ると、彼は既に朝食の用意を始めていた。

 

「おはようございます。手伝います」

「おはよう。ありがとう、頼むよ」

 

 ボクは冷たい水を使う作業を率先して担当していた。こういうのは人形の強みだ。彼はいそいそと野菜を洗うボクに悪戯っぽく微笑んだ。

 

「昨日はよく眠れたかい、サラ」

 

 ボクはお湯を使っていたのだろうかと錯覚するほど熱を感じ、彼を睨む。

 

「ね、ね、眠れましたよ。ええ。へーきです」

「なんでそんなにムキになってるんだ」

 

 一層おかしそうに笑いだした彼を小突き、ボクはぐいっと洗い終えた野菜のカゴを押し付けた。

 

「お願いしますっ」

「はいはい」

 

 野菜をハーブで煮込んだスープを食べたあと、ボク達は例によって山に出た。雪が降り始めていた。冬が深まったら、基地に戻るのは本格的にしばらく不可能になる。ボクは当たり前のように、この人と冬を越すつもりでいた。

 

 しゃがみこんで山菜を集める傍ら、彼は唐突に口を開いた。

 

「君は、いつまでここに居ようと思っている?」

 

 背筋に悪寒が走った。ボクは思わず立ち上がっていた。

 

「落ち着いて、サラ。帰れとか迷惑だとかそういう話じゃない」

 

 彼は慌ててボクを宥めた。ボクはホッとして、作業を再開した。

 

「あなたがボクを追い出したくなるまでです」

「それは・・・・・・いつになる事やら」

 

 またしばらく、無言で山菜を集める。ひらひらと舞う雪は静寂を引き立たせるだけだった。彼はゆっくりとした口調で再び話し出す。

 

「僕は脱走兵だった。感染生物と戦い、所属していた部隊は半数を損耗し、僕はここに逃げ込んだ。行方不明者も多数出ていたはずだから、僕はもう死んだ者として扱われているだろう」

 

 唐突な彼の過去の開示にボクは手を止め、黙って続きを待った。

 

「あの時は、死が怖かった。苦痛も。だがこの山小屋に逃げ込み、ここに住んでいた老人と会って、一緒に過ごし、彼を弔ってから考えが変わった」

 

 白い息はまるで彼の魂が吐き出されているようだ。そんな心霊現象があったなとボクは頭の片隅でぼんやり思った。

 

「僕には家族も恋人も無かった。山で生きる術を教わり、ただこなす内に、たとえ自分に死をもたらすのがなんであれ、自然の営みに過ぎないと思うようになった。純粋な独立した生命体として山で暮らすうちに、そう変わっていった」

「・・・・・・」

「君は僕と似た境遇でありながら、真逆だ。君は生を恐れてすらいた。そして今、生きることを楽しんでいる」

「ええ。その通りです」

「それは、ここでなくてはならないか? 今まで君が得てきた物は、もう無意味なものになったのか」

「ボクは・・・・・・」

 

 寒かった。身体が震える。でもやがて、熱に変わった。ボクの身体は怒りに震えていた。どうしてボクは機械になれなかったのだろう、と。

 

「嫌なんです。誰かの感情でボクの役割が変わることが。ボクは兵器です。戦いたかった。デスクワークでもウェットワークでもいい。性能を発揮したかった。ボクはオモチャじゃない。ただの銃じゃないし、愛玩人形でもない。誰かのモノなんかじゃ決してないはずです」

 

 これは、『血』だろうか。戦術人形としての本能。人間の延長として扱われるのは嫌だった。それ以上に愛玩人形のような扱いを受けるのは我慢ならなかった。

 

 純粋な力として、ただ適切に、『ボク』を発揮して欲しかった。じゃなけりゃ、『ボク』である意味がない。戦術人形M200として。この姿と武器、精神を与えられた意味が無い。誰かの為に生きるよう産み出された訳じゃない。

 

「あなたとの生活でボクはシンプルで居られた。ただの『サラ』で居られた。確かにそれはボクの本来の役割や性能からは外れています。でも、全力で生存というタスクを遂行するという行為は、純粋で居たいというボクの欲求を破綻なく満たしてくれる物でした」

 

 ポロポロと目元から熱いものが溢れた。もう止められなかった。

 

