邪教のススメ   作:抹茶れもん

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※注:この作品はフィクションです。実在する団体・人物とは一切関係ない創作物であることをご了承くださいませ。


輪廻の枠から溢れ落ち

 私にとって、この世とは生まれた時から地獄であった。

 

 子に自らの価値観を押し付けようとする父母。

 教育という名の洗脳を施す教師。

 年上は敬いなさい、年上には(へりくだり)りなさいという教え。

 金のある者が幅を効かせ、貧乏人は搾取される。

 生まれこそが全てで、貧しい国に産まれれば死は身近にあり、富んだ国に産まれれば安泰な生を得られる。

 身分が低ければ泥を(すす)って生きなければならず、身分が高ければ金も女も名声も努力次第で誰でも得られる安いものだ。

 腹を空かせた者たちは水すら得られず野垂れ死に、腹を満たした者はもういらないとばかりにゴミ箱に残飯を叩き込む。

 

 そして私は、そんなクソ忌々(いまいま)しい世界が心の底から大嫌いだ。

 なにせ私は謂わゆる底辺の出だった。

 暗く、じめじめとした路地裏でゴミ箱の中の生ゴミを漁り、見つけたゴミを大人にぶん殴られて奪われるような、そんなか弱い人間の、さらに弱々しい女のガキだ。

 私は目をつけられないようにコソコソと身を伏せながら、他の人間の食い残しをハイエナのように狙い続ける日々を送っていた。

 

 唯一の趣味、いや生きがいといえば寂れた古本屋や無料で入れる図書館に赴き、周りの人間に顔を(しか)められながらひたすら知識を増やすことだった。

 空腹と虚無感で普通の人間ならばそんなことをしている余力はなく、代わりに食べ物を探していた方がよほど建設的だ。

 しかし私は違う。

 空腹で飛びそうになる意識をなんとか保ち、それを忘れるかのように修羅の如く目を血走らせて本に没頭した。

 

 それができたのは(ひとえ)に私の怒りゆえ。いや、怒りというよりも苛立ちに近いか。

 私は私をまるで踏み台であるかのように押さえつけ、その上に煌びやかな平和を形作っている社会とか言う名のシステムがぶっ殺してやりたいほどに嫌いだった。

 そいつを見返してやるために私は知識を付けなければならないのだ。

 私は奥歯を噛み潰して苛立ちを押さえつけ、頭がおかしくなりそうな程のストレスをバネに知恵を育んだ。

 

 そしてついに、私は私が最上位に立つコミュニティを作り上げることに成功した。

 

 後から思えばそんなものは吹けば飛ぶような小さい集団だった。なにせ構成員は私より小さいスラムのバカなガキ共で、しかも10人にも満たない。そいつらを寄せ集め、少しでも生きやすい暮らしをしようと呼びかけて集めた。

 相変わらず暮らしはクソみたいなものだったが、その日々は結構充実していた。彼ら彼女らは知恵持つ私を非常に頼りにしてくれて、私も悪い気はしなかった。

 

 そうして余裕ができてきたので、私はさらに規模を大きくすべく乗り出した。

 理性のありそうな大人や若者に片っ端から声をかけ、知識を授けることを条件に勧誘した。最初は半信半疑だった彼らも図書館の蔵書全てを頭に叩き込み、的確な人生アドバイスを送って恩を売りつけた。

 そのうち段々と私たちの集まりは大きくなっていき、いつしか地下の下水道を占拠するほどの大所帯に成長していた。

 

 私は嬉しかった。

 今までの血反吐を吐くような日々がようやく実を結び始めたのだと。これからさらに規模は拡大し、私の『野望』に手が届くのだと。

 

 そんなクリスマスを前にした幼子のような私が抱いていた無邪気な夢は、ある何でもない夜に呆気なく終わりを迎えた。

 

「ぎゃあああッ! 痛い! 痛っ、熱ぃイ!!」

 

「げ、ぽ。いや、いやだ……助けて、オネェちゃ」

 

「だ、誰か手伝ってっ。妹が、妹が焼けてるからっ、だからっ」

 

「あぁあああァッアぁぁあぁッ!!」

 

 正に地獄の具現であった。

 

 築き上げた拠点を舐めるように火が渦巻き、家具は焦げて崩れ落ち、ヒトの焼ける臭いが立ち込める。

 耳をつんざく絶叫と、救いを求める泣き声。

 視界は地下空間にもうもうと広まる黒煙に呑み込まれ、されど赫炎が煌々とのたうち回る人影を映し出す。

 

 政府の連中も過激なことをやるもんだ。まさか規模がデカくなって目障りとはいえ、拠点に火を放ってゴミ山ごと焼却処分とは。面倒くさがりめ、分別ぐらいしたらどうだ。

 

 私も、もう死ぬ。避難する時に銃で脇腹を撃たれた。スパイが紛れ込んでいた。事前に気づかなかった私のミスだ。手塩にかけて育てた部下に裏切られた。

 

 出血で意識は遠のき、煙が呼吸の主導権を奪い、火炎が手足を焼き焦がしていく。

 天を仰げば、そこには無機質なコンクリートの天井と蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄パイプ。今際の際の景色としては最低点をくれてやらねばならないシロモノだ。

 だというのに、そんなものにすら届かないというのに、無意識のうちに爛れた腕を天に伸ばす。

 

 あぁ、どうして。どうしてこうなった。私は努力した。頑張った。全力で手を伸ばした。

 嫌だ。こんなところでくたばるなんて嫌だ。とてもじゃないが正気ではいられない耐えられない。まだ『野望』に手が届いてない、それどころかスタート地点にすら立ってないのに、こんなのはあんまりだ。

