邪教のススメ   作:抹茶れもん

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 瞑想はいいですよ。できるだけ時間をかけて呼吸してその回数を中途半端な数まで数えるのがコツです。キリのいい回数だと作業化しちゃって逆に集中力が落ちます。



巫女勧誘(表)Ⅱ

「わ……美味しい!」

 

「そんなに驚くほどのものじゃないけどね。ただの黒パンと干し肉と野菜スープだし。そら、みんな晩メシの時間だよ! 集まれー!」

 

 使徒様……エヴァンジェリンと名乗った彼女はそうして大声で広場の人たちを集め、食べ物の配給を始めた。

 確かに彼女の言う通り、一般的に見ればメニューはそれほど豪華なものではない。が、スラムであるこの地下街においては信じられないくらいに贅沢だ。

 スラムに来てから碌なものを食べてこなかったわたしは夢中で黒パンと干し肉にむしゃぶりつき、スープをあっという間に飲み干してしまった。

 身体の芯から温めるそれに、思わず涙がこぼれてしまった。

 

 

 

「……ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

 

「そうか、口に合って良かったよ。それじゃあ……」

 

「しとさまー! いっしょにあそぼー!」

 

「ゴフッ!? ……シモン、横合いから突っ込んでくるのそろそろ辞めようか……」

 

「えへへー!」

 

 胃が飛び出るかと思った……、と言って脇腹をさする彼女に飛び込んできた少年。シモンと呼ばれた彼もまた地下街の子どもとしては考えられないほどに無邪気な、普通の少年だった。

 

「あぁ、そうだ。クリスティーナも一緒にどうかな」

 

「えっ、いいんですか……?」

 

「はは、たまには童心に帰るのも良い気分転換になるからね! で、どうだい?」

 

「それじゃあ……遠慮なく!」

 

 それから1時間ほど経った後。

 

「うぅ……まさか1番最初に捕まってしまうとは……」

 

「ハハハハ! 勝ったッ! 鬼ごっこ、完!!」

 

「しとさま、おとなげないー」

 

「神は言った。『何事にも誠実に取り組め』とね。私はそれに全力で取り組んだだけである!」

 

 彼女は運動もできるようで、それはもう蝶のように宙を舞い、バッタのように跳ね回っていた。ちょっと怖かったです。

 でも楽しかった。何も考えずにただただ遊び回る。ちょっと疲れたけど、なんだか充実感が得られた気分だ。

 

「そんじゃ、ちょっと早いけど今日はもう寝ようか。疲れたわ。

 みんな、就寝の時間だ! おーい、ヨハン! 毛布持ってきてくれ!」

 

「わかりました! おい、全員集まれー! 瞑想の時間だぞ!」

 

 ヨハンと呼ばれたわたしと同じくらいの年の少年がみんなに呼びかける。見る限り若い男性は彼だけで、力仕事は彼に任されることが多いらしい。

 そして残りの老人や女性たちはエヴァンジェリンさんの下に集まり、姿勢を正して座っていく。

 

「あの、これは……?」

 

「うちの教派では早朝と寝る前にだいたい10分くらいの瞑想をして、それから神に祈りを捧げて寝起きするんだよ。聖教教会ではやらないんだけど、これをやることによって真摯な祈りが神に届く。そうすれば神のご機嫌も右肩上がり、って寸法さ」

 

「なるほど……?」

 

「君もやってみるといい。瞑想はいいぞ。頭がスッキリして集中力も上がるし、色んなことを許せるようになるもんだ。やり方は私が教えてあげるから、そう堅くなることはない」

 

「はっ、はい!」

 

 そんなこんなで、彼女の指示通りに瞑想をすることになった。

 やり方としては基本は鼻呼吸で、できるだけ時間をかけて息を吸い、腹式でその倍の時間をかけて息を吐くというもの。これを13回、3セットずつ行うだけでいいそうだ。

 わたしも信者のみなさんと一緒になってやってみた。

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 繰り返していくうちに呼吸のことだけを考えるようになって、あっという間に指定された回数が終わってしまった。

 しかし効果は劇的だった。頭はボーッとしているけど、不快ではなくむしろ心地がいい。大勢で一緒に取り組んだから、なんだか不思議な一体感もあった。

 

「それじゃあ、祈りを捧げるよ。私に続いて、目を瞑って私の言葉をもう一度繰り返して言ってくれ。焦らず、ゆっくりでいい」

 

「はい」

 

 彼女が告げる聖句は聖教教会のもので、彼女が奉じている神が確かに同じ主であることを告げていた。瞑想をした効果か驚くほど集中することができて、終わった時には謎の達成感に浸っていた。

 

「さ、祈りも終わったことだしこれで今日は眠るとしよう。みんな、おやすみ」

 

「おやすみなさーい!」

 

「うん、ゆっくり眠りなさい。さて、君も今日は疲れたろう。何も考えず、暖かい毛布にくるまって眠るといい」

 

「……はい。おやすみなさい、エヴァンジェリンさん」

 

 全身を包む毛皮の毛布はびっくりするほど暖かで、わたしは目尻に涙を浮かべながら久しぶりの安眠に沈んでいった。

 

 

 

「ん……」

 

 ふと、目が覚めてしまった。

 この地下街は王国の都市開発政策の一環で開発が行われたが、色々とした問題が重なって頓挫した後は職にあぶれた者やつまはじき者が集うスラムと化した。

 王国郊外の地下に位置するここには日中の陽光をそのまま地下に伝える特殊な鉱石が天井のいたるところに存在し、地下街の昼夜を知らせている。

 今はその光は灯っていない。つまりまだ夜というわけだ。その証拠に信者のみなさんもぐっすりと……

 