「こんな事なら、ボクは鉄血が良かった。あるいは正規兵のゴテゴテした無機質な何も考えてないようなアレがいい。どうしてこんな、中途半端な存在なんだ」

 

 悔しかった。自分の身を引き裂いてしまいたかった。俯いて涙を堪えようとしていると、唐突にボクの身体は彼に包み込まれていた。震えが止まる。彼の抱擁によって。

 

「こんな事を言うと怒るかもしれないが。君という存在はとても、その・・・・・・美しい。不安定で、苛烈で、純粋で。ただの人間でも、自律、戦術人形でもない。『新たなる者』だ」

 

 新たなる者。その言葉にボクは正直、心を惹かれた。こういう所ボクはちょっと、子供っぽい。

 

「だからこそ、君はここに留まるべきでは無い。僕は君の事が好きだ。僕が愛するその魂を、もっと色んな者に見せてやって欲しい。僕の命は有限だが、君は無限の時を生きられる。僕は正直、それが嬉しい。君がこの世に在り続けてくれる事が」

 

 あまりにも残酷な言葉だった。ボクに生きろと。あのぼやけた世界で、ボクのこの精神を保ち続けろと。彼はそう願っている。諦める事も磨り減る事もなく、輝き続けるのだと。

 

「そんな、そんな事って・・・・・・ずるいでしょう。どうしてボクにそんな物だけ背負わせて、一人にするんですか」

「すまない。僕は怖いんだ。君といる事で、また死ぬのが怖くなりつつある。だから、またそれぞれの道に戻りたいんだ」

「・・・・・・少し、考えさせて下さい」

 

 やっとの事でそれだけを言うと、ボクはロッジに駆け戻って、自室の毛布にくるまった。永遠のような時間。そして、ボクの部屋のドアがノックされる。

 

「お昼ご飯が出来たよ。よかったらどうかな」

「・・・・・・ありがとうございます。頂きます」

 

 

 ボクとスワガーさんは、雪の舞う山を歩いていた。山を抜けて基地との通信を回復させれば、ボクの記憶を最新までバックアップさせる事が出来るからだ。そしてボクはわざと自分を機能停止させ、『死に戻り』するつもりでいた。移動の手間が省ける、というのが建前。本音の所は、ボクの身体を彼の元に遺して行きたかったからだ。

 

 下山する間、ボク達はなにも話さなかった。そして山のふもとの寂れた道路に出て、ボクはマインドマップの送信を再開した。もしボクが通信不可能な地域で撃破された場合、指揮官の決裁によってボクは再製造される。被撃破の信号そのものが届いていないから、判断はマザーマシンには行えないのだ。

 

 その場合、今のボクは失われると言っていい。連続性が絶たれるからだ。そしてもし、ボクがまだ破壊されていないのに指揮官が再製造を決定した場合、ボクはもう一人のボクと出会う事になる、かもしれない。ただ、ボクのマインドマップはもう基地には送れない。そうなると死に戻りは不可能になり、また、もしボクが自力で基地に戻ってそのドッペルゲンガーと出会ったなら。どちらかが片方の『ダミーリンク』に用いられる事になる。つまり、どちらかは意識を永遠に消失する。

 

 ボクが『死に戻り』をせず森に逃げ込んだのは、本能的に戦術人形も死を恐れるようにされているからだ。一度破壊されて復元された時、それは本当にボクなのだろうかと。ボクは今、目が覚めた時いっそのことボクで無くなっていればいいのにとすら思っていた。

 

 通信を開始して分かったのは、ボクはまだ再製造されていない事だ。指揮官は、『ボク』を待っているのだ。他でもない『ボク』を。もしかしたら、この山に捜索隊を出そうとしているかもしれない。それはさすがに思い上がりだろうか。どちらでもいい。この際に関しては好都合と言うだけだ。

 

 マインドマップの送信を終え、ボクはスワガーさんを振り返る。

 

「今からボクは機能停止コマンドを実行し、基地にこの記憶を持った状態で蘇ります」

「・・・・・・お別れ、か」

「はい。なので、貴方にプレゼントがあります」

「?」

 

 ボクはボクの身体を指さした。そして、指輪を渡す。

 