 

 神でも魔神でも天使でも悪魔でもなんでもいい。

 もう一度だ、もう一度だけ私にチャンスをくれ。今度は間違えない私は間違えないまだ終わりじゃない熱いもう死ぬ時間がないぞくそクソ糞なんで頼む頼むからまだまだまだ死んでられない私がこんなちくしょう悔しいお願い2度目二度目にどめにどめにどめにどめにどめにどめを———

 

 

 

 

 

《おぉ、ちょうどいいのがいるじゃないか》

 

 

 

 

 

「———は?」

 

 気づけば私は気が狂いそうな程の純白で満たされた空間に在った。物も無く音も無く匂いも無く感触も無い全てが漂白された何も無い白い白い無窮の空間。

 私はただただそこに迷惑な異物として意識だけがポツンと在り、他には何も無いのに、私以外の声が、声だけが聞こえた。

 

《私は君たちの世界で言う天使というものでね、まぁ実際のところは別の時空、別の世界、謂わゆる異世界の天使的存在であるわけなんだが、今その我々の世界というものが結構ピンチでね、でどうしたらいいか手当たり次第に当たってたら掘り出し物の魂を見つけてね、それが君なんだけど、ちょっと今手が離せない我々の代わりとして我々の世界で治安維持っぽいことをやってくれ》

 

「———は?」

 

 息継ぎしろ。

 

《もっと具体的に言うと君に我々の世界に転生してもらいたいってことで、さっきは治安維持してほしいとか言ったけどこれサンプルテストみたいなものだから別にそこはそこまで望んじゃいない》

 

「は? いや、ちょっと待て整理ぐらいさせろ」

 

 私、死んだよな? そりゃもう見事に醜い恨み言吐きながら死んだはずだ。なのに何だ、どうなってる。というかここは何処でこの声は何者だ? あと私の身体見当たらないんだけど。

 

「あー、なんだ。取り敢えず私がどうなったのか教えろよ」

 

《実はさ、つい最近魔王のやつが天界に乗り込んで来やがってね、殺せたのはいいんだけどうちの同僚が大量に死んであちこちぶっ壊された上にやっと復活寸前にまで回復した主がまた致命傷受けて療養することになっちゃってさぁ、もう嫌んなっちゃうんだよね、んでこんだけ天界がボロボロだと地獄の悪魔共の動きが心配でね、取り敢えず地上の魔族が大繁殖しなければ奴らの侵攻はないだろうから、君にはそいつら魔族の討伐をお願いするよ》

 

「……うん、お前が話を聞く気がないってのはよくわかった」

 

 さっき『転生』とか言ったか、こいつ。つまり私に異世界で2度目の生を与える代わりに魔族とやらを殺せと。

 

「……ハ、ハハっ、2度目の生か! なるほどなるほど、まだ私は終わりではないということだな! やはり私はついている! それに魔族討伐ぅ? そんなクソ面倒そうなこと誰がやるか! 私は今度こそその異世界とやらで『野望』を果たさせてもらう!」

 

《あ、あと色々パターン試したいからとりあえず君には地上の普通の人間に君の意識と知識だけ移す形でいくから、そこんとこよろしくね》

 

「今度こそ失敗しない、間違えない! 前世で無駄に時間を費やしたことを極限まで削り、最短距離で『野望』を果たす! ははは、見ていろお上の役人共め! 貴様らの手の届かない異邦で私が天に立ってやるぞォッ!!」

 

《ん、てことはこれ転生というより憑依になるのかな、まぁ面倒くさいからどっちでもいいや、転生先の肉体は完全ランダムに赤子からテキトウにピックアップするから、死にかけの赤ん坊とかクソ雑魚に転生しちゃったら諦めて、あとこれが初めての試みだからもし事故ったらごめんね》

 

「ハハハ、笑いが止まらんわ! ハハハハハハハハハハハハっ!!」

 

《んじゃ、よろしくねー》

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 こうして、私の輝かしい転生覇道ライフが幕を開けたのだった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 この世に生を受けて早数年、今世でも私は底辺ゴミカススラム街生まれスラム街育ちである。もう慣れた。父は蒸発してるし、母は身売りして日銭を稼いでいたが、つい先日客からもらった梅毒で逝った。

 

 容姿に関しては満足している。

 白銀の長髪に、アメジストのような切れ長の瞳。陶器のような白い肌。実に神秘的じゃあないか。これはなかなか使えそうだと喜んだものだ。

 

 そしてこの国が腐敗しているというのも私的にポイントが高い。ぶっ壊すのにやる気が出るし、不満を抱える人間も多いだろうから動きやすくて良い。

 魔法が存在し、魔法至上主義で使えないやつはゴミ扱いという風習が前世との最大の違いだが、これまでのリサーチから対処法は既に思いついている。

 シナリオも完成したし、いよいよ動き出すべき時が来た。

 

 まずは、そう。『新興宗教』から始めるとしようか。

 

「もし、そこの貴方」

 

「う、あ……なん、だ」

 

 光の差さない地下街のさらに路地裏。職にあぶれたホームレス、親のいないストリートチルドレン、つまはじきにされる異人たち、薄汚い娼婦、アングラど真ん中の犯罪者! 此処は宗教家にとって獲物に困らない絶好の狩場。

 

 さぁこの飢え死に寸前の生ゴミのようなホームレスに優しい言葉と穏やかな笑顔でもって、ありもしない神秘を騙ってやろう!

 

 

「———それでは、貴方に神の救いを与えましょう———」

 

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