「やぁ、おはよう。早起きだね。君が1番乗りのお目覚めだよ」

 

「ひゃっ」

 

 だからまさか起きている人がいるとは思わず、つい声に出して驚いてしまった。

 

「すまないね。声をかけるべきではなかったか」

 

「あ、いえ……大丈夫です。ちょうど目が覚めてしまって、どうしようかと思っていたので」

 

「そう? そりゃ良かった。じゃあちょっとお話ししようか。あいにく飲み物もつまみもないけれど」

 

 そう言って彼女はどこからか取り出してきたランプに火をつけ、私の目前に座った。

 

「今日はどうだった? 大変なことが多かったと思うけど」

 

 確かに今日ほど波瀾万丈だった日など家を追い出された時ぐらいだろう。暴漢に捕まった時などはもう終わりだと思ったものだ。でも、そのおかげでエヴァンジェリンさんにも会えた。この広場にいる優しい人たちにも会うことができた。

 

「そうですね、けど悪いことばっかりじゃないです。同じくらい……ううん、それ以上にいいことも多かった日だと思います」

 

「そうか、気に入ってくれたようで何よりだよ。ところで、君もしかして貴族の出だったりする?」

 

「はい。えっと、どうしてわかったんですか?」

 

「所作が違うからね。歩き方一つ取っても、端々に品の良さが見られたんだ。

 ……色々なことがあって、此処に流れてきたんだろう。良ければ私に話してくれないか。人に話すだけで少しは心が楽になる」

 

「そう、ですね……。わかりました、実は———」

 

 わたしはこれまでに起こったことを包み隠さずに打ち明けた。父が嵌められて家を追い出されたこと。父母が死んで天涯孤独になってしまったこと。スラムでの惨めな生活に耐えきれなくなっていたこと。その全てを。

 話しを聞いた彼女は神妙な顔をして話し出す。

 

「……そうか、辛かったろう。苦しかっただろう。私はね、この世界は歪にすぎると思うんだ」

 

「歪……?」

 

「あぁ。本来人は平等であるべきなんだ。なのに金の有る無しで差別し、身分の高い低いで差別し、魔法の使える使えないでも差別する。さらには君が受けたように同じ位の人間同士でも諍いが絶えない。

 私は、それを正したい。それが神からのお告げでもあるし、私自身もそうあれかしと思うんだ。君のような無実の善人が廃されるこの社会が間違っている」

 

 彼女の言う通り、わたしはこれまでに受けた仕打ちに納得ができていない。わたしは何も悪いことをしてきていないし、父も母も清く正しく生きてきた。なのにわたしたちは地獄に落とされ、同じような目に遭っている人はきっともっと多勢いるはずだ。

 ……この世は確かに不平等だと、わたしにはわかってしまう。

 

「私も今まで色んなことをした。

 聖教教会では魔法の使える人間が使えない人間を助けることを禁止しているよね。魔法の使える者は神の加護を受けた人間で、そうでない者は神から見捨てられた人間だからと。

 私はそれが間違っていると思ったから、教えに背いてあらゆる身分の人間を救い、正しい教えを広め、それなりの人が私を信頼してくれた。そして———それら全てを失った」

 

「……それは」

 

「私についてきてくれた人も、築き上げた地位も、財産も、何もかも燃え尽き失われた。勿論、私の命もね」

 

「え……? でも」

 

 目の前の彼女は確かに存在している。それはどういうことなのだろう?

 

「そして私が目を覚ますと、そこは天上界———神のおわす世界だった」

 

「……」

 

「神は私の活動を肯定してくれた。そして再び私をこの地上に遣わし、人々を正しき道へ誘う2度目の機会をお与えになった。そして私は誓ったんだ。必ずやその意志を、今度こそ果たしてみせると。

 にわかには信じ難いだろう。そう思って、今まで他人には詳しいことは語っていない。包み隠さず全てを話したのは君だけだ」

 

「えっ!? そ、それはどうして……」

 

「それは、君が特別だからだ」

 

 特別。

 助けられてばかりで何もできず、流されるままに生きて、何の信念も持たないわたしが……特別?

 

「……違いますよ、わたしはそんな大層な人間じゃ」

 

「そう、君は自分が特別だとは思わない。貴族という特権階級でありながら差別をせず、人を気遣える。教えに囚われず、常識に流されず、自分の中にしっかりとした芯があり、良心に従って素直に行動できる。そうやって生きていける人は、実のところとても希少だ」

 

 彼女はそう言って身を乗り出し、わたしの手を優しく包み込む。そしてわたしの髪を撫でながら穏やかに話を続けていく。

 

「私は君なら、色々な立場の人に対して平等に接することができると思っている。今日の君の振る舞いを見て確信したんだ。

 強制はしない、改宗も自由だ。だがもしも君が望むなら、私たちの真なる神の教えでもって、この世界を変えていかないか。私には……君が必要だ」

 

 今までこんな風に真摯に人と向き合ったことがあっただろうか。貴族の令嬢として生まれ、蝶よ花よと育てられてきた。そして没落してからは自分の無力感に押しつぶされてきた。

 こんなわたしでも、誰かの役に立てるなら。

 

「はい……わたしは、あなたについて行きます。あなたと一緒に、世界を変えていきます!」

 

 わたしの返事を、彼女は変わらぬ微笑で歓迎した。




 主人公視点少な……
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