「ボクの身体です。嫌だと言っても受け取って貰います。好きにしてください」

「えっ、ええ?」

「いいですか、今からボクの言う事を聞いてくださいね。再起動に必要なので」

「わ、分かった」

 

 ボクは有無を言わせず畳み掛けた。こうしないと、他でもないボクの決心が揺らいでしまう。だから、最後くらい・・・・・・。

 

(ボクのわがままに付き合って。スワガー)

 

 ボクは左手を差し出す。

 

「指輪を嵌めてください。優しくです」

 

 彼はやっと全てを理解したような顔をして、苦笑し、そして真剣な面持ちで頷いた。彼のごつごつした左手がボクの小さな手を持ち上げ、指輪をそっと嵌める。それは強い冷たさと共にボクの指を戒め、かつてない安心感を与えてくれた。

 

「次は、ボクに・・・・・・口付けを」

「・・・・・・分かった」

 

 ボクは目を閉じ、顎を上げた。彼がなにか言おうとしたのを制し、先に釘を刺す。 

 

「お別れなんて、言わないで」

「さすがだな、もう僕を理解している」

「当然です。さあ、早く」

 

 彼の唇が、ボクの唇に重なる。がさついていて、柔らかくて、暖かくて。身体を強く抱きしめられる。ボクは手探りで彼の手を探し当て、きゅっと手を繋いだ。彼もまた、強く手を握り返してくれた。雪と風の中、ボクを繋ぎ止める彼の熱。

 

 ボクの涙は溢れずに済んだだろうか。その前にちゃんと、ボクの身体は眠りについただろうか。気が付くとボクは、グリフィンの工廠に居た。目の前に指揮官と、隊長を勤めていたリベロールが居た。

 

「ただいま戻りました・・・・・・指揮官」

 

 指揮官はボクを強く抱き締めた。彼は今も、何も言わなくなったボクを抱いてくれているだろうか。

 

 ボクは変わらず、どうしようもないくらいにボクだった。そしてボクの涙は今──溢れ出した。

 

 

 あれから何年経っただろうか。ボク達の部隊は鉄血が逃げ込んだという山の包囲殲滅を行っていた。最後の一機を破壊し、ボク達はクリアリングを実施する事にした。ボクの戦果は断トツだった。この山をボクは知っているから。

 

 ボクはそっと脇道を逸れ、一直線にとある地点へ向かった。あの山小屋。ボクを今も支えている聖地。

 

「あった・・・・・・まだ、あった!」

 

 ボクは小屋の扉をノックする。反応がない。ドアノブを捻ると簡単に開いた。懐かしい間取り。でも、誰も居ない。ボクは彼の部屋に向かった。やはり、もぬけの殻だ。本はそのままだった。そしてボクがかつて居た部屋に向かった。そこでボクは、何も見えなくなった。溢れ出た涙で。

 

 ボクが居た。ベッドに横たわらされ、今も眠りについている。ただ、あの時と違うのは、その『ボク』は何処で手に入れたのか、花嫁衣装を身に付けていた。傍らに手紙が有るのをようやく見つけ、封筒を開く。

 

『彼女は戻った。私も戻る。それぞれの道へ。願わくばヴァルハラにて。 スワガー』

 

 彼はもう、『居ない』。そう直感した。人間なんて、人間なんて嫌いだ。大っ嫌いだ。絶対に、金輪際人間なんて好きになってやるもんか。

 

「うぅ、ああ・・・・・・ああああああっ!!」

 

 ボクは初めて声を上げて泣いた。そしてボクは、二つ目の指輪を手に取った。彼に遺し、彼から遺された、ボクに課せられたもうひとつの『約束』。ボク達の『夢』を──。

 

 

 

 

 

 




最初のプロットから180度変わりました。僕じゃなくても書けるような作品になりそうだったからです。ただ、それによってある意味邪道を突き進むことになりました。だからこそ、王道的なロマンスを目指す方向になったとも言えます。誰も幸せにならない物語だと思います。たぶん、読んだ人も・・・。

銃の話
M200は銃とセットになった弾道コンピュータなどのデジタル技術を用いて、長射程を実現する銃です。つまり、使えるものはなんでも使って、自分の最大性能を発揮したい、そんなキャラなのではないかと思いました。

余談
サラとスワガーという名はM200が登場するアクション映画から取りました。

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